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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第三章 英雄敵わぬ親子の血
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脱獄と対決と

「久しぶり」


 そう声をかけてきたのは、銀の短髪に水干に似た服を着た、女と見紛う程の美少年、まさしく蚩尤だった。


「お主……」


 流石の三郎太も驚きが隠せない。


「いやぁ、大変なことになってるね」


 まるで他人事のようにニヤニヤと笑いながら蚩尤は鉄格子の向こうにしゃがみ込んだ。


「ちょっと臭うよサブロー、どれくらいここに籠ってたの」

「……」

「大変だね~、あんな強気なこと言っておきながら簡単に捕まっちゃって地下牢の中なんて。……間抜け」


 三郎太は蚩尤からの中傷を受けて落ち着きを取り戻した。

 冷静になると同時に腹が立ったが、以前の経緯と、現在の状況を考えると、口で争うのはあまりに不利であったから、蚩尤を無視することで対応することにした。

 そして、さも蚩尤の存在なんて何も気にしていないといった様子で禅の世界に戻ろうとした。


「ねぇねぇ、何があったの? どうしちゃったの?」

「……」

「やっぱり、何も食料手に入れられなくて、思わず街に入っちゃったとか? そこで怪しまれて捕まったとか?」

「……」

「でもよかったじゃん。あのまま山の中にいても間違いなく死んでただろうし、いずれ処刑されるとしても少しの間生き長らえることができたんだからね」

「……」

「残念残念、サブローここで死んじゃうんだね」

「やかましいわ!」


 我慢しきれなくなった三郎太が鉄格子を蹴りつけた。


「あ、やっと反応した」

「何をしに来た!」

「大声出さないでよ、人きちゃうでしょ」

「くっ……こぉ……」


 怒りのあまり、言葉を忘れて呻く三郎太だが、蚩尤の言葉に理があるのでその通りにする。


「何故お主がここにいる。何故俺がここにいると分かった。何をしに来た」

「もう、一度にいろいろ聞かないでよ」


 三郎太は腹立たしくも思いながら、蚩尤がここに来たことで状況が好転する可能性は高いと思った。

 もし蚩尤が三郎太を馬鹿にするためだけに来たのだとしたら、それはもう鬼畜の所業という他ない。


「まぁ匂いを辿ってきたらここに着いたんだけど、何をしようかっていうのはあまり決めてなかったんだよね~」

「……」

「でもさ、この状況を考えると……助けて欲しい?」


 渡りに船だ。三郎太は降って湧いた幸運に心を揺り動かされる。

 しかしだからと言って、そのまま喜びを露わにする三郎太ではない。

 横目で蚩尤の顔を伺い慎重に返事を考える。


「……なんだと」

「だから、このままじゃサブロー間違いなく死んじゃうでしょ? 嫌でしょ? あの巫女達にもまた会いたいでしょ? だから、助けてあげてもいいかなって」


 蚩尤の顔は三郎太を蔑むような、試すような、そんな顔をしていた。


――気に入らんな、気に入らん。馬鹿にしているのか。しかし、ここを出ないことには何も始まらん。話はそれからだ。


「ならば――」

「でもサブローさ、まず俺に言わないといけないことがあるよね」


 ならば今すぐここを開けよ。

 三郎太がそう言おうとしたところを蚩尤が遮った。

 蚩尤の表情に蔑みの色が濃くなった。

 しかし、三郎太は腹立たしいと思わなかった。むしろ今度はなにやら得体のしれない寒気に襲われた。

 ここで選択を誤ると、取り返しのつかないことになる予感がした。


――言わなければならないこと。間違いなくあの時のことだろうな……。


 喧嘩別れしたときの事、あの事について詫びろと蚩尤は要求しているのだろうと、三郎太は容易に察しがついた。

 しかし気づいたからといって、すぐにその通りにできるかと言えばそうではない。三郎太はそんな柔軟な男ではなかった。


――確かにあの時は俺も冷静ではなかったが、あれはお互いさまというやつだろう、それを俺だけに非を認めろというのか。しかし……。


「……ん? はやくしてよ」


――この表情はなんだ!? あまりに不穏! 道場でもこんな恐ろしい顔をする奴はいなかったぞ。


 三郎太は今迄に感じたことのない、得体のしれないものを感じた。それは殺気に似ていたが、今一つ種類の異なるもののように思えた。

 三郎太はそれに驚き、らしくもなく狼狽した。


「あー……ゴホンッ……さ、去る日は……あー、不本意ながら、相主張譲らず、袂を分かつこととなったが……振り返りてみれば、わが身に非が多いと、おー、思われる点……甚だ多く……真に相済まぬことと……」

