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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第二章 闇夜に蠢く首都の怪
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第一夜 二人の童子

 話を知って居る。そう言ったのは異相の男だった。

 もとがどうであったかもわからないような、薄汚れてボロボロのシャツとズボンを身に着け、その右腕は赤茶けた包帯によって隙間なく包み込まれていた。

 そして頭は毛の一本も無い僧形で、左目は醜く潰れて隻眼だった。


「近頃、世間様を騒がせている噂の真実……聞きたかァありませんか?」


 いつの間にか三郎太の対面に座った男は、自らをクニマロと名乗ってから、そう言った。

 三郎太は浮かした腰を再び下ろすと、無言のままに続きを促した。


「今噂されている怪談話ってのは、いわばカモフラージュなんでさァ。真実、首都ではよからぬ事件がおきています。勿論、今も」

「初めの男だな」

「その通り。夜な夜な現れては、道行く男女に声をかける謎の男は実際に存在する。しかもこいつぁ声をかけるだけなんて生易しい不審者じゃあねぇ――紛れもなく人殺しでさァ」

「馬鹿を申せ。殺しが起きているのならば、騎士団も教会も動かぬはずがない」

「事件が起きてないから動いていないんではなく、事件が表沙汰になっては困るから動いていない。……いや、動いていないように見せかけている。違いますかね?」

「……」


 下らぬ陰謀論に耳を貸している時間は無い。三郎太は立ち上がった。


「どちらへ?」

「……馬鹿馬鹿しい。お主の話とて、そこらの噂話と何ら変わらぬ。お主の言を保証するのは、ただお主の口だけではないか」

「その判断は、話を最後まで聞いてからでも遅くはないのでは?」

「そもそも、お主は恰好からして信用に値せん」

「あっしように、このような格好で地べたを這いずり回るからこそ、見えてくる真実ってぇものがありまさァ……」


 いよいよ三郎太が立ち去ろうと背を向けたとき、クニマロは聞こえるか聞えないかの小さな声で、そっと告げた。


「例えば旦那、死人が蘇ったとしたらどうします?」

「ッ!」


 三郎太はまるで戦いのときのように、素早く身を翻すと、キッとクニマロを睨みつけた。

 自分でも気づかぬ内に、左の親指が鍔にかかっていた。


「おおっと、一体どうしました。ほんの例え話ですよ」

「何を!」


 クニマロは本当に驚いたといったふうに目を丸くして見せるが、それが作り物であることはゆがんだ口元を見れば一目瞭然だった。

 殺気を漏らしながら詰め寄る三郎太に怯みもせず。クニマロはあっけらかんとして続けた。


「死んだはずの人間が動き出せば、当然、人は誰しも恐れおののくでしょう? なにせ死人唯一の美徳は口の無いことですから……。有象無象の一般庶民が起こす無用な混乱は為政者の嫌うところ。関係者が口を閉ざすのだって不思議でもなんでもない……。まぁこれ以上あっしの話なんざ聞きたくないと言うのならば、ここまでにしておきますが……。もし旦那が正義感に溢れた市井の味方だというのならば、この件に首を突っ込んでみても良いかもしれませんね……。いや、やっぱりやめたほうがいい。皆と同じように、そ知らぬふりで日常の中に埋もれていることですな」



 次の日の夜も、三郎太はカドリの酒屋にやってきては一人寂しく杯を傾けていた。

 昨夜と異なる点といえば、異相の男、クニマロのいない点と、三郎太が全身から溢れる苛立ちを隠そうとしていない点であった。


 昨晩、あの後もくどくどと続いたクニマロの戯言を、酒と苛立ちの勢いにまかせて撥ね退けた三郎太が我が家に帰り着いたのは、丑の刻にも迫ろうかという宵の最中だった。

 そして、意外にも灯りのついていた我が家で待っていたのは苦言の嵐だった。


「帰りが遅い! 一応でもこの家の主人を気取るのならば夕飯までには帰って来い。それができなければ連絡くらいはすることだ。ついでに酒臭い! 一体いくら使ってきた。いい加減に寒さが堪えるから新しく毛布でも買う相談をしようと思っていたところだというのに……碌に稼いでもいないくせに無駄遣いをするな。そもそもお前は特権階級生まれだろう、そんなことで――……」


