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サトリの異世界楽隠居譚  作者: 夢落ち ポカ(現在一時凍結中)
第二章 転生(憑依)して超頑張ったら学園に入学しちゃったよ
13/46

第12話 マスターより強い魔導人形って一体…

()=○○の心の声です

《》=サトリの心の声です

*通行料の値段を変更しました、銀貨は高いですよね銅貨になりました。

(サトリ視点) 



 孤児院に帰ってすぐに仮眠をして、朝一番でフレアを紹介すると、ビーチェやジャック、ケリィたち孤児に興味津々の様子で群がられていた。


 シスターアニョーゼは俺に暴走しないのかとか、本当に魔導人形なのか、実は人間じゃないのかとか疑っていた。


 まぁ、ぱっと見フレアってからくり人形で見られるような関節球とかないしね、人工皮膚でボディを覆っているから見た目人形じゃなくて人間に見えてもおかしくない。


 その上思考回路も遥かに向上して会話のキャッチボールも普通の人間と同じかそれ以上に堪能である。


 基本的な知識はもちろんのこと、俺の知識もかなり書き込んでいる。


 すると服装はともあれ、インテリなイケメンお兄さんの完成である。


 服は…靴も込みで孤児院においていた上等な服を着せているので、もうどこぞの貴族のご子息と見間違いそうなくらい育ちのいい青年になっている。


 うん、近いうち専用の服作ってあげないとな。


 採寸は出来ているし、布を買ってきて今日明日で仮縫いして…十日くらいで完成かな。


 防具に関しては…見た目ごついのだと孤児院の皆に威圧感を与えそうだし、幾分かましだけど皮製にするか、機動性重視ということで。


 アニョーゼの誤解を解いたところで朝食をとり、ケリィには悪いけど学園に連絡をしてもらう事にした。


『学園二日目にしてサボりか…良いご身分だね』とケリィの冷ややかなツンドラボイスを浴びる事となったのだが、ご尤もなので真摯に受け止めた、改善の予定は未定である。


 孤児院を出て一番近い南門へと向かう。


 ジャックもついてきたそうにしていたが、残念ながら通行料の銅貨五枚を払う小遣い―――どこぞの成金錬金術師(匿名希望)からの寄付のおかげで小遣い制が孤児院では広まっている―――が無い為に、泣く泣く断念していた。


 ジャックはもう少し計画性を心がけてほしい。


「おや、サトリ君じゃないか?

 確か昨日から学園へ入学したんじゃ無かったかい?」


 そう声をかけてきたのは門番この道十五年のサバリー門番長である。


 なんでも貴族の三男らしい。


 気さくで少々無精だが槍の達人でこの南門における暴力沙汰は彼のお蔭で全て未然に防がれていた。


 何度か南門を出る時一人で出ようとするから詰め所に連れて行かれて、その時にお世話になった縁がある。


 貴族らしからぬ豪快さと人情味で市民からは頼りにされている、ちょっとした町の顔役のようなものだ。


「サバリーさん、おはようございます。

 ちょっと使い魔の性能試験に出ようかと思ったんですよ。

 あと、学園は午前中はサボっても大丈夫なんで、午後から行きます」

「使い魔っていうと、前のキメラみたいな奴か?

 あれ見た目が怖かったから、あのあと通報されて困ったんだが…」


 そう、依然はじめて作ったあのヌエモドキの性能を確かめようと南門を抜ける時、サバリーさんには何の事前説明もせずに南門に連れて行ったから、南門は一時騒然としていたものだ。


