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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第三章 秩序の要諦新年祭
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セシルにとっての三郎太

「何故だ」

「何がですかぁ?」


 夕方、マリアによって教会に呼び出された三郎太は教会の一室に案内され、そこで待ち受けていたセシル達三人の話を聞いてまず放った一言がこれであり、それを受けて挑発を兼ねて聞き返したのがセシルである。

 わざとらしく間延びした声に、三郎太は分かり易くイラついてみせる。


「なぜ俺がアウロラ大聖女に選ばれたのかという事! そしてなぜ貴様がそのような重大なことを預かっているのかという事だ!」

「前者は大聖女に聞いてくださいよ。さぞ思慮に富んだ崇高な理由を聞かせてくれるでしょうから。後者は頼まれたからです。そんなことも考えつかないのですかぁ?」


 結論から言ってセシルたち三人は大聖女アウロラの話に乗った。

 ノエリアはともかく、三郎太に悪感情を持つ二人は三郎太が鎧割りに参加し、なおかつ失敗することでプライドが折れ、観衆の笑いものになれば万々歳だと考えた。


「フン、普段横柄な奴に限って度胸は無いものね。コイツは大舞台に出るのが怖いのよ」

「ちょ、シオーネちゃんっ……」


 少し離れたところにいるシオーネが三郎太を挑発し、ノエリアが三郎太とシオーネを見比べながら、右往左往する。


「そのような大事は書状かマリアのような人物を介して伝えるものだ。貴様のような青二才の出る幕ではない」

「へぇ、意外にも随分と自己評価が高いんですねぇ。正式決定ではなくあくまで大聖女の希望である以上、書面を出す案件でもなければ、先輩のような多忙な人を動かす必要もないと思いますがぁ?」


 三郎太が三人と顔を合わせた瞬間から止まることなく高まる険悪な雰囲気のままに。売り言葉に買い言葉、互いに棘が鋭くなる。


「どのみち貴様に預けることではない。いずれ俺が信用に足る手段で大聖女に確かめる」

「私の話聞いてました? 新年祭までもう時間がないって言いましたよね? 遅くとも明後日までには返事を聞いておきたいんですが。あと勘違いしているみたいですけど、連合首都の一般市民ですら大聖女とコンタクトを取るのは相当困難なんですよ? なのに、貴方みたいな住所不定無職一歩手前の方ができるとお思いで?」


「ごたごた言っているけど結局こいつはビビってんのよ! 鎧割りに失敗して、連合中の笑いものになるのが怖いんだ!」

「だからシオーネちゃんやめようって……!」 


 ついに青筋を浮かべた三郎太が立ち上がり、セシルに怒りを露わにする。


「いよいよほざくか小娘! 教会といえども無礼はゆるさぬ!」

「得意技が出ましたね! 女だから何ですか? 子供だから何ですかぁ? そんなところにしか拠って立てないなんてあまりに貧相な人生を歩んできたんですね。真正面から相手と向き合うこともできないなんてご愁傷さまです!」


 立ち上がり、机を回り込んで至近距離で睨み合う。


「ハッ! 年下に言い負かされてやんのバーカ!」

「ちょ、いい加減に……」


 暫くの間、そうしていた三郎太とセシルだったが、


「全く、馬鹿馬鹿しい」


 そこで一歩引いたのは、珍しく三郎太であった。


「栄えある連合の大祭に召されるとなれば一門の誇り。また大聖女直々に三郎太が腕をご所望とあれば、其は名誉に違いなく異存もなし。不詳清浜三郎太、拙技を御覧に入れる。……よいな、伝えたぞ!」


