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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第二章 闇夜に蠢く首都の怪
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第四夜始末 宣戦布告

「…………」


 肩ごしに、倒れ伏したクラリスの姿を見る。

 最早少しも動かず、血だけが流れて地面を濡らしている。


 紙一重の勝負だった。

 一撃に秘めた実力はほぼ互角。今斃れているのが自分であったとしても、不思議ではなかった。

 緊張から解き放たれたためか、思い出したように汗が顔を伝い、動悸が早まる。


「…………」


 呼吸を整え、血を拭った刀を納めたところで背後に気配を感じた。


「貴方は、恐ろしい人です」


 三郎太は特段驚きもせず、振り返る。

 死体の向こうに立っていたのは、兄妹らしく、よく似た顔をしている二人の童子。

 表に飛び出た三郎太を、エンプーサに回り込めるように案内したのは、他でもないこの二人の童子だった。


「いつか見た時よりも、格段に強くなっている」


 少し、怯えた様子を見せながら、兄の方の童子が言う。


「死体は私たちが片づけておきますからご安心を。前も言いましたが、夜遊びはほどほどに」


 そう言って、二人の童子は死体を担ぎ上げようとする。


「待て、お主らは何者だ。なぜ俺を助ける」


 三郎太はついこの前も、夢うつつに怪しげな路地に誘い込まれそうになったのを、この二人に助けられている。それに二人はどうやら三郎太の事を知っているらしく、妙な距離感で、突然現れるのだ。しかし、三郎太はこの二人を知らない。


 妹の方はいつも通り、無口無表情だが、兄の方は少し困った風に笑った後、


「私はヒツ。こっちは……」

「ホウ」


 妹――ホウはか細い声で答えたあとペコリと頭を下げる。


「私たちは貴方の味方の味方です。貴方の本当の味方になれるかは、あなた次第ですが……一つだけ助言をしてあげます。いいですか、あまり女の人を怒らせるものではありませんよ」


 ヒツがそう言っていたずらっぽく笑った瞬間、一陣の熱風が走り、三郎太は思わず顔を覆った。


「……」


 顔を上げた時、そこには童子も、血も死体も残っては居なかった。





 翌日の朝、三郎太は喫茶店のオープンテラスで紅茶に興じていた。

 平日の事である。目の前に横たわる大通りでは誰もがせわしなく動いている。

 荷車を引く男たちが人並みをかき分け、道の端を歩く老人が、動いた人並みに押されて転びそうになる。そこを、鎧を身に着けた開拓者の一団の、優し気なリーダー格の男に支えられて礼を述べている。

 そんなごみごみとした人垣の中から、真黒い影が現れた。

 そしてその黒色は三郎太のいる喫茶店へと向かってきた。


「やぁ、ここ、空いてるかな?」


 近づいてきた影が、帽子を浮かせるしぐさをしながら言った。

 声色からすると、女のようだった。

 三郎太は立て掛けてあった刀をわずかに引き寄せる。

 時刻は十時少し前、午前の休憩を取るにはまだ少し早いのか、客席は十分に空いている。

 それに冬の寒風が大通りを駆け抜けている中、わざわざ外で茶を飲む理由は見当たらない。よほどオープンテラスが好きなのか、そこに一緒に茶を楽しみたい人物でもいない限り。


 三郎太は視線を送ることも無く、返答もしなかったが、黒ずくめの女は特に気にした様子もなく、三郎太と同じテーブルについた。

 三人掛けの円卓である。二人とも大通りの方を向いており、目を合わせようともしない。


「ここには初めて来るんだけどオススメとかはあるのかな」

「…………」

「近頃は随分と寒いね、おかげでお茶がおいしいのは何よりだけど、少し天気が悪くなると雪になりそうだ。イヤだイヤだ」

「…………」

「……近頃の若者はというとコミュニケ―ション力が欠如しているらしいけど、それは本当のようだね、街ですれ違っても誰も挨拶をしてこないよ。まったく嘆かわしい。君はどう思う?」

