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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
漂泊篇:第一章 病愛包めぬ俗の町
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剣闘大会

「そこを何とか頼むよ! その槍は飾りか!? 違うだろ!? 男を見せてくれよぉ!」

「馬鹿言わないで下さい、私がいなくなったら誰が門番やるんですか。そもそも私は役人側です! 組合側に立てるわけがないじゃないですか」


 森を抜けた三郎太が町に近づくと毛むくじゃらの男と、人のよさそうな青年が何やら言い争っているのが見えた。

 早くに人に会えたのは僥倖だ。幸いに聞こえる言葉は日本のそれに間違いない、何が起きているのか、状況把握のために三郎太は二人に向かって近づいた。


「クソが! 腰抜け! 給金下がっちまえ!」

「はいはい勝手に言っててください……ってあなたは?」


 男の一人、槍を持った青年が近づいてきた三郎太に気がついた。

 男たちは見慣れない三郎太の格好を不思議そうに見ている。

 三郎太もまた男たちの姿を見て顔をしかめた。


――む、異人か。なぜこんなところに……。

 

 見たところ男たちは異人であるが日本語が実に達者である。港ならともかくこんな場所で何故。と三郎太は思いながらも、会話を切り出すためにはまず名乗ろうかと考えた。


「拙者は――」

「おい、あんたその腰のそれ! 武器だろう! 見たところあんた相当やり手の風格だ、ちょっと話を聞いていけ!」


 三郎太の腰の刀を目にした毛むくじゃらの男は突然大声を上げると、三郎太の名乗りを遮って近づいてきた。


「や、拙者も尋ねたいことが――」


 三郎太の抵抗も虚しく男は口角に泡を飛ばして話を始めた。


「後でいくらでも聞いてやるから、今は黙って俺の話を聞いてくれ! いいか、今広場で剣闘大会が開かれている。組合側と役人側に分かれてな。組合が勝てば減税だ。それで途中まで俺たち組合が勝ってたんだよ! 10人の勝ち抜き戦で、こっちは3人やられたが向こうは9人失った! もう勝ったと思ったらよ! 役人の最後っ屁、去年赴任してきた教会の女がバカみたいに強いんだ。そりゃそうだ、聖剣持ちの聖女に勝てるかよ! 無理だぜ!」

「ちょ、ちょっと待て――」


 此方の都合などお構いなしに、毛むくじゃらの男は一気にまくしたてる。三郎太が話を遮ろうとしても止まらない。


「こっちの切札、10人目のランスは母が倒れたとか言って実家に帰りやがった! 死ね! 9人目の鍛冶屋のガンが今必死に頑張ってるが、そろそろ限界だ。というわけだからあんたに10人目として戦ってもらいてぇんだ! 武器は真剣でもいいが殺しちゃいけねぇ、審判がいてそいつが勝ち負け判断するからな! よし頼んだ! 行くぞついてこい!」


――人の話も碌に聞かずに、べらべらとおしゃべりな奴! 


 要領を得ているようなそうでないような話を一気に吐き出したあと、返事も聞かずに連れて行こうとする男に三郎太は不快感を覚えた。しかし、


「……うむ。わかった助太刀しよう」

 

 一拍おいて、話の要点をかいつまんで理解してみると頼みを聞いても良いかという気になった。

 三郎太は江戸にて北辰一刀流を修めた手練れであり腕には自信があったし、何より女相手に引けを取る男たちを情けなく思い、手助けしてやろうと思ったのだった。それに、これを機に町に入り、この男達に恩を売ることができれば、この見慣れぬ地域から抜け出すのに役立つだろう。


