迷い込む男
――どうにもおかしなことになったぞ……。
そう心の中でつぶやきながら森を踏み分けているのは、羽織袴に銀杏髷、腰に刀を二本差した男である。
年の頃は26か7であろうか。名前を清浜三郎太。生まれは武家、自由気ままな三男である。
額に汗を浮かばせながら、これでもかというしかめっ面。
というのも、この男が早朝に山に入ってから既に体感で半日以上は経ったはずなのに、太陽はいつまでたっても天頂に届きそうもなく、ふと気づいた時には見慣れた山道は何処かに消え失せ、上り坂も下り坂も無い薄暗い森の中に放り込まれていたからである。
それでも初めは平気だった。
――なるほど、化生の類が何か仕掛けてきたな。
三郎太はそう思い、ひとたび化生が姿を見せれば忽ち斬って捨ててくれると息巻いていた。
実はこの男、その昔化生に襲われ、それを斬り捨てるという奇妙な体験をしたことがあった。
しかし、今回ばかりはどうにもおかしい、いつまで経っても森、森、森、日も動かない。化生どころか獣一匹見当たらない。
いい加減疲れて座り込んでみると、草も木も、どれも見たことのないものばかりだというのに気付き、なんとも言えぬ孤独感に苛まれ、慌てて弱気になってはいかんと心を奮い立てて、再び歩きだしたのが三刻ほど前、今も歩き続けているのである。
――もはやこれまでか。かくなる上は潔く……。
そうして山の神か、根性のねじ曲がった化生に武士の生き様を見せつけようと思い立ったその時、踏み出した足に感じたのは草でも葉でも枝でも無く硬い土。
「道か……?」
踏み固められた道が目の前に横たわっていた。
道の片方は森の奥に伸びている、ではもう一方は。
男は走り出した。なぜ今まで気付かなかったのか。
見えた景色は明らかに森の出口ではないか、すぐそこではないか。
森を飛び出すと強烈な日の光に目が焼かれ、視界が白に染まる。一瞬怯むもすぐに視界は回復し、そこに広がる懐かしい景色に男は安堵のため息を――。
つけるわけがなかった。広がるのは一面の平原、所々遠くに畑が見える。さらにその奥には柵に囲まれた町が佇んでいて、森からは道と小川がそこまで伸びている。
――ここは一体……。
男は異世界に迷い込んだ。




