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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第三章 英雄敵わぬ親子の血
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逃避行―②

 突然の闖入者に周りを囲んでいた連中も驚いたらしく。にじり寄っていた足が止まった。

 三郎太は千載一遇の好機だと判断した。今は何故ここに、いつからここになどと事情を聞いている場合ではない。三郎太は叫ぶ。


「何も聞かん! 蚩尤、助太刀せい!」

「えぇ〜」


 蚩尤は三郎太の言葉に不満そうに返事をした。

 つまりは頼み方が気に入らないという事だろう。


――此の期に及んでこの小僧は!


 三郎太が蚩尤に助太刀を頼んだ瞬間に、連中は三郎太を仕留めようと動き出している。

 やはり訓練された一筋縄ではいかない集団だ。

 余裕のない三郎太は青筋を立てて怒鳴り散らす。


「お主しか頼れんのだぁッ!」

「はいはい、しょうがないっ」


 むしろ悲壮感が強い三郎太の声に満足したのか、蚩尤がにやりと笑うと、駆けだそうとした連中の足元に鉄剣が次々と突き刺さりそれを制した。

 それを見た三郎太はすぐさま太祖を左わきに抱えると片手で逆安珍を振り回し、遮二無二囲みを突破した。


「数も多いし抜けた分はそっちで何とかしてね、できるでしょ!」


 背に蚩尤の声を受けながら、三郎太は夜の山を踊るように駆けて行った。



 ノイエ・ヴォーレン騎士団団長ムートは突如として現れた少年に警戒の色を濃くした。

 先ほどの男もただ者では無かったが、目の前の少年はそれ以上に危険だと感じたのだ。


――まさかこいつも魔人か。


 今のノイエ・ヴォーレン騎士団は太祖を討つためだけに存在している。

 太祖を討って故国の怨みをすすぐ。それだけが騎士団の存在理由だ。

 この千載一遇の好機を逃すわけにはいかなかった。

 逃げた太祖への追撃には既に足の速い者数名を向かわせている。きっと彼らだけで仕留められるだろう。そうでなくとも行先さえ掴めればまだチャンスはある。

 問題はこの目の前のこの少年相手にどれだけ被害を食い止められるかという点だった。

 本隊がこの少年に壊滅させられるようなことはあってはならない。


 一方の蚩尤はムートの思案をよそに、準備運動をしながら独り言を言っている。


「やれやれ、ようやくサブローも素直になってきたな」


 蚩尤は森の途中あたりから三郎太の姿を確認してきたが、あえて何もしてこなかった。

 蚩尤は三朗太が本当の危機に陥った場合にだけ手を貸そうと決めていたのだった。

 そうして危機に際して救ってやり、自分のありがたさを教え込み、かつての洞窟でしたような舐めた態度を二度とできないように教育してやろうと思っていた。

 今回三郎太の方から自発的に助けを求めてきたことを考えると、成果は上がっているのかもしれない。


「短気で捻くれていて面倒な奴だけど、本当は繊細で純朴な憎めない奴だからな〜サブローは、今回も助けてやるかな」


 それが今まで三郎太を観察してきた蚩尤の三郎太評だった。


「それで、どうするの。何人か抜けられちゃったけど、君たちだけでもやるならやろうよ」


 蚩尤は背の大剣を抜いて言う。

 ムートは剣を抜くと、傍にいた副団長ドライボーデンに告げた。


「時間を稼ぐ。あれを吹き飛ばせ」


