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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第三章 英雄敵わぬ親子の血
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首都を目指す

 深夜の天幕に男が一人、険しい顔つきで腕を組み床几に腰を掛けている。

 ドライボーデン、ノイエ・ヴォーレン騎士団団長。

 ムートが死んだ今、彼がノイエ・ヴォーレン騎士団の団長となっていた。

 彼の目の前にはアインとムートの鎧と剣が置かれている。

 今、ノイエ・ヴォーレン騎士団は窮地にある。

 初めの襲撃で4人が死に、次いでムートの強行した追撃兼捜索戦で6人が死んだ。

 負傷者を含めると、予備の団員を合わせたとしても騎士団の兵力は10人に満たない。

 彼が継いだ騎士団は、かつての希望と志に燃えた姿を過去の物にしつつあった。


――あの時、ムートを止めなかったのは俺の落ち度だ。止めるべきだった。森でコボルト達と戦う危険性なんて最初から分かっていたことなのに。昔からそうだった。はやるムートを止めるのはいつも俺の役目だったじゃないか。

 それなのに、何故あの時だけ、勝手にしろと思ってしまったのか。

 ムートの焦りやいらだちに俺も中てられていたのか、そんな馬鹿な。


 悔恨ばかりが彼の心の中を占めていた。


「俺のせいか、アイン、ムート。俺が不甲斐ないばっかりに……」

「いいえ、違うわ。あなたのせいじゃない」

「っ!」


 突然背後に現れた声を、ドライボーデンは迷う事なく抜き打ちざまに切りつけた。しかし、既にその場には何もなく。剣は虚しく空を切った。


「あらお上手、でも、いきなりなんて物騒ね」


 再び背後から声がした。ドライボーデンが振り向けば、そこには教会指定の修道服の女。

 長く美しい白髪、歳は20前後か、しかしどこか妖艶で老獪な雰囲気をまとっている。


「何者だ、どこから入った」

「秘密。でも怪しいものじゃないわ。あなた達を助けてあげようと思って」


 天幕の入り口は一つしかない、音もなく、突然背後に現れた女が怪しくないわけが無い。

 ドライボーデンは怒気を滲ませて凄んだ。


「ふざけるな!」


 いつでも切れるように、剣を構える。

 この女は途方もなく危険だ。一見弱そうで、一見話が通じそうで、実際はそうではない。これはそんな女だ。

 ドライボーデンの勘が警鐘を鳴らしていた。


「話の通じない人ね」


 半歩で刃が届くほどの狭い空間で剣を突き付けられているというのにも関わらず、女は余裕綽々といった態度で、円を描くように天幕の中をゆっくりと歩きだした。


「連合首都への道の途中、ブロの森、その向こうで待ち伏せなさい。お目当ての人が通るわ」

「何を……言っている!」

「そうね、今のままだとちょっと戦力不足かしら。これでその辺の開拓者を雇いなさい」


 ドライボーデンを無視して女は話を続けた。そして何処からか袋を取り出し、ドライボーデンの足元に投げつけた。袋の口が開き、中からキラキラと輝く物が零れた。

 ドライボーデンは一瞬それに目を奪われたが、すぐに我に返り、改めて剣の切っ先を突き付けた。


「お前は何者だ! 目的は何だ!?」

「せいぜい頑張りなさい。それじゃあね~」


 女はドライボーデンの質問に答えることなく、にっこり笑って小さく手を振ると音もなく消えた。


「何なんだ、一体……」


 ドライボーデンは呆然としつつも、足元の袋に目を落とす。


――危険だ。これに手を付けたら……


 躊躇いながらも、金銀財宝、まさにそれが入った袋を拾った。

 女は開拓者を雇えと言っていた。20人ほど雇ったとしてもお釣りがくる。騎士団の資金に充てられる。

 装備をそろえ、戦力の補充をする。憎き怨敵の居場所は掴んだ。

