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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第三章 秩序の要諦新年祭
65/102

川原激闘

「みんなの無念……晴らさせてもらうッ!」

「下がって居れ!」


 言うが早いか、サーベルを構えて疾駆するハンナに、三郎太は抜き打ちの一撃で応じた。

 甲高い音が鳴り、細身のサーベルが粉々に砕けた。


「えぇーっ!? ちょっと反則よそれー!」


 慌てて飛び退いたハンナが短くなったサーベルをひらひら振りながらおどけてみせる。


「……というか、私、てっきりあなたは金で雇われただけの開拓者とばかり思っていたけど、まだ護衛の真似事なんてやってたんだ。身も心も奪われちゃったってやつかしら?」

「その通り。こいつは大分私の事が好きらしくてなぁ……」

「口を出すな」


 三郎太は忌々しげにティアナの言葉を遮った。


「何故だ。あいつは私に用があるんだろう? ノイエ何とか騎士団とやら、確かにあの日私が皆殺しにした。生き残りが居たのは驚きだが、うん、覚えているとも」

「そうだ、お前が殺した。だからお前は死ね。私が殺す」

「ティアナッ!」


 三郎太の叱咤が飛ぶ。


――違う、そうではない。そういうことではないのだ。


 三郎太は説明できぬわだかまりを載せて、逆安珍さかさあんちんを構えた。


「おい、ハンナとやら。お主は仇討ちに来たのだろう。ならば順番に従うのが道理だ。ティアナより先に俺はお主の仲間を斬っている。先ずは俺を討ってみせよ」

「ねぇ、太祖――」

 

 三郎太の挑発に、何故かハンナは憐れむような視線を向けた。


「アナタ、一体彼になにしたの? 彼、随分とアナタの事が怖いみたいだけど」


「…………」

「ほぅ」


 三郎太の全身が総毛立つとともに、夕焼けの中でもそれとわかるほど、羞恥で顔が朱に染まった。

 図星であった。いともたやすく、見破られた。

 三郎太は今すぐにでもこの女を目の前から消してしまいたかった。

 この女は、『ティアナ』と『太祖』を繋ぐえにしだ。

 少なくとも今この場に居られては不都合極まりない。

 しかしだからと言って、今すぐこの女をどうにかしようとすれば、先の言葉を真実と認めることになる。既にティアナがその事実に勘付いていたとしても、誰かが何かを言わなければ、何も変わりはしないのだ。知らないふりを、気づかないふりをしていればそれで良いのだ。


 幸いなことに、ティアナは何も言葉を続けなかった。

 ハンナが、憐れみを残したまま、三郎太に笑いかけた。


「いいわ。いい屈折具合よ。なるほど、きっと貴方は此方側こちらがわだったんだと思う」

「此方側だと……?」

「あの人は何も言わなかったけれど、北竟大帝ほっきょうたいていが注文を付けてきてね。太祖たいそは構わないけれど、清浜三郎太はまだ殺すなって。だから貴方にはそこを退いてもらいたいんだけど」


――北竟大帝!


 断じて聞き逃すことのできない名前だった。

 不倶戴天……善鸞上人ぜんらんしょうにんの意思を継ぎ、必ず討たねばならぬ名だ。


「貴様、北竟大帝にくみしたか。ならば尚の事ここを退くわけにはいかぬ」

「ん、それはちょっと違うわよ。北竟大帝の仲間になった覚えはないわ。彼はあの人の私的な協力者であって、私達に命令する立場にはないわ。だって彼のはとっくの昔に終わっているもの」

「何……? ならばあの人とは何者だ。貴様は黄昏とやらをどこまで知って居る」

「さぁ? 答えは自分で見つけなさい。で、退くの? 退かないの?」

「……体に聞くまでよ」

「できないわよ、人間あなたじゃ」

「あの日のように逃がしてはやれぬ」

「あの日と同じだと思っているとほんとに死ぬわよ?」

「……」

「……」


 ほんの一瞬、間があったかとおもうと、次の瞬間には同時に地を蹴っていた。

 ハンナは未だ徒手空拳。

 三郎太の剣は、手甲で防げるほど、生易しいものではない。

 刃が線の細い女の体に迫ろうとしたとき、不意に中空に剣が現れ、ハンナの手の内に収まった。


――大道芸が!