 云々(うんぬん)とはティアナの台詞で、


「いい身分だね穀潰し!」


 と、シンプルで強烈なのは蚩尤だった。

 酒だけでなく、怒りでも顔を真っ赤にした三郎太は思わず斬りかかってやろうかといきり立ったが、詰め寄ろうとしたところで、土間でつまづいて頭を打ち、結局ティアナと蚩尤に介抱されて、いつも通り三人肩を寄せ合って寒さに耐える夜を過ごしたのだった。


 恥辱の過ぎ去った今日の朝を、何事もなかったかのように過ごした三郎太は、昼からは騎士団の屯所に剣の指南のために足を運んだ。

 指南自体はいつも通りに進んだのだが、そのあとがいけなかった。

 最近の怪談話の流行に関係して何か事件は起きていないかと、フィンデンブルグをはじめ若い騎士の面々に尋ねると、皆一様に首を横に振ったばかりでなく、


「清浜師範は幽霊とか信じちゃってる系ですか?」

「こんな見た目なのに……ゴホン。意外ですね。いや、いいと思いますよ? 人それぞれで」

「こういうやつに限って、大真面目な顔して大金はたいてお守りだ壺だって言って買ってんだぜ」


 と、小憎たらしいにやけ面を向けながら三郎太を笑ったのだった。

 特に、魔法も使えないくせに大きな顔をする三郎太を快く思っていなかった一部の騎士からの嫌味はしつこく、首都にきてから少しは我慢強くなった三郎太をしても、あとほんの少し頭に血が上っていたら屯所が血の海になるところであった。


 しかし今、三郎太が隣の二つ分の席に人を寄せ付けぬほどの禍々しいオーラを放っているのには、さらにもう一つ理由があった。



 煮えたぎる心中をひた隠しにしながら、屯所をあとにした三郎太は、溜まった鬱憤を晴らすべく、カドリの酒屋を目指していた。

 五番大通りをしばらく進み、農地に繋がる道に折れようとした時であった。


「すっ、すみませんっ、そこの人……!」

「……」


 自身へ向けられた声に、三郎太はちらと振り返った。

 声の主は見覚えのある学生服を着た少女だった。

 何処からか走って来たらしく、黒の長髪を乱しながら、肩で息をしていた。

 少女は、不機嫌一杯の睨みつけるような三郎太の視線に射竦められて、一瞬躊躇ったようだったが、何か覚悟を決めたかのように小さく頷くと、小走りで駆け寄ってきて三郎太の袖を掴んだ。


「助けて……ください。向こうで、友達が、男の人に襲われていて……」


 三郎太は袖を掴む手を乱暴に振り払うと、


「……連れて行け」


 と言ったのだった。


 少女に連れられて三郎太がたどり着いたのは、ほとんど日の当たらないような路地裏だった。


「こ、こっちです……!」


 少女が先を行き、三郎太が後に続いた。

 三郎太が横道に差し掛かった、その時だった。


「死ねぇい!」


 突然、横合いから、白刃が三郎太めがけて突き出された。


「気づいておらぬと思うたか!」


 三郎太は半身を傾けて躱すと、電光石火の抜き打ちで襲い来る切っ先を弾き飛ばした。


「くっ……!」


 衝撃で剣を手放し、尻もちをついた襲撃者を、三郎太は静かに見下ろした。

 赤みがかった髪に学生服、復讐を誓った意思の強い瞳、シオーネだった。


「……次は斬ると言ったはずだ」


 三郎太は冷たく呟くと、八相に刀を立てた。

 しかし、いざ刃を振り下ろそうとしたとき、シオーネの憎しみに籠った瞳の中に、一抹の恐怖がよぎったのを見てしまった。


「……ッ!」


――情けない!


 それは誰に向けたものか、三郎太自身にもわからなかった。


「斬る価値もない、腰抜けめがッ!」


 三郎太は殺意にも似た軽蔑を吐き捨てると、崩れ落ちてあわあわと怯えている共謀者の横を抜けて、路地裏を去ったのだった。



――つまらん!