 騎士団の参謀でもあったドライボーデンの頭の中に、次から次へと作戦が建てられていく。

 沸き上がる数々の思考の中に、不思議と女への疑念は含まれていなかった。


「あぁ……やってやる、やってやるさ。ムート、アイン。俺が必ず仇をとるッ……!」



「お前、この先はどうするのだ」


 三郎太はあれから丸々一晩歩き続けた。

 朝方に少しだけ仮眠を取り、それからは休むことなく歩き続けていた三郎太の背から、ティアナは声をかけた。

 数十分に一度、こうしてティアナは三郎太に話しかけている。

 たまにであれば三郎太も受け答えはするが、人を一人背負った身である、一々相手にするのも億劫だった。


「さぁな」

「連合首都を目指してどうするのだ。外周区は自由都市として開放されているから私達も入れるだろうが、それでどうする」

「魔獣を狩り、その日その日を食い繋ぐ……か」


 そう言って、これではまるでこやつと所帯を持ったみたいではないか、と三郎太は思った。


「開拓者になるのか、収入は不安定だぞ。ほかに特技は無いのか」


 漢籍・古典の知識。多少の蘭学と洋学。どれもこの世界では役に立ちそうにはない。


「剣しか使えんな」

「では仕官でもしたらどうだ。騎士団に入っても面白いだろう」

「馬鹿を言うな! 俺には既に主がいる。二度とあの時のような真似は……」

「主か。それは私の事か? ん?」

「たわけが。お主に使える義理がどこにある」

「……」


――あぁ忘れられぬ。殿、三郎太は決して忠勇を忘れたわけではございませぬ。いつかまた必ず奉公を……。


 疲れると弱気になり、時にはネガティブになる。外には出さないから気づかれないが、三郎太の悪い癖だった。

 黙り込んだティアナを放っておいて、しばらくすると森に着いた。


「ここを超えて街道を行けばもう連合首都だったな」

「そうだ、噂には聞いている。きっとお前も驚くだろう。三山に囲まれ、二重の城壁に守られた連合首都、運河を取り込み、湖さえも抱く一大都市。円形の中央政庁は荘厳華麗だと。生憎私は見えないがな」


 かつての事とはいえ、敵国の首都を心底嬉しそうに褒める様子はなんだかおかしかった。最後の自虐も、どこか哀愁を帯びていて、三郎太の心は動かされる。


「見て回れるところが多そうだな。まぁ一緒に行って、俺が説明してやろう。それで我慢せい」

「お前は物を見る目も、称える言葉も持って無さそうだ。期待はできんな。……おい、降ろせ」


 唐突にティアナが三郎太の鎖骨あたりを首に回していた手で叩いてそう告げた。

 なんだどうした、と言いながら三郎太はティアナを降ろした。既に森の中であるから足元には十分注意して降ろした。


「お前もいい加減疲れただろう。良い気持ちの森だ、ゆっくり行こう」

「魔獣が出たらどうする、追われている身だとも忘れるな」


 苦言を漏らしつつも三郎太はティアナの手を引く。

 しかし、確かにティアナの言う通り、森は極めて穏やかで、急いでせかせかと進む気にはならない。

 ふと枝に留まった小鳥を眺めたり、足元の草の陰に動く小動物、昆虫を目で追ってみる。

 適度に人の手が入った森は魔獣が潜んでいるような野生の気を帯びておらず、安心できた。

 木陰に横になり、疲れた体を休ませたのならさぞ気分が良いだろう。

 森を十分に観察しながら歩いていると、不覚にも木の上に蚩尤の姿を幻視した。


――奴め、再会した途端にまたいなくなりおった。奴が負けることは万に一つもないだろうが、あれから顔を見せないのはどういうわけだ。


 蚩尤の事を考えていると三郎太は腹が減ってきた。今までの旅の中で三郎太の腹を最も長く満たしていたのは蚩尤が獲ってきた獲物だった。


 そういえば、腹が減った時分に丁度飯を持ってくるのは母上と蚩尤くらいだったな。


 人が聞けば嗤うような情けないことを考えながら、三郎太はティアナと共に、少しの間、穏やかな森を楽しんだ。



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