 何処に隠していたかは問わぬ。

 ただ、一瞬の剣戟けんげきにおいては、あまりに迂遠うえんすぎる一芸。

 案の定、出遅れたハンナの剣を反らし、返す刀でその体を両断しようとした、その時。


「がッ……!」


 三郎太の後頭部を衝撃が襲った。

 目の奥で散る閃光を最後の景色に、三郎太は意識を手放した。





 夕焼けの差し込む教会の裏庭。

 一本の巨木の下には、片角の折れた巨体の白鹿が鎮座している。

 奇妙な風体と独特の雰囲気を纏う白鹿は、この庭にとっては新参者であるにもかかわらず、まるで千年ずっとそうしていたかのように、この景色に馴染んでいた。


「ハリマ殿」


 白鹿の頭上で声がした。

 冬の寒風に揺られながらも、逞しく葉を茂らせる巨木の上からだった。

 葉に隠れてその姿は見えない。

 しかし、声から察するに、善樹であった。


「ハリマ殿」

「――――」


 二度目の呼びかけにも、ハリマと呼ばれた白鹿は何の反応も示さない。

 善樹はひとりでに話し始めた。


「かの大聖女が神威山かむいやまの開拓を始めてからしばらく。北竟大帝より何ぞ反応があるやもしれぬと、朝に夕に監視を続けたところ未だ何も起こらず、万事平穏、世は全て事も無し。ただ騒がしきは首都のみに御座る」

「――――」

「と、言いたいところでありましたが……北竟大帝らが何の行動も起こさぬ以上に気がかりなことが一つ。……神威山を大聖女と神意執行会クルセイダーズが開拓を始めたまでは良いものの、その後の行動があまりに不審。砦やら拠点やらを作るとの触れ込みでござるが、山の警備は蟻一匹も通さぬほどの厳重さ……特に、我らのようなものを警戒しているようでござった。隠形おんぎょう符術ふじゅつも悉く看破されており申す」

「――――」

「ハリマ殿! 拙僧はかの者を、大聖女となる前から何度も見たことがござる。彼女の仁徳は上古の聖帝に劣らぬものと、斯様な世にも聖人の出ることよと、内心打ち震えたこともござった! 故にこそ、今はハリマ殿のお言葉を賜りたい。ハリマ殿、貴殿をあの日あの山で襲った敵は、一体誰でござったか!」


 絶叫のあとにはただ沈黙のみ。

 ハリマは、何一つとして答えなかった。毛先一本揺らすことさえもなかった。

 ただいつものように、不思議な瞳で虚空を眺めていた。

 善樹の言葉は、むなしく葉をさざめかせただけであった。


「……失礼した。拙僧のような外道の業人に賜るお言葉など初めからありますまい。……しかし、あの者……清浜三郎太にだけは……どうか(さきはひ)を垂れ給え、(くすしび)を降し給え。あの者は人として人たらんとする、貴方様方の愛すべき赤子せきしに御座る」


 その時、ハリマは初めて反応を示した。

 その角で、木の幹をコツンと叩いたのである。

 善樹は少し面食らったようであったが、やがて含み笑いを漏らしてから、


「これは失礼した! 釈迦に説法……いやこれも失敬! 貴殿は仏道ではござらんかった、生臭坊主の戯言と受け取られよ!」


 そういってから、しばらくの間は自分の言葉に呵々大笑していた。





――声が聞こえる……。


 三郎太は揺らぐ意識と頭痛の中で、おぼろげながらそう感じた。


「死ね……か、まぁそうだな。すでに夢破れしがらみも取り去った身だ。仇を討たれてやるのも人生の締めくくりとしては乙なものだろう」


 声の主は遠くなったり近くなったりして距離感が掴めない。


「しかし残念なことに、既に太祖は死んでいて、ここにいるのは盲目の村娘だ。――いや、お前にとっては正直どうでもいいんだ。……少なくともアイツにとっては、私はただのティアナ。そういうことだ」


