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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
首都篇:第一章 如何御覧ず義賊の心
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懐かしきモノ

「いやー久しぶりね三郎太。相変わらず短気で気が早くて無愛想で安心したわ」


 マリアは喫茶店の奥に三郎太を連れ込むなりそう言った。

  不意の再開に驚いているうちに、二人の怒気は霧散していた。

 店を囲んでいた野次馬は、三郎太の「見世物ではないぞ!」という一喝で散り散りになり、それに紛れてマリアに罵声を浴びせられていた小太りの中年男も失せていた。


「相も変わらず無礼な……」


 喫茶店の奥、隅のテーブルに連れ込まれた三郎太が呟く。

 椅子であったから、刀は股の間に挟み込み抱え込むようにしている。


「で、今まで何してたのよ。なんでまた首都なんかに?」

「旅をしていた。それだけだ」

「やだやだ、久しぶりに会った友人との会話も楽しむ気が無いのかしら、このブシさんは。」

「……お主こそ何をしていた。村はどうした。」

「そういえば貴方、あのへんてこりんな髪形やめたの? 子供たちは馬鹿にしてたけど、私は結構似合っていると思っていたのよ?」

「お主な……」

 

 村は無事だったのか。三郎太が体を突き出して迫るとマリアは、平穏過ぎて逆に不気味なくらいだった。と言った。


「あー、それとまぁ私は仕事よ仕事。乙女の秘密を暴くものじゃないわ」


 ティアナと蚩尤、それとマリアの同伴者は黙って二人の会話を聞いている。

 二人の関係を測ろうとしているのだろう。


「まぁ、村が平穏無事にあるのならそれでいい。ところで、お主は何故揉めていたのだ。人に茶をぶっかけるほどの大事だろうに、さっきの男はいいのか」

「いいわけないでしょ!」


 バン! と机を叩いてマリアが叫ぶ。

 不意に目の前で爆発した感情に、思わずのけぞってしまう三郎太だった。


「あの酒屋! 教会が貸した金を酒で返したいっていうから仕方ない、その通りにしてやったら、途中で魔獣に襲われて全部だめになった。とかふざけたこと言ったのよ! まったく仕方がないから街道沿いの魔獣退治をギルドに頼んであげたら今度は盗賊に襲われた……って舐めてんじゃないわよ!」


――元気な小娘だ……。


 怒りがぶり返したらしい。周りの視線も気にせずに気炎を上げるマリアを呆れ顔で眺める。


「教会だって慈善団体じゃないのよ。やっすい利子で貸してやってんのに舐めた態度とられたんじゃやってけないわ」

「しかし、賊徒を放ってはおけまい。」

「襲われたっていう場所の近くには小さい山があるけれど、隊商を襲うような大規模な盗賊は確認されていないわ。証言だって要領を得ないし……そもそも護衛がついておきながら一人も倒せてないってどういうことよ……」


