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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第二章 神を捜すは山海の地
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異タクロク

「へぇ~、間抜けのサブローじゃんか。久しぶり」

「ここで会ったが百年目! その手のものを返してもらおうか!」

「嫌だね、ハイ終わり。俺はもうサブローに用はないんだけど」

「その手に用がある!」


 三郎太はふっと力を抜き、勢いで前に出る蚩尤の横に回り一閃。ギリギリで躱した蚩尤は飛び退いて距離をとる。


「逃がさん!」


 三郎太は素早く追撃し暴風雨の中に消えた。


「さ、三郎太さん……か」

「えぇ……」


――まさか、三郎太さんが追っていた盗人が炎……? でもあれはただの賊ではなく、魔人炎。人が一人で相手して勝てる相手では……。


「アザミ、体は大丈夫?」

「あぁ、なんとか。三郎太さんのおかげで」

「よかった。急いで三郎太さんを追いましょう。炎は一人でどうにかできる相手じゃないわ」

「もちろん。なぁ、クヌギの剣借りてもいいか?」

「えぇ、良いわよ。私じゃあまり使えないから」


 剣を渡し、二人で三郎太と蚩尤を追いかける。


――三郎太さんにもしものことがあったら。


 かつてないほどの嫌な予感と焦燥感がクヌギを襲った。



「あぁもう! なんだこいつ!」

「チッ!」


 先ほどまでの優勢とは打って変わって、蚩尤からは余裕が消えていた。


「邪魔をすんなよ! サブロー!」

「だまらっしゃい!」


 先ほどから蚩尤は防戦一方であった。自分のフィールド、狭い範囲の暴風雨の中で戦おうとしているのが間違いなのかもしれない。

 蚩尤がどんなに退いても、三郎太は必ず追随して猛攻を浴びせてきた。

 三郎太の調子はすこぶる良い。二日酔いも病み上がりも全く気にならない。兼定がかつてないほどよく手に馴染む。内心は怒りで一杯なのに驚くほど冷静に相手の動きが見える。

 それは当たり前と言えば当たり前であった。心から忠と信で結ばれた主従に敵うものはないのだ。


 一方の蚩尤は、


「なんなんだこいつ!」


 この場合の「こいつ」は三郎太ではなく逆安珍を指す。


「ご主人様には逆らえないってことか!? 色気を出すなよ、剣如きが!」


 いくら三郎太と兼定の猛攻があったとしても、今までの逆安珍が顔をのぞかせれば、数合の内に兼定を砕くことができるはずなのだ。


――クソっ! 剣が重たい、体がうまく動かない、腕に力が入らない!