「ん、私か? うーん……私はどっちでもいいんだ。太祖でも、ティアナでも。どちらも私でそれ以外の何者でもない。……まぁ多少はノリや気分の違いがないことも無いんだが――……それにほら、アイツはあんなナリをして臆病者だからな、怖がらせたら可哀想だろう?」


「そんなことは聞いていない? いやいや、これはお前たちにだって関係あるんだぞ、始まりはあの日、あの出来事なんだからな。……私はあの日、一つだけ誓ったんだ。この命も、残りの人生も、全てアイツに丸投げするとな。私の生殺与奪権はすべてアイツが握っている。だから、残念だが、アイツの許可なくお前に殺されてやるわけにはいかない」



 三郎太はゆっくりと目を開け、直後に襲って来た頭痛に顔をしかめた。


「……ぬぅ……!」


 無様にも、頭を打たれて気絶していたらしい、まだ頭から鈍痛が離れない。


「ティアナ……」


 顔を上げればそう遠くない場所でティアナとハンナが戦っている。

 いや、戦っているというのは正しい表現だろうか、ハンナが宙に浮いた三つの剣を巧みに操り剣戟を繰り出すのに対して、ティアナは盲目でありながら、器用にもそれらをひらひらとかわすのみ。

 時折光るのは魔法であろうか。砂利が舞い、水が逆巻く。

 まるで演舞のようであった。


――宙に浮く剣……か……。


 まず、人の力ではない。

 間違いなく、魔の力だった。

 三郎太の頭を背後から打ち据えたのも、あれらの剣の内のどれかだろう。


――怒りと恨みに狂った女を、般若に表したのは一体誰であろうか。


 三郎太は、魔に身を落とした女の姿にしばし見惚れていた。


――きっとその者は、正しきまなこで世間を見ていたに違いない。


 三郎太は地に伏したまま、それでもなお手に収まっていた逆安珍を、力強く握った。

 この感触だけが、三郎太を三郎太たらしめる。


――あの女は、仲間の仇を取るために、全てを捨てて俺を追って来た。魔性に身を堕としてさえ、北竟大帝の一味に魂を売ってさえ。ただ一心に、仇を討つために! 何ら顧みることなく! その姿のなんと、なんと――。





 ハンナは不意に背筋を襲った悪寒に、目の前の仇敵も忘れて振り向いた。


「あいつ……」


 清浜三郎太が、まるで幽鬼のように、此方に向かってきていた。


「……あのさ、確かに北竟大帝からは殺すなって言われてるけど、私が彼に従わなくちゃいけない理由は無いし、戦いたいのなら本気で相手してあげるけど、私はクニマロと違って小細工も遊びもしないから……ほんとに殺すわよ」