 三郎太は本日五杯目となる麦酒をテーブルに叩きつけた。

 それほど酒に強いわけでもないのに、酔いは確かに回っているはずなのに、気分は全く紛れなかった。


――いっそ誰でもよい。一思いに斬り伏せてみれば……。


「……」


 三郎太は己の思考の危うさに、顔を覆いたくなるほどの羞恥を覚えた。

 そんな三郎太を見かねてか、カドリが腰を低くして近づいてきた。


「先生。今日はそのあたりでやめておいた方が良いのでは……? お代は結構ですから……」


 三郎太の健康よりなによりも営業妨害甚だしい。カドリはやんわりと退席を促した。

 三郎太はそれにあからさまにムッとしながら、懐から小袋を取り出した。


「手持が無いわけではないぞ。それ、釣りはいらん」


 銭勘定を嫌ったのと、見栄を張りたいのとが合わさって三郎太はそう言って、小袋を丸ごとカドリに押し付けた。

 小袋の中身を数えたカドリは、微妙に代金の足りないのに苦笑するしかなかった。


「まぁ……今日のところは帰るとするか。家に五月蠅いのがいるのでな」

「それは大変です。帰りを心配してくれる人がいるのなら、急がねば」

「あいつも、あいつも、士分を一体何だと思って……俺を一体誰だと……俺の先祖は世に名高き甲陽の五名臣――……」

「ハイ、ハイ、結構なことでございます。ハイ。またのお越しをお待ちしております。ハイ」



 カドリに背中を押されるようにして外に出た三郎太は、千鳥足を隠すように、一歩一歩確かめながら、普段よりもゆっくりと歩を進めていた。

 夜になって愈々増してきた傾城町の色の香りが鼻腔をくすぐった。


 町の中程に差し掛かった時、三郎太は真向かいから歩いてくる二人の童子の姿を見とめた。

 深衣を纏った二人の童子は、ともによく似た顔立ちをしていて、仲睦まじく手を繋いで歩いていた。

 この町に相応しくない二人の姿に三郎太が目を奪われていると、向こうも三郎太に気付いたようだった。

 童子の片割は、三郎太の姿を見るや、アッと声を上げ、次の瞬間にはキッと睨み据えて、ずかずかと早歩きに迫った。


「こんなところにいられては困ります! 怒られますよ!」


 二人の童子の片割れは三郎太の前に立つなりそう言った。


――歳の近い兄妹か? よく似ておる。


 見知らぬ童子に詰め寄られても怖い事など一つもない。

 三郎太は余裕綽々威風堂々、袖に手を差しながら威圧するように二人を睨み返した。


「聞いていますか!? 早く、見つかる前にここを去りなさい。今なら黙っていて差し上げます!」


 先ほどから勢いよくまくしたてているのは、おそらく兄と思われる方の童子だった。一方の妹は黙ったままだが、兄と同じく三郎太を睨みつけていた。


「お主らのほうこそ、此処を何処だと心得ておる。何をする場所かわかっておるのか?」

「やっ、それはっ、そのっ……」


 虫の居所の悪い三郎太が、少し意地悪をすると、兄の童子は途端に顔を赤くして俯いた。そこへ、妹の方が心なしか冷たい視線を送った。


「ふん。毛も生え揃わぬような小僧風情が戯けた真似をしおって。士分の道を塞いだ無礼は許してやる。そこを退け」


 大人げなく突き放す三郎太を一睨みしてから、童子は道を空けた。

 そして、去り際の三郎太に再び言った。


「今日はこのまま真っすぐに帰って、朝までぐっすり寝ることです。決して夜、外に出てはいけませんよ。本当に……頼みます」


 視線だけを向けた三郎太が見たのは、まだ顔は赤かったが、驚くほど真剣な顔をした二人の兄妹だった。



「……」


 とこの中にあった三郎太は、鼻をつくすえた臭いに目を覚ました。

 童子達と別れ、家へと戻り、蚩尤とティアナの小言を聞き流した、その夜の事だった。

 臭いの原因を辿って、戸に目を向けると、その隙間に何やら白い糸のようなものが挟まって、ゆらゆらと揺れていた。


「……」


 三郎太はそっととこを抜け出すと、兼定の長脇差を掴んで、着流しのまま外に出た。



