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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第三章 秩序の要諦新年祭
69/102

歩寄

 いつもより遅くに目が覚めて、ベッドから降りたセシルはほんの少しだけカーテンを開けて庭を見た。


「まだいる……」


 庭に立っているのは、言うまでもなく清浜三郎太だった。

 稽古の始まる時間はとっくに過ぎているにも関わらず、彼は全く不動の姿勢でそこにいた。

 今日は雪が降っていた。彼は肩に積もる雪を払おうともしない。白痴のようにたたずんでいる。


「馬鹿じゃないの」


 セシルが稽古に出なくなって五日が経つ。

 あんなことがあったのだから、もうこの話は無かったことになっているに違いないとセシルは自分に言い聞かせていた。しかし、彼は来る日も来る日もそこにいた。


「殺されかけて、どうして平然としていられるの」


 化物は決して化物ではなかった。

 あれは唯の人間だった。

 しかし、セシルの知っている世界にあんな男はこれまでなかったし、これからもいらなかった。

 一度認めてしまえば際限がなくなる。だからセシルはあの男と関わるのももうやめた。

 稽古に出ないのは勿論。顔も合わせたくなかった。


「セシルーっ 遅刻するわよ。早く降りてきなさい」


 敬愛してやまない先輩、人格者、三神の代行者聖女マリアの声がする。

 セシルはそっとカーテンをもとに戻す。

 マリアが用意してくれた稽古を台無しにしたのにも関わらず、マリアはいつもと変わらぬ様子でセシルに接していた。

 セシルはそれを不気味に思ったこともあったが、今では全くそう思わなくなった。

 あの男がいたことによってうまれた異常が、元の状態に戻っただけなのだと、そう思っていた。


「何してたのよ、冷めてるわよ」


 既に朝食を摂り終えていたマリアが朝刊を広げながら言った。


「ただの寝坊です」

「そ。あ、今日は私帰り遅くなるから、神父にはもう伝えてあるけど」

「何かあったんですか?」

「神威山よ。神意執行会クルセイダーズがあっというまに魔獣を追い払って手に入れたあの山。連中はなんでか知らないけれど、教会の一部の人間しかあの山に入れないし、騎士団に至っては近づくことすら許してない。神意執行会に所属していない開拓者はもってのほか。道路整備から砦の建設まで全部神意執行会がやってるのよ。そんなんだから方々ほうぼうから何とかしてくれってありがたいお声がかかってね。正直、先輩――大聖女サマの鶴の一声で解決すると思うのに、なんで私に話が回ってくるかなぁ」

「信頼されてるからですよ」

「はっきりいって有難迷惑ねぇ。なんか厄介ごとの気配がするわ」


 マリアはうんざりしたように嘆息しながら、コーヒーカップに手を伸ばす。


「ところでセシル、今朝はやけに思いつめた顔してるわね。なんかあったの?」

「……別に何も。気のせいですよぅ」

「ふーん……」


 やはり前言撤回だ。いつもと変わらないなんてことは無い。

 当然だがやはりマリアは知って居るのだ。あの男とセシルの間にあったことを、そのうえで、まるで何も知らないふりをしている。つまるところ介入するつもりはないのだろう。

 マリアの全てを見通しているかのような、いたずらっぽい視線に撫でられて、居心地の悪さを感じながら、セシルは手早く朝食を済ませた。





「あら、セシルさんではございませんの!」

 