 蚩尤の焦りは限界に来た。


「あぁいいぜ、だったらお前なんて必要ないね!」


 蚩尤は一端、木に跳び登って三郎太の追撃から逃れると、逆安珍を神社のある山から、麓の集落に向けて投げつけようとした。しかし、


「えっ? あれっ!?」


 風か雨かのいたずらか、それとも逆安珍の意思か、蚩尤の手から滑った逆安珍はそのまま三郎太のもとに飛んで行った。

 そのまま突き刺され! そう蚩尤は思ったが、残念ながら逆安珍は丁寧に主人の前に自分の柄を差し出した。


「殊勝なことだな盗人め! だがまだ鞘が帰ってきておらぬぞ!」


 逆安珍の感触を確かめると、兼定にねぎらいの念を送って鞘に納める。


「あ、あれ? 三郎ちゃん!?」

「むっ、スミレ! そこにいたか! 無事か!」

「えへへ、ちょっと足をね……。そうだ! たぶんあの木の下にマツリちゃんが……」

「……任せよ」


 三郎太は暴風雨のせいで全くスミレに気が付かなかったが、戦っているうちに、すぐそばまで来ていたのだった。

 逆安珍を構え、羽織を暴風雨の好きなようにはためかせる三郎太の姿は、スミレが思わず見惚れるほどに、格好がつきすぎていた。


「クソ! クソ! クソ! 全くもう、計画が台無しなんだよサブロー! 間抜けの癖にさぁ!」


 蚩尤は再び地面を撫でて剣を作りだし、三郎太に襲い掛かる。

 三郎太は一撃目を体をそらして躱し、二撃目はわずかに刃を当てて受け流す。そして三撃目には三郎太の方から合わせて打ち込んだ。


「そんなっ……!」

「神妙にいたせ!」


 容易く蚩尤の剣は砕けた。

 三郎太は横目でちらりと、スミレに教えられた木の方を見て、気絶して木に寄りかかるマツリを確認した。

 そんな三郎太を見た蚩尤は、先ほどから三郎太に劣勢を強いられていること、そしておそらく蚩尤の個人的な思い、戦いを早く終わらせたいという理由から冷静な判断を失い、三郎太に少しでも有利になれるように、外道の手段を採った。


「へぇ〜、そっちが大事か! ならよ!」

「なっ、貴様っ!」


 蚩尤は剣を作りながらマツリのもとへと駆けだした。三郎太も負けじとそれを追った。


「ハっ! これでどうだ!」


 気絶したマツリの前に立った蚩尤が腕を引いた。


「させぬ!」

 

 まさに今、蚩尤がマツリに剣を突き立てようとしている最中、三郎太はマツリと蚩尤の間に割って入った。


「ぐっ!……ぬぅ……」


 三郎太の腹部に、蚩尤の剣が深々と突き刺さった。剣先は背を破り、羽織を浮かせていた。

 誰が見てもわかる、致命傷であった。


「えっ……」


 一瞬、気の抜けた声を蚩尤は漏らした。

 そしてすぐに口元を引き攣らせ、乾いた笑いを漏らした。


「は、ハハッ! やっぱ間抜けだ……出てくるほうが悪い……」


 蚩尤はマツリも三郎太も殺すつもりは無かった。ちょっと傷つけて、冷静さを失わせれば勝てると思ってやったのだった。

 殺すつもりがないというのは、別に蚩尤に不殺の誓いがあるからではない。

 記憶が蚩尤に語り掛けるのだ。崑崙勢との闘い、そして、炎としての力の一端を解放したときからその声は段々と大きくなっている。


――そうだ! 血に狂え! 戦いに喜べ! お前は炎となれ! 天下を揺るがす炎となれ! 我等のように!


 蚩尤は、このまま三郎太の腹を切り裂き、血を浴びれば、欲望に身を任せれば、果てしなく気持ちが良いだろうと確信した。

 同時に、それをしてしまったら最後、もう自分は戻ることはできなくなる。先代達と同じ運命を辿る事になる、というのも確信できた。


 蚩尤が葛藤しているあいだ、三郎太は己の腹に突き刺さった剣を見て、不思議と冷静に思いを巡らしていた。


――ふむ、まず助からんな。しかし……。


 三郎太は顔を上げて蚩尤を睨みつけた。


 ――しかし、死に際のもう一働き。新田小太郎に出来て、大野道犬斎に出来て、この三郎太に出来ないはずがない!!!


