蚩尤来々
神社に到着した四人は祭りの日に奉納した直刀を回収し、各所に挨拶を終えた。今日やることはこれで終わりなので、これから市で買い物をして家に帰ろうというところだった。
「ごはんどうしよっか、二日酔いに効くものがいいよね」
「そうだなぁ……、昨日は重かったし、軽いものがいいだろうな」
「そうしましょう」
「お腹が空いて、不機嫌になってたりして」
何処までも三郎太を第一に考える少女達なのであった。
それは三郎太の知らない感情の賜物であるが、三郎太はもちろん気づく由もなかった。
「三郎太さん、いつまでここにいるんだろうな」
「さてね、私たちだって近いうちに外に出ることになるし……」
「あの、さ……」
「駄目よ、スミレ。気持ちはわかるけど、あの人の心に任せましょう」
「そうだね、うん。それが良いよね」
四人は顔を見合わせてかすかに笑いあう。
和やかで、穏やかで、幸福に満ちた空間、そこに似つかわしくない声が本殿の方から聞こえた。
「曲者!」
四人もよく知る、本殿の警備を務める者の声だった。
「今のは!?」
「……ッ!」
「行くわよ!」
四人は一瞬で巫女の、戦士の顔になり、半ばまで降りていた神社の階段を駆け上った。
◆
「ぐっ……、う……」
「ちょっと気抜きすぎなんじゃないの、先代が出てきたのは一〇〇年くらい前でしょ」
シユウは本殿の番人を峰の一撃で気絶させると、呆れながら言う。
「人間はほんとしょうがないな、まっ、そこが愛すべきところってね」
シユウ悠々と本殿に上がりと、荒々しく扉を蹴破った。
「あったあった。いつみても禍々しいな〜、いや、人間はこれを神々しいっていうんだっけ、はは……」
本殿の中には黄の神剣が布に包まれて鎮座していた。シユウがそれに近づいたその時。
「縛り上げなさい! 『ハクフ』!」
「へっ? てうおおおおおおおおお!!!」
本殿から神剣を盗み出さんとしたシユウの足に光の尾が絡みつき、そのまま本殿から引きずり下ろした。
シユウは階段にしたたかに顔を打ち付けたが、すぐに跳ね起きて光の尾を斬り離す。
「いたたたた……くそ、油断した……って! あぶねっ!」
首を狙った斬撃、スミレの奇襲を素早い身のこなしで躱す。ぎりぎりの回避ではあるが態度は余裕そのものだった。
「今の躱されるとは思わなかったなぁ〜」
いつもの天真爛漫な声色に、微かに怒気を含ませてスミレが呟く。
やがて四人は本殿侵入の狼藉者を取り囲んだ。
「何者ですか、無許可の本殿への侵入。死罪にあたります」
クヌギが睨みながら問い詰める。
「あっ、もしかして巫女かな。へぇ~、それなのに知らないんだ……じゃあ、仕方ないから教えてやろう!」
シユウは人ならざる跳躍力で本殿の上に飛び乗った。
「どこに乗ってんのよ! そこから降りなさい糞ガキ!」
「すっごい身体能力だなぁ」
下でがやがやとうるさい少女達を無視し、シユウはふんぞり返って高らかに宣言した。
「当代炎帝、蚩尤推参! 記憶と個人的な欲望に従い、神剣をいただきに来た!」
その名を聞いたクヌギの判断は早かった。
「ッ! アザミ!」
「もうやってる!」
懐から煙玉を取り出し遠くに投げつけるアザミ。赤い煙が立ち上り、瞬間、村中から鐘が響き、続々と村人が各々の獲物を手に神社に集まりだした。
「おおっと、歓迎だね! いいぜ、ようやくこいつに相応しい奴と戦える!」
まるで初めから自分のものであったかのように、蚩尤は逆安珍を掲げた。
◆
「『セキフ』!」
三郎太の時とは規模が違う、一度に五枚の符が蚩尤を襲う。
「ほいっと!」
蚩尤は容易く炎の奔流を躱す。先ほどから、蚩尤は獣じみた動きで崑崙勢の攻撃を躱し続けていた。
――当代の炎、蚩尤……まさか、こんな時に現れるなんて、
クヌギは驚いたが、決して焦ってはいなかった。予想していたよりも圧倒的な力を持っているわけでもなく、十分渡りえていた。
――これなら……。
「はっ!」
「せいっ!」
アザミとマツリの連携攻撃、そこに周辺を囲む村人の放つ矢と礫が加わる。
「あぶねっ……えぇ!」
「そこッ!!」
スミレの攻撃が遂に蚩尤をとらえた。
腿を斬り裂かれた蚩尤は一端転がるが、腕の力だけで跳ね起き距離をとる。
「いてて……、まったくもう……。もう少し真剣にやるかな」
「やっぱ魔人だね」
スミレは改めて確信した。かなり深く切り裂いたはずなのに、既に血は止まっている。
「ええ。みんな、気合を入れなさい」