「どうなっても知りませんからね」


 青年は怪訝な顔をしつつも、三郎太を町の中に入れた。



 町の中に入ると、やはりここが日本とかけ離れていることに気付いた。

 外から見た通りにあまり大きな町ではないらしく、石でできた、うわさに聞く西洋風の家が立ち並ぶ大通りを抜けるとすぐに中央の広場に着いた。

 三郎太が広場に入ると、一段高くなった仮設の舞台の上で、今まさに大男の手から大剣が弾き飛ばされたところだった。


「勝負あり! 勝ちは聖女マリア!」


 大歓声の中、審判が修道服を着た長い金髪の女の方に旗を向ける。

 三郎太は大男を降した相手が比較的小柄な少女であることを見て怪訝に思った。女であることは聞いていたが、男たちが束になっても敵わない相手となれば必然的に豪傑の体格であると思い込んでいた。


――今しがた戦っていた大男は確か鍛冶屋と言っていたな、力負けすることなどあるまいに、技巧が及ばなかったか。にしても情けない!


 体格に優れぬ女からは、戦士の風格といったものも感じられない。常道に則して考えれば、鍛冶屋の大男が負けるはずがない。

 三郎太は不思議にこそ思ったが、それ以上に何か警戒するようなことはなかった。神通力の働きを除いて、古来より、女が男に武道の腕試しにおいて勝ったことなど無いのである。


「はぁ~……ほんと口ほどにもないわねアンタ達」

「うるせえ暴力女! 聖剣持ちが調子乗りやがってよお!」

「このあくじょ! ばいた!」

「意味わかってないでしょクソガキ!」

「何がとは言わんがお前が動いたってつまんねぇんだよ!」

「この貧乳!」

「誰よ今の! 望み通りブッ殺してあげるわよ!!」


 舞台の女――マリアと、舞台を囲む一角の組合側の男たちが言い争う。

 三郎太は仕様のない言い争いに耳を貸すようなこともなく、悠然として出番を待っている。


「まぁいいわ、早く10人目を出しなさい。ランスだったっけ」


 おいおいランスは逃げたんだろ……アンドレが代わりを見つけてくるって……どうするんだよ……。


 組合の男たちが戦士の不在にざわめきだした時、毛むくじゃらの男、アンドレが自信満々といった様子でざわめく群衆をかき分けて前に出た。

 組合の男達はアンドレの姿を確認して安心したような顔をし、続いて男の背後にいる三郎太の姿に期待の眼差しを向けた。


「お前の相手はランスでは無い……この男だァ!!!」


 アンドレが叫び三郎太を広場に導く。三郎太は軽く頭を下げて舞台の上へと上がった。

 舞台の上の三郎太はまったく表情を変えることなく立っているが、内心では、女ひとり相手にするのにこんなに期待を向けられるのも、これまで鍛え上げた剣技を馬鹿にされているように感じており、不快で仕方がなかった。茶番にもほどがある。そう考えていた。