 折角、命までは取らないでやったのに、負けを認めて寝ていればよかったものを。

 ハンナは、背後に浮く剣を三郎太に向けながら、苛立ちを込めて睨みつけた。

 しかし、それを受けてなお、三郎太の闘志は些かも衰えていないようだった。


「俺もまた、お主の仇であろう。宿願、存分に遂げられるがよい」


 先ほどまでの激情とは打って変わったどこか穏やかな口調で三郎太は言った。


「……いや、実のところでは理屈などどうでも良いのだ。どうか立ち合われたし……清浜三郎太、推して参る!」


 そう言って構える三郎太を、ハンナはしばし呆気にとられたように眺めた。


――こいつ……私しか見ていない。


 なぜそう思ったのか、ハンナ自身にもわかりかねた。

 しかし、この男の真っすぐな、そして熱に浮かされた瞳を見返した時、わけもなく、そう思ったのだった。


「……この剣はね――」


 ハンナは宙に浮いていた三つの剣の内、一つを取りながら言った。

 かたきと向かい合っているのにも関わらず、その口元は、笑っているようでさえあった。


「貴方たちが殺したアイン、団長のムート、そして副団長のドライボーデンのものよ。……みんな、私の大切な人だったわ、それを、お前たちが殺した……!」

「…………」

「あの人が再会を許してくれたから、もう一度一緒に戦うことが出来る。ノイエ・ヴォーレン騎士団は、二度と負けない」


 もはや陽も落ちようとしている。微かに残った黄昏が消えていくように、二人の距離も縮まっていた。


――まるであの時と同じみたい。


 ハンナは以前三郎太と戦った時のことを思い出していた。

 あの剣の、鋭い切先を突き付けられた時、ハンナは身じろぎ一つできなかった。

 ただ、あとは何をしても殺されるばかりと、恐怖しながら諦めるしかなかった。

 今も、同じ恐怖が全身を走り回っている。

 得意の直観も、警報を鳴らしっぱなしで危険を伝えている。

 しかし、この時のハンナの感情を占めていたのは、喜悦とも呼べるものだった。

 この男と戦えることがこんなにも楽しい。

 この男と対等に向き合えることが、こんなにも誇らしい。

 きっと私は勝てるから、みんなが見ていてくれるから、この恐怖の壁を、打ち砕くことができるから。


 サッと鳴った川原の小石が、必殺の間合いを伝えていた。


「アインッ!!!」


 三郎太が動くよりも先に、背後に浮かんだアインの剣が、下段を薙ぎ払う。狙いは膝。

 三郎太は即座に宙に翔んでそれを躱す。

 しかしそれこそがハンナの狙いだった。


「ムートッ!!!」


――そしてお願い。ボード。


 下段の薙ぎ払いを交わそうとすれば、空中に逃げるしかない。

 しかし、空中ほど戦いに不利な場所無い。

 ハンナは空中の無防備な三郎太に対して、真正面からムートの大剣を振り下ろすと同時に、自らが持つドライボーデンの剣で胴を薙いだ。


――絶対に躱せないッ!


 そう勝利を確信したとき、ハンナは信じられないものを見た。

 宙に浮いた三郎太は、左手に持った逆安珍で頭上に大剣を受け止めると、右手で長脇差を抜き放ち、ハンナの横薙ぎを防いでみせたのだ。

 ハンナが呆然としたのも束の間、剣と剣の擦れる甲高い音を響かせながら、三郎太は重力とともに、逆安珍を振りぬいた。





 不意に右半身が軽くなった。

 どさりと地面に何かが落ちた。

 それが自分の右腕だと気付くのに時間はかからなかった。


――あぁ、私は負けたんだ。


 そう思ったとたんに、全身から力が抜けていった。


――ゴメン、みんな。かたき、取れなかった。


 無念はある。悔しくもあるし腹立たしくもある。

 しかし、不思議と悪い気はしなかった。

 かつて、騎士団のみんなと激しい訓練に汗を流した後のような清々しさが心中にそよいでいた。

 川原に崩れ落ち、空を眺める。


――なぁんだ、黄昏なんてそんな禍々しいものなんかじゃないじゃない。こんな夕焼け、飽きるほど見てきたわ。


 ハンナは目を閉じた。

 みんなが殺された時は、死とはどんなに痛くてどんなに寂しいものだろうと、恐れ、憎んでいたが、いざそれを受け入れる立場になってみるとなんてことは無い。

 ただ毎晩そうするように、微睡まどろみの中に身を預けるだけだった。

 しかし、ハンナが心地よい永遠の眠りに落ちようとしたとき、それを許さぬものがあった。


「おいっ、女。まだ死ぬな!」


 頬に衝撃。

 耳に爆音。

 殴られたと同時に耳元で怒鳴られたのだとすぐに分かった。

 犯人は無論あの男で、驚いたことに倒れるハンナの肩を抱きとめていた。


――なによコイツ。いくら含む所があったって、真剣勝負のあとで敗者をなじるなんてまね普通する?