 昼休み、魔法学校の廊下でセシルはアンリエットにばったり遭遇した。


「こんにちは。アンリエットさん」

「ごきげんようですわ。ときに新年祭への準備はいかがでしょう? 私はこのあいだの休みは一日中剣を振っていましたの。次の日は筋肉痛になりましたが――」


 新年祭。その言葉がセシルに重くのしかかった。

 もはや新年祭への情熱など失せていた。勝ち負けも、内容もどうでもいい。

 早くその日が過ぎてしまえばいいと、そう思っていた。

 負けようが無様な試合を見せようが、マリア先輩はきっと変わらない。

 そう思いながらも、セシルはどこかうしろめたさを感じていた。


「うん、順調。お互い頑張ろう」


 それだけを言って、その場を去ろうと踵を返すと、「セシルさん」と背中を呼び止められた。

 顔だけで振り向くと、アンリエットは言った。口元は微笑んでいるのに、ひどく冷たい視線を投げかけながら。


「私、できれば無様な試合をしたくはありませんの。私は私個人のプライドだけでなく、家名も魔法学校の名も背負っている自負がありますから。ご都合が悪いのでしたら、無理にでも辞退することをお勧めいたしますわ。慣例をやぶるのは気が引けますが、私も口添えいたしますから」





――無理をしてでも辞退しろ。


 その言葉が、セシルの脳内をぐるぐると回って離れない。

 新年祭の模擬試合では基本的に辞退は認められていない。だから無理をしてでも辞退しろというのは、指の一本や二本折って無理にでも辞退しろという事だ。そのうえ、それを言った名家のお嬢様はさらに辞退の旨をお偉方に掛け合ってくれると言う。お前みたいなやる気のないのに出てこられては迷惑だからと。

 なんとありがたいことだろう。こんな人を見下した助言があるか。あまりの侮辱に腸が煮えくり返る――のだろう。かつての自分だったら。


 今、セシルはアンリットの言葉に何の反感も抱いていなかった。

 むしろ、彼女の言葉はもっともだと思っている。

 彼女の新年祭にかける思いは余程強いのだろう。それなのに、相手がこんなにも腑抜けているのなら怒りを覚えて当然だ。


「あの……セシルちゃん、お茶、冷めちゃうよ……?」

「五月蠅い」


 沈黙に耐えかねておずおずと声を上げたノエリアをセシルは一刀両断した。

 「一言しか喋ってないのに……」ノエリアは涙目になりながら紅茶を啜った。

 まったく気の毒なのはノエリアだった。

 折角三人、喫茶店でお茶を囲っているというのに、セシルもシオーネもずっと難しい顔をして黙っている。

 ようやく話しかけてもこのざまだった。


「……私、わかんなくなった」

「な、なにが分かんないのかなっ!? シオーネちゃん!」


 シオーネのつぶやきに、せっかく掴んだ会話の糸口を放すものかとノエリアが食いつく。


「大聖女様の言葉に間違いはないと思ってた。だから『悪』は倒し、『魔』は追い払わなきゃいけないと思ってた。でも、あの人は違った。確かに人とは違うけれど『魔』じゃなかった。確かにクズだけど、『悪』じゃなかった。あの人がお兄ちゃんを殺したのは間違いない。今だってそれは許せない。だけど、なのに、あの日から、憎いって気持ちに素直になれないんだ。あの人を殺してほんとにそれでいいのかって考えちゃう」

「シオーネちゃん……」

「…………」

「カドリのおっさんから手紙が来たんだ。恋と憎悪は人を盲目にさせるから、もしそう思ったときはもう一度自分の心に問い直せって。そしたら、そうするほどにわかんなくなった。……何を言ってるか分からないと思うけど、私にも分からない……だから」


 シオーネが顔を上げて、セシルを見た。


「私は、あの人の事を知らなきゃいけないんだと思う。そしてから、誰の言葉にも流されず、自分の意思で、あの人をどうするか決めなきゃいけない。セシル……先輩はどうなの」


 なぜ自分はあの男を殺そうと思ったのだろう。

 始まりは単純にあの男が嫌いだったからだ。あの素性の知れない男がいきなり現れて、もしかするとマリア先輩を連れ去ってしまうんじゃないか、しかもそいつは野蛮で、粗暴で、常識を知らなくて、魔法も使えない。……そんな、誰にも明かせないあまりにも子供っぽい理由で、あの男が嫌いで、邪魔だと思っていた。

 そのうえあの男は殺しの気配を濃密に纏っている。シオーネの言う通り彼は間違いなく人を殺している。しかも一人や二人ではない。故に嫌悪した。憎悪と言ってもいい。

 しかし、それでも本当にそこまでだったのだ。人殺しは殺してもいい? そんなはずはない。

 なのに、いつからだろう、あの男は排除しなければならないと思ったのは。

 遅刻した程度でいきなり水を被せられて腹が立ったから? 違う。

 教えられたのだ。大聖女に。


『きっとその人……いえ、ソレは『魔』でしょう』


 自分たちと異なる『モノ』は都市から追い出し、山に追い立てろ、谷に落とせ、河に沈めろ。夜に隠せ。それが三神の意思であり、教会の責務である。


 あの時真実だと思ったそれは、果たして本当にそうだろうか?

