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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
漂泊篇:第一章 病愛包めぬ俗の町
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旅の始まり

「あっ、おい! 帰ってきたぞ! 三郎太だ!」


 闇の中から三郎太が子供二人を連れて町に帰ってくる。

 子供たちは三郎太の裾を掴んで泣きじゃくっている。しかし子供と三郎太の距離は微妙に空いていた。

 それは三郎太自身、先ほどまで気付かなかったが、全身腐肉と返り血にまみれ、その様相が悪鬼の如くであるからだった。

 三郎太は、救われたはずの子供たちをしておびえさせるほどに鬼気迫る様相を見せていた。


「三郎太、お前……」


 駆け寄ってきたのはアンドレ。

 何と声をかければいいのか、言葉を捜しているといった様子で三郎太と子供へ視線を行ったり来たりさせている。


「せっかく仕立てて貰ったものだが、台無しにしてしまった」


 子供たちを引き渡して言う。

 三朗太には事情を説明する気は無かった。

 説明すればアンドレは間違いなく責任を負おうとするだろうからだ、そんなことをする奴はマリアだけで十分だった。


「そんなことより、なんで、お前が……」

「残念だが、ルイとジャンの遺体はまだ屋敷にある。何とかしてやってくれ」

「お前な……」


 大の男が泣きそうなほどの困り顔をしているのを見て三郎太は薄く笑った。

そして近づいてきた町長の方へ、居住まいを正して向き直り、言った。


「町長、支度が出来次第ここを出る。これまで世話になりもうした。」

「……三郎太さん、すまないなぁ……」


 町長は事情を察したか、マリアから聞いたのだろう。沈痛の面持ちで俯いた。

 町長個人の思いでは三郎太を助けてやりたかったが、町長には他に何人もの守らなければならない人々がいるのだ。三郎太だけには拘れない。

 三郎太も町長の判断を歓迎した。

 あとはこの領主殺害が、反乱によってなされた訳ではないと、ガルシア家の名誉を傷つけることなく処理されれば良かった。



 家に戻る途中、待ち構えていたマリアが小走りで三郎太に駆け寄り、横に並んで歩き出す。


「お帰りなさい。さっきも言ったけど、処罰されるときは私も一緒だから、安心しなさいね」

「いや、そうはならん」


 そう言うや否や三郎太は、マリアの方も見ずに懐から取り出した例の紙を道中の篝火の中に突っ込んだ。

 はじめからこうするつもりだったのだ。責を負うのは、己独りで十分である。


「いや、ちょっ! 何すんのよ人がせっかく!」

「心使いだけで十分だ。事を成す励みになった」


 驚き戸惑うマリアの顔をしっかりと見て三郎太は素直な気持ちを告げた。


「はぁ……もう、勝手な人ね」


 苦笑するマリアを見た三郎太は、なるほど、この女は誰からも好かれるだろうな。と思った。

 飾らずに、いつも素直に感情を見せるマリアを好ましい人間だと思ったのだ。



 一度家に入り、支度を整えてから外に出る。見送りは町長とアンドレ、マリア、そして数名の役人だった。


「三郎太さん、実は儂はあなたに黙っていたことがある」


 町長は言いにくそうに言う。


「ここからしばらく北東に行ったところに4つの山からなる地域があり、そこにあなたと似た服装をしたアヅマという連中がいる。しかし、彼らは排他的でその実態はよそ者にはほとんどわからん、その上、人拐いや人殺しを生業にする連中とも言われている。それを伝えたらあなたが怪我の治癒も待たずに行ってしまうのではないかと思って伝えなかった。しかし、こうなってしまったからにはあなたの判断に委ねることにしようと思います。一応、あなたの身分証明書は作った。これからどの都市に寄ってもこれを見せれば入れるはずです。あと、僅かですがこれには路銀と保存食もいれておきました。事件はきっと内密に処理される。ほとぼりが冷めたころ、また来てください。あなたは町にとって英雄だ」

「何か何まで、結局最後まで世話になり申した。家名にかけて、この恩は忘れませぬ」


 渡された荷物袋を受け取り、肩にかけた。


「……また来いよ。いつでも歓迎する。事情もいつか話せ。」

「私、教会の仕事で結構いろんなところ行ったりするから、会ったらそのときはよろしくね」

「うむ」


 アンドレとマリアの見送りにはいつも通り口数少なくぶっきらぼうに返事をした。

 言葉を交わせばこの町の日々をあれこれと振り返ってしまう。そして迷いが生じてしまうから。

 三朗太はまたここに来るのがいつになるかは分からないが、何故だかそう遠い未来の事では無い気がしていた。


「それでは」


 それだけ言うと町に背をむけ歩き出す。

 背中に届く声には振り返らなかった。

 まずは、北東の山、町長に言われた通りに向かってみよう。そこには故郷に帰る道があるかもしれない。

 三朗太は以前森を出て町に向けて歩き出した時の気持ちを思い出し、今こそが始まりの時なのだと、そう自分を励ました

 

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