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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第二章 神を捜すは山海の地
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血と戦の儀

「おのれ、謀ったな!」


 叫び、抜刀する三郎太。三人が抜き終わる頃には、既に三郎太も抜き終わっている。尋常ならぬ早業であった。


――おのれ、ここまで全て茶番だったというわけか! 悪習の贄にするために俺をここに引き入れたか。許せぬ!


 三郎太が並みの武人よりも優れている点は、この切り替えの速さにある。寝起きだろうとなんだろうと、殺気を受ければ、斬ると決めたのなら、瞬間的にそれに応じることができる。

 そして三郎太は戦いにおいて躊躇しない、死を一切恐れず、直感的に敵を切るための最善の行動を取れる。

 しかし、いくら三郎太といえども村人全員を相手にして生きられるはずもなかった。

 あとは刀折れるまで戦い、意地を通すまでである。既にその覚悟はできていた。


「縛り上げなさい! 『ハクフ』!」


 クヌギは懐から一枚の符を取り出すと宙に投げた、すると、符は白い光の尾を引きながら三郎太に向かって飛んでいく。


――また魔法か!


 三郎太は既にマリアとの戦いで魔法を経験している、さほど驚かない。

 クヌギの魔法に呼応して、三人の娘も飛びかかってきた。

 一番手は正面に陣取っていたスミレだった。

 三郎太はスミレの剣を受けるとそのまま弾き返そうとしたが、スミレは素早く三郎太の横を抜き去っていった。

 続いてクヌギの符が光の尾で三郎太を拘束しようとした。


「小癪な!」


 一閃、容易く符を切り裂く。しかしその瞬間、左右から、アザミとマツリが寸分の狂いもなく、同時に三郎太に斬りかかった。


――しまった!

 三郎太の顔に焦りが浮かんだ。

 後ろにはスミレが居るため、引くわけにはいかない。慌てて前に踏みだし、すぐに体を翻してアザミの刀を受ける。しかし、マツリの斬撃は三郎太の肩を切り裂いた。

 体制を崩して地面を転がる三郎太。


――傷は浅い、戦いに支障はない。


 起き上がり、三郎太がそう安心したのも束の間、再びスミレが突っ込んできた。そして同時に、


「溢れ、弾けなさい! 『セイフ』!」


 クヌギの声に反応して、今度は水の球に包まれた符が飛んできた。


「せいっせいっ、それっ!」


 今度のスミレは離脱することなく連続で斬りかかってきた。

 それに応じている三郎太の近くで符が爆発し、高圧の水流が指向性を持って三郎太に襲いかかった。


「ぬあっ!」


 水流に吹きとばされ、三郎太は無様に転がった。

 四人の連続攻撃に手も足も出ていなかった。

 起き上がると再びスミレ、アザミ、マツリの順に攻撃が始まった。

 何合か打ち合い、隙を見て反撃しようとすると、すぐに離脱し代わりが割って入ってくる。

 そうこうしている内に再び水流に吹き飛ばされた。


「おのれぇぇ……!」


 兼定を杖代わりして立ち上がった三郎太は、全身を怒りに震わせ、目を見開いて四人を睨みつけた。

 この四人のいいようにされていることが、三郎太のプライドを大きく傷つけたのは言うまでもない。

 間髪入れずにアザミとマツリの同時攻撃が始まった。しかし、怒りをむき出しにした三郎太の戦いのセンスは健在だった。

 徐々に目の慣れてきた三郎太はすぐにアザミの方へ跳び、アザミが刀を振るうよりも先に斬りかかる。


「やばっ!」


 慌てて兼定を受けたアザミは予想外の強襲に怯んだ。


「退けい!」

「うっ!」


 三郎太はそのままアザミを蹴り飛ばし、すぐさま振り向き、ほとんど見ずに兼定を振るった。

 それは背後のマツリの刀を見事に弾いた。


「くっ!」


 マツリは刀こそ手放さなかったが、姿勢が崩れたために、すぐに三郎太の横を駆け抜けてアザミの元に向かった。今度はスミレの攻撃。刃をまっすぐに三郎太に向けて、刺すような一撃離脱を狙っての攻撃だった。


「あっ!」


 しまったという顔をするスミレ。

 三郎太はスミレの攻撃を受け流すと、一気に本殿のクヌギのもとへ駆けた。


 ――あれが一番厄介だ、遠距離から横槍を入れられてはどうしようもない。


「爆ぜよ、焼き尽くせ! 『セキフ』!」


 今度の符は火球となって飛んできた。

 三郎太は嫌な気を感じ、慌てて滑り込むように伏せた。瞬間火球は爆発、炎は指向性を持って先ほどまで三郎太がいたところを焼き尽くしている。

 一瞬判断が遅かったなら、生身の人間である三郎太がどうなっていたかは想像に難くない。

 しかし、三郎太はそんなことには動揺せず、すぐに立ち上がりと、本殿の階段を駆け上がった。


「覚悟せい!」

「……」

 

 気迫と共に放たれた三郎太の一撃は、直刀を抜いたクヌギに受け止められた。

 この時、三郎太が間髪入れずに追撃を加えていれば、もしかすると結果は変わっていたかも知れない。

 しかし、三郎太は一瞬、顔色一つ変えずに冷たい視線を向けるクヌギに気を取られてしまった。


――こやつは、こやつらは、数日間とはいえ付き合いのあった者を、こうも容易く殺そうと思えるのか!