「うん、で?」

「拙者がここまで無事来れたのは、あー、偏に貴公の世話によるもので……その恩生涯忘れることはできず……」

「うんうん」

「そのうえでまた、厚かましくも……助力を請いたいと思い……この牢より出る手助けをしていただきたい……の、だがぁ……!」

「……」


――駄目か! ならばもう死ぬしかない! クソ! 最期の時にこんな恥をこの世に残すことのなろうとは、無念! 重ねて無念!


 三郎太が瞬間的に後悔を爆発させ、もしかすると蚩尤に罵倒を残して死のうかとしたとき。


「うん。まぁ合格かな。よく言えましたっと」


 蚩尤はそう言うと同時に、背負っていた大剣と腰に下げていた短剣を抜いて鉄格子を切りつけた。


「あの時は俺も悪かったよ。ごめんねサブロー」


 崩れ落ちる鉄格子。その美しい断面を見た三郎太は、魔人たる蚩尤の剣技が確かなものであることを実感した。



 三郎太は蚩尤の手を借りてなんとか立ち上がった。

 凝り固まった関節がバキバキと音を立てた。


「大丈夫? 自分で歩ける?」

「問題ない。すこし固まっただけでじきにもとに戻る」


 三郎太が足を縮めたり伸ばしたりして調子を整えていると、蚩尤が土の壁から作り上げた剣を三郎太に渡した。


「はい、コレ、一応持っていた方がいいでしょ」

「あ、あぁ、感謝する」


 鍔がなく、柄は何もまかれていない、金属がむき出しのままの両刃の剣。

 長さは普段使っている刀よりも僅かに短いが、柄の形状が絶妙に三郎太の手に馴染んだ。


――柄が短いから片手で使うことになりそうだが、これならばなんとかなりそうだ。


「しかし、暗くてよく見えなかったがお主、そんな剣を持っていたのか」


 蚩尤が背と腰に持っていた剣について、三郎太が尋ねた。


「あぁコレね、現状俺が持っている剣の中で一番のお気に入りのやつ。サブローと別れた後、取りに行ってきたの」

「なぜ今になって」


 三郎太はよく考えずに何となく質問をぶつけたのだが、


「今度サブローに会った時に、もしまた舐めたこと言ったらぶっ殺そうと思って。即席の剣じゃサブローには勝てないかもしれないからね」

「……」


 あまりに不穏な答えが返ってきて三郎太は言葉に詰まった。


――あの時感じた寒気の正体はこれか。


 気づかないうちに死線を潜り抜けていたこと知り、ゾッとした三郎太。あわててその悪寒を振り払うと、地上への道を急いだ。



 地上に出た三郎太は時刻がまだ昼前であることを知った。

 三郎太の感覚では夕方ころかと思っていたので、何となく調子が狂わされた。

 地下牢は屋敷に併設されている役場の地下にあった。外の牢番も既に蚩尤が気絶させていたため、一度地上に出た後、蚩尤に抱えられて役場の壁を越えれば完全に外に出られた。


「で、どうすんのサブロー」


 三郎太を地面に下ろした蚩尤が聞く。


「刀を取り戻す」


 三郎太は当たり前だと言わんばかりに言い切った。


「だよね~。手助けは?」

「いらん」


 これもまた当然といった様子だった。

 自分が負ける、しくじるなどとは露も思っていないようだった。


「でもまぁサブローには死なれちゃ困るから、どうしてもやばくなったら無理にでも助けるかも」

「勝手にしろ。こいつは暫く借りるぞ」


 蚩尤に作ってもらった剣を見せて言う。


「まったく図々しいし勝手なんだから……」


 三郎太は蚩尤の声を無視して屋敷の中に向かった。



「あっ貴方は……」


 三郎太が門番を蹴散らして屋敷の中に押し入ると、すぐそこにアデーレがいた。メイド姿ではなく軽装の鎧を着ていた。


――流石、反応がはやいな……。しかし戦う準備ができているのなら好都合。


 三郎太はアデーレが早急に脱獄のことを悟り、今一度捕縛せんと出てきたのだと判断した。

 しかし、実際のところアデーレは三郎太を牢から出すために出てきたのであって、鎧はその後予定されている事態にむけてのものだった。


――何故出てきているの……? それにあの剣は……。


 一方のアデーレは予想外の事態に遭遇して動揺したからか、呑気に分析を始めていたが、その途中で強烈な殺気を浴びてすぐに戦士の顔に戻った。


「アデーレッ! この間の借り、今ここで返させて貰う。さぁ抜けッ!」


 言うやいなや、返事は待たず、三郎太は地面を蹴ってアデーレに斬りかかった。


「何をいきなりッ!」


 アデーレは即座に剣を抜いて攻撃を受け止めた。


「違います! 話を……」

「えいッ!」


 三郎太は鬱憤を晴らすかの如く怒涛の斬撃を繰り出す。


「馬鹿ですか貴方はッ! 私は貴方と戦うつもりは……」

「つべこべと!」

「こっ……のぉっ!……」


 言っても攻撃を止めない三郎太に、アデーレも負けじと反撃をした。

 二人の剣が数合空中で結ばれて火花が飛び散った。


――なんなのこの男ッ!


 アデーレは苛立ち始める。


――話を聞きなさいよ! 何をいきなりムキになって喰いかかって来てるのよ。意味が解らない! 狂犬! 馬鹿男!


