第11話 入学
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
(サトリ視点)
入学式の新入生代表挨拶は首席合格者ではなく、王族や家格の一番高い生徒が代表するらしく、今年は覇王少年、ラインハルトが務める事となった。
いやよかったよ、これでケリィがやるなんて事になったら間違いなくイジメの対象になっただろうからね、遅かれ早かれな気はするけど、最初くらいまったりしたいし。
「という訳でケリィ義兄さん、間違っても制服を脱いだりしないでね?
下着までばっちり護符縫い付けてるけど、上着とズボンは死守してよ?
あと腕輪型の魔道具は絶対に落とさないでね、特別な素材使ってるから無くしたら本気で泣く」
「なにサトリは僕の制服を勝手に改造してるのさ…ゴワゴワして動き難い。
っていうか、そんな貴重な魔道具つけなくても、護符だけでいいと思うんだけど?」
「そこはほら、念には念をというか…ケリィ義兄さんには平穏な学生生活を送って欲しいから、俺からの入学祝、みたいな?」
ただでさえびっくりするほどの美少年なんだ、トチ狂って同じ男でも手を出す変質者がいないとも限らないからな。
世の中にはショタコンという困った人種がいるんだよ?
「それならサトリもいると思うんだけど?」
「あ、それなら俺師匠から近いうちに貰うから別に良いよ?」
そう、俺は師匠から入学する前にとんでもない入学祝を貰っている。
二~三日寝込んで体に馴染んだからよかったけど、下手してたら死んでいたような代物をポンと渡す師匠は本当に頭おかしいと思う。
しかも後日呼び出しがあって、もう一つくれるとか言っていたんだけど…何時になるのやら。
「貰ったんだから僕も何か上げないとおかしいでしょ、なに言ってるのさバカじゃないの?」
ケリィに渡した魔道具は俺が作った魔道具の中でもかなり特殊な原材料を使っている。
森の狩人と呼ばれる魔物、シャドウパンサーの表皮を使った一品だ。
効果は『認識阻害』、腕輪にはめ込んだ魔石に一度触れれば発動して、二度触れれば停止するという、忍者とか隠密とか斥候向けの、その手の人たちからすれば喉から手が出るほど欲しい魔道具なのだ、一応俺も身に付けている。
かくれんぼに最適な魔道具である、ホントだよ?
「ごきげんよう…貴方たち、暢気で良いわね…」
楽しく談笑しているところに、面白令嬢…ではなく、デイジーがやってきた。
取り巻きの三人がいないという事は落ちたみたいだ、大変結構。
「デイジー様はなんだかお疲れのようですね、何かあったんですか?」
「これから生徒会室に行かないといけなくてね、今年度生徒会役員の構成があからさまに錬金術派の生徒を弾き出そうとしているから少しでも錬金術科から生徒を出したいのだけど…入ってくれる生徒が少なくて頭痛いのよ」
錬金術科の生徒は大半が自分の興味のある事にしか体と頭を使わない者が多いからか、ただでさえ興味のない生徒会活動に俺の一件を言い訳に生徒会に入ろうとする生徒が激減しているらしい。
目の前にいる面白令嬢―――デイジーも嫌だが派閥の筆頭を務める一族である以上渋々生徒会に入る事になっているらしい。
ざまぁ、とまでは思わないが尾を引くなぁと貴族社会はやっぱり面倒なんだなと再認識した。
「大変ですね、応援してます」
それを分かった上でこの感想をするあたり、俺も相当性格悪いと思う。
デイジーも俺の応援する気ゼロの言葉にあからさまにため息をついた、何それ傷つくんですけど。
「何だって私の代でこんな苦労を…いえ、あのダメ親の所為なのだけど…こんな面倒な交渉するより研究がしたいわ…あぁ、ごきげんよう」
そう言い残して、哀愁漂う背中を見せてデイジーは去っていった。
あの年の少女が見せる背中じゃないんだけど…デイジーは苦労性でもあるのか、大変だなぁ。
なるほど、生徒会か…確かに構成次第じゃ一番幅を利かせている派閥で生徒会役員が構成されればこの学園を牛耳れたも同然だし、少しでも利権…じゃなくて、その一員に錬金術派が少しでもいないと困るか。
下手をしたら来年度の錬金術科の予算削られたり…流石にそこらへんの裁量は運営側もしないだろうし不安がる必要はないかな。
