もうひとりの暗殺者
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「本当の試合をするのじゃ!」
そう言って指を突きつけてくるハクア。
「いや、今そんなことする時間じゃないから。おとなしく型の練習やってなよ。相手してあげるから。」
「いや、今しないでいつするのじゃ。今しかなかろう!」
ハクアはガンとして譲らず、嘉輝は助けを求めるように教師たちに目を向けた。
ハクアも教師たちを睨む。
アンジェ先生がこちらに近づいてきた。
「ちょっと早いですが、二人は優秀なのは聞いているので今日はこれからみんなの前で実践をやってもらいましょう。」
アンジェ先生の笑顔が今だけは恨めしい。
「私の前に這い蹲らせてやる。そうじゃな、私に勝てたら私はお主の言うことを聞く奴隷になってやろう。」
「いや、そういうことは言うもんじゃないぞ。」
嘉輝は慌ててハクアの言葉に注意する。
「その代わり、お主が負けたら私の奴隷になってもらうからちゃんと平等だ。」
そのまま、話が進んでしまい、戦闘専用の実践用フィールドに移動し、特定の条件下でのみ魔法が使えなくなるブレスレットをつけさせられフィールドの上に立たされてしまった。
「手加減しないからな!」
またもや、指を突きつけてくるハクア。
親に人に指先を向けたらいけませんって教えられなかったのか?
ビームでたらどうすんだよ。
「それでは、両者距離をとって構えてください。」
審判であるアンジェ先生が手を挙げたら試合開始だ。
悪いが、死合をするなら負けるわけにはいかない。
花菜や清華姉が見てるはずだしな。
・・・見てるよな?
花菜は寝てそうだ。
しかし、そのような思考も中断させられる。
アンジェ先生の手が伸ばされ、いわゆるReady?だ。
静寂が場を包み込み込む。
そして、アンジェ先生の手が開けられ戦いの火蓋が切って落とされた。
数分後、決着はほとんど付いていた。
「はあ、はあ、はあ、なぜ当たらんのじゃ!」
かなりお疲れのご様子のハクアだ。
ハクアはそれでも諦めず突っ込んでくる。
弱いわけではない。
だが、経験と場数が違うのだ。
片方は習い事の一つとしてかなりの高みに到達した。
だが、もう片方は元暗殺者だ。
そんなヌルい指導ではない。
それこそ少しでもミスれば死につながるため、文字通り必死に覚えた戦闘のプロフェッショナル。
それに加え、独自で学んだ気を操る技。
魔法なしで嘉輝に勝てる者はいないだろう。
「そろそろ、やめておくか。」
嘉輝はそうつぶやき、一つ良い案を思いつく。
嘉輝はアンジェ先生のところに行き一つ提案する。
「そうですね。わかりました。」
アンジェ先生は頷いて嘉輝の提案を実行に移した。
「勝負が決まらないため、この試合は引き分けとします。」
「ちょっと、待つのじゃ。それでは私の立場がないではないか。こっちから吹っ掛けといて明らかに負けの試合を引き分けにされる。それなら負けたほうがまだマシじゃ!」
ハクアが肩で息をしながらまだ諦めてない目でこちらを見てくる。
嘉輝は肩をすくめてアンジェ先生を見る。
アンジェ先生は困った表情をしていたがしぶしぶ続行させた。
両方の合意があって引き分けとなるのか。
それにしても、どうしたものか。
負けるわけにもいかないし、だからといって勝ったら勝ったで不幸な未来しかない。
引き分けもできないとなると・・・・・・
「お主、支倉嘉輝だったか。全力でかかって来い。そうでなければ私に失礼であろう。負けるにしてもそちらのほうが気分が良い。」
負ける気はないがどう見ても勝ち目がないので最後くらいはってことか。
それに、何をやっていたのだろうか俺は。
少し、平和ボケしていたみたいだ。
そのせいであのふたりを危険にさらすなんてことはもう二度としてはいけなかったのに。
俺のやることはひとつ、敵を倒す。
単純明快であり、それだけだ。
「わかった。」
