3、次ノ介という少年
僕はしばらく、突然背後に現れた少年を見たまま、動く事が出来なかった。
部活で日に焼けた僕の肌とは程遠い、彼の真っ白い肌。それに、見つめれば見つめるほど、心の中まで読まれてしまいそうな真っ直ぐな瞳。見た目は同い年くらいらしいが、何だかとても不思議な雰囲気を持った少年だった。
「時の流れの中で万物は変化を遂げる。しかし、その中で変わらないものは尊く大切にしなくてはならない・・・」
少年の言葉で、僕はハッと我に返る。彼は、幼さの残る顔に、ニコッと柔らかい笑みを浮かべていた。
「僕の大親友が好きな言葉さ。君を見ていたら、彼の事を思い出してね。ごめんね、急に声を掛けてしまって」
眉を少し下げ、悲しげに笑う彼。その表情を見たとたん僕の中にあった、彼への警戒心のようなものは、まるで解けたかの様に無くなったのである。
「謝るなって。俺、杉崎伊織! お前もこの村に遊びに来てるのか? 仲良くしようぜ」
貼り付けの笑顔ではなく、自然に地の笑顔が出てくる。
「僕は次ノ介っていいます。よろしく、伊織」
僕たちは自然に握手をしていた。
この時、初めて触れた次ノ介の肌の冷たさに驚いた事は言わないでおく。
「へえ、それじゃあ、伊織は知り合いのおじいさんのお手伝いで、この村に来たんだね」
「おお。一ヶ月限定だけどな。でも、八年前まで、俺自身ここに住んでたんだぜ」
村に来て二日目の午前中。受験勉強もそこそこに、僕は次ノ介とサッカーボールを蹴りながら話していた。畑仕事は、夕方からの水遣りを任されている。
「・・・へえ!」
額に沢山の汗を光らせながら、次ノ介は必死にサッカーボールを追いかけていた。僕は、その姿を見て、都会にいる四つ年下の弟を思い出す。
「おし! 次ノ介、そろそろ水でも飲もうぜ。熱中症になっちゃうから」
「う、うん! そうだね。確かに少し、疲れたかも」
僕たちは、近くの古びた小屋に寄りかかった。藁で作られている屋根のおかげか。夏の昼間にしてはありがたい涼しさがあった。
「俺に弟いるんだけどさ、お前、すっごいそっくりなんだ」
「弟? 伊織の?」
「おお、もちろん。伍貴っていうんだけどさ! サッカーやってる姿なんてそっくり! 一生懸命過ぎて」
「へえ。ぜひ、お会いしたいな、伍貴くん」
彼はフワッとした優しい笑みを浮かべる。その笑顔に、自分の心も温かくなる気がした。
「俺の家、来いよ。冬休みにでも! 伍貴も人懐こいやつだから、きっと喜ぶし」
「そうだね、考えとくよ」
「約束だぜ」
僕と次ノ介は、「約束」のお決まりである、「指きり拳万」をする。
「指きり拳万、嘘ついたら・・・あ! 好きな子に告白とかどうだ!? 指切った!」
ニヤニヤと、僕は次ノ介に笑いかける。残念ながら、僕には好きな子などいないし困る事など無いのだが。
しかし、一方の次ノ介は顔を真っ赤にして俯いてしまっていたのだった。
「ええええ、お前、もしかして好きな子いるのかよ!?」
「まあ、う・・・いるというか、いたというか・・・」
「何だよ! それ! はっきり言えよな~、じれったいなあ。でも、お前が好きになる子とか、すごい興味ある! 写真とかねえの?」
僕の言葉に、次ノ介は真っ赤な顔のまま、顎に手を当ててしばらく考え込んでいた。すると、突然、何かを思い出したように、両手をバンッと叩き合わせたのだった。
「あるけど、まだ見せたくないな。機会が出来たら見せるよ」
「・・・そんなに重要なものなの? まあ良いや。忘れるんじゃないぞ」
次ノ介は、僕の言葉に弱々しく笑って見せた。
この笑顔の意味を知るのは、もう少し先の話。だが、この時の僕には知る由も無かった。
その少女と、次ノ介。そして、村全体が囚われている悲しい過去に僕自身が関わっていくことになろうとは。