「……あの女、本当に反省してたんだね」
「だから言ったじゃんケリィ義兄さん、デイジー様は面白いでしょう?」
「僕はあの状態の彼女を見てそう言い切るサトリの頭の中が心配だよ
(別にあの女がどうなろうと知った事じゃないけど、サトリの感覚にちょっと不安を覚えるね。)」
「酷いなぁ」
一言もデイジーと口をきかなかったケリィが反省している彼女に驚いていたので茶化してみると、思わぬ反撃がきたので笑ってしまった。
最近ツンドラ気味だったケリィが軟化してたまにだがひょっこり心配性なお兄ちゃんが出てきているので、見ていて面白いものがある。
まぁ人間関係でツンツンしまくっていたら孤立しちゃうし、いい傾向かな。
きっと孤児院での生活にストレスが溜まっていたんだろう、解消されて本来のツンデレ(?)ケリィに戻りつつあるようだ。
「それじゃあ僕はこっちだから。
ケリィ義兄さんはあっちだね」
「サトリ、シスターアニョーゼとの約束覚えてるよね?」
そう、俺とケリィはどちらかの科が早く終われば正門で待ち合わせして一緒に帰るようにあのシスターから言い付かっているのだ。
アニョーゼはどうやら学園が魔窟に見えてるようで、なるべく俺たちに一人きりにならないように何度も何度も口を酸っぱく言っていた。
どちらかが遅い場合は教室に向かい、いなければ正面玄関で待つ、という事になっている。
徹底しているので実はアニョーゼはこの学園の卒業生なのかと聞いてみれば、実はアニョーゼは既に没落してしまった男爵家―――既に出家して還俗する気はないらしい―――の血を継いでいたらしく、学園生活をしていた事を教えてくれた。
そしてその生活に苦労していたことも。
下級貴族の男爵家だと上級貴族―――この場合伯爵以上の爵位をもつ家柄―――の子息子女とどれだけ縁を繋ぐかが大事で、真面目に講義を受ける生徒よりも社交性重視の学生が当時は多かったという。
で、我らがシスターアニョーゼはその貴族社会で取り残され、寂しい学園生活を過ごしたのだとか…あんな絶世の美女なのに男子生徒から殆ど声をかけらなかったってどれだけ当時の男子どれだけ面食いなんだ。
と思って聞いてみれば、曖昧な言葉でし返さなかったので心の内を覗いてみると、どうやらアニョーゼの美貌に嫉妬して孤立させられていたらしい。
女の嫉妬って怖いね。
「うん、覚えてるよ。
まぁ今日はホームルームだけだし、特に用事もなく終わるから大丈夫だよ」
「よし、じゃあまたあとで」
「はいはーい」
文官科と錬金術科は教室がお互い端の方なので、結構な距離を歩く。
俺はそこで三年間過ごすクラスメイトを何人覚えられるのか、ちょっと楽しみにしていた。
大学時代はやはり選択制のカリキュラムという事もあって、よっぽど重なる学生じゃないと仲良くなるという事は難しかった。
起業しようとしていた友人たちはそうした繋がりが強く、同じ学部なのに一年に数度しか話さないという学生もいた。
小中高は…正直良い思い出がないので割愛だ。
まぁ、今のところデイジー以外楽しくやれそうな相手がいないのが問題だな。
さてと、それじゃあ一つ、学生生活を楽しむとしますか。
* * *
サトリが期待して学生生活は、、想像以上のスタートを迎えた。
「ヴィレッジ子爵家四男のアゾルです。
将来は大量の魔力を使う魔道具を効率的に使い魔力量を減らす為の研究をしたいと思って入学しました」
「シャマル伯爵家三女のアドルティーネと申します。
将来は医療系の事業を興す為に魔道具工学を学びに入学しましたわ」
「ば、バルカス男爵家八男のジャッカスと申します。
将来は魔工技術者になりたくて入学しました、趣味はいつか作りたいと思っている魔導人形の設計図作りとその更新作業です」
この未来予想図ならぬ将来設計をなんと十二歳で済ましているのである。
サトリの前世から見ても珍しいものだった。
派閥二位を何度も位置してきていたという実力は確かなようであるとサトリは思うのだった。
心の内では周りの事をライバル視―――特にサトリを―――していて、トップクラスの成績を出して国家錬金術師になるという夢を持った者が多かったが、一部では少々いただけない思想を持った生徒もいたのでサトリは要注意人物としてみておくことにした。
