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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
漂泊篇:第一章 病愛包めぬ俗の町
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蛇切逆安珍

「それで、話とは」


 子供達が出て行ったのを見計らって三郎太はマリアへ声を掛ける。


「話ってのはあんたのその剣のこと」


 ひとまず奥に行くわよ。そういってマリアは講堂から出て行く。

 マリアについて行くと三郎太は客間のようなところに案内され、勧められるがままに椅子に座った。

 まるで目付から取り調べを受けるかのような成り行きに三郎太は身構える。

 長机の三郎太の向かい側に座るとマリアは続きを話し始めた。


「地面に突き刺さってた方の剣、試合中は気付かなかったけど、回収されたのを見たらなんかすごい嫌な気を放ってたのよね」


 「嫌な気」という抽象的でよくわからない説明を突然されて困る三郎太だが、すぐに自身の刀の生い立ちが尋常ではないことを思いだし、なんとなくではあるが見当がついた。


「今もか」

「そうよ、知らないかもしれないけど、教会の仕事ってのは『魔』に関する問題への対処。あんたのそれが危ないものなら、こっちでどうにかしないといけない。あんたは存在自体が怪しいから、場合によっては手荒い真似もするかもね」


 『魔』に関する問題、つまりは魔獣をはじめ妖怪退治のようなものだろうと三郎太は理解した。

 そして妖怪退治が仕事となれば、やはり疑っているのはこの刀が妖刀の類ではないかという事だろう。

 心当たりのある三郎太はそれを確かなものとするためにもう一方の刀を見せた。


「こっちの、兼定の刀はどうなのだ」

「そっちは問題なし」

「ふむ、やはりか」

「なによ、思い当たる節があるの?」


 目を厳しくして三郎太を見る。

 三郎太は合点がいったといった様子で、疑われた刀の生い立ちについて話しを始めた。


「うむ、こっちは普通の刀ではなくてな――」



 話は三郎太が16の頃に戻る。

 初夏のころ、日が顔を覗かせたばかりで、まだ空気はひんやりとしているが、動き始めるとじんわりと汗がにじみだす早朝。

 三郎太はいつも通りに馴染みの山を登っていた。

 山の頂上で存分に刀を振り、汗をかいてから降りるのが三郎太の日課になっていた。

 しかし、今日はなにやら様子が違う、何かに見られているような気がする。

 普段は穏やかそのもので、鳥のさえずりが聞こえるだけの歩き慣れた山が、ひっそりと不気味に黙り込んでいる。

 不思議に思った三郎太が周囲を見渡すと、木々の向こうに白い着物の美しい女がこちらを見て立っているのが見えた。

 女は珍しいことに髪を結い上げておらず垂髪すいはつである。

 この山は決して大きいものではなく女であっても登れないことは無い。

 しかし、こんな早朝に女ひとりが山の中にいるのは普通ではない。

 思わず三郎太は声をかけた。


「おい、何をしている」


 声をかけても返事はない。女は三朗太の声に反応してか、踵を返して山の奥に消えていった。

 不審におもった三郎太が追いかけると、しばらくしてやしろにたどり着いた。


 ――はて、こんなところに社なんぞあったか。とにかく、もしかすると女が隠れたかもしれぬ。


 三郎太がそう思って扉を開くとそこには例の女がいた。

 しかし、その姿は尋常では無い。下半身が蛇のものになっていた。

 とぐろを巻き、まさに飛び掛からんとする一歩前である。


「おのれ、化生か! 小癪な!」


 そう叫ぶやいなや兼定を抜き放つと、女も同時に飛びかかってきた。

 三郎太の反応は早い、相手が化生であり、尚且つこちらに敵意を抱いているのならば迷うことは無い。

 しかしながら不覚三郎太、この頃はまだまだ未熟であったか、女の尾の一撃で刀を落としてしまい、そのまま押し倒されてしまった。


 「くっ! 退けッ、このッ……」

 