 頷いたドライボーデンは魔法に精通した団員を連れて後ろに下がる。

 ムートは残りの団員に合図をし、先にこの少年を始末する事を指示した。


「では魔人よ、俺達が相手だ」

「へぇ〜、わかるんだ。まぁ気楽においでよ」


 余裕の笑みを浮かべる蚩尤の言葉が終わると同時にムート達が切り込み、戦いが始まった。



 包囲を突破した三郎太は必死になって走り続けていた。

 既に道を失っており、とりあえず山を下りようと低い方へ低い方へと足を進めている。どこにたどり着くか分からないが、そうするより他なかった。

 三朗太は息を切らしながらも速度は落とさず、必死に足を動かした。

 太祖が小柄であるとはいえ、人ひとり抱えて山を走るのは相当に体力を使う。それに背後から迫る追手の気配も感じており気も休まらない。


――連中め、足が速い。追いつかれるのも時間の問題だ。


 道や出口が見つかる様子は無い。このまま疲れて倒れ込むのを待っていても仕方がない。

 三郎太は覚悟を決めた。追手は三人ほど、やってやれないことは無いだろうと考えた。


――狙うは奇襲。一撃で仕留める。


 三郎太は僅かに速度を落とした。徐々に背後の気配が距離を詰めてくるのを背で感じた。


――いまだッ!


「斯くあれかし――『小天狗』!」


 魔法を発動させると同時に振り返り、思いきり逆安珍を振り下ろした。

 刃は背後に迫っていた男の鎖骨を割って腰まで届いた。


「アインッ!」


 女の声で悲鳴が聞こえた。今切られた男の名なのであろう。

 三朗太は気にも留めず、すぐに逆安珍を抜いて再び駆けだす。


「よくもやったな!!!」


 女は激昂し速度を上げて三郎太に追いすがる。


――やはり駄目か、追いつかれる!


 三郎太は再び振り返って、刀を振るうが今度は受け止められた。

 もはや逃げることはできない。背を向ければ間違いなく殺される。


「よくもアインを! 他の仲間も!」

「ちぃ!」


 三郎太は女の攻撃を受けながらなんとか後方に下がって逃げようとする。

 この木々の中を常に移動しているからこそ、敵は連携して三郎太を襲えずにいた。

 立ち止まってしまえばすぐにもう一人にやられるだろう。

 抱えた太祖を庇いながら戦うのは非常に不利だ。それにこの連中は確かに強い。ハンデを負いながら戦えるような相手ではなかった。

 何とか斬撃を受け止めていると、三郎太の視界に急な斜面が映った。


――これならばいけるか!?


 三郎太は思い切り刀を振るって、女の剣をはじき返すとすぐに斜面に向けて飛び込んだ。そしてそのまま滑り落ちた勢いで立ち上がり駆けだす。

 しかし、三郎太は五歩ほど進んだところで立ち止まった。目の前に現れたのは斜面などと生易しいものではなく、ほぼ崖に近い。

 すでに夜の闇に呑まれていて、下に何があるのかも、深さがどれほどかもわからない。

 ふと背後を見れば追手は三郎太と同じように斜面を滑り降りている。迷っている暇は無かった。


――ここが三朗太が鵯越か! 南無八幡大菩薩、鞍馬天狗も照覧あれ!


 三郎太は刀を納めると胸に太祖を掻き抱いて崖へと身を投じ、夜の闇へと消えていった。



「よっ、ほっ、そいっと」


 三郎太が逃げている間、蚩尤とムート他騎士団員の戦いは続いていた。

 ムートは苛立ちを隠せない。

 騎士団の攻撃は一切届いておらず、どれも余裕の様子で受けられ、躱され、しかし、反撃は大したものが来ない。どう見ても手加減されているのだった。


――分かってはいた……! これが魔人だ。しかしここまで通用しないものなのか……!


