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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
首都篇:第一章 如何御覧ず義賊の心
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道理は引っ込まぬ

「よくぞ無事にお戻り下さいました。ささ、こちらへ」


 店に戻ってきた三郎太を、カドリは媚びへつらった笑顔で迎え入れた・

 三郎太がブルーホワイトを討った、その翌日の早朝だった。

 三郎太は、以前のように二階の客間に通された。


「先生。やはり私の目に狂いは無かった。私共があれだけ手を焼いていた賊を、こうも容易く討ち取ってしまわれるとは。そこらのごろつき開拓者とは訳が違う。そう、先ほど帰したあの二人のように、にわかに湧いた開拓者は碌に依頼もこなせない。使う側としては頭が痛くて仕方がないですよ。今日日の騎士が役に立たないかと思えば、開拓者もまたあのざまで……。

 まったく、頼れるのは教会のほかありませんなぁ。恥ずかしながら、私は今までこれっぽっちも教会の恩恵に気付いていませんでした。しかし今回、改めて気づかされましたよ、真に三神とその子らの意思を継ぎ、我等無辜の民を守っているのは教会の方々に相違いないと」

「……」

「あー……っと、そうでした。これは失礼。私のくだらない長話などよりも先にすべきことがありました。こちらが、今回の謝礼でございます。いや、本当に今回はありがとうございました。次は仕事以外で是非お越しください。特別に計らいましょう」

「……」


 先ほどから無言の三郎太は、机の上の厚い紙包みを見てもなお不動であった。


「……ああ、いや、もう一つ。そういえば先生はそもそも返済の催促にお越しになっていたのでしたね。成り行きで面倒ごとを任せてしまいましたが……。でもご安心ください。すでに目処は立っておりますから、私が直接、責任を持って教会に向かわせていただきますよ」

「カドリよ」


 三郎太がようやく口を開いた。

 腕を組みかえ、目を開けると、静かに詰問した。


「あの二人は、どうなる」

「二人……と、言いますと?」

「とぼけるな。俺が連れてきた、賊の仲間の女二人だ」


 ここまで連れて来る途中の馬車の中でずっと向けられていた少女の憎悪の瞳が、三郎太の頭にちらついた。


「騎士団にでも突き出すか」

「賊であるのならば、法に従うのが常ですが……」


 この男、もしや何か知っているな。

 三郎太の逡巡に目ざとく気が付いたカドリは、慎重に言葉を紡いだ。

 女二人が商会の秘密を知っている可能性は既に考慮しているが、もし三郎太までもがそれを知りえていたとしたら面倒なことになる。


「残念ながら、実を言いますと、私も彼女の扱いには困っているのですよ。彼らの根城から、盗んだものの一つでも出てくればよかったのですが……。直接見た先生ならおわかりでしょう」

「何もなかった……と」

「そうです。これでは、「賊に襲われたから返り討ちにした」と、騎士団に届けるのは少々……。それよりも、もしかすると我々が私闘と殺人で……」

「なんだと、俺が詮議されると申すか!」

「いや、失礼。もっとも、目撃者が他にいるわけですから。有罪となることは無いでしょうが……」


 カドリは、一々言葉を曖昧にしながら、三郎太の顔色を窺った。


「……それで、何も考えていないというわけではあるまい」

「はい、穏当なところで、このまま知り合いの奴隷商に流すというのはどうでございましょう?」

「奴隷……か」


 それきり、三郎太は再び腕を組んで瞑想に入った。

 十分か、十五分ほど経ってから、目を開けた三郎太は、目の前の紙包みをおもむろにカドリの方へ押し出した。


「ひとまずは、これだ」

「はて?」

「これで、しばらく世話をしてやってくれ」


 カドリは素直に驚いた。

 目の前の男は、たった今手に入れたばかりの報酬を全て投げ打って、素性の知れない女共を助けようというのだった。

 もしやこの男、女共に情でもわいたのか。と、カドリは考えた。

 これまでを思い返せばこの男、商売や交渉には明らかに疎い木偶である。

 先ほどまでの意味ありげな沈黙も、商会の秘密を明かそう、断罪しようなどという企てからくるものではなく、単純に気恥ずかしさから口をきけずにいただけかもしれない。

 だがカドリの予想に反して、三郎太は毅然として言った。


「勘違いをするな。道理を通そうというのだ」

「道理……でございますか」

「言っておくが、俺は商人というものが嫌いだ。商いにおける取引、腹の探り合い、だまし合い、全て面倒で下らぬ。故に言う。俺はお主ら商会が商いのために、なんぞ汚い手段を使っているという事を、あの賊から聞いておる。なるほど、今回の事も何かと胡散臭い気がしないでもなかった。とすれば、お主らからすると、あの女共も、俺も、不都合な存在なのやも知れぬ」


