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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第三章 英雄敵わぬ親子の血
26/102

開拓

 早寝をしたせいで朝早くに目が覚めた三郎太は、見回りの衛兵に外で体を動かしてくることを伝えて、外でしばらく刀を振ったのち、再び部屋に戻って食事をとっていた。

 三郎太のせいで、僅かではあるが早くに起きなければならなくなったメイドにとってはいい迷惑であった。


「あ、あのぅ……黒パンはスープに浸して食べると丁度良い柔らかさに……」

「これくらいが丁度美味い」


 そのままの黒パンをひたすら齧り続ける三郎太をメイドは不思議なものを見るような目で見る。

 三郎太は美味いとも不味いとも言わない。

 メイドは、


――口の中渇かないのかな? 何でいつも怒っているんだろう?


 見慣れぬ恰好の珍妙な客を見て、そんなことを考えていた。


「馳走になった」

「あっ、ちょっ、待ってください!」


 いつの間にかスープを飲み干し、椅子から立とうとする三郎太をメイドは慌てて呼び止める。


「お、お茶を入れますので……」

「そうか」


 椅子に座り直した三郎太は腕を組んで真正面を見据える。


――うぅ……なんで新米の私がこんな変な人の担当になっちゃったんだろう……。


 メイドはほとんど泣きそうになりながら茶を入れる

 そんなこととは露も知らず。三郎太は全く別のことを考えていた。


――さて、まともに魔獣とやりあったのは昨日が初めてだったな。開拓に参加するとなれば、昨日の猪ほどの相手と戦わなければならないはずだ。奇襲以外で戦うとするとどうしたものか……。


 三郎太は魔獣とどう戦えばいいのかを考えていた。


――昔から狩といえば弓か鉄砲。しかしここには鉄砲は無いし、そもそも士分たる己が鉄砲など担ぐわけもない。そして俺には弓の心得が無い。剣であの猪と向かい合って戦うとすると……うーむ、どうなるか。


「おい」

「はひっ!」


 メイドは突然声をかけられて驚く。


「すみません! 今入りましたので……」


 恐る恐るといった様子で三郎太の前に紅茶が出される。


「それは重畳。ところでお主は開拓のことを知ってるか」

「はぁ……開拓ですか、知ってはいますが……」


 メイドは考えてもいなかった話を振られて首を傾けた。


「普通、開拓ではどのような武器を使うか、わかるか」

「武器ですか、えーっと、全員が全員というわけではないですが、この辺りでは槍を使う人が多いですね、それも投げて使う場合が多いそうです。あとは武器といいますか、皆さん魔法を使いますね」

「なるほど、うむ。」


――槍、槍か。槍もあまり心得ておらんな。生兵法で魔獣に挑むのはなお危険な気もする……。ここで悩んでいても仕方ないか、アデーレとかいうのに聞くのが早いな。


「よし、馳走になった」


 三郎太は紅茶を一気に飲み干すと同時に立ち上がった。


「い、いえ」


――もうちょっと味わってくださいよ!


 メイドはまた泣きそうになりながら片付けを始めた。

 三郎太が刀を持って部屋の外に出ると、丁度アデーレが扉の前にいた。


「あら、随分とお早いのですね」

「丁度お主に用があった。俺は今日どうすればいい。開拓を手伝うのだろうが、陛下への挨拶にも行ったほうが良いか」


挨拶も適当に、開口一番質問を浴びせる三郎太。


「いえ、陛下も多忙であらせられますし、そんな畏まった儀礼にこだわる御方でもありません。えぇ、少し早いですが良いでしょう。では、屋敷の外で待っていてください。すぐに向かいます」