 腕を組んでぶつぶつと不満を漏らすマリアだったが、すぐにハッと顔を上げて言った。


「あぁごめんなさいね。仕事の話なんてやめましょ。ねぇ、首都は初めてでしょ? 困ったことがあったら聞くわよ。暇な時間には案内くらいならしてあげるわ。」

「それは……いや、それならばな……」


 急に三郎太の顔が険しくなった。服屋を出て以来、何度か見せた顔だった。


「……おい、向こうに行くぞ」

「えっちょっと……」


 突然立ち上がった三郎太が、顎で人の居ない場所を指す。

 中途半端な時間だからだろう。店内の人はまばらになってきている。


「なによ。賄賂? 殺し? やめてよ。言っとくけど貴方が外道に落ちたら躊躇いなく騎士団に突き出すか、私が直接始末するからね」

「たわけっ! そうではない……」


 小声で怒鳴るという器用な芸当を見せながら、立ったまま腕を組む三郎太は猶も苦しい顔で唸る。籠城か夜戦か悩む将もこんな顔はしない。


「むぅぅ……」

「い、いや、そうは言ってもできる限りは協力するわよ、ねっ、どうしたのよ、言ってみなさい。私は聖女様よ、ほら、出来ないことなんか無いわ」


 流石に三郎太の様子を哀れに感じたのか、マリアは打って変わって柔らかい態度で三郎太の顔を覗き込む。


「あのな……」

「うん」

「恥を忍んでお主に頼みたいことがあってだな……」

「うんうん」

「金を……貸してはもらえないだろうか」

「……は?」


 柔らかな聖女菩薩の笑みが消えた。半眼になって下から睨みつける様子は恐喝のそれである。


「そう多くは無い、3日ばかりの宿代で良いのだ。故あって今は一文無し同然。昼の食事も夜の宿も覚束ない。開拓に参加して報酬を受けとればすぐに返す」

「……開拓で生計を立てるってこと? やったことあんの?」

「ヴォル……いや、他所で何度か開拓に携わった。それで生活していたことが……」


 言ってから気が付いた。ヴォルフスに居た間、衣食住に関して、自分の財布を開いたことなど数えるほどしかない。

 物の値相場も、生活にいくら金がかかるかも、全く意識の外にあった。

 それでも、今まで見てきたこの世界の記憶を掘り起こし、およその宿代、諸々の生活費と開拓の報酬を比べてみる。

 数字に弱い三郎太でもすぐに察しがついた。


――うむ、足りぬな。


「そうよねぇ、無理よねぇ、さすがに分かるわよねぇ!」

「……」

「ええ、いるわいるわ、この首都にも夢見がちな奴が。無一文の癖に開拓で一発当ててやろうって馬鹿が。そしてそういうやつは、決まって最後に教会かギルドに泣きつくのよ。『一発逆転の依頼を斡旋してくれ』『倍にして返すから金を貸してくれ』ってね」

「……」

「ねぇ三郎太。私、貴方に失望したくないから正直に答えてほしいんだけど……。村を出て行ったあと、村長からのお小遣いが無くなったあと、どうやって生活してきたの?」


 三郎太の瞼の裏に、走馬燈のように、この世界に来てからの日々が流れて行った。

 村長の慈悲で暮らし、崑崙の4人の世話を受け、山野においては蚩尤の獲物を頂戴し、ヴォルフスでは皇帝の禄を食んだ。

 頭の片隅で何かが呟いた。


 はっきりいってお前はく――


 何処の誰とも知らない言葉に三郎太は動じなかった。


――黙れ、俺は武士だぞ。他人の金で飯を食って何が悪い。


「諸人の世話になっていた。悪いか」

「屑ね」


 稼ぎが無かったわけではないのだ。むしろ短い間によく稼いだ方だった。

 ただし、出費が大きかった。三郎太はテーブルに座るティアナを見た。

 

