山海話
「……」
翌日、三郎太が目を覚ましたのは昼過ぎだった。
――しまった、いくら疲れてきっていたとはいえ、こんなだらしのない……。
のそのそと三郎太が布団から這い出ると、枕元に三郎太が元々着ていた服が置いてあったのでそれに着替えた。
三郎太が部屋から出ると、草の入った籠を持ったマツリがやってきた。
「あっ、あんたようやく起きたのね」
「あぁ……」
だらしない姿を見せたことへの気恥ずかしさから居心地の悪そうにする三郎太。
「お腹は空いた?厨房に行けば簡単なものなら作ってくれると思うわ」
そういってさっさと行ってしまう。
――やはり旅館というのは嘘だろう……。
あまりに雑な対応に何度目かわからない感想を抱いて厨房にむかう。
◆
「あら三郎太さん、おはよう?ございます」
「何か食うものはあるか」
「ちょっと待ってくださいね」
厨房にいたクヌギが三郎太におむすびを作って出す。具は野菜やら焼き魚の身やらが入っているようだ。
「こんなものでいいでしょうか、すみませんお昼の残りで……」
「あぁよいよい」
そのまま隣の部屋に座り手早く食べてしまう。
「三郎太さん、もしよければ、これからスミレと一緒に山菜を採ってきていただけないでしょうか?食べたり薬にしたりするんですけど……」
「わかった。世話になっている身だ、手伝おう」
――スミレというのは昨晩の娘か、何もなければいいがな。
「ありがとうございます。すぐに向かわせますから先に玄関で待っていてください」
◆
笠を被り、ブーツを履いた三郎太が玄関で待っていると、しばらくして籠を担いだスミレがやってきた。
「三郎ちゃ~ん、おっはよーう!」
――三郎ちゃん?
「なんちゃって、もうはやくないけどね!」
「ん、あぁ。行くぞ」
妙な呼びかけに怯み、変な受け答えになる三郎太。そのまま二人は並んで山にむかう。
「まったくも~、だめだよ三郎ちゃん。いくら疲れてたとはいっても、朝は日の出と同時に起きるものだよ」
一体誰が疲れさせたのか。いちいち文句をつける三郎太ではない。それに三郎太としては別のことが気になっていた。
――この娘は、昨晩の事を何も気にしていないのか。
昨晩三郎太が感じたこの娘の淫靡な部分、今はそれの一切が隠れ、いつもの天真爛漫さが全面に出ている。三郎太はその二面性に例の少女の影を見てしまい、あまりいい気分がしない。
――いや、女というのは皆そういうものなのかもしれないな。いつか、女が政治の舞台に幅を利かすようになったら、恐ろしい権謀術数が渦巻きそうだ。
「あっ、蝶々だ!」
「でかいな、黒揚羽のようだ」
「えっ! このあたりにしかいないのに何で知ってるの!?」
「む、こっちでも黒揚羽というのか……」
「へー三郎ちゃんの故郷にもいるんだ~」
妙なところで共通点を見つけた三郎太とスミレ、しかし三郎太としては日本ではないこの場所で共通点が見つかっても嬉しくはない。
なお故郷との隔絶感をうける。
「その呼び方だがな……」
「だめ? 三郎ちゃん、可愛くていいじゃん」
「可愛いというのは侮辱だ」
「ふーん、でも三郎ちゃん可愛いよ。ほら、いつも顔に感情が出ないように頑張っているとことか?」
からかうような視線を向けてくるスミレ。三郎太は直感的に、このまま話を続けても、勝てないどころか、大切な何かを折られそうなことを察知して話題を変えようとする。
たまたま木々の切れ目から神社が見えたのでその話題にした。
「あぁそうだ、神社の御神体は何なのだ」
「ふふっ、まぁいいや。神社の御神体? 三郎ちゃん、アザミちゃんの本全部読んでないの?」
――そういえば前半部分しか読んでいなかったな。
「創世神話は読んだぞ」
「その後だよ、その後! その後に私たちのことが書いてあるんだよ! もー!」
「すまぬ」