 三郎太は頷くと、外に向かって歩いていった。

 残されたのはメイドとアデーレ。


「メイド長~、あの人なんかやりづらいです……」

「何を情けないことを言っているのです。まぁ異国の人間ですので仕方のないことですが、経験だと思いなさい」

「はぃ~……」



 暫くして、昨日と同じ軽装の鎧を着たアデーレが三郎太のもとへやってきた。


「お待たせ致しました。手続きは済ませてあります。行きましょう」

「うむ」


 二人並んで歩き、町の門まで来るとそこには馬車が用意してあった。


「それほど遠い訳ではないですが、これで行きます」


――斑模様の馬……か、顔が少し短いな。


 三郎太は馬によく似た動物を不思議そうに眺めてから馬車に乗り込む。そして、馬車が発車してからようやく口を開いた。


「開拓の手伝いと言っていたが、今日は何をするのだ」

「今日は下見、視察程度を考えています。そんなに奥深くまではいきません」

「昨日、俺と会った辺りか」

「今日行くところは別のところです。しかし深さで言えば同じくらいですね」

「ではあれのような魔獣が出るのか」

「魔猪ですね。いえ、ふつうあれほどの魔獣は出てこない範囲なのですが……。まぁ可能性としてはあり得ます」


――それは困ったな。しかしそれにしてもこの女とてかなりの軽装。魔法の心得があるのか。


「何か?」


 アデーレは黙り込んで自分をじっと見る三郎太に怪訝そうな表情で尋ねる。


「俺の獲物はこの刀だけだ。あのような魔獣を相手にするにはあまり役立てないように思うが、どうなのだ」

「別にいつも一人で戦わなければならないわけではありません。普通4.5人で開拓に出て、武器の得手不得手を補いながら進むのが一般的です。今日は私が援護しますし、そのような剣でも問題は無いでしょう。それとも、槍や弓が使えるのならば明日から用意しますが?」

「いや、結構」


 三郎太はそれを聞きなんとなくは納得した。

 しかし、連携すれば問題ないというのもあくまで机上の空論であって、実際どうなるかはわからない。とりあえず今日は下見程度であるそうだし、やってみなければ勝手はわからないだろうと結論付けた。


「話を聞くと開拓というのは、御上が関わっているにしてはかなり自由にやらせているようだな。確か町には何人か武装した集団がいたが、あれも開拓に参加している奴らなのだろう」

「えぇそうです。広く見れば指揮を執っているのは行政ですが、基本的には個人に任せています」

「それでうまくいくのだな」

「はい」


 二人ともあまり社交的な性格ではない。話はそこで途切れた。それに加えて三郎太がアデーレの品定めをするような視線を不快に思っていたのもある。


 しばらく無言のまま揺られていると、御者が目的地への到着を知らせた。

 二人が外に出ると正面に森の入り口が見えた。ある程度は開拓が進んでいるという事であろうか、森の中にも道が伸びている。


「では入りましょう」


 アデーレは馬車の荷台からリュックを取り出して背負うと、先に進んでいく。三郎太もそれについて行った。



 森の中は静かすぎた。危険な雰囲気など微塵もない。

 三郎太からすれば、初めに迷い来んだ森や、蚩尤と抜けた山林の方がよっぽど危険に感じた。

 魔獣の気配が一切ないことをむしろ不気味に感じながらも、三郎太達は奥に進んだ。


 途中簡単な昼食をとってさらに奥に進んだが一向に森は静かなまま。既に道も途切れている。

 獣道と呼べるかも怪しい森の道を進みながら、さすがの三郎太も不審に思って尋ねた。


「……いつまで進むのだ」

「い、いえもう少し……」


 しかし、アデーレさえもこれは一体どうしたものかと、辺りを見渡している。


――おかしい、ここまで来ても魔獣が一切姿を見せないなんて。


 アデーレは焦る。本来ならば適当なところで魔獣と三郎太を戦わせ、その実力を測るつもりだった。この辺りの魔獣なら相応の強さを秘めている。アデーレやフリードが求める実力を測るには丁度いい。