「おうおう、なかなか強そうな兄ちゃんだ!」

「アンドレよくやった!」

「ハゲじゃねぇか!」

「へんなかっこう!」


 救世主の出現に男たちがヒートアップする。

 事実、三郎太の立ち居振る舞いは達人のそれであり、剣について無知な者でも、只者ではないことを看破できるだろう。


「ふーん、そう」


 しかし当の対戦相手、マリアは物怖じすることなく三郎太の向かい側に立った。

 むしろ、あまり見たことのない恰好をした男がいきなり現れたことの方を怪しんでいるようで、怖気付いた様子は無い。マリアもまた自分が勝つことを確信しているようだった。

 マリアが怪しみながらも聖剣を抜き。三郎太もそれを見て刀を抜いた。

 鮮やかな抜刀に、一々組合側から歓声が起こった。


「準備は良いな、双方構え!」


 審判が言い、マリアは白く輝く聖剣を、三郎太は二尺二寸の打刀を星眼に構える。


「始めぇ!」


 審判の合図と同時に飛び出して先に仕掛けたのは三郎太。踏み込んで一気に距離を詰め、振り下ろす。

 興の乗らない茶番を、一瞬で終わらせようという魂胆である。


「はやいっ!?」


 マリアは一瞬驚くが、しっかりと刀を受け流して後方に跳ぶ。

 そしてすぐに前に出て横薙ぎの一閃。三郎太も後ろに跳んでそれを躱した。


――すごい、隙がないわ。下手に切り込んだらやられそうね。まぁ最悪は……。


 正眼に構え、マリアから目を逸らさずに睨みつける三郎太の姿にマリアは素直に感心した。しかし当然、だからといって負けるとは思っていない。

 マリアが未だ余裕を崩さぬ一方、三郎太は悩んでいた。悩んでいると言っても負けそうだと思ったわけではない。


――真剣を使って殺すなというのは難しいぞ。剣を落とすしかないではないか。そのために構えを崩そうと打ち込んでも、それが当たってしまったらただではすまぬ。


 三郎太とて試合は何度も経験しているが、模擬試合の時は大概が木刀か竹刀であり、それでも相手を殺してしまうこともあったが、ある程度全力で挑んでも心配はなかった。

 今のように真剣を使う時は確実に相手を殺すつもりでやっていたから、殺してはいけないという制約は大きかった。


 しばらく互いに構えを崩さないまま時間が過ぎていく。

 まだ一合しか打ち合っていない、観客としては盛り上がらない試合だが、睨み合いの、その異様な雰囲気に飲まれてしまい不満を漏らす者はいない。


 次に仕掛けたのはマリアであった。三郎太はそれを受け流すと足元に軽い一閃、そしてすぐに刀を持ち上げると、足を引いて躱したマリアを鍔迫り合いに持ち込み、力任せに押し込む。


「くっ!」

 

 姿勢が崩れたマリアは慌てて後ろに跳び、再び仕切り直そうとした。

 しかしそれを見逃す三郎太ではない。渾身の一撃でマリアの剣を叩き落してやろうと、一気に踏み込んだ。しかしその時。


「ちっ! しょうがない! 『フウァルウィンド』!!」


 マリアが空いた左腕を横に振った瞬間、風の塊が三郎太の足元に向けて飛んでいく。


「なっ!」


 三郎太は驚きのあまり、思わず声が漏れ出た。突然目の前で起きた妖術、鬼術に目を見張る。

 慌てて足を引いて避けたものの、無理な動きに姿勢が崩れた。

 その隙を見逃さずマリアが踏み出す。


「力を見せなさい『白鱗(ビャクリン)』」


 聖剣の輝きが増し、恐ろしい速さの剣撃が下方から三郎太の刀を捉えた。

 高い音を響かせながら三郎太の刀が宙を舞い、広場の端の方の地面に静かに突き刺さる。


 三郎太の首元には聖剣『白鱗』、一瞬のことだった。


「し、勝負あり! 勝ちは聖女マリア!!!」

「よくやったマリア!」

「おい、汚ねえぞ! 魔法を使いやがった!」

「聖剣まで開放しやがったぜこいつはよ!」

「魔法も聖剣も禁止されていません~。悔しかったら習得してみなさいよ!」


 役人側から歓声が起こるが、組合側からは非難の声が挙がる。これまでの試合でマリアは魔法を使っていなかったため、観客の中には今回は魔法は使わないものと思い込んでいた者もいたようだ。

 しかしマリアは悪びれる様子もなく、平然としている。

 ルールに則っていることは確かなのだ。

 組合側もそれは百も承知で、口では文句を言うが、本当に不満に思っているものはいない。むしろ見ごたえのある戦いに満足していた。

 そのまま和やかな空気でお開きになろうかとしたそのとき。


「いやあああああ!」

「おい馬鹿! お前何やってる!」


 突然の女の悲鳴と慌てたような男の声。

 声の方に視線が集まる。

 そこでは、刀を拾いに行ったと思われていた三郎太が突き刺さった刀を前に、もう一本の刀、一尺九寸兼定の長脇差を脇腹に突き立てていた。


――女に負けた、女に負けた、剣において女に負けた! 慢心があった、油断があった。藩の恥、道場の恥、家の恥、武士の恥!

 

 歯を食いしばった必死の形相で、三郎太は刀身に移った己の顔を睨んだ。

 そして兼定を右から左に引き回した瞬間。三郎太は意識を失った。


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