「《…にしても、前世の十二歳って俺何してたっけ…金持ちになりたい、とかいう漠然とした夢抱いてたくらいかなぁ?》」
そしてサトリの番となり、自己紹介をすることになる。
「師アニムスに師事しているサトリと申します、孤児です。
この度は陛下に褒美として一年早くこの学院に入学することとなりました。
専門は生活を豊かにするような魔道具や魔力を使わない道具の開発です。
派閥の事情で仲良く出来ないというのでしたら諦めますが、そうでなければ皆様と錬金術について色々とお話したいと思っていますので、よろしくお願いします」
サトリの自己紹介は思った以上に不評だったらしく、ジロジロと見られるだけで終わった。
やはり孤児というのは学園におけるカーストにおいて最下層でしかないらしく、どんな実績を持っても大半の生徒が貴族階級出身者なこともあり、視線は痛々しいもので残念な気持ちになるサトリなのだった。
担任はミシェルで、内心では『あーあ、また研究の時間が減る…問題起こさない事を祈るしかないわね』とぼやいていた。
ちなみに錬金術科の担任の決め方はクジらしい、ミシェル以外の講師陣は外れを引いてガッツポーズしていたようで、ミシェルのクジ運の悪さが見て取れた。
カリキュラムは一年次は基本全てが必修である。
机に置かれている教科書―――羊皮紙製である―――を開いて読んでみると、錬金術関連の教科書限定でサトリが学ぶ事は殆どないように思えた。
大抵のタイトルに基礎霊薬術、基礎魔術刻印学といった基礎に関連したものばかりだ。
「…ああ、言い忘れていました。
首席入学で特待生のサトリ君は今年度の錬金術系の科目については免除されていますので、自由に行動してもいいとロイエル教授から申し付かっています。
なので図書館で禁書区域の魔道書を読むなり、暇潰しに私たち講師陣の研究室にきて研究談義をしたり、空き室を研究室にして新しいものを開発―――こちらは事務方での使用許可申請が必要ですが―――していいので、好きにしてください」
「《…うん、なんていうか本当に俺特別扱いされてるみたい。
完全に放し飼いでしょこれ、むしろ感じ悪い!!
見てよ、一部を除いてクラスメイトたちからの白い目線を!?
特に上級貴族出身者とかの視線が痛い、内心も怖い!!》」
助けを求めてサトリはデイジーがいないか視線を彷徨わせるがおらず、まだ交渉中なのだろうと諦めるしかなかった。
孤立させてることに悪意を感じたサトリだったが、上の決定である以上サトリとしても断りようがなく、しぶしぶながらその決定を受け入れた。
「…では、好きにさせてもらいます」
この状況ではいくら言っても意味がないだろうと感じたサトリはこれまで何の繋がりも無かったサトリと、少なくとも横の繋がりというものを重視する貴族や商会出身者とは相容れないものがある。
商会に関してはツテが無くは無いが、商業ギルドとべったりなサトリでは印象が悪過ぎた。
「《…積極的にクラスメイトへ話しかけるのはやめておこう、面倒だし。》」
その後のホームルームは特に何事も無く終わると、サトリはすぐに教室から出た。
サトリ以外は教室から出てくる者はいない、カリキュラムの申請用紙に受けたい講義を受け、講義名と自分の名前を書いて提出しないといけないからだ。
一年次から選択性の講義もあるので、一般教養しか書かなくていいサトリはすぐに用紙を提出して教室から出たのだ。
あのまま教室にいれば因縁をつけようとする生徒が何人かいて、分かっているのにワザワザ受けて立つ道理は無い。
サトリは教室から逃げ出した。
だがしかし、目の前にはデイジー―――とても疲れた目をしている―――が立ちはだかった。
サトリは逃げられない!!
「《………あるぇ?》」
「あら、サトリじゃないの?
もうホームルームは終わったのかしら?」
「はい、たった今終わったところです。
まぁデイジー様は自己紹介しなくてもクラスメイトの方々は分かっていると思うのでカリキュラムの申請用紙の提出だけで終わると思いますよ?」
「貴方は本当に慇懃無礼ね、こういう時の顔合わせが社交性に繋がっていくのでしょう?
