第三夜始末 消えた死体
「マリアは居るか!」
三郎太が怒気を発しながら、教会の扉を開け放ったのは、夜の七時半を過ぎた頃だった。
その手には、黒い包が提げられている。
「ちょっといきなりなんなんですか……ってあれ? ノエリア?」
丁度、二階の私室から降りてきたセシルは、迷惑そうに三郎太を咎めたあと、その背後にいる女生徒に目を向けた。
「セシルちゃん!」
ノエリアは不安そうにしていた顔を一転させると、セシルのもとへと駆け寄った。
「そういえば、セシルちゃんはここに住んでるって言ってたね。いやぁよかった。安心したよ~」
「それはいいですけど。なんでこの人と?」
セシルは三郎太を指差しながら言った。
「それがかくかくしかじかで……」
「うまうまで……」
「全然わからない……」
ノエリアもシオーネも三郎太から、動く死体については口外しないように言われていたため、説明はいまいち要領を得ない。
「う~ん……。まぁ、ちょっと困っていたところを助けてもらって、もう寮の門限が過ぎてるって言ったら、じゃあ教会に連れて行ってやるって」
「ふ~ん……。で、そうなんですか?」
セシルは三郎太に尋ねた。しかし三郎太はそれには答えなかった。
「知り合いか?」
「同級生ですけど? 私、魔法学校と大聖堂掛け持ちなんでぇ」
「ならば丁度良い。今晩は預かってやれ。そんな事よりもマリアは居らんのか」
「いますよ。来客中ですけど。ていうか、その手に持っているのは何ですか? 嫌な気配がプンプンするんですけど」
顔をしかめ、セシルは問いただす。
その問いに、なぜかノエリアとシオーネがビクッと反応を示し、三郎太もあからさまに苛立ちを見せた。
「お主には関係無い!」
「あっそうですか、まぁどうでもいいんですけど~」
セシルは興味なさげにそういって追及をやめたが、疑いの眼差しはしっかりと三郎太に向けられていた。
「まったく何なのようるさいわね来客中だって……あっ」
その時、ホールの騒ぎを聞きつけたのか、マリアが奥の来客用の部屋より顔を出した。
そして三郎太の姿を見て取ると、しまったといった顔をした。
「マリア!」
「あーちょっとストップ! ちょっとの間でいいから待ってて!」
そういってマリアは一旦引っ込んだが、すぐにまた顔を出した。
「はぁ……なんか忙しいわ。入っていいわよ」
三郎太は肩を怒らせながら、奥に向かった。
女生徒三人は皆一様に頭上に疑問符を浮かべながら、それを見送った。
◆
「改めて名乗り申す! 拙僧の名は善樹。先日はご無礼仕った!」
部屋に入った三郎太を大声で迎えたのは、以前、三郎太が斬ったはずの筋骨隆々の巨漢だった。しかし、以前とは異なり、裹頭を被った僧兵のような恰好をしている。
「貴様はッ!」
「大丈夫。この人は貴方の味方よ」
男の姿を見て取るや咄嗟に身構える三郎太をマリアが止めた。
「味方だと!? こやつは!」
「あーはいはい。まずは落ち着いて。貴方のそれは多分誤解よ。話を聞けばわかるわ」
「……ふん。まぁ良い。どのみち無関係でもあるまい。……机を汚すぞ」
三郎太はそういうと、マリアの返事も待たず、机の上に手に持っていた包を広げた。
「ッ……!」
「むっ!」
広げられた黒いローブの中から現れたのは、腐りかけの四つの生首だった。
「これが何かわからぬとは言わせぬ! マリア、お主が俺に怪談話の調査を頼んださいに濁していた話の正体、俺は全て合点がいったぞ」
「……」
「なぜ黙っていた! いや、黙っていたということは、つまり……あの娘が関係しておるのだろう! 答えい!」
マリアは疲れたように眉間を揉みながらしばらく黙っていたが、観念したようにやがて口を開いた。
「なんかもういろんなことがあって疲れるわ……ごめんなさい。全て話すから、まずは彼らを埋めてあげましょう」
◆
「善樹さんの話もあるしねぇ、何から話したものかしら」