「むん!」

「ひっ……」


 三郎太は目を見開いて口を引き結び、鬼のような形相になると、左の腕で、突き出された蚩尤の右手首を万力のような力で掴んだ。

 その瞬間に、さっきまで蚩尤の中で相克していた葛藤が、一方の敗北に終わった。負けたのは記憶の声だった。

 角が無くなり、顔の右半分を覆っていた鉄の仮面がぼろぼろと崩れる。体の所々の防具、突き刺した剣も同様だった。

 そして、暴風雨も急速に収まり、霧は晴れ、傾きつつある日が差し込んだ。


「三郎太さん!」

「そんな……」

「いや、嫌だよぉ……三郎ちゃん……」

「え、嫌、なんで……」


 露わになった三郎太の姿はこの場の全ての人の視線を集めた。

 一見見事な立ち往生。勿論三郎太はまだ生きていた。

 そして良いのか悪いのか、とびかかってきた三郎太の血のせいでマツリは意識を取り戻してしまっていた。

 四人の受けた衝撃は計り知れない。駆け寄りたいと思っても、その異様な光景を前に、足は一歩も前へと進まなかった。


「フーッ……」

「う、うああ……」


 ゆっくりではあるが、三郎太は片手で逆安珍を持ち上げた。蚩尤は、手を握られたまま腰が抜けたのか、その場に座り込んでしまった。


 蚩尤は、血に濡れ、内臓がはみ出して瀕死になってもなお闘志が萎えるどころか、鋭さを増す三郎太の姿に、己の将来を、己の運命を見た。そして恐怖した。


――俺もいつかこんな風になって死ぬのか。いや違う、俺は今ここで殺されるんだ。


 相反する事態ではあるが恐怖の源であることに変わらない。

 鼻息を荒く、猛全と気迫を垂れ流しにしたまま三郎太は、刃を蚩尤の首にあてた。

 しかしそこで、今にも泣きだしそうに怯えた幼い少年の顔を見て、不思議と闘志の萎えるのを感じた。


――うーむ、どうしたものか。この悪太郎が哀れで仕方がない。


 これはただ一人三郎太が甘い訳ではない。かの勇者、熊谷次郎も平家の若武者の姿に涙したのだ。

 三郎太が彼に近い心情を抱いたとしても不思議ではなかった。しかし、三郎太は次郎と異なり子はいない。ゆえに将来、法力に頼むようになる心配はないだろう。

 それにそもそも、三郎太は怯えた顔の少年の首に刃を当てて、さぁこれからじっくり刃を埋めてやろう。などという外道ではなかった。


――こやつを道連れにしても地獄で何も誇れぬし、俺は一人旅の方が好きであるし……。


「おい!」

「な、なに……?」

「金輪際、崑崙に迷惑をかけるな」

「え……」

「おぬしの命ある限り、崑崙の危機に際しては崑崙を救え。誓えるか」

「えっ、ええっ!?」

「誓え!」

「は、はい! 誓う! 誓うからぁっ!」


 一瞬穏やかになった三郎太の様子を見て気が緩んだ蚩尤も、次の瞬間気迫を浴びせられて涙目になった。


「そうか、あとはな……」


――あとは……、あとは……そうか、


「うむ、悪さ、特に盗みは大概にしておけ」

「……うん」

「よし、では行けい!」

「わわっ……」


 手を解き放たれた蚩尤だが、恐怖のせいかどうにも体がうまく動かないようで、数回地面で手足をばたつかせた後、ようやく足が大地を捕えて、何処ぞへと駆けていった。


「うむ……」


 糸が切れたようにどっかりと座り込む三郎太。そこに四人が駆け集まった。


「三郎太さん、動かないで。 今手当します! 大丈夫! 大丈夫ですからね!」


――そうだな、いや、あまり無理はしなくてよい。


「三郎太さん! ダメだぞ! 目はしっかり開けるんだ! ほら、私の顔を見てろ!」


――そうだ、おぬしには兼定について恩がある。兼定もおぬしになら気を許すだろうし、譲ってやろう。


「やだよぅ……! 三郎ちゃん! 三郎ちゃん! ねぇ三郎ちゃん!」


――相変わらずうるさい奴め、騒がしすぎてむしろおぬしの声で落ち着くようになってしまったわ。


「ちょっと、勝手にくたばんないでよ! ダメよ、絶対許さないわよ! 外に出て、故郷を探すんでしょ! それでここに帰ってくるんでしょ!」


――それでは故郷が見つからぬ前提ではないか、縁起でもない。


 三郎太は会話をしているつもりだが、声は全く出ていない。三郎太はすでに夢うつつのなかにいた。


「……どきな」

「あっ、マキさん……」


 マキと呼ばれた女性、見れば蚩尤に直刀を突き立てた元巫女であった。

 マキは紫の髪を一つに纏めながら三郎太の治療に入った。


「お前ら手伝え……何とかしてやる」


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