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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第二章 闇夜に蠢く首都の怪
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第三夜 動く死体

 私の名前はノエリア、ノエリア・レルミット。

 魔法学校中等部三回生。花も恥じらう十五の乙女だ。

 そこそこの家柄に生まれ、そこそこの成績で入学し、剣も魔法も座学もみんなそこそこ修めてきた。

 唯一飛びぬけているのは内申点の良さかもしれない。友達は多いけど、悪い奴とは大体他人。品行方正。先生ウケも良く。寮母さんとは友達か姉妹みたいに仲がいい。どれくらい仲が良いかって言うと、特別に部屋を個室にしてもらえるくらいには仲が良い。

 そんなこんなで、三年間。可もなく不可もなく刺激もなく。なんとなくで終わりかけていた今日この頃。私にはあまりにも刺激的すぎる友達ができてしまったのだ。


「だからぁ! 次はうまくいくから、ネッ!」

「いや、ネッて言われても……」


 それは、今私の目の前にいて、絶賛刺激的な話を振りまいている女の子。シオーネちゃんだ。

 今年の冬の初め頃、急に入学してきた異色の女の子だった。

 私とシオーネちゃんの出会いは結構強烈だった。

 入学してすぐ、シオーネちゃんはトラブルに見舞われていた。

 なんでも変な時期に入学しちゃったものだから、裏口入学だとか、金を積んだんだろとか、不良からいろいろ難癖をつけられたらしい。

 確かに、シオーネちゃんのバックにテンリタグ商会があるというのは本当らしかった。

 商人を嫌う貴族階級の人が多い魔法学校だから。いじめの標的になるのはあり得る話だった。

 その場に出くわしちゃった私は、シオーネちゃんを助けようと声をかけようとしたのだけど、それよりも先にシオーネちゃんが、いじめっ子たちに飛びかかっていた。

 ……それはもう凄かった。野性味溢れる格闘戦でお坊ちゃんお嬢ちゃんに飛びかかると、くんずほぐれつの大乱戦を巻き起こしたのだ。

 学生はみんな支給されている剣を帯びているから、喧嘩がヒートアップしてしまえば大変なことになる。

 すぐに私が止めに入って、先生もすぐに来てくれたから大事にはならなかったけど、私のこれまでの学生生活の中では一,二位を争う事件だった。

 その出会い以来、なんとなく会えば話をするようになって、気づけば私の部屋に入り浸るようになっていた。


「ノエリアちゃんの臆病者! この前のでへこたれてちゃこの先生きてなんかいけないよ!」


 言い忘れていたがここは私の部屋。シオーネちゃんは十三歳の一回生だ。なんでこの子先輩に向かってタメ口何だろう?


「だってさぁ……もう何から突っ込んでいいのかわからないけど、いろいろおかしくない?」

「いろいろって何!」

「最初からだよ! 何!? 『殺したい奴がいる』って。なんかカッコいい台詞だけど中学生の台詞でもなければ、やることでもないよ!」

「だって本当なんだもん!」

「だとしても、相手の、あの……お、おっかない男の人って誰!? なんであの人なのさ!」

「前も言ったでしょ。あいつは私の大事な家族を殺したの! だから必ず復讐してやるって決めたの!」


 最初。この話を持ち掛けられた時、私は冗談だと思ったのだ。

 本当だったとしても、精々不良グループの喧嘩程度で、勢いあまって殺すとかなんとかって言ってるだけだと思っていた。

 だって普通に考えて、本当に家族が殺されたのならば、事件になっているはずなのだ。

 調べれば、新聞の記事とか何かしら出てくるだろうし、未解決だったとしても、既にしかるべき組織が動いているはずで、私達子供の首を突っ込むスペースなんてあるはずないのだ。


 だけど、後輩の前でカッコつけたくて、今までの優等生ポイントをちょっとくらいなら犠牲にしてもいいかなって、軽い気分で、話に乗ったら、そこで見たものは、あまりに私の日常からはかけ離れていたのだ。

 件の男の人に声をかけて、路地裏に誘い込んだ時。

 シオーネちゃんが突き出したのは本物の剣で、それを弾き飛ばしたのも本物のそれだった。

 私はまだまだ素人だけど、その時、男の人がただ者ではないということだけは分かった。

 もしかすると、本当に人を殺したことがある人なんじゃないかって。

 それから、シオーネちゃんが私に話を持ち掛けた時の、真剣な瞳を思い出して、本当にシオーネちゃんの家族は、この男の人に殺されたんじゃないかって。


「と、とりあえず今日は下宿先に帰ったら? お姉さんが待ってるんでしょう?」

「ダメ! ノエリアちゃんが話きいてくれなきゃ帰らない!」

「……はぁ。今回はどうするの……」


 やった! と可愛らしく呟いて、こちらにずずいっと近づいてくる。

 物騒な話をしようというのに、その目は純粋で、且つ真剣なのだ。

 なんだが、私が守ってあげなくては。そんな気分になる。


「あのね、私の調査によると、アイツは五番大通りの教会に住んでいて、夕方になると頻繁に茶店・風呂屋街の方へ行くの。だからその行きがけに、麦畑のところで待ち伏せるわ」