申請用紙を提出してすぐ教室から一人で出て行く貴方と一緒にしないでちょうだい」
「いやー、早く教室から出ないとちょっとよろしくない話を持ちかけてきそうな方がいたので、逃げてきたんですよ。
デイジー様、助けてくださいませんか?」
遠回しに『あんたの所の子分がちょっとうるさいんで、どうにかしてくれない?』とお願い―――そう、お願いをしているのだ。
間違っても脅したりなんてしていない、何せいい笑顔を見せて上目遣い―――まだデイジーの方が身長が高いので―――をしているだけだ、あざとさアピールしかしていない。
「…その鬱陶しい笑顔と慇懃無礼な言葉遣いを少しは改めるのでしたら、十全に対処して差し上げましょう」
「酷いなぁデイジー様、自分はそんなに胡散臭いですか?」
「ええ、さも『私分かってますよ』みたいな表情をしているのは確かね。
あと私は貴方の事を胡散臭いなんて一言も口にしてはいないわよ、自覚していての行動だからぽろっと口に出たのかしら?」
さすがにあざとすぎたのか、デイジーからは大不評を被るのだった。
「…一応確認なんですけど、言葉遣いを崩して無礼討ち…なんて事ありえませんよね?」
「貴方は私の事を何だと思っているのかしら?
しないわよそんな事、したら…いえ、そもそも貴方無礼討ちなんて受け入れないでしょう?
一応だけど、学園では身分は公平にと学則にあるんだから」
「それもそうですけど、貴族の方からするとそういうのもあるんじゃないかなぁと」
あえて回答をぼかして話題を戻すと『不意に無礼討ちなんて不名誉極まる事なんてしない』と確約をもらった。
派閥の統括役を任されている筆頭貴族からの発言があった以上、これからは錬金術派閥から襲われる事は無いだろう、出したら派閥の面子を潰す事になるからだ。
後からデイジーが周知させるだろうし、一応は安全であることが確保されたサトリは念の為に辺りを見回して口を開く。
「それじゃああとはよろしく、デイジー様」
「ええ、よろしくてよサトリ、任されたわ
(…様がついているけど、まあいいわ)」
サトリはその足で事務所へと向かった。
空き室を一つもらう事にしたのだ。
今サトリには個人的な研究スペースというものは無いに等しい。
あるにはあるのだが、肥料を作る為の王都郊外にある休憩所だ。
だがそこは遠い上に臭いので正直どうにかしたいという気でいたので、この機会に借りることにしたのだ。
アニムス魔道具は地下室全てをアニムスが使ってるから借りようがない、借りた場合間違いなく使用料を取られる。
なのでそもそもアニムスを頼ることは選択肢に入っていない。
となると、この広い学園に研究室を作るしかないだろう、そう結論したのだ。
実験スペースがあるのは色々と助かるし、孤児院の部屋を他の孤児たちと違って一室を余計に持っている身としては申し訳ない気持ちにさせられたのだ、たとえ出資者がサトリであろうと。
あれがなければもう少しだが孤児院の受け入れ人数も増えるだろう、何せ食料事情は改善されている、あと十人くらい増えても余裕だった。
しかも最近は寄付が増えているというのもある、これは明らかにサトリへの印象を良くしようとしている商人たちの行動だが、貰えるものは貰っておこう精神で気にしていない。
もちろん名前だけは控えていた、いつか役に立つこともあるだろうと考えてのことだ。
申請は思いの外早かった、空いている教室―――三階の角部屋である―――を宛がってくれた事に感謝して案内された教室へと行ってみると、何故かそこにあったのは大人数が使うはずの大教室だった。
「《いや、別にいいんだけどね?