三郎太も、善樹も神妙な面持ちでマリアの言葉に耳を傾けた。
「まずは、謝っておくわ。本当にごめんなさい。この事を話すと、きっと貴方は無茶をするって思ったから、黙っていたの」
「やはり、奴か」
「……貴方がウェパロスを去ってから、彼女と屋敷の始末は順調に進んでいたの。事件については、むしろガルシア本家の望みで、彼女一人の狂気によるものとして片づけられた。本家の方は、彼女の死体は焼いて川に流せって言ってきたのだけど、町長は責任を感じていただろうし、さすがに可哀想だと思ったのね。丁重に丘の上に埋葬されることになったわ。そして、屋敷はきれいに掃除をして、役場が何かに利用するか取り壊すか、決めかねているところで事件が起きたの」
「墓が暴かれたか……」
「ええ、彼女の墓は荒らされて、中身はきれいさっぱり」
三郎太は、全身の毛がそばだつのを感じた。
直観だが、確信めいて感じ取ることできた。
あの少女は、まだこの世にある。
「彼女の死体はどこにも無かった。初めは、彼女を恨んだ村人の仕業かとも思ったけど、いくら調べてもその痕跡は見られなかった。……三郎太は彼女が使った魔法については、知ってるでしょ?」
「死体を操る……禁じられている魔法だと言っていたな」
「そう。死霊魔術。彼女が未熟ながらもそれに精通していることは、屋敷の調査から分かっていたわ。一般社会において死霊魔術は失われて久しい。自分に術をかけるなんてことはできないはずだけど、実態は不明。だから念のために大聖堂の方へ報告を送ったの。あ、貴方のことについては伏せておいたわよ」
「それでお主は、此処に来ていたというわけか」
「その通り、事態は秘密を要する。だからお前だけで調査して、お前だけで解決しろってね。ひどいと思わない?」
マリアの顔には疲れが滲んでいた。
首都での忙しさは、想像を絶するものらしい。
「大図書館の過去の資料や、死霊魔術に関する書物へのアクセスが特別に認められたのはいいけれど、とてもじゃないけど、私一人で扱えるものではないわ。というか、書籍だけじゃなく、私自身に対しても監視が厳しくってイヤになるし。……まぁそれはさておき、調査の結果がほとんど出ない中で起きたのが、今回の怪談話なのよ。大聖堂の重役の皆さまはさすがね、あっという間に、死霊魔術との関連が認められるから調査を急げってお達しが来たわ」
「事情は分かったが、それならば俺を引きずり込んだのはまずいのではないか。本来お主一人しか関わってはいけないのだろう」
「バレなきゃへーきよへーき。それにその時はその時で、実はこの人も事件解決に関係してましたー。というか実はこの人が解決しましたーって感じで何とかなるわよ。たぶん」
――慎重なのか大胆なのか、厳格なのか寛容なのか、聖女も大聖堂もそれでよいのか。
「……お主には恩がある。黙っていたことも、謀ったことも、もはや責めぬ。俺も気が立っていた」
すまぬ、の言葉は心の内に留め置かれた。
「問題は奴の死体だ。何故、何処へ、如何にして消えた」
「それがわかったら苦労は無い……って言いたいけれど」
そこで、マリアは寡頭を被った僧兵のような男――善樹――に目を向けた。
「ここからは拙僧の出番というわけですな。嗚呼、南無阿弥陀仏……善鸞上人の導かれた勇者を探して、死霊魔術を追う女丈夫にまで出会えるとは。是全て御縁と心得る。決して疎かには致しませぬぞ」
◆
「で、貴女たち二人は門限が過ぎるまで何をやっていたの? どうしてあの男と一緒にいるの? 貴女達は何をしでかしたの?」
「あわわ……」
「はわわ……」
ノエリアとシオーネはセシルの私室に連れ込まれるなり質問攻めにあっていた。
「ちゃきちゃき答えないと今晩は宿無しですよ? この教会を仕切っているのは実質私と先輩なんで」
――大丈夫だよシオーネちゃん! さっき庭に物置小屋みたいなのあったから、いざとなればそこに隠れましょう!