 何せ子供がキメラを連れて現れたのだ、混乱しながらもサバリーさんはよく事態を抑えて後始末をしてくれて、あの時は本当に助かった。


「いえ、この魔導人形ですよ。

 フレア、ご挨拶を。

 こちらは門番長のサバリーさんだ」

「はあ…この兄ちゃんが…使い魔?」


 混乱しているな、まぁ誰でもそうなるか。


 魔導に通じている者なら、フレアの異常な魔力に気付いてもおかしくないからね。


 残念だけどサバリーさんには魔法の素養が無いから、フレアはただの青年にしか見えないだろう。


「はじめまして門番長殿。

 私はフレアと申します。

 サトリ様に作り出された魔導人形、その正式採用一号機です」


 うむ、正式採用はまだだから、正確には試作一号機かな、と訂正することはしない。


 フレアの性能には自信があるから、そのまま正式採用してしまってもよかったからだ。


 この性能試験だって実際の齟齬が無いかの確認だ、近くの森を少しばかり荒らすことになるが、まぁ四時間ほどかけてじっくりすればあとは長期的な不具合が出ないか経過観察だけで済むからね。


「…サトリ君、魔導人形って、もっと人間味の無い、からくり人形に毛の生えた感じの代物だった気がするんだが…本当にこのフレアって兄ちゃんが魔導人形なのかい?」

「疑い深いなぁ…ほら、フレアの手を握ってみてくださいよ。

 全身に闘気も張らせてくださいね?」


 何度も確認してくるので、ちょっと面白い実験をすることにした。


 むさいおっさんとイケメンが何故か握手するという誰得な絵図が出来たのだが、まあそれはそれとして。


「フレア、その状態でサバリーさんを持ち上げて、怪我させることのないように注意してね」

「はい、マスター」

「うおあっ!?」


 面白い声を上げたサバリーさんだが、俺が言ったとおり全身に力を―――闘気を張り巡らせた状態でいたお陰でそのままの体制を崩さず、握手をした状態で彼の体が浮き上がっていた。


 ちなみに、サバリーさんは体重約六十キロに加えて鎧もつけて八十キロほどある。


 見た目六十キロあるかないか―――実際は九十キロもあるが―――のフレアでは到底手の力だけで持ち上げることは不可能だ。


「と、闘気を使わずに俺を持ち上げるだと!?」


 闘気というのは魔力を使わずに身体機能を向上させるという…前世でいうと中国あたりでたまに聞いた気功とかいうやつだ。


 これを使えるかどうかで、戦闘職の濃い冒険者や騎士といった武芸者たちの格が計れるらしい。


 俺は『闘う者』じゃないから、相手を見て『むっ、こいつ強いぞ』的なことは出来ないのでさっぱりだが。


 よくて魔導師の垂れ流す魔力を感じて、『あーこの人結構魔力垂れ流しているけど、表情も悪くなっていないし魔力量かなりあるんだろうなー』ぐらいである。


 フレアに降ろすように命じて、確認するように手を握っては開いてを繰り返しているサバリーさんにこれでいいかと尋ねた。


 使い魔なら通行料は銅貨三枚で済むからだ、節約は大事である。


「ああ、この兄ちゃんは使い魔ってことで周りにも伝えておくぜ。

 …にしても、すごいもん作ったなぁ。

 ぱっと見人間にしか見えねえぜ、お師匠さんも鼻が高いだろう?」

「はい、師匠からも褒められました。

 急場で作った割にはよく出来てるって」

「辛いねぇお師匠さんは。

 元気してるのかい、あの引き篭もりは?」

「相変わらず研究ばっかりで店のことは俺任せですよ。

 そうだ、そういえば師匠今日から二ヶ月ほどどっか行くみたいですよ、なんでも依頼だとかで」

「ああ、そりゃあベヒモスだな」


 ベヒモスとは魔物の中でも最上級冒険者の複数パーティーや各国の騎士団が命がけで挑まなければ撃退することも難しい魔物らしい。


 なんでも二百年ほど昔、勇者と呼ばれる自由騎士とその仲間たちがやっとの事で倒した以外討伐の記録はないらしい。


 突然現れては都市を破壊しつくし、満足しては消えて行く神出鬼没な魔物で討伐難易度は六つある階級の中で断トツの『災厄(カラミティ)級』だ。


 いるかどうかも怪しいが、魔王とかいう御伽噺の登場人物と比べて、こっちは実在実害ありの怪物。


 なるほど、師匠クラスのエルフが出張らないと撃退もままならないとは、厄介な化け物がいたものである。


 あの年齢不詳エルフ、長い事生きてるだけあって…いや、あれはたぶん才能込みだけど、魔導師としての力量はおそらく世界クラスだと思う。


 無詠唱は当たり前、しかも自前の杖とかは完全自作であれだけで小国の年間予算を吹き飛ばせそうな素材を使って魔法をぶっ放すからファイアーボール使っただけでも周囲の地形とか風景が変わるほどのふざけたバグ武器を持ってる。


