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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
首都篇:第一章 如何御覧ず義賊の心
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テンリタグ商会

 翌朝、三郎太が庭で刀を振るっていると、教会からマリアがやってきた。


「おはよう。精が出るわね」

「うむ」


 三郎太は刀を納め、汗を拭った。


「小屋はどう? 不自由は……あるでしょうけど」

「贅沢は言えん。助かった」


 文句つけてきたら引っ叩いてやってたわ。マリアはそう言うと、一枚の紙きれを差し出してきた。


「なんだこれは」

「仕事よ仕事。あんたの為に、用意してあげたの。ちゃんと報酬も払うわよ」

「ほう」


 紙切れを受け取って見ると、それは地図だった。

 現在地に青丸。目的地は赤丸で示してある。ご丁寧に「ここ!」とまで但し書きまでついている。


「何をすればいい」

「昨日私達が話していた商人、見たでしょ?」

「ああ」


 話していた。というよりも一方的に怒鳴られていた小太りの商人の事だろう。

 三郎太の頭の中に男の姿が思い浮かんだ。


――気の弱そうな男だったな。こんなやかましい女に怒鳴られて、気の毒なものだ


「あいつの商店、酒屋に行って、かるーく脅してきて頂戴。別に今すぐ借金を巻き上げようとは考えなくていいわ。勿論できるのならやってもいいけど」

「催促をしてこいと?」

「そんな生易しいもんじゃダメよ。その厳つい顔でぐっと迫りなさい。「借りたもんは返さんかいゴラァ!」って感じで」


 実際に三郎太の胸倉を掴んで演じて見せるマリアの手を鬱陶しそうに払ってから。三郎太は少し思案した。

 士分たる己が、借金取りのような雇われのごろつきのような真似ができるか。という点が問題だった。

 相変わらず、プライドだけは無駄に高かった。

 しかし、それが武士という生き物だった。


「分かった。いつ向かえばいい」


 だが答えはすぐに出た。

 今、この状況において、マリアの好意を無下にすることも、ティアナや蚩尤にひもじい思いをさせることも、どちらも得策ではない。

 尤も、ティアナはともかく蚩尤は自分の食い分くらいは自分で用意する能力を持っているのだが


「昼時に奇襲をかまして、客の前で大恥かかせてやるのよ。いいこと、インパクトが大切なんだから。あ、それと五番教会から来たって言いなさいね」


 勿論、三郎太はそんな無礼をするつもりなど毛頭ない。

 しかし、マリアというのは反論するには疲れる相手である。

 故に、三郎太は万事承知したと言ってマリアを追い返した。



 正午、三郎太が地図に則って市街地を出ると意外な光景が広がっていた。

 一面の農地である。

 麦や豆類のように見える作物がさわさわと風に揺られている。


――マリアの奴め、適当な地図を……。


 地図には農地の事がざっくりと省略されている。誤差と呼べるような生半可はものではない。出鱈目もいいところである。

 三郎太は果たして本当にこの地図に沿って目的地に行けるか不安になった。

 顔を上げると、遥か遠くに微かに街の気配を感じるが、一体どれだけ距離があるのか考えたくもないほどに、都市の内部だとは思えないほどの広大な農地が広がっている。


――総構えというわけだ。さて、豊太閤に陥とせたものか。


現実逃避も兼ねて、目の前の景色を茶化してみるがどうしようもない。

誰にも分からないような小さなため息をついてから、三郎太は農地を貫く一本道を歩き出した。



やがて町の姿がはっきりと見える様になり、三郎太は町の入り口へとたどり着いた。

木の門の上には大きく「茶店・風呂屋街」と書かれている。


「どうにもこれは……」


 三郎太は呟いた。

 外から街の中を覗いてみると、名前通りに道の両脇を、屋号を「○○茶店」「○○風呂」と定めた店らしき建物が固めている。

 「店らしき」というのは、一見それが何らかの商店には見えないことに由来する。

 どこも看板と客引きを立てこそすれ、扉は固く締められていて見ただけでは何の店か皆目見当がつかない。