 言うと三郎太は踵を返し、そのまま扉へと向かったが、部屋を出る直前に、振り返ってノエリアを見た。


「ノエリアと言ったか」

「は、はいっ……」


 あまりに鋭い眼光とぞっとするような怒気にノエリアは縮み上がる。


「幸いにもこの場にはいないようだが、あの猿のように素早く、鶏のように物覚えの悪い赤毛の小娘、あれに伝えておけ」

「えっ」


 ノエリアは首をかしげる。

 だってシオーネちゃんは今私の隣にいて――。


「あの日、あの場所とあの首、そして約定。決して忘れるな」


 ノエリアが呆然としている間に、三郎太は部屋から消え失せた。


「なっ……ふ、ふざけんなよテメエエエエエエエエエ!!!」


 バタンと閉じる扉のあとに、無視どころか眼中にも入れられなかったシオーネの絶叫がむなしく響いた。





「また今日は随分と荒れていたわね」

「あの男はいつもあんな感じじゃないですか」

「貴女達も含めて、よ」


 夜、マリアはティーセットを持ってセシルの私室を訪れるなり言った。

 門限のあるノエリアとシオーネは先に帰らせ、ここには二人きり。


「彼は面倒な人間ではあるけれど、悪人ではないわよ」


 茶の準備をしながら、マリアはそんなことを言う。はっきり言ってセシルには理解できなかった。

 あの男が何に照らして悪人なのかなんてどうでもいい。セシルにとって三郎太は単純に嫌な人間なのだ。


「先輩はなんであの男の肩を持つんですか? どう考えてもアイツ、まともじゃないですよ」

「あら、随分な評価ね」


 マリアは苦笑しながら、入れたばかりのお茶を差し出す。

 それがなんだか聞き分けの無い子供を諭しているように見えてセシルはムッとふくれる。


「はっきり言って、私はアイツが嫌いです。この教会からも出て行って貰いたいくらいに!」


 語気を強めて、勝手にあの男をここへ引き入れたマリアを暗に非難してみるがマリアは動じない。


「ちなみに、彼の何がそんなに嫌なの?」


 そんなことは簡単だ、セシルは気キッとマリアを見据える。


「まず彼は粗暴です。あれくらいの大人なら身に着けているべきマナーというものが欠如しています!」

「ふむふむ」


「同じようにおよそ常識というものが足りていません。育ちが知れます!」

「続けて」


「彼は自己中心的です。なんでか知りませんが、何においても常に自分が一番とでも言いたげな自信をいつも醸してだして留まるところを知りません! 魔法の才能も無いくせに!」

「なるほど」


「彼は人をその立場で判断します! 世の男性や大人という生き物は程度の差はあれそういうものですが、相手が女子供と知れば平気で見下しています、人の本質を見ようともせずに!」

「う~ん……」


 そしてセシルは少し間をおいてから、言った。


「……最後に、彼は人殺しです。いつ、誰をかは知りません。でも絶対に殺しています。そしてそれになんら良心の呵責を感じることも無く、大手を振って教会に居座り、連合首都を闊歩している」

「……どうして、そう思うの?」


 それまで適当な相槌を打つに留まっていたマリアが、ようやく真剣な表情を浮かべるとそう言った。

 セシルはこの問題こそが、あの男と先輩の間に横たわる関係の根幹なのだと気が付いた。


「勘ですよ。強いて言えば、聖女の感です。私は間違いないと思ってます。そうでしょう、先輩」


 マリアはこれは困ったぞと苦笑いを浮かべていたが、やがて言った。


「いやー参ったわ。うれしいのか悲しいのか、きっと遠からず貴女は聖女になるわね」

「はぐらかさないでください」

「ゴメンゴメン。そんなつもりはないのよ。勿論、真摯に話すわ。けれど、全ては話せない」


 マリアは真剣な顔つきになると、セシルに正面から向き合った。


「私が前に赴任していた場所である事件があったの。貴族も関わる結構な大事でね、一人、どうしても、責任を取らなくちゃいけない人が出てしまった」


 マリアの語る様子は真剣そのもので、嘘はどこにも無い。だからこそ、セシルは彼と彼女の間にあるものの強固なることを感じ取らないわけにはいかず、嫉妬に近しい感情が鎌首をもたげてくる。


「その事件の管轄は私にあった。私がその人に責任を取らせなきゃいけなかった、けれどそうすると、私だけでなくその村全体に責任が問われるかもしれなかった……もうわかるでしょ? それを、たまたま居合わせた彼がやったの。全てを理解したうえでね」