 魔人と人の差。

 ムートは理解はできても納得はいかなかった。

 騎士団が主を失って100年、世代は変わっても志だけは変わらず受け継いできた。

 魔人を倒す効果的な作戦はついに見つかっていない。

 しかし、それでも腕だけは磨いてきた。たとえこの身が滅んでも一矢報いる。すべての団員がそう誓ってここまで来た。それなのに。


「やっぱり慣れ親しんだ武器って違うね! これならサブローにも負けない!」


 目の前の少年は騎士団のことなど気にもかけていないのだ。

 このようなことを甘んじて受け入れるわけにはいかなかった。

 ムートは最早被害を抑えるなどという甘えた考えを捨てた。

 合理的なそれらしい理由をつけてプライドが失われるのを良しとするなど、到底考えられなかった。


「……」


 ムートは手で合図をする。簡単な指示だ。


 命を捨てろ。


 ドライボーデン旗下の騎士の光魔法に照らされている騎士団員の顔が歓喜に歪んだ。

 瞬間、騎士団員達は一斉に少年めがけて躍りかかった。


「何さ急に……っ! やばっ」


 先ほどまでと同じように適当に攻撃を躱し、峰で反撃をしようとした蚩尤が驚愕した。

 最初に切りかかってきた男は蚩尤に躱されたとなると、そのまま武器を捨て蚩尤に掴みかかったのだ。

 蚩尤は男を大剣で殴り振り払うが、続く男たちも構わずに蚩尤にとびかかる。数名の男に掴まれて蚩尤は身動きが取れなくなってしまった。


「ちょっ、馬鹿か! 離せって!」

「今です団長ォ!」


 男たちの声に応じてムートは剣先を蚩尤に向けて突貫する。

 そこでようやく蚩尤は後悔した。


――舐めすぎた。ふざけすぎた。そうだ、人間っていうのはこういうものじゃないか。男なんてものはみんな馬鹿なのだ。


「あぁもう!」


 蚩尤は魔人の力を発揮した。

 つま先で地面を蹴って土を飛ばす。土はすぐに集まっていくつかの小さい刃となり、ムートめがけて飛んで行く。


「ぐぅぅぅ!」


 全身の各所に土の刃が突き刺さったムートは思わず唸り、立ち止まってしまった。

 その隙に蚩尤は力任せに組み付いてきた男たちを振り払う。

 そして、蚩尤は腰にしがみついてどうしても離れない男めがけて大剣を振り下ろした。

 吹きあがる血に、無意識に蚩尤の口元が歪んだ。それとは対照的に目は恐怖に見開かれている。

 蚩尤が本気を出してこなかったのは何も舐めていたからというだけではない。

 まだ蚩尤は炎の呪縛から逃れることができていないのだ。


「……」

「あぁ……? なんだその顔は……」


 顔を上げたムートは蚩尤の顔を見て怪訝そうにそう漏らした。


「はっ、ようやく魔人の本性を表したかと思ったらなんだそれは。まるで初めて殺しましたって顔だぞ、それとも血が怖いのか?」


 嘲笑を浮かべながらムートはそう言う。

 それを聞いた蚩尤は無表情になり、顔の右半分が鉄の仮面で覆われていく。


「あぁクソ……、サブローのせいだこんなの……ばか」


 蚩尤は呟き腰の短剣をも抜いた。そして辺りに霧が立ち込め始める。

 ムートは魔人が真の力を見せようとしているのを見て、どうだ見たか一矢報いたぞと。と恐怖とも歓喜ともつかぬ表情で見ていた。


「もう良いぞ! こっちへ来いっ!」


 叫んだのはドライボーデン。ムートをはじめ前衛の騎士団員はその声に我に返り、後方へ退避する。


「もういいや、とりあえず殺してから考えよう」


 蚩尤は虚ろにそう呟いて地面を蹴った。

 恐ろしい速度で騎士団に突撃をかける蚩尤。

 しかし、ある一定のラインに差し掛かった時、ドライボーデンの声がこだました。


「『ヴィントホーゼ』!」

「ッ!?」


 蚩尤は突然体が浮きあがったのに驚いた。

 蚩尤の足元で突如として風が渦巻き、土や木々ごと蚩尤の体を巻き込んだ。

 ドライボーデンをはじめとする、騎士団の中でも魔法に精通するものが作り上げた強力な風の魔法が発動したのだ。

 風の渦は恐ろしい速さで渦巻きながらも騎士団を巻き込むほどに大きくはならない。

 外に向く力は全て内側か上方向へと働いている。

 魔人がどうなるかはわからないが、それでも今までにこの渦に巻き込まれて無事だったモノは無い。ドライボーデンには自信があった。


「やったか……?」


 風の渦が収まった跡には何も無かった。

 蚩尤がバラバラになって消し飛んだか、はたまた逃げおおせたか、騎士団に知る術は無かった。

 しかし、この結果が蚩尤にとっても、騎士団にとっても最高の形であることは確かだった。

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