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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第三章 英雄敵わぬ親子の血
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二人旅 始

――金、金、金……。金が無い。


 金の亡者なにがしは街道から少しはずれた森に沿って歩いている。

 森には魔獣が住む。めったなことでは街道や都市の近くには出てこないが、それでも森の傍を歩くことが危険であることには変わらない。


――崑崙を飛び出したはいいが、ほぼ無一文であったことを忘れていた……。


 金の亡者某とは笠を被り、小袖に袴、二本差の男、清浜三郎太である。羽織はさすがにこの夏の季節には暑く、背中の荷物袋の中。

 崑崙を飛び出した三郎太はそのままひたすら西に向かって歩いていた。

 しかし、途中で金の無いのに気づき、無一文で都市に入ったところでしょうがないと思ったか、一切都市には寄らず、縄文の先達もかくやという狩猟採集生活を送りながら西を目指し、はや一週間ほどたった。

 既にその風体は性懲りもなく浮浪者に近づきつつあり、金の有る無しに関わらず、都市に入ることは躊躇われるだろう。


――いや、金はひとまず置いておこう。今は水が飲みたい。この森もいつか途切れるはずだ、その前に水と食料を補給しておかねば。


 遂に文明も社会も捨て置いて、本能のままに空腹を満たさんとする三郎太は森の中に足を踏み入れていった。



「ええい、まったく。やかましい草木だ」


 三郎太が進むたびに鬱蒼とした森の草木が肌に触れてくる。暑さと空腹で苛立っている三郎太にとっては煩わしいことこの上ない。三郎太はそのいちいちを斬り捨てたく思いながら先を進む。

 しばらくして遠目に湖が見えた。それなりに大きい。


「湖か、ならば魚も……!」


 三郎太は嬉々として湖に駆け寄り、足元が濡れるのも構わずに、その水を顔に浴び、思うがままに飲んだ。


「実に生き返る心地、冥加な」


――なかなか住み心地のよさそうな湖だ。魚の類もいるだろう。辺りの枝で竿を作って釣ろう。この湿った草木では火が起こせぬかもしれんが……。いや、生で食っても差し支えあるまい。


 三郎太が大して経験もない釣りに、餌も持たずに自信満々に挑もうとしたその時。三郎太は湖の底から迫る殺気を感じた。


「ん……? 魚影が……っ! 南無三!」


 三郎太は慌てて後ろに飛び退く、さっきまで三郎太がいた場所は湖から飛び出した魔獣の口により無残にえぐられていた。


「化け鰻め……」


 飛び出してきたのは胴の太さが2mはあろうかという鰻に似た魔獣。体の半分を陸にあげて、三郎太を見下ろしている。


「辛抱たまらず食われに出てきたな! 化け鰻め、望み通りに捌いてくれる!」


 辛抱たまらないのは三郎太の方である。空腹のあまりに正常な判断ができず、湖の主たる魔獣に単身挑むとはあまりに無謀であった。

 結局この体格差では三郎太の方から仕掛けることはできず、睨むほかない。

 魔獣の方も気配を感じて出てきたものの、大してうまくなさそうな薄汚れた人間がいるだけで、面白くない。二進も三進も行かなくなり、無謀にも自分に挑む人間に哀れみすら含んだ視線を向けている。