「殺したんですか……?」

「ええ、そうよ」


 だとしても、だ。彼の殺しがそれで正当化されたとしても、他に彼を嫌う理由はいくらでもある。


「それでも、やっぱり私はっ……」

「はい、ストップ。自分の都合で真実を曲げない」


 マリアがぱちんと手を叩いてセシルをなだめる。

 一応、先輩の為にも口をつぐむ、らしくもなく興奮してしまった。気づけば喉はカラカラだ。カップをとって中身を飲み干す。


「セシル、いい? 聖女を目指す人間が、私情で眼を曇らせることはあってはならないわよ」

「何ですか……突然……」


 脈絡がない。セシルは客観的にあの男の欠点を上げ、それが世間一般に照らしても、セシルの価値観に当てはめても、確かに間違っているからそう言っているのだ。決してバイアスのかかった、穿った見方なんかでは――。


「ほんとは自分で気づいてほしかったけど、特別に答えを教えて上げる。貴方の眼を曇らしたもの――」


 瞳をとらえて離さないマリアの視線に、思わずのけぞりそうになる。

 人の本質を見抜き、真実に近づく才能、これが聖女の……。

 セシルの怯えにも似た感情をよそに、マリアの口は残酷なほど真実を語った。


「一つは嫉妬。私が彼と親しくしていて、彼と私の間だけに秘密があるのが気に入らない。だから彼を否定し、除こうとしている」

「……ッ!」


「一つは傲慢。聖女見習いとして人心の機微に長けているから? 人の本質を判断することができるから? それとも彼に連合の常識がなく、魔の才能も無いから? きっと全てが理由でしょうけれど、貴方は自分の力を過信して、なおかつ相手を野蛮人と見下して、清浜三郎太という人間の表層を見ただけで理解した気になり、それ以上先に、その本質に踏み込むことをしなかった」

「ち、ちがっ……」


――いや、違うのか? 本当に?


「もう一つは怠惰。新年祭のアンリエットさんとの戦いと、予想される敗北を恐れ、本来あなたが行うべき努力を放棄して、行き場のない感情を他者への攻撃で晴らそうとしている……どう、違うのならそう言いなさい」

「……知って……いたんですか……」


 違うと言いたい。しかし言えるはずもない。図星も図星。今の自分の顔は、さぞ茹でダコのように赤くなっているだろう。火でも吐けそうなほど頬が熱い、穴があったら入りたい。今更取り繕うことなんてできるはずもない。

 これが聖女なのか。なんて恐ろしい生き物なのか。何もかもをお見通しとでもいうのか。

 反論の余地もなく、セシルは黙ってうなだれた。


「反省はすべきだけど、必要以上に恥じることも、自分を否定することもないわ。人間だれもが陥ることよ。特にあなたは昔から私になついていたし、嫉妬するのは無理も無いわ。それに彼がちょっとアレなのは事実で、貴方の見解が一概に間違っているわけじゃない。新年祭だって、プレッシャーになるのは当然――」


――だけど、聖女としては失格。


 マリアはこれまた適格なフォローをしてくれる。しかしセシル中ではもう自分が完全に間違っていたという事実だけがぐるぐると駆け巡って、声を発することも、体を動かすことも出来ない。ただただうなだれて過ちに恥じるだけだ。これからどうすればいいのか、三郎太だけでなく、マリアにも合わせる顔が無い。


「ちょ、そんなに落ち込まないでよっ、私が悪者みたいじゃないっ!」


 マリアの慌てる声が聞こえるが、セシルの脳は理解を拒んでいる。


 そうだ、私は聖女失格、いや、人間失格なのだ、自分勝手な都合で人を弾劾するなどなんと恥ずかしいことなのだろう。なんて傲慢だったろう。こんな屑が聖女を目指しているとは大聖堂二百年の歴史の恥部以外の何物でもない。こうなれば誰の迷惑にもならないところでひっそりと死のう……。


 セシルが危ういところに思索をめぐらしたところに、マリアのよく響く、イラつきのこもった大声が響いた。


「あーもうっ、あなたも大概にめんどくさい後輩ね! 失敗を指摘したのだから、この先どうすればいいかだって教えてあげるわよ。いい、よく聞きなさい!」

「はいぜんしょします……」


 良く響く、明快な、憧れの先輩の声に、耳を貸す。


「清浜三郎太に弟子入りして、剣を習いなさい! 彼を知ることで誤解を解き、己を知りつつ人を見る目を養う! ついでにアンリエットさんに新年祭で勝って、勝手な判断の浅はかさを知り、己の限界を越えなさい!」

「ほえ……?」


 その提案は、打ちひしがれたセシルをしても素早く顔を上げる程、あまりに寝耳に水だった。


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