 負ける姿なんて想像がつかなかった。


 死亡フラグを百述べても笑って粉砕するくらい師匠は強い。


 心配する要素なんてなさそうだな。


「…まぁ、師匠だし死ぬことはなさそうかな。

 じゃあサバリーさん、はい銀貨六枚ね」

「おう、無茶すんなよ」

「失礼いたします」


 南門を潜ると視界には平原が映り、少し遠いが森もある。


 平原で肩慣らしをして、森の中で本格的にするか。


 性能試験の始まりである。



 * * *



『まずは弱そうな魔物から倒していって、倒し方は自由で』


 ―――魔導人形、フレアは造物主であるサトリからいい加減な命令を受け、目の前にいる魔物を睥睨する。


 目も口も耳といった生物特有の器官を持たず、プルプルと震えている不思議生物(スライム)を前にどう倒せばいいか迷っていた。


 試しに魔力をスライムに向けてみると、フレアの魔力に反応したスライムがのたのたと逃走を開始していた。


 歩いていても追いつけるほどの鈍足で、フレアの与えられた知識にある『最弱』の称号を持つ魔物に倒す価値があるのか悩んでしまう。


 この程度の魔物を倒して、サトリが満足できるのか考え込んでしまった。


 完全に弱いもの苛めの図である、遠くでサトリが笑っているのを見たフレアは命令を実行することにした。


「―――燃えよ」


 魔導人形が放出系の魔法を使う事は殆どない。


 それは術式上の欠陥がある事が一つ、人工頭脳の容量に大きく左右される。


 基本動作や人格形成に術式の大半を割く為、魔法を使えるようにするほど容量の余裕がないのだ。


 仮に放出系の系統魔法を使えたとして、術式を最低限の状態で魔法を使えば魔核炉に負担が掛かり過ぎて、機能停止してしまうことになることが一つ、以上二点の問題があった。


 しかし、サトリはこの欠点を克服させた。


 一つは術式の大幅なスリム化である。


 サトリがはじめてアニムスから人工頭脳に書き込む術式を見せられて実際に書き込んでみた際、かなりの無駄があるように感じられたのだ。


 無駄にくだくだしく、同じ事を何度も繰り返すような書き込み方では誤作動や動作不良、人工頭脳や魔核炉に余計な負担が起きても仕方ないだろうと思い、サトリは邪魔な部分を全て排除した。


 こうする事で言語機能を始め、容量に余裕が出来たお陰で魔法を使う事に余計な負担が掛からずに済んだのである。


 もっともこれにも限界があり、フレアの使える術式は火系統限定だ。


 ミスリル製の人工頭脳でさえこれなのである、たとえオリハルコン製だとしてもサトリはよくてもう一つ付けられるのが限界だろうと予想していた。


 フレアの魔法は対象を完全燃焼させる中級魔法で、スライムに対してはオーバーキル必至の一撃であった、完全に魔力の無駄遣いである。


 スライムが核すらも残さず蒸発してしまう。


 碌な抵抗もせず、戦闘というよりも完全に虐殺といってもいい結果に、フレアは申し訳ない気持ちに駆られていた。


 ちなみに、こうした感情面にも要領を割いているのはサトリの精神衛生上の理由からだ。


「マスター、申し訳ありません」

「え、何かフレアおかしな事でもあった?」


 サトリの前で跪き、許しを請うフレアに事情の分からないサトリはフレアに何か見過ごせない問題が浮上したのかと首を傾げた。


「いえ、私の性能を測るという記念すべき第一回目の戦闘で、スライム程度の魔物に対して中級魔法を使うほど魔力を消費してしまった事をお詫びしようかと」

「…ああ、そういう事か。

 いいよそれくらいなら、中級魔法くらいならフレアの魔力量なら計算上五十発はいけるし。

 それでどうだった、魔法を使ってみて何か異常な点がある?