村人達も黙ってはいない、皆一騎当千の強者で、中には引退した巫女だって混ざっているのだ。
「そらぁ!」
大男が大剣で切りかかる。
「おっ、ちょうどいい」
蚩尤は今までのように躱すことはせず、逆安珍で大剣を受け止めた。細身であるにも関わらず、逆安珍はびくともしなかった。
そのことに崑崙勢は少なからず衝撃を受けた。
「やっぱすっごいよ! お前!」
思わず、逆安珍の実力に歓喜の声を上げる蚩尤だが、それが失敗だった。大剣を受け止めたことで立ち止まった、その隙は崑崙勢にとっては最大の好機。
「……貰った」
「ぐっ……!」
元巫女の女性が直刀を持って突貫し、蚩尤の脇腹に深く直刀を差し込むと、それ抉りながら離脱する。大剣の大男もそれに続いて離れると、瞬間、矢、槍、礫、魔法が撃ち込まれた。
「これでどうかしら……」
村人に混ざって『セキフ』をしこたま撃ち込んだクヌギが呟いたその時。
「ぐっ!……」
「アザミ!」
土煙の中から飛び出してきた何かにアザミが吹き飛ばされた。
「アザミ! 無事!?」
「あ、あぁ……」
アザミは駆け寄ったマツリに抱えられて立ち上がった。見ると、攻撃を受け止めた直刀が真っ二つに折れていた。
「あ〜あ、まったくさ、大人しく神剣を渡しておけば、俺もお前たちも嫌な思いをせずに済むっていうのに……」
ゆらりと、土煙の中から蚩尤は立ち上がった。しかしその姿は先ほどまでと違っていた。
「嫌だなぁ先代とかみたいになりたくないんだけどなぁ」
頭からは角が生え、顔の右半分が鉄の仮面で覆われ、体の所々が、不統一に鉄の防具で覆われていた。
そして、異常はそれにとどまらず、今度は蚩尤を中心に何やら靄が湧きはじめた。
「悪いけど、もう終わらせる」
ぞっとするようなつぶやきに、巫女たちが素早く身構えた。
「『セイフ』! 『リョクフ』!」
「遅い」
「クヌギちゃん!」
クヌギのもとに跳んで行く蚩尤の前に立ちはだかるスミレ。
「オラオラ!!!」
「くっ! えい!」
四人の中でも、特に剣の天稟のあるのはスミレであった。怯むことなく蚩尤と互角に打ち合うが、しかし、
「邪魔なんだよ!」
「あぁっ!」
全力で振られた逆安珍にスミレの直刀も容易く折られる。
「油断しない!」
しかし、すぐにマツリが蚩尤に襲い掛かったため、スミレは九死に一生を得た。
「あぁ……、もう!」
痺れを切らしたように、一旦距離を置いた蚩尤が地面を一撫ですると、不思議なことにその手に剣が握られていた。
「そこで止まってろ!」
「うっ……!」
蚩尤が投げつけた剣はスミレの足に突き刺さる。
「お前も!」
「きゃあッ!」
マツリは蚩尤の体当たりを受け吹き飛ばされ、木に全身をしたたかに打ち付け気絶した。
いよいよ靄は濃くなり、遂に暴風雨が起こり始めた。
――これは一体何!?
クヌギはさすがに焦り始めた。
この霧のせいで周辺を囲んでいた村人達は、同士討ちの危険から身動きが取れなくなっていた。
四人もすでにお互いの位置関係を見失いつつあり、蚩尤が今どこにいるかもわかっていない。
まるで空間ごと雲の中に放り込まれたような状況の中、魔人の持つ超常的な力に、この場の誰もが恐怖した。
――そうだ! 彼の狙いは神剣!
思い当たったクヌギが慌てて本殿の前に行くと、そこではアザミが蚩尤と対峙していた。
「この先には、行かせない!」
「……その剣で何ができるの?」
折れた剣を構えるアザミ。アザミは、スミレとは異なり、努力で剣術を大成させていた。
しかし、先ほどの攻撃で傷ついた頭から流れる血で、左目は空いていない。勝負になるわけがなかった。
「あのさぁ、俺も時間がないんだよ、邪魔をするなら……」
蚩尤は、逆安珍を振り上げた。
触れる雨も両断するような、無機質な妖刀が煌めいた。
「アザミ! どきなさい! 今のあなたでは……」
符を取り出すクヌギだが、あまりに強烈な暴風雨のせいで、あっという間に符がぼろぼろになり何もできない。
「望み通りにしてやるよ!」
アザミに斬りかかる蚩尤に、クヌギは思わず目を背けてしまった。
しかし、聞こえてきたのは剣と剣が打ち合う鋭い音だった。
まさか、アザミが折れた剣で応戦できたとも思えない。
クヌギは顔を上げて、目の前のソレを見て取り、
「えっ……」
呆然と声を上げた。
ソレは突然の闖入者だった。アザミもまた、ソレを見て驚愕の表情を浮かべた。
その視線の先には、
「何をしておる……盗人!!!」
逆安珍を受け止める、三郎太がいた。