――物の相場を知らなかった我が身の不覚。


 勢いにまかせて、河童の医者のもとに金を置き過ぎた。貧窮の原因はただそれだけだった。


 マリアは黙って三郎太を睨み続けた。

 三郎太はつい癖で睨み返そうとしたが、そうはせず、一歩下がると小さく腰を曲げた。


「今までは、散々他人の世話になって生きてきたが、これからは俺が他人を世話してやらねばならなくなった」

「あの二人?」

「そうだ。借りたものは必ず返す、武士に二言は無い。首が回らなくなれば潔く腹を切る。だから、どうか」

「いや、死なれても困るんだけど……」


 困ったなぁ、と呟いて、頭を掻いたり腕を組んだり一頻り悩んだ後、マリアが顔をあげた。


「分かったわ、仕方がない。助けてあげる」

「かたじけない……恩に着る」

「教会の裏に昔民家だったボロ屋があるわ。今は教会の物置になってるけど、そこに入れてあげる。特別よ?」

「十分だ」

「それと、数日分の食費。あとは自分でなんとかしなさい」

「教会か……そういえば、ここには大聖堂があると聞いた。お主はそこにいるわけではないのか」

「そうよ、私がいるのは外周区の5番教会。でもよく知っているわね。大聖堂なんてどこで聞いたのよ」


 三郎太は首都に入ったときのことを話した。


「へぇアウロラ先輩が、キレイな人だったでしょ?」

「美醜はともかく、聖女とはかくあるべし。そう感じた」

「は? なんですかソレは? まるで私が聖女じゃないって言いたいの?」

「……誰もそんな事は言っておらん」


「ねぇせんぱぁ〜い。そろそろ私達にも構ってほしいんですけどぉ〜」


 テーブルから声がかかった。

 お互いに、ずっと連れを放置したままだった。

 二人もさすがに悪いことをしたと思い、もとの席に戻る。


「悪いわねセシル。この人は三郎太。まぁいろいろ縁があってね、私の友達くらいに考えておいて」

「清浜三郎太だ」

「へぇ〜オジサンがせんぱいの友達かぁ……あっ私はセシル。聖女認定を受けるために勉強中で〜す。そんな感じ?」


――またこの手の輩か。見慣れぬ衣服と刀が気を引くのか。


 舐めるような、試すような視線に、三郎太は不快感を抱いた。


「ぷぷっ! オジサンだって」

「やかましい。あぁこやつは――」


 滞り無く自己紹介を終えたところでマリアが席を立った。


「ちょっと長居し過ぎちゃったわ。まだ私たちはこれから仕事があるから、そうねぇ……夕方五時過ぎにこの辺に居なさい。教会まで案内するから」

「承知した」

「大通りに出れば時計塔が見えるわ。遅れないでよね!」


 マリアがセシルを伴って店を出て行った後。


「何の話をしていたのだ」


 ティアナが口を開いた。


「なんという事は無い。部屋の手配をしてもらっただけだ」

「生活のあてはあるのか」

「……お主らの心配することではない」

「えぇーっ……心配だなぁ。どうせ俺が食料を獲ってくることになりそうだけど……」

「やかましい」

「というかお腹空いたんだけど! 結局お昼どうすんの! ねぇちょっとサブロー!」


 三郎太は騒ぐ蚩尤を無視し、ティアナの手を引いて店を出た。



「おまたせ」


 夕方、喫茶店の前で待っていた三郎太達のもとにマリアがやってきた。


「一人か」

「セシルは勉強で忙しいのよ」


 教会は案外近くにあった。五つほど小さい通りを超えた先、住宅地の中だ。

 普通の家を五つか六つ程並べたくらいの敷地を、生垣で囲ってある。

 一向は正門から入り、教会の裏に回った。


「ここよ、ここ」

「ふむ」

「うわぼっろ!」


 教会の裏、畑と花壇を超えた所に目的のボロ屋があった。


「雨漏りとかはしないわよ。たぶん」


 言いながらマリアが扉を引くと、それだけで埃が舞った。


「おお!」


 三郎太が声を上げた。


「いや、こんなボロ小屋見て感激されても困るんだけど」


 マリアはそう言うが、間違いなく三郎太の上げた声は感激のものだった。

 三郎太の眼前に広がったものは九尺二間。土間にはかまども残っている。雑多に積まれた物の陰に隠れているが、奥にも戸が見える。まさしく長屋の一室だった。

 勿論武士たる三郎太に長屋に住んだ経験などない。しかし、この世界で数少ない、故郷を偲べるものに出会えた感動は一入だった。


「ここに三人住むのかぁ……」