「こんなものか! 奇襲でしか戦えないのなら、暗殺者などと呼ばれるのも道理よの!」


 三郎太の挑発を受けてアデーレの怒りはピークに達した。

 この女もまた沸点が低かった。

 鍔迫り合いになったタイミングで、アデーレは真正面から三郎太の目を睨みつけて言う。


「ええ、ええ、いいでしょう……殺して差し上げます……」

「抜かせよ小娘……」


 アデーレは意識を集中する、鍔迫り合いの空間に、ぶつかり合う刃に、そして――


「弾けなさい『ヴィンドロック!』」


 魔法が発動された。

 三郎太が感じたのは風の爆発。

 突然の暴風に吹き飛ばされて無様に吹き飛び、廊下を転がった。

 アデーレは魔法の発動と同時に後方に跳び、今度は風を用いて不可視の槍を作り投擲した。

 この魔法を発動させたアデーレの狙いは、あくまで距離をとること、これだけで三郎太をどうこうしようというつもりはなかった。


「私は殺人鬼、私は暗殺者、闇夜に紛れ、風とともに去る。悪夢の象徴……」


 アデーレは過去を思い出しながら言葉を紡ぐ。

 幼いころから繰り返してきた殺人、それに目をつけた大人達によって命じられた暗殺。かつて連合首都を恐怖のドン底に陥れた、政府要人の連続暗殺事件。


 紡いだ言葉は虚仮威しでも何でもない。

 魔法には幾つか種類があるが、どれにおいても重要なのはイメージだった。

 風をどのように吹かせるか、炎をどのように操るか、水をどのように流すか……、その具体的なイメージを魔力を用いて形にし、言葉に乗せて放つ。それが魔法の理論。

 それは、今アデーレが行おうとしている『身体作用』に属する魔法においても同じことだった。

 アデーレはかつての自分を思い出し、半ば伝説化された自分をイメージする。一種の自己暗示。そしてそれを魔力を用いて現実のものとする。


「切り裂け『宵闇のジャック』」


 今ここに悪夢が再誕した。


「これは……」


 飛んできた風の槍を起き上りざまに切りつけて弾いた三郎太は、アデーレが何かを行使したのを感じ取り、直観的にそれが危険なものだと認識した。

 何かが起きて、アデーレという女の存在が急に薄くなった。正体がわからなくなった。

 しかし、三郎太の勘ははっきりと今までよりも格段に状況が悪化したこと、脅威が増した事を訴えていた。


「くっ……!」


 当てずっぽうで振った剣に衝撃が伝わる。ふと気づけばすぐ目の前にアデーレが居た。


「今のを受けますか……」

「なんと……!」


――なんという速さ……いや、速さもさることながら、何故だ、気配をまったく感じぬ……。


「ちっ!」


 再び適当に振った剣が、アデーレの剣を防いだ。


――まただ、気づかぬ内に……。


「こんなものですか?」

「ぐウゥ……」


 見えない、否、気づけない猛攻に、勘だけで対抗できていたのは奇跡に近かった。

 しかし徐々に傷は増えていく。誰が見てもわかる、ジリ貧だった。


「舐めるなよ!」


 三郎太は挑発に乗り怒りを露にする。

 しかし三郎太は怒れば怒るほど剣が冴えるのだ。アデーレの挑発は裏目に出た。


「ちぇぇいッ!」

「クッ……」


 斜め下方からの斬り上げがアデーレの攻撃を弾いた。

 思わぬ反撃を受けて、アデーレは一旦距離を置いた。その隙に三郎太は体制を整え、勝つための道を探し出す。


