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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
首都篇:第一章 如何御覧ず義賊の心
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聖堂の企み 

 ある晩のことである。

 大聖堂の一室で、一人の女が祈りを捧げている。

 太陽、月、海、そして大地を表す十字架の前で膝をつき、両手を固く胸の前で組んでいる。

 長い銀髪が月光を照り返し、その姿はさながらイコンのように清浄さを放っていた。

 女の背後に、真黒い影が現れた。


「鼠のイハヤがやられたぞ」


 影は男だった。声色からすると、四十か五十頃の歳であろう。

 黒い紳士帽に、これまた黒いコートを着た、全身黒ずくめの男だった。

 色彩は闇に溶け込みながらも、世界の理から浮き出たような、異様な存在感を持っている。


「……そうですか。なぜ私にそれを?」


 祈りの姿勢のまま、女は言った。


「ほう、聖女様ともあろうお方がなかなかに非情ではないか」

 

 嘲りの声に、ようやく聖女は立ち上がった。しかし、背後は振り返らない。


「彼はもうとっくの昔に私のもとを去っています。いまさら私が彼の人生に口を出す理由はないでしょう」

「しかし貴様が奴に能力を与えたことは、奴の運命を大きく変える結果となったのだ。そこに責任は感じないのか?」

「面白いことを言うのですね……。私ごときが責任を負うなどと言ったら、彼にとっても迷惑でしょう。彼は自分の意志のままに野生に生き、そして死んだ。自身の力で運命を全うしたにすぎません」

「ま、貴様がそう思っているのならそれでいいか。どうやら貴様はイハヤの死には興味がないようだが……イハヤを殺した者、これには興味を抱かずにはいられまい」

「確かに、彼は逃げ足の速さは一流でしたからね。そう簡単に死ぬような人だとは思っていませんでしたが。一体誰が?」

「あの男だ」

「……」


 聖女に、初めて動揺が走った。

 ゆっくりと振り返り、男と向かい合う。


「それが、取り立てて騒ぐことだと……?」

「ククク……それは貴様が決めることだ。だが、運命がもしこの方向で固まりつつあるのだとしたら……それは不都合なことだ。可能性の話とはいえ、境界を崩すためには奴に『勇者』になられては困るのだから」

「ふん、彼が勇者に? ばかばかしい。何の力も持たないたかが人間よ。いずれあの騎士団の娘を差し向けようとは思っていたけれど、私が直接手を下す必要がありますか?」

「ははは! たかが人間か。その油断の始末が、今の貴様だというのに。かわらぬものよ」


 嘲笑に、女は顔をしかめさせ、吐き捨てるように言った。


「とにかく! 私はあの男を脅威だとは思っていません。ただし、いつか必ず殺します」


 それから、今度は女の方が男をからかうように、言った。


「実際のところ、あの男個人を殺したいのは、北竟ほっきょう大帝、貴方の方でしょう? 愛娘の仇ですもんね?」

「黙れ」


 途端に室内に殺気が立ち込めた。

 目深に被った紳士帽から、男の目がのぞいた。


「当然のことを聞くな。ゼンランに連なる者、天狗の一味……皆許さぬ。皆すべて、僕がこの手で葬り去る」

「なら丁度良いではないですか。そんなに彼が気になるのならば貴方が相手をしていいですよ。ついでに彼が計画の支障となりうるかどうかも見定めてもらえれば、私から言う事は何もありません。私の『土蜘蛛』も好きに使ってもらって構いませんので」

「ならば存分にやらせてもらおう。だが僕もそう簡単に奴を殺すつもりはない。苦しんで、絶望してもらわなければ割に合わないからな。それに……娘の跡を継ぐ者も確保した。僕は彼女を目覚めさせるのに力を割かねばならない」

「あら、それならば増々あの男は不要では? 人と魔、生者と死者の境界を崩せれば十分でしょう?」

「油断するなと言っているだろう。……ところで、僕があの男を相手するのはいいが、その間貴様はどうするのだ?」


 その問いに、女は不気味に笑って答えた。


神威カムイ山開拓の許可が下りました――」



 カドリが教会にやってきたのは、あれから三日後の事だった。


「あーあー、ようやく、ようやーく来たわね酒屋」


 椅子に座ったマリアが、神経質そうに机を指で叩きながら、さっそくカドリを威圧した。


「いやはやまったく、これまでの遅れ、なんとお詫びすればよいのやら。信用第一の我々商人といたしましても痛恨の極み! 己の浅はかさに恥じ入るばかり!」

「能書きはいいのよ。謝罪なんて教会うちに来てるガキにだって出来るんだから。普通大人はモノで示すんじゃないの。……滞納した期間分上乗せで請求してやろうかしら」


 マリアはカドリに差し出された紙包みを開くと中身を数えだした。

 こちらの世界の教会が果たしてどういった存在なのか、正しく理解しているわけではなかったが、それでも耶蘇の聖職者に似た格好をした女が札束を数えているという姿に、強烈な違和感を覚えたためか。立ち会っていた三郎太が苦言をさした。