 外に出てみると、白い糸は思ったよりもずっと長いことが分かった。

 ゆらゆらと揺れるそれは、不思議なことに宙に留まったまま、教会の格子状の門を抜けて、敷地の外まで伸びていた。

 三郎太は糸に沿って歩き出し、音を立てないように、教会の門を押し開けた。


「……」


 夜の闇の中に、くっきりと浮かんだ白い糸は、教会からほど近い、一本の細道へと繋がっていた。すえた臭いも、そこから発しているようだった。

 細道は、身震いがするほど暗闇に包まれていた。

 暗闇と月光の境界線に立った三郎太は、柄に手を添えると、誘われるかのように一歩前へ踏み出そうとした。

 その時だった。


「……!?」


 まったく気づかぬ内に、横に立った何者かに、つかに添えた右手が包まれた。

 驚き、目を向けると、そこには先ほど出会った二人の童子の妹の方がいた。


「――!」


 お主は。三郎太がそう言おうとしたとき、やはり今度も、気づかぬ内に背後に回っていた何者かの両手によって、口が塞がれた。


「静かに。決して声を出してはいけません」


 耳元で囁かれた声は、童子の兄の方であった。


「このまま、ゆっくりと回れ右。何があっても決して振り向かず、声を上げず、できれば物音も謹んで。布団に入ったらすぐ目を閉じて。次に見るのは太陽の優しい光。いいですね?」


 語り聞かせる優しげな声色の中に、有無を言わせぬ迫力があった。


「……」


 三郎太は言葉に任せるまま、踵を返すと、もと来た道を帰った。

 サッ、と背後で羽音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、辺りが急に明るくなって、背中に熱を感じた。



「チッ! こりゃ失敗だ。やられたやられた」

「あ~ぁ。バッカみたい。下手な小細工なんて仕掛けるから」

「小細工だぁ? へへっ、嬢さんそりゃちがう。こいつぁ正攻法だよ。いてて……あっしのね……」


 ボロを身にまとった隻眼禿頭の異相の男は、何重にも包帯に包まれ、大きく膨らんだ右腕を押さえながら、額に脂汗を浮かべていた。

 焼け焦げた包帯の隙間からは、漆黒の剛毛が顔を覗かせていた。

 異形の右腕を押さえながら、男はうめいた。


「まったく何処のどいつだ、こんな真似をしてくれやがって……」


 獲物を誘うための『糸』に、突然火が付いたかと思うと、それは猛然として男に迫ってきた。

 慌てて『糸』を切り離したものの、迫りくる炎を完全にかわすことはできなかった。


「だからいったじゃーん。最初からアタシに任せてって」


 男の背後、石塀の上に座った女は、退屈そうに足をぶらぶらとしながら言った。


「相手は男なんでしょ? ならアタシの専門よ? 貴方、ごはんを食べ損ねたことがあるかしら? アタシにとっては、男を仕留めることなんて、それくらい簡単なことなんだけれど」


――淫売が。


 男は心中で毒づいた。


――こちとら、食いっぱぐれたことなんて一度や二度じゃねえぞ。上も下もだ。


「……言い分は最もだな嬢さん。返す言葉もねぇや。けどな、『土蜘蛛』にもそれなりのメンツがあってな。いきなり下請けの下請けに放り投げるなんて、カッコわりぃじゃぁねえか。分かってくれよ」

「それで失敗してたらよけいカッコ悪いじゃないの」

「へへへ……」

「ふーん、ま、いいわ。次はもう私に任せてくれるんでしょ?」

「あぁ。好きにやってくんな」

「やった! アタシ、ちょー楽しみっ!」


 月明かりに浮かんだ女は、背中に一対の翼を生やした、異形の姿だった。

 目元には赤いラインを入れ、フリルのついた黒と白のドレスを身にまとっていた。

 女は誘惑するように、桃色の長髪を撫で上げると、言った。


「お客様の名は、キヨハマサブロータ。ねっ」


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