広い方が機材いっぱい置けるし、材料とか素材も―――今は手持ちが殆ど無いが―――これだけ棚があれば何とかなる。
まあ、座り心地の悪いイスに関してはどうにかして王都にある木工職人にお願いするしかないな。
あと机は…繋げればいいか、清潔な布を敷けば機材も置けるし。》」
窓を開けると換気をして、サトリは埃を魔法で外に追い出した。
カーテンは生活魔法と呼ばれる大衆向けの魔法である『清潔化』の魔法で新品同様に清潔にする。
学園では指定された以外の場所で魔法を使う事は禁止されているが―――探知系の魔法があるらしく、違反者はすぐに見つかる―――生活魔法といった魔法は周囲に被害を及ぼすほど大量の魔法を使う訳でないので、許可されている。
「…よし、帰ろう」
とりあえずサトリは扉に簡易的に作った結界を展開しておいた。
素材や触媒は魔道具店から有料で買った余り物だが、大規模魔法一発は持つ強度の結界である。
本来ならば攻勢防御とか拘束系の術式も盛り込みたかったようだが、素材の手持ちがないので諦める事にしたのだった。
「―――あれ、ケリィ義兄さん早いね。
もうそっち終わってたんだ?」
少し歩くと正門へ着き、ケリィが暇そうに立っているが見えたので駆け寄った。
駆け寄るまで何人かの生徒がケリィを囲んでいて、結界のおかげで事無きを得たようであった。
「…ん、ああサトリか。
ちょっと護符で追加注文してもいい?」
「孤児院に帰ったらすぐするね、先にどんな効果を追加するのか聞いていい?」
「防音」
それは盲点だったとサトリは思った。
護符は物理、魔法を弾いてはいたが、音までは遮断していなかった。
制服改造に資金と原材料の大半使っていたので、もう殆ど残ってない。
限られた素材でケリィの期待に応える事にしたサトリはその後、試行錯誤を重ねて何とか要望の防音機能を持った魔道具を―――防音は意外と護符にするとすぐに魔力が尽きるので、魔道具になった―――作る事に成功したサトリはケリィに満足してもらえたのだった。
そしてその夜遅く、アニムスがサトリをを呼び出したので慌てて夜の王都を駆けることとなった。
* * *
(サトリ視点)
師匠の店に入ってみると、何故だか出迎えたのが無表情の青年―――否、魔導人形だった。
名前は…確かレト、だったと思う。
魂を除いた全てが人工物、機械仕掛けで―――魔力が原動力だけど―――動く師匠の使い魔みたいな存在だ。
普段は護符や霊薬の原材料を取りに行っているので王都にいないのだが、帰ってきていたのだろう。
そして金遣いの荒い師匠の為に冒険者もやっていて資金源でもある戦闘特化型の魔導人形である。
「レト、師匠は?」
「マスターは、地下に、おりマス。
サトリは、地下に行くように、ト、マスターより申し、つかって、いマス」
レトには驚いた事に人工頭脳―――完全にオーパーツなのだが―――を備えていて、そこそこの会話が出来る。
地下室へと降りていくと、師匠が楽しそうに立っていた。
目の前には台座があり、その上には金属製の歯車や魔物の筋肉を原材料にした人工筋肉、そしてミスリル―――真なる銀とも呼ばれている―――で作られた人工頭脳が置かれていた。
なんというか、これは今から何をしようとしているのか分かった気がする。
「…こんばんわ師匠。
そこに並んでいるのは、やっぱり魔導人形の原材料です?」
「…ああ、こんばんわサトリ。
少し前にミスリルの方が終わってね、サトリの見立てどおり、魔導人形を作ってもらおうと思って」
時刻は午後八時、魔導人形の製作には最速でも六時間はかかる、師匠はもっと早いが。
何度か作ったことはあるから手順はばっちり頭にはあるが、所々見たことのない素材や触媒がある時点で間違いなく上級編ともいえる魔導人形になるんだろう。
何せ魔核炉になるのは見た事のない位大きな魔石―――魔物の心臓部ともいえるもので、強ければ強いほど大きい―――だからだ。
加工するのに一番時間以上かかるんだよなこれ。
やったね、徹夜コース決定だよ。
「…随分と急ですね、こんな難しそうな魔導人形を作るなんて。
もっと段階的に練習して、このレベルの魔導人形を作るんじゃないかと思っていたんですけど」
「私も本当はそうだったんだけど、ちょっと遠出しなくてはいけなくなってね。
その間サトリの護衛を近衛騎士だけにしておくと少し不安が残るから、かなり無茶だとは思うけど魔導人形を作ってもらおうと思って。
性能的にはレトと同格…は難しいから、少し下かな。
それでも並の上級冒険者なら性能だけで圧倒出来るから、まず大丈夫だよ」
上級冒険者に並なんてあるんでしょうか、なんて口に出来ない。
師匠が言うからにはそうなんであって、師匠がやれといえば俺はやるしかないんだ。
世間知らずの俺にとって、師匠の基準が世界基準だからな。
ていうか、師匠が王都を出るなんてこの一年少しじゃはじめてだ。
何しに行くんだろう、昔の友達に会いに行くとか?