――なんで、なんでこんなに静かなのよ。普段なら……。


 そこでアデーレは三郎太が立ち止まっていることに気付いた。

 のろまな奴、と心の中で毒づきながら声をかける。


「すみませんがまだ先に……」

「待て」


 アデーレが振り向いた先で、三郎太は険しい顔をしながら辺りを見渡していた。

 そして、その手がゆるりと刀の柄に向かう。


「一体何が……ッ!」

「上かッ!」


 アデーレと三郎太が何かに気付き、その場から離れた瞬間、ソレは降ってきた。

 猿の顔、山羊の胴、虎の手足に蛇の尾。様々な種の生物を取り込んだ、見ているだけで不安に駆られる奇妙な生き物、それは――


「キメラッ! なぜこんなところに!?」

ぬえだと!?」


 驚きながらも二人の反応は早い。素早く抜刀し臨戦態勢を整えた。


「私が足を止めます! そこを狙って下さい」


 アデーレが言い終わる前には既にキメラは三郎太にとびかかっていた。

 間一髪、三郎太は横に跳んで魔獣の剛腕を躱した。振り向きざまに逆安珍を振るうが手応えは無い。

 キメラはすぐに跳躍し、木を踏み台にして加速すると三郎太の頭を超えてアデーレに襲い掛かろうとした。


「小癪な!」


 キメラの真下に潜り込むようにして横薙ぎの一閃。逆安珍は三郎太に噛みつかんとした尾の蛇を捉えた。


「ヒョォォォォ!!!」


 尾を切り飛ばされたキメラは奇妙な鳴き声を挙げながら、不格好に地面に落ちてのたうち回る。


「『ヴィンドランツェ!』」


 アデーレが魔法を使い、不可視の槍がキメラの足を貫き、地面に縫い付けた。

 しかし、キメラはその強力な力で強引に起き上がると、流れる血を気にも留めず、口を開けて何かを吐き出そうとする。

 アデーレが、しまったという顔をしたのも束の間、駆け寄った三郎太がキメラの首を一刀のもとに斬り落とした。

 主を失った首もとではチロチロと炎が顔をのぞかせていたが、それもすぐに消え、キメラの体はどうと倒れた。



 町の酒場、開拓から帰還した三郎太が珍しく上機嫌で呑んでいた。


――魔獣を斬ってやった時の、あの女の顔の間抜けっぷりよ、実に気分が良い。人を品定めするような目で見おってからに。三郎太が腕覚えたか。


 お高くとまって、三郎太を見下していたアデーレの鼻を明かしてやったことが三郎太を上機嫌にさせた。さらにそれだけではない。


――案外魔獣も大したことがないな。杞憂だったようだ。俺の剣は奴らにも十分通じる。


 予想よりもはるかに簡単に魔獣を倒すことができたのも要因の一つだった。しかし、三郎太はすぐに冷静になって反省した。


――いかんいかん。慢心も油断も禁物。アデーレがいなければどうなっていたかわからん。一人で山林を縦横無尽に駆け回る魔獣を相手にするのはやはり危険だ。森に出向くときには、誰かと一緒でなければな。


「おい店主、もう一杯だ」

「はいまいど」


 三郎太は町に戻った時にアデーレから渡された開拓の報酬を使って、思うがままに、心行くまで、と言っても乱れないほどに呑んでいた。先に屋敷のメイドには話をつけておいてあるため、心配は無い。

 武士が居酒屋で一人酒を呑むというのも、故郷の人間に知られれば後ろ指をさされるような行為だが、ここではその心配もない。それに久しぶりに酒の味が恋しかったのだ。


――ここの酒もなかなか美味いな。刺激がなんともいえん。


 酒場の隅で三郎太が一人、酒の味に舌鼓を打っていると、近くの席に開拓者のチームらしき4人が大声で話をしながらやってきた。


「まったく不猟も良いとこだ。何だってんだ一体」

「バイコーンは珍しいけどそれだけじゃねぇ……」


 初老の男のぼやきに、中年の女性が答える。


――これは丁度いい。開拓の後か、何か情報が得られるやもしれん。


 三郎太は聞き耳をたてて開拓者達の会話を盗み聞きする。


「今日はどこも魔獣が少なかったらしいですね、さっきここに来る途中そんな話をしてる奴らがいました」

「今迄そんなこと無かったのに、奇妙な話。全く困っちゃうわ」


 若い男女が話をつなぐと初老の男は思い出したように話を始めた。


「奇妙な話といえばよ。最近、三本足の鳥や角の生えた鳥を見たって話も聞いたな」

「アハハ! 何それ、ほんとにいるなら私、ペットに欲しいわ……どうしたの? 浮かない顔して」


 笑っていた娘が青ざめた顔の青年に尋ねる。


「い、いやさ、気のせいだと思うんだけどさ、さっき馬車に乗る時に、ふとエクウスの方を見たら耳の近くに角が生えているように見えたんだよ。もちろんよく見たらそんなもの無かったし、御者にも聞いたけどそんなの見てないって……なんか最近そんな話が多くないですか?」