「お主、口が過ぎるであろう。聖職者の吐く言葉とは思えぬ。カドリとて悪気があってのことではあるまいに」

「よいのです! よいのです、三郎太殿。すべて私が悪いのでございますから!」

「ッたりまえでしょうが! てゆーか三郎太! あんたどっち側の人間なのよ! しばらく酒屋に雇われていたみたいだけど、その間にしっぽり抱え込まれたってわけ!? あぁ!?」

「馬鹿者っ! 客観的に見て申しておるのだ! 仮にも聖職者ならばそれなりの振舞をすべきであろう」

「ばっ、馬鹿ですって……! 言ってくれるじゃない居候の分際で! 私はアンタみたいな人の上っ面だけを見て簡単にだまされるような人間じゃないのよ」

「控えろ! 小娘!」

「出て行ってもらうわよ!」


 主客をそっちのけにして椅子を蹴って立ち上がり、一触即発の状態になった二人の間にカドリが割って入った。


「まぁまぁお二人とも落ち着いて。そうそう、マリア殿。今回返済に漕ぎつけられたのは三郎太殿の働きのおかげなのです。もちろん、三郎太殿を紹介してくださったマリア殿のおかげでもあるのですが」

「あっそ! ちゃんと働いたならそれでいいわよ、で?」

「こちらが、その謝礼でございます」


 新たな包を差し出すカドリ。

 再び札を数えだすマリア。

 滞納したことへの詫びも含めて、相場よりも相当高く謝礼が支払われたのか、封筒を懐に収めたマリアは上機嫌だった。


「ふーん、一応の礼儀はわきまえているみたいね。もういいわ。返済は確かに受けたし、私は他に仕事があるから、あなたたちの相手はしていられないの。さっさと帰った帰った」

「ふん……カドリ、途中まで送ろう」

「あっ! 三郎太は夜でいいから教会に顔出しなさい。仕事の報告しなきゃ報酬はあげないわよ!」



「あの小娘め、礼儀も何もあったものではないな」


 教会を出た三郎太はカドリの帰り道に付き添って歩いていた。


「ははは、しかし助かりましたよ、先生」

「あれでよかったのか」

「ええ、おかげですんなりと返済がすみました」


 カドリが賊の女達を助ける見返りとして三郎太に要求したことは、教会――もといマリアとの交渉を取り持ってほしいというものだった。


「しかしわからんな」

「何がでございましょう?」

「お主はなぜそこまであやつを恐れる。確かに叩けば何倍にもなって返ってくる喧しい女ではあるが……」

「ああ、先生はご存知ではなかったのですか。夏の中頃の話です。彼女はこちらに赴任してきた初日に、五番大通りで有名だった悪徳奴隷商をつるし上げたのですよ。それ以来、商人どもは戦々恐々、あの聖女様を恐れているってわけです」

「つまりそれは、お主にも叩けば出るホコリがあるということか」


 三郎太の視線が厳しくなった。


「まさか、痛くもない腹を探られるのは皆いやがることでございましょう」

「まあよい。言っておくが、俺とて目についた不正はそのままにはしておかぬぞ」

「ははは、ご容赦を。とにかく、あの聖女は徹頭徹尾弱者の味方なのです。商売人というのは何かと弱者を食い物にしていると思われがちですからね。彼女が私に対して手厳しいのもそのあたりが原因なのでしょう。私ごときが言えたことではありませんが、聖女殿を悪く思いませぬように」

「……ああ、知っておる」


 顔を突き合せれば何かと言い争いにはなるが、ウェパロスでの短い期間の付き合いで、マリアの人格の優れていることは三郎太も承知している。


「ところで、一つ伝えておかねばならないことがありました」

「何だ」

「あの女達のことです」


 三郎太が連れ帰った女二人は、カドリの店が世話をすることで決着がついた。

 以来三郎太は二人とは顔を合わせてはいないが、どうなったかは気になるところであった。


「彼女らは姉妹で、上は二十五、下は十三でございました。それで、店で働かせるのも忍びないと思っていたところ、下の娘は多少の学があることがわかりましたので、都の中にある魔法学校に入れることにしました」

「学校……。やつらにしてみれば願ってもないことだろうが、いささか待遇が良すぎるであろう。お主の店もそのような余裕はないのではないか?」

「そこはまあ何とか。ちょうど、私の息子が都にいますので、上の娘は二人の使用人代わりにでもと……」

「そうか。後の事は任せるが、いづれにしても俺の事は口に出してはならぬぞ」

「しかし、彼女らにとって貴方は恩人のようなものではありませんか」

「そうかもしれぬ。だが仇でもある。仇敵の情けで生き延びるなど、俺なら死んでも御免だ」


 何かあれば言え、力になる。

 そう言って、三郎太はカドリと別れ、久しぶりの我が家への道を急いだ。

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