「雨風を凌げるだけありがたいと思え。……中の物はどうすればいい」

「暫く雨も降らないみたいだし、その辺出しといて。近い内に片づけるから」


 そうか。と答えるや、三郎太は大小をティアナに預けて小屋の中に入り、中から鍬や鋤を抱えて運び出す。


「蚩尤、お主も手伝え」

「しょうがないなぁ」


 三郎太と蚩尤が再び小屋の中に消えたところで、マリアがティアナに声をかけた。


「えぇーっと……ティアナちゃんだっけ?」

「うん? なんだ?」

「貴女さえ良ければ教会に住まない? いくら何でも、男二人とこの狭い小屋で暮らすのは嫌でしょ」

「ああ、なるほど。だが心配は無用だ。私自身、あいつらと暮らすことには抵抗が無いし、小僧の方はともかく、三郎太は絶対に私に手を出さん」

「へーえ、随分と信頼してるのね。どこで会ったのよ、あんな変な奴と」

「さぁて何処だったかな。見ての通りの盲目だ。気づけば拾われて、連れまわされて、勝手に頼られた」

「あー……なんか悪いわね」

「気にするな。とにかく、申し出はありがたい。どのみち人の助けなしには生きていけないからな。何かあったらお前と教会に頼もう」



「私もう教会に戻らなきゃいけないから。お金はティアナちゃんに渡してあるわ。無駄遣いしないこと」


 片付けが一段落したところで、マリアは教会に帰った。と言っても畑を挟んだすぐ向こう側なのだが。


 小屋の中はあらかた片付け終えたが、破損している場所や黴臭さはどうしようもなかった。だが、小屋の中にあった壊れた箪笥や鉄鍋など、調度品として使えそうなものを拝借したことで必要最低限の生活はできそうである。小屋の中の匂いも、表と裏の戸を開けて風通しを良くしておけば、いづれ消えるだろうし、庭には手押しポンプなる便利な絡繰りのついた井戸まである。突然押しかけたにしては、これ以上ないほどに好待遇であった。


「ご苦労だったな。尤も、私にはどう片付いたのか見えないが」

「まったくだよ。おばあちゃんも働いたら?」

「よせ蚩尤」


ティアナに一々突っかかる蚩尤を制しながら、三郎太はティアナに向き直り、


「飯を買ってくる。蚩尤と待っていろ」


 と言って、刀指して出て行こうとした。


「待て、まずは風呂に行け。そんな恰好ではどの店も入れてはくれないぞ」

「しかし――」

「子供じゃあるまいし。教会近くなのだから安全だ」

「見た目は子供だけどね……ってイタいよ馬鹿っ!」


 蚩尤の頭を叩いてから、「では、早めに帰る」と言って三郎太は外に出た。



「――くぅっ……」


公衆浴場、久しぶりの湯は骨まで染みる。

三郎太は奇妙な呻き声を発して湯につかった。

首都にたどり着くまでに溜まった垢や、小屋の片付けの際に被った埃も落とし、髭も剃った。

その間中、すぐにでも湯に飛び込みたくて仕方が無かったが、今ようやく腰を落ち着けて改めて思う。


――極楽だ……。


 欧州には風呂の文化が無いと聞いていた。もしもこの奇妙なる世界が欧州の鏡写しであったとしたら、このような経験は二度と出来なかっただろう。


「ひゃー、久しぶりだぁ!」

「迷惑をかけるなよ」


 隣では蚩尤がはしゃいでいる。

 他の利用客も多いため三郎太は釘を刺しておいた。


「みんなサブローのこと見てたね」

「……まぁな」


 利用客の層は幅広い。開拓者もいれば、捕方である騎士団もいる。皆大なり小なり傷を負っているのは珍しくない。

 三郎太も全身に切り傷の痕が残っているが、特に目を引いたのは、腹部に残る二つの傷痕だった。

 見事真一文字に切り裂かれた傷と、幅は狭いが深々と剣が突き刺さったことがはっきりと分かる傷だ。

 まず生きてはいないだろうと思われる傷を二つも背負って現れた三郎太は、自然、注目を集めた。

 普通、教会にのみ伝わる奇跡、聖女の治癒魔法の恩恵を一生の内二度も受けるのは、まずありえないことである。

 致命傷を負ったときに、よほどの田舎でもない限り、そう都合よく聖女がいるわけでもないし、正規に治癒魔法を依頼すれば莫大な金がかかる。

 それこそ下層の人々では一生かかっても払えないほどの金がいる。

 三郎太は自覚していないが、彼は相当の幸運に助けられていた。


「一つはお主にやられた」

「うっ……」

「別に責めているわけではない」


 奇妙な縁だ。三郎太はつくづくそう思った。

 

