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異世界武士物語  作者: 源因幡介利貞
第二章 神を捜すは山海の地
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崑崙

 山道の歩行は今の三郎太にとっては非常に堪えた。


「ちょっとクヌギ、あれ大丈夫? 死んじゃわない?」


 短めの朱色の髪の少女が、栗色の長髪の少女、クヌギに聞く


「おい大丈夫か? 肩かしてやろっか?」

「……いらぬ」


 濡羽色の髪をサイドテールにした少女は三郎太を心配するが、三郎太は無愛想に答える。


「アザミちゃーん! 見て見て! 大きい蜘蛛捕まえた!」


 浅葱色の長髪の少女は先ほどから辺りを飛び跳ねては大声で騒いでいる。


「スミレ、あんまりうろちょろすんなよ、はぐれるぞ」


 黒髪の少女アザミが適当にあしらう。

 

「マツリ、これをあの人に」


 クヌギが腰に吊るしていた水筒を赤髪の少女マツリに渡す。


「えぇ~私が~、めんどくさいわね」

「大事な人よ、お願いね」


 不満を言いつつも三郎太に水筒を差し出す。


「ほら、飲みなさい」

「……かたじけない」


 水筒を二口ほど飲む三郎太。疲労が限界に来た三郎太は、もはや自分がどこを歩いているのかも定かでなかった。しかし、女子おなごには頼るまい、弱音を吐くまい。という矜持だけは辛うじて維持していた。


「さぁ、着きましたよ」

「おぉ……」


 三郎太が顔を上げるとそこには懐かしい風景が広がっていた。

 谷間や山肌に連なる集落と棚田。それは三郎太の故郷を思い起こさせる姿で、夏の始まりを感じさせる稲穂は三郎太の疲れを吹き飛ばした。


「もう少しで私たちの旅館です。頑張りましょう」

「うむ!」

「がんばりましょー!」

「うるさいわよスミレ」



 無事旅館についた三郎太は勧められるがまま風呂に入っていた。

 髭も先ほど剃り、少し痩せたが、壮健な顔立ちが現れている。


 ――思えばあまり冷静ではなかったな。逆安珍を盗まれたあまり、怒りで我を忘れて何日も駆け回るとは。不甲斐ない。


 そう反省しつつも、逆安珍が盗まれたことを思い出すと、また怒りがふつふつと湧いてきた。

 必ずや取り返す。そう決意を新たにすると、掬ったお湯を顔に叩きつけ思考を切り替える。


 ――それよりもここは、この村はなんだ。実に日本に似ている……。


 そこで三郎太は町長の話を、自分の目的を思い出す。


「不覚!」


 不意に水しぶきを上げて立ち上がり、叫ぶ三郎太。


 ――しまった、しまった! つまりここがアヅマではないのか! それならば不味いことになった。アヅマとは人拐いや人殺しをする連中だというではないか!


 兼定は脱衣所に置いてある、先ほど三郎太の服を洗濯のためか、誰かが回収しに来たのは知っている。

 もしその時兼定が奪われたのだとすると、今これから襲撃されればひとたまりもない。

 もちろん木太刀などここには無く、古の強者でもない三郎太の討死は必定である。

 慌てた三郎太が脱衣所にいくと、そこには初めのように兼定が置いてあった。


 ――なんだ、ちゃんとあるではないか。いやしかし油断はできぬ。


 実のところ三郎太はもう少し風呂に入っていたかったが、このままでは落ち着かないので、風呂を出ることにした。



 用意されていた浴衣を着た三郎太が脱衣所からでると、そこには少女――たしかクヌギと呼ばれていたか――が待ち構えていた。


「あら、お早いのですね。それではこれからお部屋に御案内いたします」


 その背中についていくと随分と広い部屋に案内された。

 部屋は一面木張りで畳等は無く、隅に座布団と机があるだけで殺風景だった。他の三人の少女もそこにいた。


「一応、自己紹介をさせていただきます。私はクヌギ、彼女たちのまとめ役のようなものをしています」

「私はアザミ、よろしくな」

「マツリよ、ま、よろしく」

「スミレで~す!十六で~す!」

「清浜三郎太だ、世話になる」

 

 名乗りながら三郎太は不審に思っていた。


 ――旅館と言ってはいたが、ここは旅館というより大きな屋敷といった風だ。この少女らもクヌギ以外はそういった仕事をしているようには思えぬ。


「世話になる、とは言ったが、あまり持合せはないぞ」

「安心してください、ここも中途半端な旅館ですし、何日居ていただいても、気持ちばかり頂ければ結構です」

「そうか、それはかたじけない」

「お疲れでしょう、布団を敷きましょうか?」

「いや、結構」

「そうですか。食事は時間になったら運びます。それまではご自由におくつろぎ下さい」


 そう言ってクヌギを先頭に全員出て行った。残された三郎太は胡座をかいて思案した。


 ――聞きそびれてしまった。しかしここがアヅマだとしてどうする。よく覚えていないが、かなり奥深い山のようだ。逃げようと思って簡単にできるものではない。

 そして、このもてなしも不審ではないか。恥ずかしながらあの時の自分は浮浪者同然。それをここまでもてなし、宿代も気持ちばかりとはいよいよ裏があると見てとらねばならぬ。


