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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第二章 神を捜すは山海の地
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蚩尤来々

 神社に到着した四人は祭りの日に奉納した直刀を回収し、各所に挨拶を終えた。今日やることはこれで終わりなので、これから市で買い物をして家に帰ろうというところだった。


「ごはんどうしよっか、二日酔いに効くものがいいよね」

「そうだなぁ……、昨日は重かったし、軽いものがいいだろうな」

「そうしましょう」

「お腹が空いて、不機嫌になってたりして」


 何処までも三郎太を第一に考える少女達なのであった。

 それは三郎太の知らない感情の賜物であるが、三郎太はもちろん気づく由もなかった。


「三郎太さん、いつまでここにいるんだろうな」

「さてね、私たちだって近いうちに外に出ることになるし……」

「あの、さ……」

「駄目よ、スミレ。気持ちはわかるけど、あの人の心に任せましょう」

「そうだね、うん。それが良いよね」


 四人は顔を見合わせてかすかに笑いあう。

 和やかで、穏やかで、幸福に満ちた空間、そこに似つかわしくない声が本殿の方から聞こえた。


「曲者!」


 四人もよく知る、本殿の警備を務める者の声だった。


「今のは!?」

「……ッ!」

「行くわよ!」


 四人は一瞬で巫女の、戦士の顔になり、半ばまで降りていた神社の階段を駆け上った。



「ぐっ……、う……」

「ちょっと気抜きすぎなんじゃないの、先代が出てきたのは一〇〇年くらい前でしょ」


 シユウは本殿の番人を峰の一撃で気絶させると、呆れながら言う。


「人間はほんとしょうがないな、まっ、そこが愛すべきところってね」


 シユウ悠々と本殿に上がりと、荒々しく扉を蹴破った。


「あったあった。いつみても禍々しいな〜、いや、人間はこれを神々しいっていうんだっけ、はは……」


 本殿の中には黄の神剣が布に包まれて鎮座していた。シユウがそれに近づいたその時。


「縛り上げなさい! 『ハクフ』!」

「へっ? てうおおおおおおおおお!!!」


 本殿から神剣を盗み出さんとしたシユウの足に光の尾が絡みつき、そのまま本殿から引きずり下ろした。

 シユウは階段にしたたかに顔を打ち付けたが、すぐに跳ね起きて光の尾を斬り離す。


「いたたたた……くそ、油断した……って! あぶねっ!」


 首を狙った斬撃、スミレの奇襲を素早い身のこなしで躱す。ぎりぎりの回避ではあるが態度は余裕そのものだった。


「今の躱されるとは思わなかったなぁ〜」

 