 回路に不調があったとか、魔核炉の消費が思った異常に早いとか、何でもいいよ?」


 完全な思い違いだったことに気付き、サトリは大丈夫だとフレアをすぐに許した。


 それよりも問題はフレアの落ち込み様である。


 たかが一度の失敗である、しかも取り返しのつく失敗だ。


 それなのにここまで落ち込まれると、サトリとしては今後任せるだろう採取任務が本当に適任なのか不安を抱いた。


 だが、まだ最初の段階で決めてしまうのも酷なもので、計算上ではフレアは賢者アニムスの使い魔である魔導人形レトの戦闘経験の全てを継承している。


 性能の上では何の問題もないはずなのだ。


 問題なのは人格形成、完全に製作者であるサトリに起因していた。


 サトリとしても完全にイエスマンな使い魔を作る気など無く、鷹揚な、言ってみれば温厚な性格にしていた筈なのだ。


 なのでこれは単なる一過性、記念すべき第一回目ということもあり、考え過ぎた(・・・・・)フレアの思い過ごしで済む話なのだ。


 つまりサトリがフレアに対して最適解はフォローであり、何の問題も無いと安心させることだった。


「マスターの寛大な御心に感謝いたします」

「大仰だなぁ」


 大げさにも深々と感謝の意を示したフレアに苦笑するサトリはこの話は終わりだといって切り上げた。


「それじゃあ次はスライム以外の魔物を身体強化だけで倒してみて。

 死体は…どうしようか、なるべく原形を留めた状態で持ってきてね」

「畏まりましたマスター」


 新たな命令にフレアは立ち上がると、魔核炉にある魔力を一定量以上に巡らせる事で起きる負荷、つまり本来魔導人形では起こすことのあり得ない『身体強化』と同様の現象を起こし飛び出していく。


 加えて魔導人形に痛覚など無く魔力や闘気などの反作用による疲労など感じず、人口筋肉の質が良ければ際限なく身体強化はその凶悪性を増していくのだ。


 足元の地面が爆ぜ、あっという間に走り去ったフレアに思わず拍手してしまうサトリであった。


「おお、早いなあれ。

 やっぱ素材がいいと性能もいいんだなあ…って、やばい見えなくなりそうだ」


 と、暢気な感想をのたまうサトリはフレアの向かった方向に駆け出す。


 さすがに遠過ぎると観察の仕様が無い事に気付いたからだ。


 しばらくすると魔物の悲鳴が聞こえてきて、戦闘しているフレアもはっきりと見え出す。


「…あれってフォレストベア?

 森から出てきたのか、予定が繰り上がっちゃったな」


 森までまだ距離もあったが、森まで逃げた獲物を追いかけて平原まで出てきたのだとサトリは予定が狂ったとぼやいた。


 だが、それも杞憂だった。


「―――これで仕上げですッ!!」

『――――――ッ!?』


 軽やかに攻撃をかわしていたフレアはフォレストベアの体勢が崩れたところで背後に回りこみ、細い腕をフォレストベアの首に巻きつけ瞬時にその骨を圧し折った。


 勢いが良かった所為か首が半分ももげている、その威力がどれだけのものか窺い知れるというものだろう。


 こんな真似の出来る冒険者は早々いる者ではない、身体強化のみでC級の討伐難易度を誇るフォレストベアに肉弾戦を仕掛ける冒険者などそうはいないからだ。


「如何でしたかマスター?