「うん。それで」

「あの街に行くってことは、アイツはそういう気分だってことでしょ。そこをノエリアちゃんが上手く誘惑するの。それで、ホイホイついてきたところを、私がザクッと。ね、カンペキでしょ!」

「わーすごーい」


 このコ友達をなんだと思ってんだろ。それに私先輩なんだけど。


「イヤ! 絶対にイヤ!」

「なんで!? 大丈夫、ノエリアちゃん可愛いから! 絶対うまくいくって!」

「そこじゃない! なんかサラッと誘惑するとか言ってるけど、もし本当に、その、お、襲われちゃったらどうするの! 私、あの人に抵抗できる気がしないんだけど!」

「そこはほら、場所とかプレイとか指定しておけば、アイツもそれまで我慢するかも……」

「やめて、聞きたくない! というかどこでそんな知識つけてくるのよ! こんなこと言いたくないけど、アタマおかしいんじゃないの!?」

「ひどい! 友達になんてことを言うの!」


 こっちの台詞だ!



「……うん、このあたりでいいかな」

「あぁ、もう門限に間に合わない……さらば私の内申点……さらば平穏なる学園生活……」


 何だかんだでついてきてしまった私なのであった。

 私が拒絶したとしても、彼女は一人で、何度でも挑戦するに違いない。

 結局のところ、彼女を放っておけなかったのだ。

 だけど、そのまんま彼女の作戦に乗ってあげるわけじゃない。

 あの日見た限りでは、あの男の人は話が通じないような人ではないはずだ。

 二人だけになったところで、どうしてこんなことになったのか、それを聞き出して、二人の関係を改善する。それが私の作戦。


「もー、ノエリアちゃん何してんの。こっちこっち!」


 シオーネちゃんは道から外れた用水路の傍に立っていた。


「じゃあ私はこの用水路に隠れているから、ちょうどこの辺りまで誘導してね」

「えー、いくら暗くなったってそんなところに人が寝転んでたら、気づかれそうな気がするけど……、それに、ああいう剣の上手い人って勘がいいって言うし……」


 確かに、辺りはもうだいぶ暗い。今日は曇りがちで月も隠れている。じきにちょっと離れたら顔がわからないくらいには暗くなるだろう。

 ……ますます、なんで女の子二人でこんな危ないことやってるのか分からなくなる。


「大丈夫だって、ほらこの藁をかぶって居れば……あれ……」


 近くに落ちていた藁束を持ち上げようとしたシオーネちゃんの動きが止まった。


「なに……これ……?」

「なにって……っ!」


 覗き込んで、私は咄嗟に自分の口元を押さえた。

 そうしていなければ、きっと悲鳴が漏れていただろう。


「人の……足」


 シオーネちゃんが、どこか冷静に呟いたのに対して、


「きっと人形だよ! ちょっとリアルな案山子……! とか……」


 私は、そんな心にもないことを言ったのだけれど、リアルすぎる腐りかけの足を前にして、そう言い張るのは無理があった。


「き、騎士団の人に――」


 通報しよう。私がそう言いかけた時、藁の下の死体が、不気味に、跳ね上がるようにして立ち上がった。


「ッ! ノエリアちゃんこっち!」


 呼吸をするのも忘れるくらいに、衝撃を受けて立ち竦む私に比べて、シオーネちゃんは驚くほど冷静だった。

 私はシオーネちゃんに手を取られて、道の方へと戻ろうとしたのだが、突然何かに足を掴まれて、二人して転んでしまった。


「ひっ……」


 振り返って、ぞっとした。死体は一体だけじゃなかった。全部で四体、そのうちの一つが、倒れたまま私の足首を掴んでいた。


「うぃ、ウィンド――……」


 咄嗟に、風の魔法を使おうとしたが、焦りで集中できず、まったく魔力は纏まらない。


「ノエリアちゃんを放せッ!」


 もう駄目か。そう思ったとき、シオーネちゃんの剣が、死体の手首を斬り落とした。


「あ、ありが――」

「いいから、ノエリアちゃんは人を呼んできて! 私がしばらく持ちこたえるから急いでね!」



「どうしてっ、どうしてこんな時に限って人通りがないのよ……!」


 市街地に向かって、一本道をひたすらに走った。

 道の両側は畑だけ、人里の明かりが無いせいで曇天の夜は本当に暗い。

 涙も出てくるし息も苦しい、足元がおぼつかない。全身の感覚がおかしくなって、自分がどこを走っているのか、そもそも走れているのかさえも怪しい。

 それが焦りを助長して、今にも崩れ落ちてしまいそうなくらいに、やるせない気分になってくる。


――もしかして、シオーネちゃんがああ言ったのは私を逃がすためで、本当は、最初から助けなんて期待してなかったんじゃ……。


 咄嗟にイヤな思考を振り払ったけど、もう心も体も限界だった。

 情けなくも、私は転ぶようにして崩れ落ちた。


「どうすれば……どうしたらっ……」


 今思い知らされる。私は本当に未熟者だったのだ。

 窮地に当たって冷静に対処する度胸も、死地に当たって恐怖を乗り越える勇気も、何も持っていなかった。

 いたずらに焦るばかりで、涙がこぼれそうになる。

 