 いつもの天真爛漫な声色に、微かに怒気を含ませてスミレが呟く。

 やがて四人は本殿侵入の狼藉者を取り囲んだ。


「何者ですか、無許可の本殿への侵入。死罪にあたります」


 クヌギが睨みながら問い詰める。


「あっ、もしかして巫女かな。へぇ~、それなのに知らないんだ……じゃあ、仕方ないから教えてやろう!」


 シユウは人ならざる跳躍力で本殿の上に飛び乗った。


「どこに乗ってんのよ! そこから降りなさい糞ガキ!」

「すっごい身体能力だなぁ」


 下でがやがやとうるさい少女達を無視し、シユウはふんぞり返って高らかに宣言した。


「当代炎帝、蚩尤シユウ推参! 記憶と個人的な欲望に従い、神剣をいただきに来た!」


その名を聞いたクヌギの判断は早かった。


「ッ! アザミ!」

「もうやってる!」


 懐から煙玉を取り出し遠くに投げつけるアザミ。赤い煙が立ち上り、瞬間、村中から鐘が響き、続々と村人が各々の獲物を手に神社に集まりだした。


「おおっと、歓迎だね! いいぜ、ようやくこいつに相応しい奴と戦える!」


 まるで初めから自分のものであったかのように、蚩尤は逆安珍を掲げた。



「『セキフ』!」


 三郎太の時とは規模が違う、一度に五枚の符が蚩尤を襲う。


「ほいっと!」


 蚩尤は容易く炎の奔流を躱す。先ほどから、蚩尤は獣じみた動きで崑崙勢の攻撃を躱し続けていた。


――当代のエン、蚩尤……まさか、こんな時に現れるなんて、


 クヌギは驚いたが、決して焦ってはいなかった。予想していたよりも圧倒的な力を持っているわけでもなく、十分渡りえていた。


――これなら……。


「はっ!」

「せいっ!」


 アザミとマツリの連携攻撃、そこに周辺を囲む村人の放つ矢と礫が加わる。


「あぶねっ……えぇ!」

「そこッ!!」


 スミレの攻撃が遂に蚩尤をとらえた。

 腿を斬り裂かれた蚩尤は一端転がるが、腕の力だけで跳ね起き距離をとる。


「いてて……、まったくもう……。もう少し真剣にやるかな」

「やっぱ魔人だね」


 スミレは改めて確信した。かなり深く切り裂いたはずなのに、既に血は止まっている。


「ええ。みんな、気合を入れなさい」


 村人達も黙ってはいない、皆一騎当千の強者で、中には引退した巫女だって混ざっているのだ。


「そらぁ!」


 大男が大剣で切りかかる。


「おっ、ちょうどいい」


 蚩尤は今までのように躱すことはせず、逆安珍で大剣を受け止めた。細身であるにも関わらず、逆安珍はびくともしなかった。

 そのことに崑崙勢は少なからず衝撃を受けた。


「やっぱすっごいよ! お前!」


 思わず、逆安珍の実力に歓喜の声を上げる蚩尤だが、それが失敗だった。大剣を受け止めたことで立ち止まった、その隙は崑崙勢にとっては最大の好機。


「……貰った」

「ぐっ……!」


 元巫女の女性が直刀を持って突貫し、蚩尤の脇腹に深く直刀を差し込むと、それ抉りながら離脱する。大剣の大男もそれに続いて離れると、瞬間、矢、槍、礫、魔法が撃ち込まれた。


「これでどうかしら……」


村人に混ざって『セキフ』をしこたま撃ち込んだクヌギが呟いたその時。


「ぐっ!……」

「アザミ!」


 土煙の中から飛び出してきた何かにアザミが吹き飛ばされた。


「アザミ! 無事!?」

「あ、あぁ……」


 アザミは駆け寄ったマツリに抱えられて立ち上がった。見ると、攻撃を受け止めた直刀が真っ二つに折れていた。


「あ〜あ、まったくさ、大人しく神剣を渡しておけば、俺もお前たちも嫌な思いをせずに済むっていうのに……」


 ゆらりと、土煙の中から蚩尤は立ち上がった。しかしその姿は先ほどまでと違っていた。


「嫌だなぁ先代とかみたいになりたくないんだけどなぁ」


 頭からは角が生え、顔の右半分が鉄の仮面で覆われ、体の所々が、不統一に鉄の防具で覆われていた。

 そして、異常はそれにとどまらず、今度は蚩尤を中心に何やら靄が湧きはじめた。


「悪いけど、もう終わらせる」


 ぞっとするようなつぶやきに、巫女たちが素早く身構えた。


「『セイフ』! 『リョクフ』!」

「遅い」

「クヌギちゃん!」


 クヌギのもとに跳んで行く蚩尤の前に立ちはだかるスミレ。


「オラオラ!!!」

「くっ! えい!」


 四人の中でも、特に剣の天稟のあるのはスミレであった。怯むことなく蚩尤と互角に打ち合うが、しかし、


「邪魔なんだよ!」

「あぁっ!」


 全力で振られた逆安珍にスミレの直刀も容易く折られる。


「油断しない!」


 しかし、すぐにマツリが蚩尤に襲い掛かったため、スミレは九死に一生を得た。


「あぁ……、もう!」


 痺れを切らしたように、一旦距離を置いた蚩尤が地面を一撫ですると、不思議なことにその手に剣が握られていた。


「そこで止まってろ!」

「うっ……!」


 蚩尤が投げつけた剣はスミレの足に突き刺さる。


「お前も!」

「きゃあッ!」


 マツリは蚩尤の体当たりを受け吹き飛ばされ、木に全身をしたたかに打ち付け気絶した。

 いよいよ靄は濃くなり、遂に暴風雨が起こり始めた。


――これは一体何!?


 クヌギはさすがに焦り始めた。

 この霧のせいで周辺を囲んでいた村人達は、同士討ちの危険から身動きが取れなくなっていた。

 四人もすでにお互いの位置関係を見失いつつあり、蚩尤が今どこにいるかもわかっていない。

 まるで空間ごと雲の中に放り込まれたような状況の中、魔人の持つ超常的な力に、この場の誰もが恐怖した。


――そうだ! 彼の狙いは神剣!


 思い当たったクヌギが慌てて本殿の前に行くと、そこではアザミが蚩尤と対峙していた。


「この先には、行かせない!」

「……その剣で何ができるの?」


 折れた剣を構えるアザミ。アザミは、スミレとは異なり、努力で剣術を大成させていた。

 しかし、先ほどの攻撃で傷ついた頭から流れる血で、左目は空いていない。勝負になるわけがなかった。


「あのさぁ、俺も時間がないんだよ、邪魔をするなら……」


 蚩尤は、逆安珍を振り上げた。

 触れる雨も両断するような、無機質な妖刀が煌めいた。


「アザミ! どきなさい! 今のあなたでは……」


 符を取り出すクヌギだが、あまりに強烈な暴風雨のせいで、あっという間に符がぼろぼろになり何もできない。


「望み通りにしてやるよ!」


 アザミに斬りかかる蚩尤に、クヌギは思わず目を背けてしまった。

 しかし、聞こえてきたのは剣と剣が打ち合う鋭い音だった。

 まさか、アザミが折れた剣で応戦できたとも思えない。

 クヌギは顔を上げて、目の前のソレを見て取り、


 「えっ……」

 

 呆然と声を上げた。

 ソレは突然の闖入者だった。アザミもまた、ソレを見て驚愕の表情を浮かべた。

 その視線の先には、


「何をしておる……盗人!!!」


 逆安珍を受け止める、三郎太がいた。


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