 しかし迷惑をかけた自覚は無いことも無い。

 どうせ死ぬのだから最後くらい、恨み言の一つや二つ、聞いてやってもいいだろう。

 ハンナはそう思い、薄っすらと挑発的な笑みを浮かべたが、三郎太の口から出た言葉は意外なものであった。


「俺が初めに斬った男は、真っ先に俺に斬りかかってきた男だ。先陣のほまれがある。次に斬ったのは、太祖を狙って斬りかかってきた男だ――」


 どんな罵詈雑言が飛んでくるかと構えていたハンナは不意を突かれて戸惑った。

 一体全体この男は何を話し始めたのか。

 しかし、その問いはすぐに解けた。


「俺を追いかけてきた、少し小柄な男が居た。最後は俺が勝ったが、追われている間は首元がチリチリとして仕方がなかった。場数を踏んだ手練れの者だとすぐわかったぞ」


――アイン……。


 この男は、自分が殺してきた騎士団の仲間の事を、私に伝えようとしている――。


小鬼コボルト共と逃げている最中に、お主らが襲ってきた。俺が斬ったのはきっとお主らの頭目であろう……お主の大剣に、覚えがある。」

「……ムート……ね」

「地勢をわきまえずに小鬼コボルト共に挑んだのは彼奴きゃつの失策だ。迷いを抱きながら剣を執ったのも戦士にあるまじき振舞だ。しかし、それでもなお先頭をきって俺に挑んだ様はまさしく大将のそれ。勇ましいと言うより他にない。きっと、騎士の名を穢すものではないだろう」


――ムートはきっと、最後までムートらしかったんだ。


「――最後、お主らは森を抜けたところで待ち構えていたな。あれはやられた。開拓者共にも囲まれて、俺は本当にあの場で死ぬつもりだったのだ。あの策を考えた者は相当の切れ者であろう。それに、あの場で俺を殺しかけた槍使いも居た。あれは見事な使い手であったぞ。乾坤一擲、お主らの最後の大勝負は、それに相応しい騎士が揃っていた」


 それが、この男が戦ったノイエ・ヴォーレン騎士団の全てなのだろう。

 しかし、なぜ――。


「どうして……それを……」


 消え入りそうな意識の中で、ハンナは辛うじて言葉を紡いだ。

 死にかけの敵を抱きとめて、思い出話なんて聞いたことがない。

 死ぬ前に、こんな大きな謎を残されたんじゃ死んでも死にきれない。


「分からぬ! 俺にも全く分からぬ。こんなことは初めてなのだ」


 三郎太は、いっそ清々しく言い切った。


「しかしな、伝えねばとそう思ったのだ。……俺はな、お主らと戦ったことが、この期に及んでどうしようもなく誇らしい。そのことを、お主に知ってほしかった。ハンナ・アルブレヒド、俺は終生、ノイエ・ヴォーレン騎士団の名を忘れぬ」


 それを聞いたハンナの胸中には、様々な思いが渦巻いて、何の言葉でも言い表せなかった。ただ、どうしようもなく涙が溢れて来た。

 それはまるで、復讐を誓い、スズカの名を貰った時からずっと胸の内に納めてきた感情が決壊したかのようであった。

 ハンナは、もう碌に言葉を発する体力も無いと言うのに、この男に言いたいことが、今更浮かんできて困った。


 どれを言えば、後悔がないだろう? どれを伝えれば、本心を分かってもらえるだろう?


――もっと早くに会えていたら、きっと騎士団の皆と仲良くなれたのに。


――貴方みたいな変人は、どこまで行っても此方こちら側なんだから、太祖なんか見捨てて、私の言う事を聞いていればよかったのに。


――きっと貴方は、これからずっと辛い目に遭い続けると思うから、せいぜい後悔しないように。


――あーあ、私を殺さなければよかったのに。きっと私達うまいことやれたわよ?


 迷った挙句に、どれも最期の言葉にしては未練がましくてダサいから、伝える言葉は一言だけにした。


「……絶対、忘れないでね……」


 ハンナは、今度こそ眠りの中へと落ちて行った。


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