――認めよう、奴は強い。今までと同じことを繰り返していてはやられるのは俺だ。ではどうするか、決まっている。一瞬の隙を突いた一撃、それで早急に仕留めるしかない。しかし逆安珍や兼定であれば出来ても、この剣では……短い上に片手となると……。


 その時、三郎太の戦いのセンスが、磨き上げた戦の勘が、最適解を導き出した。


――俺の知っている片手の構え……生兵法と笑うことなかれ、今はアレしかあるまいて!


 その時、アデーレは奇妙なモノを見た。


――何これ、見たことがない……それに、まさか彼は……!

 

 右足は前に出され、左手は腰に添えられ、右手に持った剣は高々と上段に構えられていた。

 三郎太の執った構えは片手上段。

 普段は青眼の構えを用いる三郎太。片手上段など今までも数えるほどした執ったことのない構えだった。

 しかし、その姿はあまりに完成されていた。一朝一夕、見よう見まねでできることではなかった。

 ではなぜ三郎太にそれができるのか、その理由は単純明快、アデーレも察したある事実。三郎太は『身体作用の魔法』を使っていた。

 三郎太は魔法の理論なんてものは全く知らなかった。仕組みも構造も、魔法に関する何もかもをしらなかった。

 しかし、アデーレの使った魔法を見て何かに気づいたのか、三郎太の戦いの勘が、アデーレの技を見て盗んだのか、『身体作用』に必要な工程を、知らず知らずの内に実践していた。


――片手上段……思い浮かぶのは唯一人……。


 三郎太の脳裏に浮かぶのはある剣士。いつか届けと願い続けて、遂に届かなかったある男。思い描かれる通りに、構える。

 体から湧き出る力を全身に張り詰めさせて不足を補う。

 周囲を漂う気を吸い込んで己に言い聞かせる。


「斯くあれかし『小天狗』」

「くゥッ……! あぁッ!」


 アデーレは飛び出した。飛び出してしまった。

 剣先をゆらゆらと円を描きながら近づいてくる三郎太に。

 三郎太の全身から、飛び出すのはまだかと我慢できずに漏れ出ている尋常ならざる殺気に、釣られてしまった。

 アデーレが飛び出した瞬間、三郎太の目が見開かれた。

 アデーレの剣が三郎太の喉を切り裂くのが先か、三郎太の剣がアデーレの頭蓋を叩き割るのが先か、勝負が決しようとしたその時。


「そこまでだ!」


 支配者の一喝が、二人をぴたりと制止させた。


「この場をなんと心得る! ヴォルフス皇帝フリード・ザイルの屋敷で狼藉は許さぬ! 双方剣を収めよ!」

「「……ッ!」」


 さっきまでの興奮は彼方に吹き飛び、飛び退くようにして剣を収めて小さくなり、頭を垂れる二人。


「三郎太! その剣、我のために振るえ。その命我に預けよ。我が命に従え! よいな三郎太!」


 突然の言葉、三郎太には何が何だか分からなかったが、それでも何故か、その言葉に、三郎太は探していた道の一つを見つけた気がした。

 皇帝フリードによって、焦がれていた奉公の道が示された気がしたのだ。

 もはや従わない理由はなかった。


「ははっ!」


 三郎太は跪いて頭を下げる、そして思った。この世界に於いては唯一度でも良い。大義のために、おおやけのために、主命のためにこの剣を振ろうと。


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