「…大丈夫だよ、肝心要の魔核炉の加工と人工頭脳への書き込み以外は手伝ってあげるから。
主人であるサトリがそれをしない事には、魔導人形はサトリの命令を聞かなくなるからね」
はぐらかされて気もするけど、まぁいいかな。
魔導人形が俺を主人だと認識させるには、まず人工頭脳に俺の情報を術式で書き込む。
それに加えて、魔核炉を加工して俺の魔力で染め上げれば完成だ。
この魔核炉に俺の魔力で染め上げる…つまり魔力を込める作業だが、魔核炉を満たすか溢れさせる位魔力を注がないといけない。
いや、溢れさせたら器である魔核炉が耐えられなくなって大爆発するから溢れさせないけど。
この魔核炉が魔導人形を動かすエンジンであり、バッテリーなのだ。
いわば魔導人形とは前世でいうところの電気自動車のような存在と認識している俺はこの工程が一番怖くもある。
失敗したら、大爆発を起こして死ぬからな、命懸けである。
この魔核炉が全身に張り巡らせた魔導回路に魔力を流す事で、魔導人形は起動する。
特に魔核炉を組み込む魔道具は原材料だけで金貨五十枚…日本円でおそらく千五百万位する大変高価な代物です。
ちなみに師匠の魔導人形は動力源が大気中の魔力だそうで、魔核炉の部分に周囲の魔力を取り込む機能を持つ魔道具が埋め込まれているらしい、半永久機関である。
俺の作る魔核炉にもう一手間加えるそうだが、材料がオリハルコンとか超級の魔核とか使うから現状の俺では逆立ちしたって作れない。
俺もいつかそれを作ってみたい、電池式で動く魔導人形って前世の人形を彷彿とさせるのでちょっといやなのだ。
完全…かは分からないが、永久機関を作り出すというのは科学者でもない俺でも憧れがあるしな。
「…あれはちょっと今のサトリでも難しいかなぁ…原材料も竜種級、しかも古竜種級の魔石が必要だから、今の魔導人形を限界まで改造して、それで討伐しないとね」
竜種ですか、ドラゴンだわーい。
…そうかぁ、まだ見たことないけど、ドラゴン退治しないと手に入らないのか、しかも古竜クラスの超弩級の化け物退治か。
…どれだけ改造したら古竜倒せるレベルになるんだと思ったけど、まずこの魔導人形を作らない事には始まらない。
「分かりました、それはまた今度聞きます。
それじゃあ、師匠、俺早く眠りたいんで急いで始めましょう」
「魔核炉と人工頭脳以外なら二回まで失敗してもいいから、慎重にね?
ちなみに二回も失敗すると性能もレトより二周りほど下回るから、その事も注意して臨むように」
「……絶対失敗せずに作らないと」
どうやら同一の原材料―――特に人工筋肉の原材料は討伐難易度ランクの高い魔物の筋肉だから―――はすぐには集められなかったようで、これに失敗すれば目標のドラゴン退治が先延ばしになってしまう。
―――その結果、師匠の補助もあって俺は失敗せずに魔導人形を完成させることが出来た。
うん、一発でトントン拍子で出来るとはさすがに俺も思っていなかった。
もう体に染み付いてるなこれ、別にいいけど。
全長百八十センチ、体重九十キロ、筋骨隆々…には素材的に無理だったので中身の割りにひょろく…見えるようになった。
個人的には女性的な体格が良かったんだけど骨格的に難しいし、『サトリは魔導人形を抱く変態的な趣味でもあるのかな?』なんて言われればもうそれを否定する為に男性型にするしかない。
まぁ見苦しいのは俺もいやだから見た目は爽やかな顔立ち―――前世の雑誌で見たメンズモデルの顔―――にした。
…いや、そんな魔導人形を抱くなんて趣味はないけど、女性的な方が個人的にも若干でも精神が潤うかなぁなんてちょっと思っただけで、別にこの俺の作品の顔立ちが嫌だという訳じゃない。
まぁ、顔なんて別に何時でも弄れるし、いつか作る二体目の魔導人形を女性型にすればいいしね、今回は男性型で満足するとしよう。
「…うん、よく頑張ったねサトリ。
書き込みの為の術式をここまで改良出来ていたなんて驚いたよ」
「正直前世にいた頃ちょっと齧ったプログラミング技術がここで役立つとは思いませんでしたよ。
師匠もやってみます?
基礎は何とか覚えてるんで、これ丸々転用すればレトの思考回路がかなり早くなると思いますよ?」
ホームページを一から作った経験がここで役に立つとは…人生何が役に立つのか分かったもんじゃないな。
まぁレトに使っていた術式も結構転用してるから、かなり省略出来てよかったよ。
「時間に余裕があればやってみようかな。
まぁ今回請けた仕事はかなり厄介だから、早めに取り掛からないとこっちの身も危ないからね」
「そんなに危険な依頼なんです?