 ただし、よく耳を澄ませば話は別だった。


――ちっ、そういうことか。


 耳に入る音から判断するに、つまりこの街は女と呑み、且つまた乱れる類の街らしかった。

 三郎太は街に近づくにつれて鼻に届いた甘い香の匂いに、何か嫌な気配を感じつつあったが、それが現実のものとなったことに、思わず唾棄したいような感情に襲われた。

 しかしながら、この市街地から離れた場所に佇む、男の財布によってそこそこの繁栄を謳歌しているこの街の正体が分かったところで仕事を投げ出すわけにはいかないのだった。

 三郎太は眉間の皺を深くしながら街の中へと足を踏み入れた。

 より一層濃くなった甘い香りに、より一層不快の念を放ちながら、三郎太は敢えて道のド真中を、肩で風を切って歩いた。


――ふん、昼に遊ぶ連中はこの世界でも変わらんか。


 見れば、落ち着きなく歩く独り者や徒党を組んで店を伺う男たちは皆騎士風の者、役人風の者達だった。


――女子に骨抜きにされて、それで民草が守れるか。


 心の内で毒づいたあと、三郎太は思い出したように地図に目を落とした。

 目的の酒屋は小路を4つ超えた先であるから、すぐそばまで来ているはずだった。

 三郎太は手短な客引きの娘に声をかけた。


「おい、テンリタグ商会の酒屋はどこだ」

「はぁ、それならウチがそうですけど……どうかなさいました?」


 三郎太のことを客と認識していないのか、なんとも曖昧な態度をとる娘に三郎太は威圧的に言った。


「ならば主人を出せ。五番教会からだ。」


 一拍遅れて、青ざめた娘は慌てた様子で店の奥に消えて行った。



「やぁやぁこれはこれはお待たせいたしましたスミマセン」


 二階に通された三郎太が椅子に座って待っていると、そう時を置かずに例の小太りの中年が入ってきた。

 中年はへこへこと何度も頭を下げながら、机を挟んで三郎太の前に座った。

 大小を股の間に挟み、腕を組んでいた三郎太が口を開いた。


「清浜三郎太だ。五番教会から来た。覚えがあろう」

「ハイ勿論ですとも。いやはやご迷惑をかけてしまいました。まさか教会の方とは。あっ、私はカドリと申します」


 三郎太に迷惑をかけたのはマリアであり、付近に迷惑をかけたのは三郎太だったが、特に訂正はない。


「用件は知っての通り。借りたものを返さぬとは不届き千万」

「それにつきましてはマリア殿に伝えました通り、我等も賊徒には辟易しているのでございます。この前なんぞは五十年ものが駄目にされたのでございます。清浜殿は私たちに首を括れとおっしゃられますか」

「泣き落としは効かぬ。商会に属しているのは知っているのだ。なんぞ救済の手段はあろう」

「まさか。テンリタグ商会は実力第一。益が上げられなければ切り捨てられます。私どものような枝葉の酒屋の後釜はいくらでもあるのです」

「……そういうものか」

「ええ、私どもの仕事はこの街の店に酒を卸すことそれだけ。安定はしていますが特別儲かってもいないのですよ」

「いや、これだけの店を相手にすれば……」

「いやいやいやいやいやいや。私達はぎりぎりまで値段を下げて商売をさせていただいているのですよお。ですがこれがまたどうにも、従業員にも苦労させておりまして」


 三郎太は改めて自身の商売に対する学のなさを恨んだ。

 何かうまいこと丸め込まれているような気がするが、何を指摘すればよいのか皆目浮かんでこない。


「もうよい! 言い訳など聞きとうないわ。返す気があるのか、無いのか」

「勿論ありますとも。ただし、魔獣、賊徒の類をどうにかしなければ結局意味がありません」

「魔獣は教会側で始末したのだろう。あとは賊徒だ。何故手を打たぬ」


 その時扉が開いて客引きをしていた娘が入ってきた。


「まったく、遅い! お客様を待たせてはいけないとあれほど……」


 申し訳ございません。と、娘はさして悪びれもせず言うと、グラスを2つと琥珀色の液体の入った瓶を置いて出て行った。


「いやはや申し訳ございません。大したもてなしもせず。ささ、どうぞ」


 カドリはグラスに液体を注ぐと、三郎太の前に差し出し、自身の分も用意した。

 怪訝に思った三郎太が液体に鼻を近づけると、ツーンときつい匂いが鼻腔を貫いた。


――馬鹿な!