 腕を組んで唸っていても仕方がないと思ったか。しばらくすると三郎太は立ち上がり、襖を開けて縁側にでた。

 この旅館は集落よりすこしばかり高地に有り、ここから集落を一望できた。この部屋は縁側から直接外に出ることができる。

 三郎太は用意してあった草履に足を放り込むと、兼定を片手に浴衣姿のままこの村を見て回ることにした。既に月代も見苦しくない程度に生え揃っていたため笠は被らなかった。



 坂を下り、階段を下りて麓の集落を歩く三郎太、故郷を思い起こさせる集落の様子に、きっと三郎太も満足しているであろう――いや、そうはならなかった。


――偽物め、紛い物め。


 三郎太の心中は穏やかではなかった。三郎太が見る景色は確かに故郷に似ていた。

 しかし、それはあくまで似ているに過ぎない。故郷日本と、この集落の微妙な差は三郎太を苛立たせた。

 それはこの集落に対する不信感によって増長され、三郎太にとってこの集落は不快な存在になりつつあった。


――あれは大陸のモノに似ている。あれはどことなく西洋風だ。旅館の娘達もそうだが足を見せすぎであろうみっともない。あれは刀か? いや、直刀であるし我らのより刀身が一回り細い。


 市に入った三郎太は辺りを見渡しながら、いちいち心の中で目に付いたモノの批評をしながら歩いていた。

 三郎太を見る集落の人の視線はごく普通の旅人を見るようだった。

 余所者と認識はしているが、別にそれがどうということは無いようで当たり前のように対応している。


――アヅマというのが人殺しや人拐いをする連中ならば、突然入り込んだ余所者にこのような対応をするだろうか。あの娘達が既に知らせたのか、いやそんな時間はないはずだ。ではここには何か珍しい見るものがあって、遊山に来る者がしばしばいるということか。それならばこの対応も、旅館の存在も頷けるが……。


「あっ、三郎太さん! こっちに降りてたのか」


 思案の最中に、呼び止められた。

 顔を上げればアザミとマツリがいた。

 二人で買い物の途中のようだった。


「うむ、集落が気になってな」

「それに、あそこにいたって何もすることないでしょうしね」

「寝なくていいのか? ここに来る途中ふらふらだったじゃんか」


 そう指摘されるとたしかに疲労を感じるが、気になることが多く寝れる気がしなかった。


「問題ない。それより、いくつか聞きたいことがあるのだが……」

「へーいいよ、でも買い物しながらでいいか? まだ途中なんだ」

「構わん」

「ならついでに荷物持ちなさいよ、男なんだし」


――客にする態度ではないだろ。それに士分を荷物持ちにするなど聞いたことがない。


 三郎太はそう思ったが何も言わずに従った。手持ちがない中、半ば好意で逗留させてもらう以上、頼みを無下には出来ない。


「まず、この地はなんという名だ。」

「ここ? あー、この辺の地域は崑崙こんろんって名前。んでもっと細かく言うとここが春村。次に向こうが夏村、続いて秋村、冬村ってかんじ……あっ、おっちゃんこれいくらー!」


 櫛の歯のように入れ違いに並んでいる四つの山々、その麓に村が一つずつあるらしい。


――ここはアヅマではないのか、嘘を言っているようには見えぬ。


「山の名前もついでに言うと、こっちから黄山コウザン義山キザン咼山カザン、最後が炎山エンザンね」


 マツリがアザミの跡を継いで言う。


「ここには旅の人間がよく来るのか」

「そうねぇ、場所が場所だしそんなに多くはないけど、神社があるから、参拝目当てに来る人がいるわ」

「神社だと? いったい何を祀っている」

「三柱の神とその子である私たちの先祖よ」

「三柱の神?」

「なによ知らないの? 常識じゃないの?」

「……」


 マツリはなんの躊躇いもなく侮蔑の視線を向けた。そこにアザミが戻ってきて言う。


「そういや、三郎太さんってなんか不思議だな、その刀も、さっきまで着ていた服も私たちに似ているけどどこから来たんだ?」

「うーむ、日本といってわかるか?」

「ニホン……? マツリ知ってるか?」

「知らないわね、初耳よ」

「まぁ果ての小さい村だ」


 誰も知らない場所から来たと言って、それが元であらぬ疑いを招いてもよくないと思い、三郎太はそう誤魔化した。


「そのニホンって所じゃ創世神話って聞かないの?」

「創世神話……」

「さっきの話、三柱の神の」

「聞いたことがないな」

「だったら宿に戻ったら私の本貸すよ。することなくて暇だろうし!」

「では遠慮なく借りよう」

「あっアレ買い忘れてるじゃない。ちょっと行ってくるからこれ持ってて」


 マツリが三郎太に買い物袋を持たせて走っていく


 ――この小娘、いい加減その無礼な態度を改めろ。


「ははは、マツリは誰にでもあんなかんじだから大目に見てやってよ」


 その後マツリが戻ってくるともう買い物は済んだらしく、三人他愛のない話をしながら旅館に戻った。

 三郎太の中でここ、崑崙に対する不信感は拭いきれていないが、それでも会話をしている間は、それが表に出ることは無かった。

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