 ……いや、そんなことはどうでもいいのだ。答えが出るものではない。

 問題は、そこに、あの決断に、私の意思があったのか、そしてそれは私が選んだ道なのかというただそれだけだ。当然、答えは――。


「私も、確かめなきゃいけない。あの人のこと」


 彼は何者だ。何処からきて、何処へ行く。何に泣き。何に笑う。

 しかし、今更どんな顔をして彼に会えばいい。

 自らを化物と呼び、殺そうとまでした相手が、ノコノコと出て来たら彼は一体どうする。自分に何ができる。

 きっとシオーネも同じことを思っているだろう。散々襲撃しては、「二度と顔を見せるな。次に会えば殺す」と言われているのだ。


――誰か、ほんの切っ掛けを作るだけでいい。誰かいないだろうか。私たちと彼を繋ぐ誰か――。


 シオーネと視線がかち合い、横にスライドしていって……――。


「へ? えええええええええ!!!???」


 ノエリアの哀れな悲鳴がこだました。






――此方こちらでも雪は降るのだな。


 三郎太は道の端に積まれた雪を見て、何気なくそう思った。

 直後に、なんて当たり前のことをさも感慨深そうにと自嘲した。

 雪は昼頃には止み、今現在、十五時過ぎには徐々に溶け、みぞれ状になって道行く人の足元を湿らせていた。

 三郎太は屯所の帰りであった。雪の降るような厳寒でもいつもと変わらぬ袴に羽織の出で立ちだった。

 屯所で剣を教えるようになると幾らか実入りもあり、綿の入った布団一式をそろえ、家の穴も完全に塞ぐなど、冬を越すには困らない準備を整えることが出来た。

 それでも、用意できた布団は二枚だけであり、それを繋げて蚩尤やティアナと三人並んで寝なければならないのは変わらなかった。

 大通りを折れて、家までの最短距離を行こうとしたとき、声がかかった。


「あのっ、清浜さん!」


 振り向いた先には、制服の上にコートを羽織った見覚えのある少女――ノエリアが居た。

 緊張の為であろう。肩の上下に合わせて白い息が昇っていく。


「あの、よろしければ、お茶でもどうでしょう。美味しいお店……知っているんですけれど……」


 後の方ほど尻すぼみになっていく。


「今回はどんな趣向だ。次に会うときは斬ると伝えたであろうな。今ならまだ間に合う。無い知恵を絞り、細腕を鍛えて出直してまいれ」

「ち、違います。私一人ですっ!」


 姿なきシオーネに向けて語り掛ける三郎太の前に、ノエリアは怯えつつ駆け寄った。


「今までのとは関係ありません。なので今日は斬った張ったは無しで……無しでっ……!」


 どんな罵声が飛んでくるか、いや、もしかすると今度も拳……悪ければ剣が飛んでくるかと戦々恐々としながら、手を合わせて懇願するノエリアが聞いたのは、意外にも穏やかな声であった。


「冗談だ。気配がないことなど知っておる。さ、案内せい」






 こうまであっさりといくとは思ってもみなかった。

 順調に事が運びすぎたせいで、心を落ち着かせるタイミングも無く。テーブルについてしまった。

 ノエリアは視線を左右に揺らしながら三郎太の出方を待った。

 