「…………」


 いつまでも黙り込み、自由に茶を啜る三郎太に、流石に女も苦い顔をした。


「……うーん、君ね。もう少し愛想よくは出来ないのかい? いくらなんだってあんまりじゃないかい? ……清浜三郎太クン」


 女は知るはずもない三郎太の名を呼んだ。それでも三郎太に驚いた様子はない。

 しかし、ここにきてようやく反応と呼べるものを現した。

 飲んでいたティーカップを置き、刀のこじりで、石畳をカツンと叩く。


「……北竟大帝ほっきょうたいてい

「……ん、なんだい」


 黒ずくめの――北竟大帝は、名前を呼ばれて嬉しそうににんまりと笑って答える。


――あぁやはり、嫌な気配のする……。


 この女が近づいてきた瞬間からだ。

 いずれこの女とは雌雄を決しなければばらないと、この女を野放しにすることはできないと、天啓のようなものが脳裏に浮かんできていた。あるいはそれは、善鸞の紡いだ縁であり、善鸞の導きなのかもしれない。

 三郎太は自分の運命というものが定まり、ここが百年前の争いの延長線上にあることを悟った。

 逃れようのない運命かもしれない。しかし、自分で選んだ運命でもある。


「北竟大帝。つまらぬ刺客を送ってきたのは、貴様か」

「うん。ボクが直接命令したわけじゃないけど、まぁ身内なのは確かさ」


 北竟大帝は、別にどうということも無いといった様子で気安く答える


「口ぶりからすると、もう君はボクの事を知っているようだね。一人仕留め損ねている天狗がいるんだけど、それから聞いたのかな? アレがゴキブリみたいにしぶといのは癪だったけど、今回ばかりは手間が省けて助かるよ。実はね、今日は挨拶に来たんだ」


 北竟大帝が三郎太の方へ体を向ける。

 帽子をとると、切れ長の目をした端正な顔立ちが現れた。


「あらためまして、ボクは北竟大帝。これから世界を壊すために精一杯努力するから、どうか君には全力で阻止してもらいたい。……かつて善鸞がそうしたように」


 事も無げに飄々と、「世界を壊す」と宣言した北竟大帝。しかし、善鸞の名を呼ぶとき、確かな憎悪が籠っていたのを三郎太は見逃さなかった。そして、その一端が善鸞の跡を継ぐことになる己にも向けられていることも。


「勇者らしく、勇気を振り絞って立ちふさがってくれよ。そうでなければ壊し甲斐がない。世界、運命、法則……全て乗り越えて、壊して、新しくしてみせるから。差し当たって、ボク達のお姫様は闇夜を魔に還すつもりのようだ。何人死ぬかは分からないけど、きっと首都の人間は困るだろうね。清浜三郎太、君は――」


 ベラベラと北竟大帝は能書きを並べる。何が楽しいのか、冗長な宣戦布告が続く。


 北竟大帝と戦う――。それは先人が命を懸けて拓いた道だ。その意思を知って、先に進まぬのは大丈夫の取るべき振舞ではない。

 世界を壊す。滅ぼす。確かに、そんな荒唐無稽な話は信じがたい。しかし、今、目の前の女の禍々しさは本物であり、この女とその仲間が秩序を壊す天下の謀叛人であることに変わりはない。そして、それを討つために、大道大義のために、清浜三郎太の力が必要だと言ってくれた者がいる。

 士は己を知る者の為に死す――。


「――というわけだから、君はこれから仲間を集うのがいいんじゃないかな。善鸞と違って、君は何の力もないただの人間だ。きっと君一人ではボク達に勝つことはできないだろうし、ボク達にとっても争いの規模は大きければ大きいほど――」


 カツン


 北竟大帝の話を遮るように、再び、こじりが石畳を鳴らした。


「……北竟大帝」

「……何だい? そう情熱的に何度も名前を呼ばないでくれよ。僕も少し照れる――」

「貴様は俺が殺す」


 混じりけの無い殺気が向けられ。北竟大帝も思わず息を呑んだ。


「……あぁ。楽しみにしているよ」


 そして、満足げに微笑んだ。


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