 ご命令通り、身体強化のみでフォレストベアを狩れましたのがご覧いただけましたでしょうか?」

「うん、よくやったねフレア。

 十分だよ」

「光栄でございます」


 大仰な仕草にサトリは苦笑しながらも、満足いく結果に次は何をしようかと悩んだ。


「…性能試験はもうこれでいいかなぁ、十分強いのは分かったし」


 ぼやきながらサトリは懐から懐中時計を取り出す。


 アニムスがサトリの誕生日に贈った古代文明産の決して狂わず、壊れる事の無い懐中時計だ。


 今ではこんな精密機械を作れる技術は無いが、前世からの数少ないサトリの趣味には懐中時計を集めるというものがあり、この懐中時計はこの世界に来て初めての宝物になった。


 そして時刻はまだ十二時まで二時間以上ある、前倒しでフォレストベアを狩れてしまったフレアをこれ以上性能試験に煩わす必要も無いだろう。


 性能試験は終わりである。


「それじゃあ次は採取任務の為の運用試験かな」

「はい、何を採取してまいりましょうか?」

「それじゃあ…この袋に、鳳仙花を採ってきて。

 なるべくたくさん、いけるね?」

「はい、もちろんですマスター。

 鳳仙花のデータは私の知識に入っています」

「うん、それじゃあいってらっしゃい」


 再び身体強化で森へと突撃するフレアを見送り、サトリは異次元鞄からリクライニングチェアを取り出した、汚さない為にボロボロではあるが布も敷いて、悠々と気持ち良さげにまどろんでいく。


 何せフレアの着ていた服に護符を縫い付けていたりと睡眠時間が少なかったからだ。


 その間素っ裸のフレアを横に立たせるという状況が個人的にも恥ずかしくもあった所為か、かなり急いでフレアの身支度を済ませていた。


 装備に関しては既に採寸を鍛冶屋に連絡済で、後日再度採寸して誤差修正をするという。


 武器ならば店頭で感触を確かめればすぐ変えるが、命を守る為の防具というものはすぐに出来上がらないのものだ。


 うつらうつらと眠気が風と共にサトリを撫でていき、意識が遠退き始めたところで、サトリはおかしなものを目にした。


 ―――ぺちん、ぺちん。


「………ん?」


 どこからか間の抜けた音が聞こえてきて、サトリの眠気は緩やかに覚醒した。

 辺りを見回してみると、その発生源は足元からだ。


「………スライムだ」


 そこにはフレアが蒸発させたのとは別の、生物と遭遇すれば即座に逃げ出す最弱の魔物。

 赤い色をしたスライムが、サトリに絶え間なく攻撃をしていた。

 正確にいえば、展開している護符の障壁に根気よく体当たりをしていたのだ。



 * * *



 スライムという魔物は最弱である。


 何故か、まず一つは脆弱性にある。


 小さな子供が枝で突き、核を貫ければ簡単に死んでしまうくらい防御という概念を忘れてしまっているのだ。


 そして鈍足極まること、これが二つ目である。


 強敵と遭遇し、逃げようとするのは野生の生物であれば当然の事だ。


 無論、スライムもその生物の中に入る。


 だがスライムには足も無く、這うようにしか動くことが出来ない為、どうやっても追いつかれてしまうのだ。


 冒険者の依頼の中でも、スライムの討伐など滅多に無い。


 あったとしても、瞬時に終えるような簡単な依頼だからだ。


 だがスライムの特異性は別にある。


 それは分裂するという事だ。



 どういう条件かは不明だが、スライムは突然分裂する、増殖すると言っても過言ではない。


 これが最弱といわれながらも、何故か絶滅しないスライムの特異性だ。


 そんなスライムの中でも、サトリが目の前にしているスライムは特に変わっていた、異常種といってもいい。


 まず色が違う。


 通常のスライムは赤ではなく水色の液体を薄い膜が覆っているような、空気の萎みかけた風船のような形をしているのだ。


 だが、このスライムは違う、赤色である。


 そして驚いた事に、このスライムは生物と遭遇して逃亡を図るのでなく、攻勢に打って出ているのである。


「……まぁ、所詮はスライムなんだけどねぇ。

 珍しいけど、研究意欲が湧くような題材じゃないかなぁ。

 いや、別に研究というよりもペットなら癒し担当としていいかも?」


 スライムは基本なんでも体内に取り込んで消化する、よって餌は何でもいいのである意味『ゴミ箱扱い』してもいいだろう。


 ペット兼ゴミ箱扱いというなんとも愛玩というよりもゴミ箱メインのスライムにケリィあたりがそれを聞けば、『素でやってるからサトリってば酷い性格してるよね』などと毒を吐くだろう事は間違いないだろう。


