おたくの娘は一人暮らしを始めました
この作品は史実とは異なる点があります。
戦国時代をベースにしたファンタジーな異世界が舞台になる為、本来その時代には無かった技術や、空想上の生物、魔法などが登場します。
それらを踏まえた上でご覧下さい。
私の両親はちょっと変わっている。
昔からアニメや漫画が大好きで、そんな両親のもとに産まれた私がその影響を受けないはずがなかった。
物心ついた頃から、我が家にはアニメキャラのポスターやカレンダー、大量のゲームが溢れていた。
家族三人でゲームをしたり、アニメを観たり。そんな日常の中で、私は両親からの愛情を目一杯受けて育ってきた。
好きなジャンルにばらつきはあれど、オタク系家族の私達は毎日をそれなりに充実させて、楽しんで生活している。
私が、高校を卒業するまでの間は。
お父さんは大きな会社を経営していて、お母さんはその会社の近くにある美容院を経営している。
私はそんな両親を立派だと思うし、尊敬している。私も将来、お父さんとお母さんには及ばないかもしれないけど、一人前の社会人になれたらなと思っている。
だけど私にはこれといった夢も無くて、将来の役に立つような特技も思い浮かばない。
勉強も得意なものと苦手なものには差があるし、運動神経も平均的だと思う。
高校卒業はもう目の前なのに、周りの皆と違って何も無いんだ。私は、特徴も何も無い、ただの小娘でしかないんだ。
そうして悩んでいるうちに、何の決断も出来ずみるみる月日は流れ、遂に卒業の日を迎えてしまった。
「松山、仕事が決まったら学校に電話してくれよな」
「はい……。最後の最後まで心配かけてすみません、先生」
ほとんどの生徒は、卒業後の進路が決まっている。
就職でも進学でもない私のような生徒は、ぶっちゃけたところ卒業式なんて出たくない。両親が出席すると言うから、仕方なく出ているだけ。
今だって、迷惑をかけ続けてしまった担任の先生の顔をまともに見られない。
じゃあ、元気でな。そう言って他の生徒達のもとへ去って行く先生に、私は何も言葉を返せなかった。
すると、近くに居た友達がこそっと近付いて来た。
「瑠璃、進路決まってなかったんだね」
「うん、まあ……」
「大変だね」
心配してくれるのは嬉しいけど、彼女のように私の将来を案じてくれる人は少ない。
たとえ進路が決まらなくても、お父さんの会社で働くか、お母さんのような美容師を目指せばいい。皆からそう思われているのは、何となく感じていた。
だけど、どちらの選択肢も私にはピンと来なくて、選べなかった。
お父さんもお母さんも、まだ若いんだからそんなに焦らなくていいと言ってくれている。いざとなったらお見合いでも何でもして、専業主婦になるなりすればいいと。
でも、まだ高校を卒業したばかりの私には、両親の提案は素直に頷けるようなものではなかった。
一ヶ月後、私は引越しをした。
引越しといっても、実家から一駅離れたマンションだけど。
家財道具やお金、手続きなんかも両親が色々と準備をしてくれて、自分が出る幕なんてほとんど無かった。
将来何になるにしても、自分一人で生活する力をつけた方が私の為になる。そう判断したお父さんが、この一人暮らしを勧めたんだ。
「わくわくするような、不安なような……」
今日から私の家になるこのマンションには、お母さんの美容院で働いているお姉さんが住んでいて、私はそのお姉さんの隣に越すらしい。
お母さんと一緒に働いている人なら、先行きが不安な一人暮らしも頼れる大人が近くに居ることで、少し安心出来る。
615号室。私はお母さんに渡されたメモと鍵を持って、そこに足を踏み入れた。
既に家具やカーテンなんかも取り付けられた後で、私がすることはほとんど残っていなかった。
「一人暮らしなのに、結構広くないかな」
ちょっと心細くないかな、この広さ。
ソファやテーブルで幾らか空間が埋められていても、そこに暮らすのは私だけなのに。
おまけに、このマンションの家賃や光熱費、食費も全て両親持ちだと聞いて驚かされたのは記憶に新しい。
仕事が決まっていない私にそんな支払いは無理だと分かってはいたけど、生活費全てを両親が負担するというのは納得がいかない。何の為の一人暮らしなんだろう。
更に、生活費とは別にお小遣いまで支給されるのだから意味が分からない。いや、とってもありがたいんだけどね。
一ヶ月につき一万円。その受け取りは実家での手渡しだ。
最低でも月に一度は両親に会いに行くことになる。娘の顔が見れないと心配なのかも。
お隣のお姉さんに挨拶に行きたいところだけど、お姉さんは暫く京都へ旅行に行っているらしくてまだ会えそうにない。
いきなり始まった新生活に、私はどう臨んでいけばいいのか分からなかった。
その日は、夕飯に調理実習で習ったハンバーグとサラダを作り、近所のパン屋さんで買ってきたパンと一緒にいただいた。
実家にはお手伝いさんが居たから、家事はあまりしたことが無かった。
それでも人並みには出来る方だと思う。ハンバーグも美味しかったし。
こういう経験をさせたかったのかな、お父さん達。
「でも、話し相手が居ないっていうのは寂しいね……」
時計の針が動く音しか聞こえない部屋は怖いから、テレビは寝る時とお風呂に入る時以外は点けている。
目当ての番組がやっていない時は、持ってきた大好きなアニメのDVDを観たり、ゲームをしたりしている。
眠くなるまで漫画を読んで、好きな時間に起きて、ご飯を作って、買い物に行って、掃除とか洗濯もやって……。
旦那さんと子供が居ないだけで、何だか主婦みたいな生活をしているように錯覚してしまう。
実際はただ親の脛をかじってるニートなんだけど。
そんな毎日を過ごし、時々実家に顔を出したりして、19歳の誕生日を迎えた朝のこと。
何だか、いつもよりベッドの中が温かい。丁度良いサイズの抱き枕を抱えて……ん? 私、抱き枕なんて持ってたっけ?
「……え?」
見間違い……ではないと思う。確かに温かいし、触ったらふにふにしてるし、寝息立ててるし。
「どうして……」
私は見知らぬ子供を抱き抱えているのでしょうか。