 嫌な予感の的中に、カドリは蒼白になった。

 気づけば場の流れは三郎太にあった。

 この男を始末するか、それともこちら側に取り込むか。そんなカドリの思考を遮るように三郎太は話をつづけた。


「脅しているわけではない。言った通り、道理を通そうというのだ。これ以上俺に隠していることはない。そのうえで、頼む。あの女共を助けてやってはくれまいか。……これは取引ではないぞ。断ったとしても、商会の悪評を立てるつもりはない。そもそも俺は悪評を立てられるほどに、商会の事情を知りえたわけではない。だがな、俺は上に立つ者だ。民草の手本となる者だ。女共に罪があるのならばそう言え。さすれば俺が口を出すことなど何もない。だがないのであるならば、俺は道理によって立たねばならぬ」


 その目が、虚偽を許さなかった。

 だがカドリも、勢いに流されてイエスマンになるような軟弱な男ではなかった。


「……これは取引ではないとおっしゃられたが……それでも、我々は商人です。一つ条件を――」



「してやられましたねぇ」


 三郎太とすれ違うようにして部屋に入ってきたのは、本部から来た、燕尾服の男だった。

 取り繕った笑みか、無表情かの二つしか表情を知らないよう男が、子供の用に純粋な笑みを浮かべていた。


「剣しか取り柄のない木偶かと思っておりましたが、確かに、一瞬ですが往古の騎士の風格というものが見えました。いやぁ珍しい」

「そんな呑気なことを言っている場合ですか……」


 カドリはため息をついた。

 全く笑えなかった。こちらに引き込んでやろうと思っていたのが、気づけば自分が引き込まれていたのだ。


「私ですか? 私は既に今回の件を貴方に一任していますから。貴方の方こそ、早く手を打った方が良いのでは?」

「もっともです」

「勿論協力はしますが。それで、女達はどうしましょう。あの男も商会の事情は知らないようですし、あとは女達の舌を抜いて奴隷に落とせば、秘密を守るという点では大安心なのですが」

「すでに契約は交わしたのです。そんなことが発覚すれば彼が手に負えなくなる」

「では?」

「彼を始末しようとして失敗したり、彼ごと教会を敵に回すくらいならば、女達をこちらに引き入れた方が早い」

「調べたところ、あの男が教会に入ったのはごく最近の話です。教会やあの聖女との繋がりがそれほど深いとは思えませんが。もっとも、関係が深いからこそ、すぐに教会の敷地内に居を構えられたとも判断できますが」

「結局リスクが大きい」


 これは反省代だ。

 カドリはそう思うことにした。

 相手をみくびって、手痛いしっぺがえしをくらうなど商人としてあるまじき行為。これからの戒めとすべきだ。

 そもそも、今回の件で、商会からこちらに降りてくる金額を考えれば、女二人を養うのはそれほど苦ではない。懸念すべきことは、彼女らが商会の不正を賊から聞かされているかどうかということだった。


「もし、彼女達が、秘密を知っているようだったら、伝えます。その時は事故に見せかけて……良いですかな?」

「……はい、お任せを。ふふっ、カドリさん、私には見えてきましたよ。貴方が何故本部から注目されているか、あなたはその他大勢の凡人に見えて――」

「よしてください。他人から見た自分なんて、直接聞きたいものではありません」


 男の言葉を遮ると、カドリは部屋をあとにした。


――さてさて、清浜三郎太、この男はどれだけ利益を生み出してくれるだろうか。もし、役に立ってくれるのならば……多少は、人情とやらに応えてやっても、不利益にはならないだろう。


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