「ただの見間違いじゃん、そんな噂に流されて、ダッサ」

「アタシも見たよ、エクウスに角が生えてんの……」

「……」

「……」

「……」


 そこで三郎太は盗み聞きをやめた。


――なんだ怪談話か、下らん。もっと役立つことを話さんか。


 悪態をつきながらも、三郎太も思わず先ほど見た奇妙な光景のことを思い出してしまう。

 それは開拓から帰る途中、馬車の中から見えた。

 夕焼けの空に、黒い鳥の集団と白い頸の鳥の集団が争いながら飛んでいた。

 勝敗は明らかだった。白い頸の鳥は、一羽、また一羽と数を減らしながら南に向かって逃げて行き、とうとう最後の一羽だけがなんとか逃げおおせたように見えた。

 その時三郎太は、鳥も戦をするのか。などと呑気な感想を抱いた程度で、さして重要なこととは考えていなかったが、今思い出すとやはり奇妙な光景だった。


――や、下らん下らん。つまらん話を聞いたせいでつまらんことを思い出した。今日はここまでにして屋敷に戻ろう。


 三郎太は勘定を済ませようと席を立った。



 その晩、屋敷の皇帝執務室ではフリードがアデーレより報告を受けていた。


「なんと、キメラか。それは災難だったな」

「まったくです。それに不吉です」


 キメラは生態がほとんどわかっていない謎の魔獣だ。様々な種の生物が組み合わさった姿をしているが、その姿は一定ではない。ある日突然森や山に現れては辺りに火をつけてどこかへ去っていく。人の社会では不幸や動乱を告げる凶兆とされてきた。


「それで、三郎太の腕は確かか」

「はい。戦い慣れしているようで、常に最適な行動をしているといった印象です。度胸があるのか、勇気に富んでいるのか、はたまた馬鹿なのかわかりませんが、キメラ相手に一切物怖じせず、ためらいもありませんでした」

「率直に、お主はどう思う」


 フリードに問われたアデーレは一瞬言葉を詰まらせた後、話し始めた。


「……はっきり言って驚きました。魔獣との戦いは初めてだというふうな口ぶりであったのに。確かに私も予定していた以上に手を貸してしまいましたが、それでもあんなに早くキメラを倒せるのは異常です」

「ハハハ、異常か、そうか……。それで、使えるか」


 フリードは珍しくアデーレが他人を高く評価したことを面白がって笑う。しかし瞬間、真面目な、皇帝の顔で何かを尋ねる。


「きっと、使えるでしょう。むしろ人が相手ならより一層活躍が期待できそうです」

「ハハ、人ではないがな……そうか、使えるか」


 フリードはアデーレの返答に満足そうに笑った。


「よし、腕の方ももう少し様子を見て、人となりは私が直接確認しよう」

「承知しました」


 フリードは立ち上がり、窓の傍に寄る。そしてはるか西方、ヴォルフス首都の空を睨んで、何度目か分からない決意を固めた。


――誰かがやらねばならないのだ。ならば私がやってみせる。私はヴォルフス皇帝だ、ザリアの家のためではない。国家のための皇帝なのだ。



 ヴォルフス首都、宮殿の大広間。一人の少女が玉座に座り、美しいドレスを着た妙齢の女性を足蹴にしている。

 玉座の少女は軍服のような服に赤いマントを羽織っている。少女は腰まで届くほどの美しい金髪を指でいじりながら、憎々しげに女性を踏みつけている。


「まったくお前は使えんなあ。なんのためにアレにくれてやったのか、まさか今迄理解していなかったのか?」

「グッ……! 申し訳ありません……。しかし、あの人はいつもどこかに飛び回っていて、手紙も形式的な挨拶ばかりで……」

「それが使えんと言っているんだろうが!」


 少女は女性を蹴り上げた。


太祖たいそ様、そのあたりでどうか……」


 いままで少女の横に黙って控えていた、槍を持ち、眼鏡をかけた女性が止めにかかる。しかしその声には真剣さが無い。女性をかばうようなことを言いつつも、その目は女性を見下していた。


「ふん、いつから私に意見できるようになったのだ、ベルタ?」

「申し訳ございません」

「まぁいい」


 太祖と呼ばれた少女はもう一度女性を蹴ってどかすと玉座から立ち上がる。


「久々に隠居地から出てきたというのにコレだ。アレが何を企んでいるのか、それとも何も考えていないのか知らないが、様子がわからないというのは気に入らない。仕方ない、こちらから出向いてやる。開拓とやらにご執心のようだし、どうせなら手を貸してやってもよいか……。行くぞベルタ、アレの顔を見にな」

「御意」


 蹲る女性を放置して二人は大広間から出ていく。女性はよろめきながらも立ち上がり、呟く。


「陛下……お気をつけて……」


 届かないと知りながらも、言葉に思いを乗せずにはいられない。女性は真の愛を以てフリードの身を案じていた。


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