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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第二章 神を捜すは山海の地
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奴が来た

「む……むむ」


 宴会の、三郎太が心の堰を解き放った夜の翌朝。三郎太は激しい頭痛と共に目覚めた。


――日を見るにもう昼に近いな。ええい、二日酔いとは情けない。


 なんとか布団から身を起こすと気がついた。


――はて、昨日俺はいつ布団に入ったのだろうか。昨晩の記憶が無い。そこまで飲んでしまったか、なお情けない。


 外の空気を浴びようと襖を開けると、四人が集落の方へ降りようとしているところだった。


「あっ、おそよう! 三郎太さん。よく眠れたか!」

「もぅ~仕方ないなぁ~三郎ちゃんは~」

「また寝坊助ね、まぁ仕方ないけど」


 四人の顔を見た瞬間、三郎太は何故だかこの四人には頭が上がらないような気分になった。原因は一切わからない。なんだか弱みを握られているような気がした。


「おはようございます、三郎太さん。気分はいかがですか? 二日酔いなどされてないですか?」

「いや、そんなことはない」


 二日酔いだなんて言おうものなら、間違いなく誰かが介抱すると言って残るだろう。そんな気がして嘘を付いた。


「そうですか、それはよかった。私達はちょっと神社の方に行ってきますが、今日はすぐに戻ってきます。お昼はその時に。それと、三郎太さんの服ですが、修繕を終えて荷物と一緒に部屋に置いておきました。もう外に出ても大丈夫でしょう。それでも無理はなさらないように」

「あぁ、わかった」


 四人を見送り、集落を眺める三郎太。ここでもやはり正体不明の感想が湧いて出てきた。


――あの四人はきっといつまでも変わらずにいるだろう。崑崙もいつまでも変わらずにここにあるだろう。俺が再びここに来た時には、必ず同じ顔を見せるだろう。


 根拠もないのにそんな確信をしてしまう。また、何故だか足元がおぼつかなくなるほどに胸がスッキリと晴れ渡っていた。三郎太を苦しめた悩みの答えは全く見つかっていないにも関わらず。


――いや、良いではないか。俺は旅をしよう。そして必ずここに帰ってこよう。日本が、故郷が見つかるかはわからんが、それは見つかった時に考えれば良い。なんとかなる、なんとかなるのだ。


 心が弾んで仕方がない三郎太は、一旦顔を洗ってから部屋に戻って着替えを済ませると外に出た。



「いやぁ~仕方ない人だなぁ~三郎ちゃん~」

「スミレあんたそればっかりね、顔緩みっぱなしじゃない」

「だってさ、見たでしょあの顔、だるそうに出てきた癖にクヌギちゃんに聞かれた瞬間に、顔をキリっと引き締めて。いや、そんなことはない。だってよ!」


 楽しくてしょうがない、嬉しくてしょうがないといった風にはしゃぐスミレに困ったように笑うマツリとアザミ。


「まったくもう……。いい、スミレ。三郎太さんの前で、三郎太さんに恥をかかせるようなことを言ってはいけないわよ。アザミもマツリも同じ」

「私は大丈夫だよ。というか、三郎太さん昨日のこと忘れてそうな雰囲気だったし、あれを伝えたら気絶するか自殺するかのどっちかになりそうだし……」

「まったく男って面倒ね」


 ふわふわと浮き足立っているのは三郎太だけでは無かった。四人もまた少しばかり浮かれながら、姦しく会話をしつつ神社に歩いて行った。



 ようやく穏やかな日を迎えた崑崙に、今、水を差そうとする影があった。

 獣の如き疾走で木々の間を駆け抜けるのは水干に銀髪の美少年。


「はぁ~、やっとついた。ここが入口か。記憶もあんましアテになんないな~」


 その手には蛇切逆安珍。件の時と変わらぬ姿であった。


「今回は本気を出さずに終われればいいな。まだまだやりたいことはいっぱいあるし。まぁ――」


 台詞の途中、少年の左右の木の上から影が飛び出し、少年に襲いかかった。

 まず右の襲撃者が斬りかかり、間髪入れず左の襲撃者もつづいた。

 少年は碌にその方向も見もせずに、二人の攻撃を躱すと、左の襲撃者を鞘に入れたままの逆安珍で叩き伏せる


「ッ!」


 一瞬動揺した右の襲撃者が平常心を取り戻した時には既に、その鳩尾に逆安珍が突き刺さっていた。


「――この程度なら、やれるかも」


 ニヤリと笑う美少年、シユウ。招かれざる客が、どうにもならない運命に導かれてやってきた。



 散歩を終えた三郎太は宿に戻っていた。少しばかり散歩に熱が入ってしまい、集落の反対側の山にまで入ってしまった。

 昼時にはもしかすると遅れたかと、急いで戻ってきたが誰も帰った様子はなかった。

 そんなこともあるか、仕方がない待っているか。そう思い、縁側に座って待ち続けてどれだけ経ったころだろう。


――遅い、遅すぎる。


 三郎太は不審に思い始めた。さっきまでとは異なり、今度は嫌な気配で落ち着かない。


――もうとっくに昼飯時を過ぎてるぞ。


 三郎太は別に腹を空かせて苛立っているわけではなく、四人の身に何かあったのではないかという不安でこらえられなくなっていた。


――むぅ、どうしたものか、入れ違いになっても不都合であるが……。いや、ここまで遅くなるというのはあまりに不審。集落に出よう。


 そう決心した三郎太は立ち上がり、集落に繋がる坂と階段を降り始めた。その半ばほどに差し掛かったところで、三郎太は異常な光景を目にし、戦慄した。


――雲、いや、霧か!?


 山肌の神社の周辺だけを白い靄が覆っていた。晴れ渡る夏の空の下、ただ一部分だけが靄に覆われているのはあまりに異常だった。

 ましてや場所は神社である。四人の姿が頭に思い浮かび、これは不味いぞ、尋常ではない何かがあるぞ。そう思った時には既に走り出していた。


――間に合え、間に合え! 手遅れになっては不都合千万! 遅参の段は許されぬぞ。


 三郎太は病み上がりであることも忘れて全力で駆けた。


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