「…まぁ、見た目ちょっと綺麗だし…赤というよりはルビーみたいな綺麗な色だね。

 手乗りサイズでちょっとプルプルしているの見ていたら可愛く見えてきた…スライムのペット化…ダメだね、商売になりそうに無いや」


 確かに分裂・増殖するが、それにどれだけ時間が掛かるか不明な為量産する事は難しいだろう。


「…おいお前、何がしたいんだ?」


 試しにサトリがスライムに話しかけるが、赤いスライムはプルプルしながら障壁に体当たりをするだけで止まる事をしない。


 そもそもスライムには聴覚が無い為サトリの声は聞こえないが。


 スライムは魔力を感知をしているので、魔力の揺らぎを感じて行動するだけなのだ。


 それがサトリに向かっているという事は、サトリにこのスライムが何か感じているのだと思ったのだ。


 自分の魔力が目当てなのだと考えたサトリは、ある事を思いついた。


「……試しに使い魔契約してみようかな」


 そう口にすると、展開している障壁を拡大させる。


 スライムは押し出される形で転がっていくが、何がスライムをそこまで駆り立てるのか、制止すると再び障壁に向かって体当たりを再開した。


 サトリはそんなスライムを無視して、魔法で地面を平らにすると異次元鞄からチョークを取り出して使い魔契約の為の魔法陣を書いていった。


 使い魔契約とは魔物を使役する為のもので、基本後衛の魔導師が詠唱するまでの盾兼前衛としている術だ。


 いってみれば社長と社員の関係で給料―――つまり魔力を対価に魔物に働いてもらう事なのである。


 魔導人形も使い魔と呼ばれてはいるが、どちらかと言えばまた別物である。


 魔導人形は分類自体が曖昧で、使い魔契約という枠の中に後付で入ったのだ。


 この術に詠唱は無い、ただお互いの相性が合っているか無いか、契約するか否かにかかっていて、失敗すれば魔法陣から魔物が弾かれるだけだ。


 そしてこの異常種のスライムの執拗な行動に少なくとも縁があるのではと思ったサトリは魔法陣を書き終えるとゆっくりと後ろへと下がった。


 スライムはそんな事も知ってか知らずか、警戒もせず魔法陣の中央まで入ってしまった。


「…俺と契約して、癒し担当にならない?」


 なんとも下手な誘い文句で、魔法陣が起動して中央にいるスライムが震え始める。


 プルプルと震えていてそれが何を考えているのかサトリには分からない。


 悩んでいるというのならそれはそれでスライム研究―――少なくともアッシュフォード学園には存在していないが―――に新たな歴史が刻まれるだろう。


「…魔力いっぱいやるぞー、おいしいゴ…まあ、おいしいご飯もあげるぞー?

 外の生活より危険は少ないぞー?」


 まるで蛍の呼びかけ歌である、尤も、サトリに作詞作曲の才能が無い事はこの時点で露呈してしまったが、錬金術師には縁遠くてもいい話である。


 サトリはスライムの正面で胡座をかいて根競べに勝つまでじっと待った。


 障壁が消えた事でスライムはサトリに体当たりをするという事も無く、ただじっとプルプルと震えていた。


「―――マスター、ただいまもどりッ!?」

「ああ、お帰りフレア。

 ちょっとそこで待っててくれる?」

「マスター、障壁を解かれるとは何というっ!!」

「あとちょっと黙って、うるさい」


 タイミング悪くフレアが採取から戻ってきて、スライムの震えが若干早くなったと感じたサトリはスライムに手を差し伸べた。


 埒が開かないと少し強引だが別の方法をとる事にしたのだ。


「…ほれ、あの怖い魔導人形は近寄ってこないから、安心しな?