嘉輝はハクアの言葉に肯定し、自分の中に眠っているあの日の記憶や情報などを解き放つ。
少しずつ嘉輝の雰囲気から緩い感じがなくなっていく。
嘉輝の思考がクリアーになった時にはそこにいるのは支倉嘉輝ではなく、44番だ。
気を体中に巡らせ強化する。
少し、腰を低く落としたかと思うと次の瞬間その姿が掻き消える。
そして、ハクアのいた周囲の地面が陥没した。
「がっ。」
一撃で気絶したハクアはそのまま前に倒れる。
嘉輝はハクアの前に現れその小さな体を抱き支えた。
「ふう。」
そして、すぐに雰囲気が戻る。
救護係とほかの先生が来る頃には元の嘉輝に戻っていた。
「それでは。」
それだけ言って、そこから逃げるように離れた。
「はあ、やってしまった。まんまと乗せられやってしまった。これで明日から、面倒なことになるか寂しいことになるかの運命二択の人生になってしまった。」
歩く嘉輝の足取りは重い。
別にさっきの試合で疲れたわけでなく、気持ち的に重く感じるのだ。
「明日くるのが億劫に・・・。だけど、せっかくしいさんが話通してくれて通える学校なのにズル休みは、するわけにいかないよな。」
もう一度盛大なため息を吐きさっきからついてくる奴に声をかける。
「それであんたはなんのようだ?」
隠れている誰かが息を呑む気配が伝わってきた。
そのあと、黒い闇が集まったかと思うとひとりの女が現れた。
「相変わらずだね。44番、いや嘉輝。」
青いショートカットの髪で背は嘉輝より少し低いくらいだから160後半だろう。
その、声と、雰囲気には知り合いと同じものを感じた。
「まさか、逸無か。」
「そう、逸無こと57番。久しぶりだね。久しぶり過ぎてなんか嘉輝の周りにメスが増えてるし。」
「・・・・・・」
「大丈夫だって、殺しはしないよ。」
笑って、ナイフを手で弄ぶ逸無。
目が全く笑ってない。
「それにしても雰囲気が変わったな。」
「そうなんだよ、逸無は嘉輝と会えなくなって心がブルーになっちゃって髪まで色が変わっちゃった。」
こういう時になんと言えばいいかわからない。
「そ、そうか。」
「それにしても、全然衰えてないね。ぶっちゃけ強くなってない?」
「それは気を使ったからだと思う。」
「なるなる。理解した。」
まあ、なんでこんな性格になってしまったかは過去の話だ。
今はしないが。
「それで、なんのようだ?」
「あ、忘れてた。えっと、逸無はいつの間にかこの世界に連れてこられた。そして、逸無の嘉輝レーダーが反応したのでそれを頼りに嘉輝に会いに来た。以上。あ、ついでに子供作りたい!」
最後の言葉は無視するとして、ほかのことについてはただただ呆れるのみだ。
「お前のそのレーダーはすごいな。」
「うん。嘉輝を探すためだけに特化させたからね。」
そう言ってサムズアップしてくる逸無。
本当なんでこんな子になってしまったんだろうか。
昔はあんなに無表情だったけど可愛かったし、大人しかったのに。
「それで、子供何人がいい?逸無は今嘉輝と会えたおかげで絶賛リビドーが暴走中で濡れ濡れだよ☆」
なぜかいい笑顔で下品なことを言ってきた。
「独り立ちしろって言っても、どうせついてくるんだろう?」
「そうだね。絶賛―」
「それはもういい。」
「もう。嘉輝は女の子と何もわかってないなぁ。」
「そんなんで、女子の気持ちをわからないと言われるなら、わからなくてもいい。」
嘉輝はもう完全に呆れている。
しかし、この感じはどこか懐かしく悪くはない。
「みんなに紹介するから。ついてこい。」
「おけおけ。逸無は嘉輝にどこまでもついて行くよ。もう、離さないし、離れないから。」
怪しい笑みでそう言ってくる逸無。
正直、勘弁して欲しい。
これ以上、心労の原因が増えると本当に倒れるかも知れない。
「ふふふ、どうしてくれようかあのメス豚ども。」
逸無にはチョップを入れ、説教をすることにした。
そのせいで、花菜たちに合流したのはひが落ちる少し前のこととなった。