「おい、何をしておる」


 あとはもう何も分からなくなって、恥も外聞もなく、知らないうちに目の前に立っていた人に縋りつくことしか出来なかった。


「お、お願いしますっ……! 友達がっ、友達がっ……襲われて――へぶぅ!」


 いきなりぶん殴られた。えっ、超痛い。


「また貴様らかッ! 芸の無い! 初めも通用していないというのに、同じ手に引っかかるはずがないだろうが馬鹿者!」



 三郎太が傾城町に足繫く通っているわけは、女生徒二人の想像したように、女を買いに来ているわけではなく、また、酒に溺れているわけでもなかった。

 三郎太は、クニマロと名乗った異相の男が、三郎太の身の回りで起きている怪事について、何か知って居るのではないかと考え、彼を求めてカドリの酒屋に通っているのである。


 ノエリアが、以前と同じ調子で声をかけてきたのは、ちょうどその折だった。

 いつかまた、シオーネらが自身の命を狙ってくることは予想していたが、まさか性懲りもなく同じ手段を執るとは夢にも思わず、あまりの無策さに腹が立った三郎太は、衝動的にノエリアの頬桁を打ち抜いたのである。


「う……うぇぇぇぇ……」

「腰に一口ひとふりを差すものが、往来でみっともなく泣くな!」

「違うんですぅ……信じてくださいぃぃ!」


 焦りと恐怖で駄目になっていたところに、人に出会えた安心と頬への理不尽な衝撃が立て続けにやってきて何が何だか分からなくなり、ボロボロと涙を零すノエリアを見て、さすがの三郎太も事態の尋常ならざるを悟った。


「ええい、鬱陶しい! わかった、どっちだ!」

「つっ……ヒック……ついてきてくださいぃ……ヒック……」


 よろよろと起き上がったノエリアは、三郎太を先導しようと先を行くが、そのあまりに緩慢なのに三郎太は痺れを切らし、背後からノエリアを小脇に抱えると、駆けだした。


「あっ、あっ、あの! このまま、真っすぐで、右手の、麦畑の、用水路のっ」


 突然のことに驚きと羞恥を感じながら、ノエリアは道を示した。

 三郎太に会うまでの時間があまりに長く感じたため、どれだけ長くの距離を走ったかと思っていたが、実際はものの数分しか経っていなかったらしい、三郎太とノエリアはすぐに、五つの影の大立ち回りに出会うことができた。


「退いておれ未熟者!」


 三郎太は道の端にノエリアを放り捨てると、叫びざまに抜刀し、禿げあがった麦畑へと踊りこんだ。


――背の低いのが小娘だな。


 暗闇のため、五つの影の正確な姿をとらえることが出来ない。

 三郎太は同士討ちが起きぬように、あたりを付けたが、その必要はなかった。

 三郎太が参戦したとたん、四つの影はシオーネを差し置いて、皆、三郎太のもとへと向かって来たのである。


「心得た!」


 久々にまともな相手と立ち会えることを喜んだか、三郎太の剣の冴えはすさまじいものがあった。

 風を切る音が四つ聞えたかと思うと、既に麦畑には二人の影しかなかった。



「ちょっと、なんでアンタが! 私助けてなんて……!」


 割って入ってきた男の正体が、怨敵清浜三郎太だと、早々に看破したシオーネは、肩で息をしながら、三郎太に迫ったが、すぐに、三郎太を連れてきたのがノエリアだと気付いた。


「シオーネちゃん、無事なの!?」

「あぁ……うん。もうひどい顔なんだから……」

「よかった……よかったっ……!」


 泣きながら駆け寄ってくるノエリアを、照れながら受け止めたシオーネは、再び三郎太の方を見た。そして、その様子がおかしいことに気付いた。

 三郎太は、斬った時の感触を思い出すように、自身の右の掌を眺めていた。

そして、ふっと我に返ると、二人を怒鳴りつけた。


「ッ……! 灯りはあるか!」

「私魔法なんて使えないわよ!」

「わ、私が!」


 落ち着いたノエリアが、掌に小さく火球を作って、三郎太に近づくと、三郎太は地面に倒れている死体を指して、


「そいつを照らせ」


 と言った。

 ノエリアは恐る恐る死体に近づくと、手をかざした。

 三郎太は仰向けに転がった死体の顔を隠している目深なローブを引きはがした。


「ぅっ……」

「なんなのよ、ほんとに……」


 中から出てきたのは、やはり、腐りかけの死体だった。

 辛うじて、中年の男と分かる、その醜悪な容貌に、ノエリアもシオーネも思わず口元を押さえた。

 しかし、三郎太は一人、奥歯を砕かんばかりに歯を食いしばると、


「そういうことかッ……!」


 絞り出すように、そう言った。


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