 そのまま互いにしばらく見つめあう。いい加減体が乾いてきたから終わりにしようかと魔獣が思い始めた時。


「あらよっと!」


 突如として魔獣の真上から剣が降り注いだ。何本かが魔獣に突き刺さり、驚いた魔獣は身を翻して湖の中に帰っていった。


「なっ!? お主は……」

「久しぶりってほどでもない気がするけど久しぶり! サブロー!」



「何故お主がここにいる」

「何故って言われたって……。俺の勝手じゃん」


 一旦森を出たあと、並んで歩く三郎太と蚩尤。三郎太は蚩尤が持っていた干し肉や果物を一切遠慮することなく食らいながら言う。


「今迄何をしていた」

「何ねぇ……。息をしていた、食べていた~……冗談だって!」


 三郎太が刀の柄に手をかけたので、慌てて訂正する蚩尤。


「まったくもう、あぁ、崑崙には行ったよ」

「崑崙に? よくもそんなことができたな。どの面を下げて」

「サブローが言ったんじゃん。崑崙を守れって」


――言ったは言ったがまさか誓いの全てに素直に従うとは……


「それで、ちょっとだけ滞在して謝って、仲直りして、それからサブローを追ってきた」

「俺を? 何故だ」

「まぁいろいろとね。俺も世界中を見て回りたいし、せっかくだからついて行った方が面白いかと思ってね」

「いろいろと、とは何だ、それにお主と俺はだな――」

「はいはい、いいからいいから。そんなことよりサブロー、大変なことをしたみたいだね」

「大変なことだと」


――今やっていることと言えば、果物を齧っていることくらいであるから……毒か!


「っ! やってくれたな!」


 ぺっぺっと果物の残骸を吐き出しながら三郎太は怒鳴るが、蚩尤は「何をやっているんだこいつは」と言いたげな顔である。


「何やってんのサブロー。大変なことって一つしかないでしょ。あの巫女達だよ」

「……」


 ギクリと固まる三郎太。事実、あの四人のことは崑崙を出て以来悔やんでも悔いきれなかった。

 いくら何でもあれは無かった。あまりに無礼、あまりに無法。最近は落ち着いてきたが、三郎太は崑崙を出てから数日、ずっと後悔し続けていた。

 温厚な三郎太の長兄といえども、三郎太のしたことを聞けば助走をつけて三郎太を殴り飛ばすであろう。


「そうか、大変なことになったか……そうであろうな……」

「あの女、えーっと……スミレだ、そうスミレ。髪の毛逆立ってた」

「そうか……」

「黒髪の……あっ、アザミだアザミ、あれは表情が消えてたね、しかもなんか新しい剣を研いでいたし」

「うむ……」

「それで、赤い髪の女は泣いてたね。うん、泣いてた。こっそりと、廊下でね、夜中に」

「……」


――あぁそうか、きっと俺の首は崑崙に埋まるであろうな、いや、きっとそう簡単には死なせてくれまい。鋸引きか、磔か、逃げて切腹などしてはむしろ武士らしくないだろう。この身を引き渡すときになれば大人しく罪に服そう……。


 三郎太は遠く空を見上げて死に場所を悟った。


「まぁなんにせよ、俺は崑崙に許しをもらったし、好きなようにサブローについてくから、よろしく」


 あっけらかんと言い放つ蚩尤を見て、こやつは気楽なものだな。と、三郎太は思った。


「まぁよい。しかし、よく崑崙に許しがもらえたな。お主は例の魔人……『炎』なのだろう」

「そうだよ。でも炎って呼ばれるのは好きじゃないし、普通に蚩尤って読んでよ。崑崙のことはね、まぁ盗みも未遂だし? 人も死んでないし?」

「そんなものか……。しかし、音に聞く炎が盗みとは、やることが小さいな。逆安珍しかり、神剣しかり」

「ふん、サブローは炎がどういう存在か知らないからそんなことが言えるんだよ。今だって確かに俺は『炎』だけど、あくまで今は蚩尤なの」

「うーむ……」


 ――あの日に言っていた事から判断すると、戦いの中の凶暴さが炎の一端だと考えれば良いか。


 一瞬、蚩尤のわけのわからない説明に頭をひねる三郎太だったが、自分なりに適当な答え導き出して納得した。


「剣を盗んだのは趣味だから。俺、気に入った武器は盗んで適当なところに隠してあんだよね」

「自慢げに言う事ではない」


 にしし、と笑う蚩尤に釘を刺す三郎太。


「まぁ良い。そういえば、お主は確か剣を自在に作り出していたな。あれはなんだ」

「あぁ、あれ。自在にっていうか、鉱物とか金属とかあれば適当にギュッとやって作れるよ」


――ギュッとねぇ……。


「……あの暴風雨はどうやった」

「暴風雨になれ~って念じるとああなる」


 三郎太はスミレの言っていた、「魔人はよくわかんない」の言葉を思い出す。

 魔人とは理屈では無く感覚で生きているのだろう。


「理屈ではないのだな……」

「そうそう、リクツではないの」


 三郎太は呆れたといった視線を蚩尤に浴びせる。


――魔人はよくわからんな……。


 三郎太は無理やり己を納得させると歩きだした。

 蚩尤はその背中についていった。



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