受けなきゃいいのに…師匠に死なれたら俺怖い貴族に手篭めにされちゃうんですけど?」
「その時はそんな貴族容赦なく殺して国外逃亡しなさい、私がもし生きていたら後始末もちゃんとしてこの国に帰ってこれるようにしてあげるから」
やったね、殺人許可もらっちゃった。
まぁ、貴族殺しは最終手段だ、頑張って半殺しに留めよう。
やったら最後この国に残れても針の莚だし。
「了解です、師匠にはまだまだ教えてもらう事がたくさんあるんで、俺が溜め込んでいる護符いっぱい渡しておきますね」
師匠のつけている護符も半分くらいは俺が教えた漢字で構成され始めているけど、それでもまだまだ予備はいくらでもあった方がいい。
幸い、この世界には某自称青いネコモドキロボットが持っていた異次元的なポケット…はないが、異次元鞄があるから、それに入れればいくらでも入るからな。
「助かるよ、二ヶ月ほど留守にする。
それまでサトリは学園の図書館で私の教えていない技術を一つでも多く学ぶことだ」
「分かりました、頑張って覚えます」
「それじゃあ、この魔導人形に最後の作業を、『名前』をつけてあげよう」
「…名前かぁ」
後は名前を術式に書き込んで起動させれば終わりだ。
この魔導人形を作っている最中、何度か候補は上がっていた。
かっこいい顔立ちだしアーサーとか、ノヴァとか。
ちょっとくらい中二的なものにしても、誰もおかしいとは思わないだろうし、羽目外して結局…、
「…よし、君は…フレア、『劫炎のフレア』だ。
正式名称は『劫炎のフレア』、略称はフレア。
俺の最初の作品で、これから俺の全ての技術を君に込めるよ。
いつか君を師匠のレトよりも最強の魔導人形にしてあげるからな」
少し控えめになった、羞恥心には勝てなかったよ。
錬金術師にとって四大元素というのは縁が深いものがある。
なので、名は体を現す…ということで、最終的に俺はあと三体の魔導人形を作って、俺の護衛をはじめ身の回りの世話や素材収集といった諸々を全て彼らに担当してもらう事にした。
これなら初期投資はかなりコストがかかるけど、長期的に見ればフレアたちが護衛や原材料収集といったことをしてくれるおかげで近衛騎士団からいつまでも護衛をしてもらわなくても済むし、『貸し』といつまでも取られなくて済む。
なにより本気で護衛にするのなら冒険者や傭兵、果ては合成獣みたいな使い魔となると毎月の護衛代やバカみたいなエサ代を支払わなくて済むのが実にいい。
特にキメラなんてすぐ死ぬから新鮮な死体を捜すの面倒だし。
改造するのだってフレア達に取って来てもらえばいいんだし、良いこと尽くしで悪い事なんてどこにも無いだろう。
ローリスクハイリターンなんて夢物語かと思っていたけど、意外と何とかなるかもな。
いつか俺も誰かに『人形遣いのサトリ』…みたいな中二的な二つ名で呼ばれる…なんて日もなくもなくもないかも…いや、呼ばれたら恥ずかしいし来ない日の方を祈ろう。
ただでさえ『豊穣の錬金術師』なんてこっぱずかしい呼び名されてるんだ、スローライフ…楽隠居を望むのなら、二つ名を呼ばれるくらいの有名人になんてならないに限る。
もう手遅れかもしれないけど。
「サトリならあと十年もしない内にそれが出来てしまいそうで怖いね。
私もうかうかしていられないな」
十年か…そこまで急ぐ気はないんだけど、まぁ師匠が楽しそうにしているようだし、頑張ってみるかな。
周辺国における錬金術業界で言うと、師匠がダントツのトップで他に追随する事の出来る錬金術師は各国に一人いるかいないかだという。
常に先頭を走り続ける師匠も、自分と同じレベルの錬金術師と研究について話したりしたいんだろう。
俺が話せるのは魔道具とかの魔術刻印ぐらいだけど、あれにしたってもう師匠は要領得ちゃってるし、あとは漢字を覚えるだけだからな。
たまに聞かれるくらいで、もう俺のお役ごめんは間近である。
師匠と対等かあ…やるならトップクラスじゃなくてトップ目指す気でいかないと、師匠のところには追いつけないかもな。
「…それじゃあ、眠いんで起動します」
でもまあ、そういうのは明日…日付変わっちゃったから今日か。
「しまらないねぇ」
苦笑する師匠だが仕方ないでしょう、眠いんだからさ。