「よく知らぬが、今は学校の時間ではないのか」

「あ、え~と……自主休講です。なんちゃって……」

「何だと」


 途端に三郎太の顔が険しくなった。

 ノエリアは泣きたくなった。


「感心せんな。しかし、まぁたまにはよかろう」


 小言や罵声が続くかと思いきや、ここでも三郎太はあっさりと引いた。

 ノエリアは、セシルやシオーネからの伝聞と、自分の体験とを思い返して、意外の感に打たれた。

 ノエリアの知って居る清浜三郎太とはひどいものだった。彼女自身の体験から言っても、彼は怯えながら助けを求めた女の子を殴り飛ばすような冷血漢であり、ことあるごとに、一々殺気の籠っているのではないかと思わせるような峻烈な怒気を大声と共に飛ばす短気者であった。


「何が美味い」

「え~と、紅茶と日替わりケーキのセットが……」

「ではそれだ」


 およそ、彼のような無骨な大の男が頼むようなものとも思えない。

 やはりノエリアのイメージと今日の彼はズレていた。

 やがて同じメニューが二つ運ばれてきた。

 彼は仏頂面で黙々と、紅茶はちゃんとソーサーをもって飲み、ケーキもフォークできれいに切ってから食べている。ちゃんとマナーを守っているのにも関わらず、仕草が全く似合っていないのが可笑しかった。

 いつしか、ノエリアの緊張は解けていた。


「清浜さんはアヅマの出身なんですか?」

「ああ、似たような――」


 そこで、三郎太は思案してから、言い直した。


「――いや、似てはいるが、違う。俺は崑崙よりもずっと遠いところの生まれだ。日本の水戸という」

「二ホン……ミト……聞いたことがありません」

「これから先も聞かぬ方が良い名だ」

「はぁ」

「隠しているわけではない。だが、説明のしようもない」


 嘘をついているようには見えなかった。


「そんな遠いところから来たから、清浜さんは変わっているんですか?」


 言ってからノエリアは、しまった流石に失礼だったと口元に手を当てた。しかしもう遅い。

 たちまち三郎太の眉間にしわが寄り、眼光が鋭くなる。しかし一呼吸置くとそれも収まった。


「自覚のないわけではない。だが、だからと言って何から何までこちらに合わせるつもりも毛頭ない。文句があるか」

「い、いえ、別にそこまでは……」


 なんだかおかしくなって、ノエリアは笑った。

 三郎太の口角も少しばかり上がったように見えた。


「なんだか意外です。びっくりしてます」

「何がだ」

「セシルちゃんやシオーネちゃんから聞いていたのとはだいぶ違くて。それに私が知っている清浜さんとも」

「……あの二人に、頼まれて出向いてきたのであろう」

「あ、分かります?」

「そうでなければ、わざわざ学校を休んでまで俺のようなのと茶など飲むわけが無かろう」


 たははと、ノエリアは誤魔化すように笑った。

 たしかにこの男は、喫茶店で二人きりになって楽しい人種ではないと、ノエリアも思っている。


「俺はな、あの二人に比べれば、お主は好ましい女子おなごだと思っている」

「へっ……!?」


 あ、もしかしてこれは……。とノエリアの中で乙女心が鎌首をもたげた。


「お主は平凡なのだ。何もかもが普通だ。それが好ましい」


 あ、これは馬鹿にされてるんだな。と、ノエリアの中で殺意が芽生えた。

 自分の事を良く知りもしない異邦の男性にまで、印象だけで普通呼ばわりされるとは何たることだろうか。


「へ、へぇ……それはどうも。ちなみにあの二人は?」

「あれはいかん! あれは跳ねっ返りのじゃじゃ馬だ!」


 語気を荒げる三郎太は、どちらかというとノエリアのよく知る三郎太であった。


「俺の故郷クニではな、よき女子というものは、父に従い、夫に従い、子に従う。よく家を守り、健康な男児を生んで立派に育てるもののことを言う。表に飛び出しては剣を振るうなどもってのほかだ」