 ていうかお前頑固だな、どうしたら俺と一緒に来てくれるんだ?」

「……………ゴポッ」


 スライムを手に乗せて、フレアから庇う様に話しかけるサトリは意思疎通の難しいスライムに声をかけた。


 ついでに、給料の前払いとばかりに魔力も送ってみせると、スライムが声を上げた。


 正確には突然スライムの体内から水泡が現れてそれが弾けただけの音なのだが、サトリには何か自分に語りかけようとしているのではないかと思い、再びスライムを魔法陣に置いた。


 すると、それまで光らなかった魔法陣が突然光りだした。


「―――おおっ!?」

「マスターッ!?」



 予想していなかった事態にサトリは驚き、フレアはサトリの身に何か起こったのかと思い魔法陣から放たれる光からサトリを庇った。


 光が収まると、スライムがサトリの手の平で跳ねていた。


 試しに手の平を斜めにしてスライムを落とそうとしたが、スライムは必死に手の平から落ちまいと体を伸ばしてこれを回避した。


 そのいじましい姿に、サトリは首を傾げながら成功したのだなと感じた。


「……これは、成功と見てもいいのかなぁ?」

「……マスター、そのスライムを使い魔にされたのですか?」


 恐る恐るという態で、フレアがサトリに声をかけた。


 この段階で、サトリはフレアが何を考えているのかを悟った。


 命令した鳳仙花の採取をしている間に自らの存在意義(レゾンテール)を脅かす存在(スライム)が現れたのである。


 心配性な彼が『自分が捨てられるのではないか』と落ち込んでしまったとしても不思議ではない。


 魔導人形で心は読めないが、サトリの製作者としての勘がそう囁いていた。


「うん、けどこのスライムはフレアとは別だよ。

 フレアは万能型魔導人形で、採取や戦闘、あとは…家事とか?

 そういうことをしてもらうけど、このスライムは違う。

 見ての通り異常種のスライムでね、どうするかは完全に未定なんだ。

 研究するにしても面白みが無いし、今のところ飼い殺し…まぁいいとこペットだね」

愛玩動物(ペット)…ということですか。

 人の心を和ます、癒す、楽しませる用途…つまり、観賞用ということですね?」


 暗に『ただいるだけでマスターのお心を癒せるなんて、なんて羨ましい』とでも思っているのか、どこか思い詰め始めているのでサトリは『フレアも大切だから問題ないよ』と慰める事にした。


「あのさぁ、フレアにはフレアの良いところがあって、このスライムにはスライムなりの良いところがあるんだよ。

 だから、そういちいち落ち込まなくても俺はフレアを捨てたりなんてしないから」


『図体のでかいくせにめそめそしやがって、一回リセットしてやろうか』と複製音つきではあるが、サトリは面倒くさい魔導人形を何故だか励ましていた。


 十分に及ぶ説得兼励まし兼慰めによって復調したフレアは時折スライムを敵視しながらも落ち着いたのだった。


「ではマスター、こちらが鳳仙花になります、お確かめください」


 フレアに渡された袋から鳳仙花を取り出しすと、サトリは根の状態や咲いている花弁が傷ついていないかを見て、問題が無い事を確認した。


 鳳仙花は見分けがつき難い植物で、よく灰仙花と呼ばれる毒草と間違われやすい為、区別できれば一人前の薬師と判断されるくらいなのだ。


 この世界における鳳仙花は簡単な傷薬を作る為の基本的な原材料で、霊薬―――ポーションを買えない層に配慮してサトリが少数ながら作っていた。


 最低限ではあるがフレアの運用試験も上々な結果を出したので、サトリは試験を終わらせる事にした。


「…この量ならまぁ二百セットくらいは作れるかな。

 それじゃあ帰ろうかフレア、ウルスラ。

 早めに帰って、師匠に護符を渡したりして送り出そう」

「はいマスター!!」

「………ゴポッ」


 自己主張の強い魔導人形と返事をしているのか怪しいスライムに苦笑しながら、サトリたちは南門を目指した。



 * * *


(サトリ視点)