――分からぬことばかり、見えぬことばかりだ。だが、


 だが、自分が自分であること、武士であることだけは忘れたくない。異世界なんぞに、流されたくはない。

 三郎太はひとつため息をついた。そして独り言のように、小声で呟いた。


「ティアナには悪いことをした」

「……」

「今日だけだが、美味いものを買って帰ろう」

「……」

「蚩尤」

「ん」

「ティアナに突っかかるな。無理に仲良くしろとは言わん」

「だって……」


 蚩尤は露骨に顔を歪ませた。


「言ったでしょ。あいつは俺を……俺じゃないけど俺を殺したんだ。そんな奴……」


 炎帝農を殺したヴォルフスの英雄、太祖。

 その話は聞いていた。物語の中の人物が、気づけば両脇に居たなど、笑い話にもならない。


「いつでも俺が奴の側にいられるわけではない。盲人が一人で生きて行けるか」

「でも視ようと思えば視れるんでしょ?」

「あの力を発揮すればな」


 三郎太は湯気に曇る天井を見上げた。


「俺は奴に力を使ってもらいたくも無ければ、ましてや戦ってもらいたくもない」

「サブローってそんな腑抜けたこと言う奴だったっけ?」

「……」


 邪気は籠ってないが、蚩尤は小馬鹿にしたように笑った。


「……ようやく、最近になって気づいたことだ。情けないことにな、俺は、分かり易い何か……拠り所がある方が戦えるのだ。志、思想、道、御旗……」


 あとに続くのは何だろうか、きっと、何かしらの守るべき物が来そうだが、三郎太には分からなかった。


「サブロー……もしかして疲れてる?」

 ふと視線を落とすと、小首を傾げた蚩尤が顔を覗き込んでいた。

 三郎太はハッとした。つい、迂闊にも弱音が漏れていた。


――ちっ、情けない!


 湯の気持ちよさに、心の帯が緩んでいたらしい。

 弱みを見られることほど恥辱は無い。それが身近な人間であっても。

 三郎太は何も言わずにザバッと立ち上がると、さっさと浴場から出て行く。


「ちょっとまってよぉ! 怒んないでよサブロー!」


 蚩尤も慌てて三郎太を追いかけた。



 飯を買って小屋に戻り、食事を終えたあとで三郎太はティアナの背を拭いていた。

 ティアナは入り口の反対側の雨戸を開き、足を外に投げ出して座っている。

 三郎太は甲斐甲斐しく、井戸から汲んだ水を入れた木桶に清潔な布を浸し、絞ってからまた拭きはじめた。


「良い風だ。秋は良い」

「……」

「実りで民が豊かになる。収穫際で民の一年の苦労が報われる。為政者にとって民の笑顔ほどうれしいものは無い」

「寒くは無いか」


 三郎太はまた木桶に布を浸した。

 ティアナは今、上半身はだけている状態だ。冷水に濡れ、秋の風に吹かれれば冷えるだろう。

 三郎太はティアナに小屋の中に入ることを勧めた。


「お前な……体を見て勘違いをするなよ。私はお前よりもずっと長生きで、ずっと頑丈だ」


 ティアナの体は全く少女といって差し支えない。特に、その体は発育の悪い少女のそれだ。


「蚩尤と、仲良くしてやってくれ」


 今、蚩尤は保存の効く木の実を取ってくると言って外に飛び出している。


「ほう」

「経緯は知っている」

「別に私はあいつの事は嫌いではないぞ。子犬に吠えられているようなものだ」


――そういうところが奴の癇に障るのだ。


「奴には恩がある。貸しもあるが」

「知っている」


 かつてティアナは三郎太の過去を覗いている。蚩尤との関係も十分に理解している。


「なら、分かるだろう」

「お前の悪い癖だ。そういうものは本人に直接言ってやれば良いものを」

「……前は自分で拭け」


 三郎太はムスっとすると、ティアナの手に布を握らせそっぽを向いて、二口ふたふりの刀を抱いて寝ころんだ。


「なんだ、拭いてはくれんのか? 私は盲目でなぁ……」

「馬鹿者」


 やがて、服を整えたティアナが木桶の水を庭に巻いてから戸を閉めて、三郎太の方を向いた。


「安心しろ。もとより私の命はお前にくれてやったようなもの、頼みくらい聞いてやる」


聞いてやるから――


ティアナは三郎太の隣に横になった。


――お前も頑張れよ。


三郎太はもう寝ていた。

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