「まったく! アザミちゃんもせっかく貸したのに読んでもらえてなかったなんて聞いたら怒るよ、たぶん」
「……」
「しかたないなぁ、話してあげる」
三郎太が本を読んでいなかったことにぷりぷりと怒るスミレだが、本当に仕方がないといった風で話を始めた。
◆
3人の神により、人はこの明るい世界で大手を振って歩けるようになったが。魔獣がいなくなったわけではなく。魔獣は森や湖、山や海で生活し、時には人間に害を与えていた。それでも人と魔獣の力は拮抗し、世界は安定していた。
しかし、ある時、突然現れだした魔人達が、魔獣を扇動し纏め上げ、人に戦争を仕掛けてきた。その圧倒的な力に人は負け続け、殺され続けた。
それを見かねた太陽は、自分の体の一部から子供達を作り地上に向かわせ、人と協力して魔人と魔獣を倒すように命じた。
その後、人と太陽の子らは連戦連勝し。ついに魔人達の頭目、炎の住む崑崙に攻め込み、炎を殺して山に埋めた。その場所を炎山という。
しかし炎は何度殺しても、新たな命となって世に現れ、悪さをするため、太陽の子供達の内3人、黄、羲、咼が崑崙に住み、炎を監視することにした。崑崙で3人は自分達の子孫と供に楽しく暮らし、やがて太陽の元に戻っていった。その遺体は崑崙の山に埋められた。その場所を黄山、羲山、咼山という。
そして、黄の神剣はこの地を守るために、そして炎を倒すために大切に保管され、祀られている。
◆
「……って感じ。大体だけどね。」
「まて、魔人とはなんだ」
突然出てきた知らない単語の意味を聞く。
「さぁ?」
「なにを……」
「だって本当によくわかんないんだもん。突然現れたって言ったでしょ」
「魔獣は今もいるらしいな。魔人もいるのか」
「いるよ。魔人っていうのはね、一応人の形をしているけど、魔法とは全く違った特殊な力を持つ連中のこと。それも急に湧いてきたように出てくることもあれば、人から生まれたのが先天的に魔人だったり、今まで人だったのが突然後天的に魔人になるのもいるの。よくわかんないでしょ」
「ふーむ」
――とすると、鬼や天狗のようなものか?後天的にというと讃岐の……。
「なるほど。それで、御神体は黄の神剣というわけか。神剣も魔人も今にあるとなると、炎もいるのか」
「うん。私たちは見たことないけどね。100年くらい前かな? 二度目の大戦のときに現れて大暴れしたらしいよ、もちろん退治されたけどね」
この世界が神代の直接延長線上にあるということに三郎太は驚く。
単なる事跡の伝承や伝説ではなく、極めて史実に、事実に近い形で神話が残っているのだ。今度ばかりは、また故郷が遠のいた。という落胆よりも、話にしか聞かぬ神代の世界の姿を、己が直接目にしていることへの高揚感が強かった。
「さらに、ここに住む人々はその太陽の子の子孫というわけだ」
「そうです! 私たちには神様の血が流れてるんです!」
胸を張って威張るスミレを相手にせずに三郎太は続ける。
「太陽の子は三人だけではないのだろう、他はどうなったのだ」
「あっ、バレた? 実は各地に太陽の子の子孫っていうのはいるの。それぞれ事情があって人と供に戦い、そこに住んで、都市や国を残してる」
ウェパロスのある地域にもそういった話が伝わっているのだろうか、聞いておけば良かったな。
「そんなことより三郎ちゃん、これ持って」
差し出されたのは既に山菜が詰まった籠、三郎太が知らないうちに、話をしながらも採っていたようだ。
「む、すまぬ。任せっきりにしていた」
しかし、そもそもどの山菜を採ればいいのか三郎太は教えられていない。
「いいよー、一人でやるよりも誰かと一緒にやったほうが楽しいから。三郎ちゃんとお話したかったし!」
「そうか」
もうこれで十分、暗くなる前に帰ろう。そうスミレが言い、一緒に山を降りた。