「それは、随分と窮屈にきこえますね」

「……あの二人はいかん。しかしお主は違う。早く良き伴侶を見つけ、子を産み、御父上を安心させてやるのが孝行だ」

「そんなの、清浜さんに言われるようなことじゃありません。それにそんな考えは、男の人の勝手な都合です! あとこういう話題はセクハラっていうんですよ!」


 ノエリアは顔を赤くしながらも、憮然として言い返した。あまりに勝手に意見を押し付けられれば、流石にムッとする。


「……で、あろうな。つまるところ俺とお主らの間にあるものがそれだ。女子が、怖いものを怖いと言い、助けを乞うのは何も恥ずかしいことではない。奥に籠ってじっとして居ればよい。それを守るのが俺のようなのの責務だ。しかしお主らはそれに甘んじはしないのだろう」

「清浜さん……」


 何と言えばよいのだろうか。この男は刺々しく荒っぽい、鋼の皮膚の裏側に、打てば折れるような哀愁を秘めている。努めて隠そうとしているのがよけいにそれを際立たせていた。


「清浜さんは、その、守るべき人っているんですか?」

「何だと」

「そんなことを言うからには、清浜さんの傍には家事育児のエキスパートな、さぞ理想的な女性がいるんじゃないんですか?」

「妻ならばいる」

「ほらやっぱり、いい歳して口先だけで理想を語ってもらっちゃ困るんですよ。しかもそれを押し付けるなんてセンスと常識を疑いま――今なんと?」

「……故郷に妻がいる。もう十年以上も前に、迎えて居る」


 ノエリアにしてみれば冗談のつもりだったのだ。ちょっとからかおうとおもっていただけなのだ。こんな男と結婚する女性はまさかいるまいと思っていたし、当然奥さんがいるという話も聞いたことがない。それにそもそも妻帯者らしい気配が全くない。


「嘘ですよね」

「しつこいぞ」


 そろそろ出るぞ。と腰を浮かしかけた三郎太の袖をノエリアが捕まえた。


「な、なにをする」

「あ、ミルクティー二つお願いします」


 雲行きの怪しくなったのを、察したのかもしれない。

 三郎太は他人にはあまり話したくない妻の話題を自ら掘り下げてしまったことに気付き、その失策を誤魔化そうとしたのかもしれない。しかし、


「教えてください!」

「な、なにを……」

「二人の馴れ初め!」


 溢れんばかりの乙女心が輝く瞳に射抜かれては、それも難しそうだった。






 三郎太がようやく解放されたときには、既に日は落ちていた。


「こんな時間に、いやそうでなくとも、未婚の女子が男と一緒にいてはいかんのだぞ」

「それも、故郷さんの考えですか? 首都では固いこと言いっこなしですよ」


 ノエリアは上機嫌に溶けかけの雪を交わしながら三郎太の背なかを追いかける。

 ふと目を向けると、三郎太は足元が濡れるのも気にせず、雪を踏み分けていく。そんな些細な仕草が、やはり彼と自分たちの間にある壁なのだと思いながら、それでもそんな仕草が彼には似合っていて、ノエリアは微笑んだ。


「全く、清浜さんったら口がかたいんですから」

「お主なんぞに事細かに話すようなことではないからな」

「別に恥ずかしがることないじゃないですか。恋なんて誰もが一度はするものですよ」


 ノエリアが聞けたのは、彼の奥さんが歳の近い幼馴染であるということ、親の決めた婚姻であったことくらいなものだった。

 不思議であったのは、彼は十年以上夫をしているというのに、妻どころか、恋人という存在すら、どういうものか理解して無いようだったことだ。彼がこの話題の最中、終始、本当に困ったという表情を浮かべていたのが印象的だった。真実彼は困惑しており、彼自身解決しえぬ疑問を抱えているようだった。


「これから先は一人で帰ります。馬車を拾えば門限までには間に合いそうですし」

「そうか」


 立ち止まった三郎太を追い越して、ノエリアは振り返った。


「私、この役目を押し付けられたときは貧乏くじを引かされたとおもったんですけど、今思えば、今日はお話が出来て本当に良かったです」

「……」

「私決めました。あの二人、絶対連れてきますから。清浜さんも逃げたらダメですからね?」


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