――流石ノエリアちゃん! 天才秀才馬鹿真面目!
――馬鹿にしてんの!?
「ちなみに庭の物置小屋はあの男と怪しいお仲間が不法占拠しているから入れませんよ」
「あわわ……」
「はわわ……」
聖女の資格の有無とは完全に天賦の才能に左右される。
回復魔法との相性が最も重要とされるが、次いで必要とされるのが勘である。
悪を見抜く勘、嘘を見破る勘、誰よりも早く魔を察する勘、等々。
歳若くして大聖堂の定める聖女課程を突き進む天才セシルに、二人のアイコンタクトは完全に解読されていた。
「違うの、違うのよセシルちゃん……」
「何がですか」
「私が真面目な生徒だってことはセシルちゃんも知って居るでしょう?」
「はい」
「だからそういうことなの♪」
「……言っておきますけど私も寮母さんとは仲良いですからね」
「待ってお願い! いやお願いします! 退学とかになったら絶対勘当されちゃうぅ~、路頭に迷って怖いお兄さんたちにひどい目にあわされちゃうぅ~! そしたら絶対祟ってやるからぁ~うわぁぁぁん!!!」
「うわきも、ちょっと離れてください鼻水つけないでください」
撃沈したノエリアに変わってシオーネが前に出た。
「聞いてセシルちゃん! 私とノエリアちゃんは――」
「セシル……ちゃん?」
「聞いてセシル先輩! 私とノエリアちゃんは別に悪いことをしていたわけではないの!」
「では一体何を?」
「それはえ~と……、そう! 男を誑かしに出かけていたの! 色街に!」
「先輩! せんぱぁ~い! 浄化すべき悪がここに居ます。淫の魔獣が教会に入り込んでいます~!」
ノエリアとシオーネはセシルに飛びかかり口を防ぎ必死の抵抗を見せるが、即座に拳骨の反撃を食らって沈黙した。聖女はフィジカル的にも優れていなければならないのだ。
「はぁ、じゃぁもういいですよぉ。一応友達だと思っていたんですけどねぇノエリアさん」
「うぅ……怒ってる? 怒ってるよね?」
セシルの慇懃無礼な間延びした喋り方は、嫌いな相手と話すときや機嫌の悪い時によく使われる。
旧知のノエリアは勿論、そのことを知らないシオーネも雰囲気で状況のやばいことは察している。
「こういう方法は使いたくないんですけどぉ……死体――」
「い……っ!」
「あうっ……」
「なぜかは分からないんですけどぉ……死の匂いがぷんぷんするんですよぉ神聖な教会からぁ」
「えうッ……!」
「い、胃が……」
「これは調査に回さないといけないとは思いませんかぁ? ノエリアさん?」
「……」
もうノエリアは気絶寸前だった
◆
ノエリアは洗いざらい今日の経緯をぶちまけた。
ノエリアとシオーネが醜悪な光景と死の恐怖を思い出して青くなるのとは対照的に、セシルは冷静だった。
――先輩の追っている案件が禁術であることには薄々察しがついていましたが……この様子だと死霊魔術ということで間違いないですね。
魔に深くかかわる教会の人間であれば、禁術について扱うことの重要性や機密性というのは骨身に染みて理解できる。
しかし、セシルにとってみれば禁術も死霊魔術も関心の対象ではなかった。
――どうして先輩はあんな粗暴で野蛮で小指ほどの魔法の才能も無い男を……。
教会の至宝。百年に一度の聖女とも呼ばれた憧れの先輩。
その横に立ってそれを支える人間が、なぜ自分ではなくあの男なのか?
先輩にとって自分は頼るに値しない人間なのか。それとも、よほどあの男が気に入っているのか。だとすれば――。
セシルにとって、ただそれだけが問題であった。