 それは紛れもなく酒だった。それも相当に強い。


「使いに来て酒を飲む馬鹿者がいるか! こんなもので誤魔化そうとは小癪な!」


 声を荒げる三郎太をカドリは不思議そうに眺めた。


「まさかそのような。これは習慣のようなものではないですか」


 そう言われても、三郎太はそんなことは知らない。


「……だとしてもだ。話が済むまで俺は飲まん!」


 困りましたな。そう呟いてカドリはもとの場所に引っ込んだ。


「話は終わっておらぬ。お主らは何故騎士団に掛け合わぬ。同業者の手を借りても良いではないか」

「それがですねぇ……」


 カドリはわざとらしく辺りを見回すと、声を潜めて続けた。


「ここに来るまでに見ましたでしょう。近頃の騎士の仕事といったら酒と女と博打ですよ。大戦で功績を上げた家の子弟と、それを囲う同じく坊ちゃん連中は祖父の威光と家の高禄に甘えて碌に働きもしません。そのくせプライドばかりは高く、名声が上がるような依頼には我先にと飛び込むのです。それに比べて、私たちの依頼のような小賊徒の追捕なんて何の名誉にもならないと……」

「……ッ!」


 それを聞いた三郎太は絶句し、わなわなと震えはじめた。

 三郎太は、昔、剣術修行のため江戸に行った時のことを思い出した。

 江戸で見た、旗本八万騎のなんとも情けない姿が脳裏に浮かび上がってきた。

 竹光を指して憚らぬ旗本の姿が、この街を歩く騎士達と重なった。


――それ見たことか! 腰抜け共めが、やはり民草をなんとも思っておらぬ!


「どうかなさいましたか?」


 口を引き結んで震える三郎太を見たカドリが言った。

 三郎太は途端に立ち上がると、


「騎士がやらぬのならば、俺がやる!」


 そう啖呵を切った。



「ふぅ、やれやれ……」


 叫ぶ三郎太に、


「それは願ってもないことです。それでは某日の輸送の護衛をお願いしましょう!」


 と言って、本日はこれでもう帰るようにと勧めたカドリは、三郎太が店を出て行ったのを見計らってどっしりと椅子に座り込み、背もたれに体重を預けてため息をついた。

 そしてそれとほぼ同じタイミングで、燕尾服の男が部屋に入ってきた。


「うまくやりましたね。本部が期待しているだけはあります」

「やめてください。あの男が抜けているだけでしょう」


 カドリは懐から一枚の紙を取り出した。

 そこには汚い字でこう書かれている。


――ぎぞくブルーホワイトさん上。オレ、不正をしる。


「まったく面倒なことに巻き込まれた」


 うんざりしたように、カドリは呟いた。

 この手紙はカドリの隊商が襲われた時に、荷車の中に入れられていた物だった。

 カドリ自身に後ろ暗いことは無い、しかし何かあってはと思い、このことをニーユにあるテンリタグ商会の本部に伝えたところ、昨日の夜になってこの燕尾服の男が本部から派遣されてきたのだった。

 曰く、テンリタグ商会に属する商人の中に、あまり公にはできないことをした者がいる。と。

 詳細は聞かされなかったが、都の中の情報を知ればおよそ見当はついた。

 近頃、議会の貴族御用達の魔石屋が追いやられ、新たにテンリタグ商会の一派が入り込んだという。おそらくそれに関係しているのだろう。

 兎にも角にも、それが発端となって、何故かほとんど関係が無いカドリの隊商が襲われる結果となった。


――義賊ブルーホワイト参上……か。字も書けないような学の無い賊がよくもやってくれたもの。


 カドリは再び手紙を睨みつけた。


「不正を知る……ですか」

「不正と言っても、法に触れるようなものではないですが。明るみになれば、少々、信用を失いかねませんので」


 何処までが本当かは分からないが、本部から遣わされた男はそれ以上話す気がないらしい。

 カドリからすれば、無関係な自分がの店が窮地に追いやられる理不尽なんぞ到底承服できない。一方的に被害者として補償と説明を求めたいところだが、この男はそれを許さない。

 思わずカドリは語気を強めて一歩踏み込んだ。


「だからこそ、こうして恨みを買い――」

「『法では捌けぬ悪を討つ』そんな勘違いをする輩が出てくる。義賊とは、笑わせてくれますな」


 カドリの言葉を遮って、男は賊を嘲笑する。


「……」

「いいですか、このことを知っているのは、貴方と、役員と、私だけです。くれぐれも内々に」

「……えぇ」

「そのうえで聞きますが、あの馬の骨を使うつもりで?」

「一応は、ただ不安はありますから、こちらで選んだものを何名か付けるつもりです」

「まぁ、本部期待のあなたの手腕に任せましょう。よろしいですかな、事が無事に済めば……」


 損失の補償は勿論の事、その他莫大な謝礼。そしてこの地区の長就任への支援。

 燕尾服の男はそれを伝えると部屋から出て行った。

 きっとまだ首都周辺に留まって、こそこそと情報を集め、不安の種を摘み取るつもりなのだろう。


「面倒なことになった」


――商売の才と政治の才は必ずしも同じではないだろうに。


 カドリは深いため息をついた。


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