 帰ってきたら師匠がいなかった。


 店には置き手紙が一枚。


『先方がせっついてきたので、ちょっとだけ早く出ます。

 以前勇者とかいう小僧が倒したベヒモスというでかいだけの魔物を倒すだけだから、心配なんてせず勉学に励むように。

 追伸、機械人形は生まれたばかりで情緒不安定だから、なるべく安心させること。

 擬似的生命とはいえ、あれも一応は高度な魔法生物の一種だからね、丁寧に扱いなさい。

 あとお店は一時休業ということで戸締りよろしく。

 アニムス』


 実は縦読みがあったり斜め読みがあったり…なんて暗号めいたものは一切無く、本当に言いたいだけの事を書いた置き手紙だった。


「た、達筆な漢字とひらがなだなぁ…って、そうじゃなくて!!」


 なんだこれ。


 俺ってば護符渡すって言ってたよね、何で先に行っちゃうんだよあの人。


 ていかこの一文、ベヒモスがでかいだけの魔物って…あれって『災厄級』の魔物じゃなかったっけ?


 でかいだけじゃ済まないと思うんだけど。


 しかも勇者の事を小僧って…なんだか本人と会ったことあるのかなぁ、二百年前の人物なんだけど。


 もしかしてこの勇者も異世界人だったりしたのだろうか?



 師匠はこの国が出来てから国外には出ていないみたいだし、そもそもエルフ自体が森単位で引き篭もっているから交友関係なんて狭いと思っていたんだけど。


 いや、逆な気がする。


 エルフは長命種だから、国が出来るまで各地を放浪していたら長命種の知人なり友人はもしかしたら今も生きている可能性があるのか。


 実際、この国は出来て六百五十年と少しだっけ、国内限定ならいるに入るのか?


「…レトもいないし、本当に店閉めないと。

 フレア、手伝って」

「何をすればいいでしょうか?」

「木材屋に行って看板になりそうな板と棒を一つずつ買ってきて、これお金ね。

 突然ですが二ヶ月お休みします云々の一筆書かないと。

 師匠何もせずに行きやがった」

「畏まりました」


 面倒だが最低限の事はしておかないと。


 うーん、御用の際は俺に連絡を…とかはさすがに書けないか、あくまで俺は店子であって店の運営にちょっかいをかける訳にはいかないからな。


 知らない人は何事かって事態になりそうだから…最低限の事情は書いておけばいいかな。


「………ゴポッ」

「…どうしたウルスラ?

 腹でも減ったのか?」


 何を主張しているのか、スライム―――ウルスラがカウンターの上で跳ねている。


「…もしかして、お前も何かしたいのか?

 そうなら一回だけ跳ねてくれ」


 手に載せて待ってみると、ウルスラはプルプルと震えながら一度だけ跳ねた。


 耳がないのに何で反応できたんだよ、この不思議生物め。


 けど…ちょっと愛着が湧いてきたかも?


「じゃぁカウンターを綺麗にしておいてくれ、掃除は大事だからな」

 雑巾代わりにはしていないよ、ホントだよ?


 ただウルスラの通った跡がちょっと綺麗だから適任だなと思っただけなんだよ?


「………ゴポッ」


 俺の手の平から降りると、ウルスラはのろのろとカウンターを転がっていた、通った跡はやはり綺麗である。


 意思疎通が出来ないのが本当に残念だ、この異常種のスライムとはいつか波長が合って話せたらいいんだがなぁ。


 まぁ、さっき辛うじて会話らしいと言えなくも無い事も出来たし、ダメならダメで別の手を考えよう。


「マスター、買ってまいりました。

 最高級の板と棒でございます」


 フレアの買ってきたのは香り高い板と棒である。


 うん、フレアには金銭感覚を教え込まないとね。


「…たかが看板に何お金掛けてるんだか…まぁいいや。

 一筆書いたら店じまいして結界張って看板置いて学園に行こうか」


 さらさらと書いて店の戸締りをすると、構成が一分おきに変化する意地の悪い結界を張り、看板を掛けた。


 さて、学園に行くかな。





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