 三郎太は武士である、だからおおやけの命とあらば隣人を切ることを躊躇わない。しかしこの年端も行かぬ娘達にそれが出来るのか。

 普段なら、戦いの最中にこんな余計なことは考えない。しかしどういうわけか、この時はそう考えてしまった。


「『セイフ』」

「しまっ…!」


先ほどよりも勢いはないが、水流が三郎太を吹き飛ばした。


「『ハクフ』」


 続いて、白い光の尾が吹き飛んだ三郎太の足に絡みつき、そのままぬかるんだ地面に三郎太を叩きつけた。

 脳震盪によるめまいを感じながら起き上がると目の前には既にスミレがいた。


「それっ!」


 一撃目は何とか受けた、しかし二激目は三郎太の胸元を浅く横一文字に割いた。

 三郎太はなんとか距離を取ろうと後ろに跳び退いたが、すぐにアザミとマツリの追撃が襲い掛かった。

 なんとか身をよじったが、腿と腰を斬られる、しかし、これもいくらか浅かった。

 三郎太はすでに満身創痍であった。それぞれの傷は浅いが血は流れる。相次ぐ連続攻撃に三郎太の疲労は溜まっていた。さらに兼定に目を向けると所々に刃こぼれがある。


――逆安珍があれば……。


 無念である。もし逆安珍があれば刃こぼれなど気にせず戦えた。こんな小娘たちに遅れも取らなかった。と、三郎太は思っていた。

 本当にそうなったかは分からないが、慣れ親しんだ逆安珍と勝手の違う兼定に不満はあった。それに兼定は長脇差だが、あくまで脇差。一尺九寸では二尺三寸ほどの連中の直刀には僅かに不利だった。


――無念はある、しかし……。


「ふふっ、ははは……」


 不意に三郎太は口の端を歪め、声を漏らした。それは不気味な笑みであったが、心中の大満足がこぼれたかのような、清々しさを伴っていた。


 ――討死、そう、討死だ。剣に生き剣に死ぬ。長く待ちわびた瞬間ではないか。逆安珍よ! お主は巡り巡ってこの世界に名を残せ! そして知らしめてくれよ、迷い込んだ武士のことを! 兼定になんの不満があろうか、先祖伝来の名刀ぞ。最期を飾るに相応しいではないか!


 三郎太は微かに笑みさえ浮かべて兼定を構えた。その姿を見た四人が僅かに怯んだのを三郎太は捉えた。

 音の無き盲目の剣は人を吸い寄せ、斬り捨てるという。

 それと比べると、三郎太の剣は正反対であった。

 目をカッと見開いた鬼の形相と、全身からにじみ出る剣気に、気の弱い人ならば気絶し、歴戦の戦士といえども一歩下がらずにはいられない。


――さぁ来い! 一人は必ず連れて行くぞ!


「くっ……巻き起これ! 切り裂け! 『リョクフ』!」


 二枚の符が鋭利な風を伴って飛んでいく、それを合図に駆け出す三人。

 三郎太の気迫に怯えたか、全員が一撃離脱を狙っているのがわかった。


「らぁっ!」

「……」


 アザミの斬撃を受け流す。


「はっ!」

「……」


 マツリの攻撃は体を捻って躱す、僅かに鎖骨の辺りを切られるが意に介さない。

 左右から襲いかかる二枚の符に対しては一歩、二歩と後ろに下がり、同時に斬り捨てた。

 最後はスミレであった。横薙ぎの一閃を受け止めた三郎太は、スミレがその横を通り過ぎようとしたその時を逃さなかった。


「へっ?」


 三郎太は一瞬でスミレの衣に手を伸ばし、引き寄せた。そして逃げられないように、改めて衣の袖の中に手をいれると、中の袖をしっかりと掴み、足をかけて引き倒した。


「きゃあっ!」

「スミレッ!」


 クヌギが慌てたように叫ぶ。


――お主が伴をせよ!


 仰向けに倒れたスミレの上にのしかかった三郎太は、スミレの顎に手をおいて横を向かせた。そして、あらわになった首筋に兼定の刃をあてがい――。


「させるかぁッ!」

「もう充分ね!」


 駆けつけたアザミの全力の一撃が、地を這うようにして兼定を捉え、弾き飛ばした。そしてマツリの刀は、三郎太の首を落とそうと振り下ろされた。

 三郎太が、誰一人討てずに果てる無念を感じたその瞬間、思い出したように、鐘がなった。


 「おお、残ったか」

 「何年ぶりか」

 「珍しいこともあるものだ」

 

 村人たちがざわめきだす。三郎太の首はまだ体に別れを告げていなかった。


「なん……!? どういう……」


 驚愕する三郎太をよそに、クヌギは本殿に向き直り、再び額づいて言った。


「……これを以て儀を終わらせていただきます」


 三郎太が唖然としながら辺りを見回すと、マツリもアザミも刀の血を衣の袖で拭い、鞘に収めて本殿に向かっているところだった。


「え~と……、ちょっと恥ずかしいし、どいて欲しいかな~って……」

「……う、うむ」


 下のスミレにそう言われて思わず立ち上がる三郎太。


「いや、待て。なんだこれは……」

「話は後でね、まだ祭は終わってないから」


 スミレは小声でそう告げると、乱れた服を整え、二人と同じように刀を拭い、鞘に収めて本殿に向かっていく。


――なんだこれは、祭? 神事か? 情けで生かされた? そうではないはずだ。いや、なら何故だ?


 一人残された三郎太は白痴のように呆然としながら、混乱した思考を回転させた。


――死に損ねたか、そうか、そうだ、兼定、兼定はどこだ、どこに行った。今度こそしくじらぬ。


 出血と理解の出来ない現実に、意識が朦朧とする三郎太が最後に見た景色は、4人が直刀を本殿に奉納している姿だった。

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