「これが俺ですから」
結局のところ、俺は俺のペースでしか歩く気はないからな。
俺の魔力が魔核炉に注がれ、全身に行き渡っていく。
魔力量は一年以上かけて増やしまくった上に、トドメとばかりに師匠からの入学祝―――魔力の塊を貰ってバカみたいに増えた。
いわゆる外法の類だが、直接魔力を飲み込むなんていう下手したらショック死しかねない方法しかないので俺の今の魔力量は師匠がいうには宮廷魔導師と比べても軽く超えているそうだ。
俺は宮廷魔導師十人分の魔力を魔核炉に注ぎ込んで、規定値を魔核炉から魔力が溢れる寸前ですぐに止めた。
一気に魔力を注いだ所為か立ち眩みがするが、フレアにマスターである俺の不甲斐ない姿を見られて第一印象を悪くするなんて無様は出来ないからな。
胸部を閉じると用意しておいた貫頭衣を着せる。
どうせ生殖器部分なんてないし、連れて帰る際にチラ見して恥ずかしがる必要はない。
それでもこの容姿だから目立つが…こんな事なら、認識阻害の魔道具を持ってきておくんだったな。
しばらくして、フレアが目を覚ました。
俺とは違う赤髪紅眼で辺りを見回すフレアが状況把握をしようとしているのに気付き、それとなく教えてやることにした。
「おはよう…いや、こんばんはかな?
ここはアニムス魔道具店だよフレア。
俺の事はわかるか?」
フレアは手術台から起き上がると、俺と師匠の顔をいったりきたりと見てから手術台から降りて跪いた。
「はい、マスター。
本機『劫炎のフレア』の造物主にして錬金術師、『豊穣の錬金術師』と呼ばれているサトリ様でございます。
隣におられるエルフの君は世に『賢者』と呼ばれ、サトリ様の錬金術のお師匠でもあらせられるアニムス様でございます」
おお、すごい、喋ったよ…会話してる…会話してるよ俺!!
フレアってばレト以上に饒舌すぎ、声も心地いいし想像以上のイケメンを作ってしまったようである。
「うん、起動時の思考速度を除いて通常の人間と大差ないね。
論理回路も優秀なようだし、これは色々と期待できそうですね師匠!!」
「うーん、これを見せられたら私もレトを改造してきたくなったね…とはいえ、一度書き込んだ術式を弄るとなると一日二日では難しいからな…はぁ、やっぱり改造はこの依頼が終わったらだね、残念だ。
ところでサトリ、試運転はいつするんだい?
この調子ならあとは動作確認…特に戦闘に際してのデータを取らないといけないんだけど、これはなるべく早い方がいいからね」
師匠が帰ってくるまでは基本ずっと一緒にいるから採取とかはさせないけど、性能の把握はしておかないとね。
こっちが想定している性能ならいいし、どこか不具合があるなら師匠がいる午前中に少しでも話を聞いて改善するに越したことはないからね。
「んー、昨日の今日でサボるのはちょっと嫌だけど、まぁ試運転がてら王都の外に出てきますね」
どうせ錬金術系の講義は出なくてもいいし、一般科目は午後からあるのだけ出しな。
午前いっぱいフレアを王都の外で動かしてデータを取って、よかったらそのまま学園にいって使い魔申請して学園内にいてもいいようにしようか。
「早速私の性能試験なのですねマスター?」
「そうだよフレア。
今はちょっと夜も遅いから…日が明けてからにしよう。
…それじゃあ師匠、俺はこれで」
「ああ、今日は面白いものを見せてもらった。
私は明日の午後には王都を発つから、気が向いたら顔を出しなさい
(まぁ、別に今生の別れにもならないからわざわざ足を運ばなくてもいいけどね。)」
「護符渡さないといけないんで、絶対にいてくださいよ?」
なにしれっと行こうとしているんだかこの師匠は。
朝になったらまた店に行って師匠に渡してから王都に出るとしようかな。
俺はこの姿のフレアが目立つからと行って師匠から頭まですっぽりと隠せる外套を借りて店から出た。
時刻は草木も眠る丑三つ時、周りも静かでちらほらと警備隊の人間が歩き回ってるくらいだ。
何度か職質をかけられて―――結局外套を被っていた所為で目立っていた、失敗である―――孤児院まで送ってもらい、眠いのに散々な長い一日となった。
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