 女の真紅の瞳が怪しく光る。まさしく獲物を見つけた蛇のそれに、三郎太はぞっとした。

 そして、必死に抵抗するもこのままではどうにもならない。

 何かないかと伸ばした手が掴んだのはひと振りの白鞘の刀、鯉口が緩んでいたので片手で抜けた。

 三郎太はそれを女の脇に突きたて、女が怯んだところを突き飛ばし、跳ね起きると同時に袈裟斬りにした。

 そして不思議なことに倒れた女は白い煙となってどこぞへと消えたのである。


 その晩、長兄と次兄が帰ったときに拾った刀を見せて、その出来事を話すと、


「なに、化生に襲われただと! もっと早くに言わんか! すぐに和尚のもとへ行くのだ。いやいや一人では危ない、俺がついていこう」


 と、長兄が慌ててまくし立て、


「落ち着きなされよ兄上。朝に切り捨て晩に何もなければその化生もそれまでじゃ。そもそも、人が切れるような化生や妖、神なんぞたかがしれているのだ。心配には及ばん。そんなことより刀じゃ三郎太! こいつはなかなかのものだ、良い業物を手に入れたのう! 存外、山の神がお主を試して授けたのかもしれんぞ! むむむ、俺の見立てで行くとこれは村正ァ……」


 と、次兄がはしゃぎ出す。


「次郎! 出来もしない目利きの真似などするなみっともない! ……しかしまぁ三郎太ももう大人か、始末は己でつけられるだろう。しかし何かあればすぐに兄に言うのだぞ!」


 年の離れた長兄は三郎太を甘やかしすぎるのだ。

 もちろん三郎太はそれに甘んじている。結構なぼんぼんである。


「それで三郎太、刀じゃ刀、銘がないぞこやつは。どうするのだ名前はつけるのか。」

「次郎、そればっかりかお主は」


 長兄が呆れた顔で次兄を見る。

 三郎太は次兄の方を向いて、居住まいを正して答える。

 銘が入っていないことは知っていたし、なかなかの名刀であり、入手したきっかけも特殊であったから、何か特別なものがあるような気がして愛着は湧いており、既に名前は考えていた。


蛇切逆安珍へびきりさかさあんちん、と名付けました」

「おぉ、おぉ! もう名づけていたか。ハハハ、逆安珍とな! たいそう醜男なのだろう、いや、これはしたり、醜男ではお清殿が言い寄らぬ。ハハハ!」

「バカ笑いをするな次郎! しかし、さすが三郎太だ、お主は文武ともに優れて教養も高い! 実に見事な名だ、いや感心感心」

 

 やはり三郎太に甘い兄達は手放しで三郎太をべた褒めした。

 三郎太はたいして表情が変わってはいないが、兄達の褒められてうれしいのか、親しい人が見れば一目瞭然なほどの上機嫌の様相だ。

 そのように兄達の批評を受けたあと、打刀拵にして、それ以来ずっと共にある。

 それがこの自慢の刀、蛇切逆安珍で、いざ佐幕か尊皇かと藩論が定まれば、存分に力を尽くし、この刀も己の剣技も日の目をみるだろうと思っていたのだが、そんな時分にこちらの世界に迷い込んでしまったのだった。


 そんな話を、マリアに向けて三郎太にしては珍しく饒舌に語っていると。


「あーはいはいもういいわ。アンチンだかナンだか知らないけど、結局怪しいじゃない。その女、ラミアかしら? それに呪われてんじゃないの?」


 あとは余計な話になるだろうと踏んだのか、それとも正直なところ、三郎太の世界の話であって、あまりイメージも湧かずに面白くなかったのか、三郎太の話を遮ると投げやり気味にそう言った。


「既に十年以上身につけているが何も起きていない、それでもどうこうするのであるならば俺にも考えがあるぞ」


 マリアの態度が気に入らない三郎太は、自然と語気を荒げて、睨みつけながら言い返す。

 もちろん自分の自慢の刀をあれこれと貶められるのが我慢ならないというのが主な理由である。


「まっ、今はとりあえず良いわ。由来もしっかり覚えているようだし。でもその刀が普通じゃないことだけは覚えておきなさい。そうだ、もう少しここにいるなら昼食くらい出すわよ」

「いや結構、話が済んだのなら帰らさせてもらおう」


 無償であれこれを教えてくれている相手に対する態度でないのは明白であるが、この男の面倒な性格が災いしているのだ。

 一言過去を精算する言葉をかければいいものの、それができないからバツの悪さでこういう態度になってしまう。

 これでも本人は日頃、義理や恩には報いなければならぬと心がけている一廉の男なのだ。


「そう、じゃあ夕方にまた来なさい」


 その言葉を背に受けて、三郎太は教会を後にした。


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