1、八年ぶりの故郷
「『伊織、田舎の桜木のじいちゃんだが。悪いが夏休みの間だけでも、田舎に帰ってきて貰えんか? 一昨日、急に倒れてしまってな。今、寝たきりなんだよ』ですってよ」
昨日の夕方、一学期の終業式と部活を終えて帰宅した僕を待っていたのは、八年前に引っ越した故郷の知り合いのおじいさんからの伝言だった。
「まあ、田舎なんて八年も帰っていないんだし。桜木のおじいちゃん、色々大変だろうし、いい機会なんだから行ってきたらどうかしら」
母は濃い笑顔を、その爽やかなルックスの上に被せる。僕は、その笑顔の意味を嫌だというほど知っている。
「勉強道具持って、一ヶ月くらい行って来い」
母は、最後にそう一言僕に残して、キッチンへと戻っていったのだった。
僕は、電車に揺られながら、八年振りに戻る故郷に胸を馳せていた。
『なあ、伊織、大きくなっても忘れちゃあいかん。このお地蔵様はな、じいちゃんの大親友を祭ってあるんだよ。だから、大事にしなきゃならん』
『じいちゃんの大親友?』
『ああ。昔、事故で亡くなった、家族の様な友だちだ。伊織にも大きくなったらそんな大事な存在が、出来るといいなあ』
僕が六歳の時に亡くなった祖父が、生まれてから死ぬまでの一生を過ごした場所。祖父は、名前も無いような小さなその村の事を、心から愛していた。だからこそ、どんどん若い人たちが村から出て行っても、祖父は決して村から出て行かなかった。例え、その場所にただ数人、取り残されるような事になっても。
僕がこれから会いにいく、桜木のおじいさんもそのうちの一人だ。
「じいちゃん、俺、もう中三なんだ。来年は高校生なんだぜ」
ボソッと呟く独り言。僕の心は、完全に田舎へと帰ってきていた。
「お久しぶりっす、三根さん。今日は、お迎えありがとう」
「おお、久しぶりなあ! 伊織! どこの色男かと思ったわい!」
終点の無人駅に着いた僕を出迎えてくれたのは、子供のころ、一番遊んでくれた三根じいさんだった。昔と何も変わらない、日に焼けた肌に少し感動する。
「三根さん、まだ畑仕事やってるんすか? もう、今年七八でしょ?」
「当たり前だろう。年なんて関係無い無い! ぶっ倒れるまでやるだけさ」
大きく口を開けて大胆に笑う三根じいさん。どうやら、底抜けの明るさも昔から少しも変わっていないらしい。
「それじゃあ、そろそろ行くかね、八年振りの伊織の故郷に。お前のじいちゃんも、きっと喜ぶぞ。向こうついたら、じいちゃんの墓参りしてやれよ」
「はい、勿論」
僕と三根じいさんを乗せた軽トラックがゆっくりと動き出す。
舗装されていない道を通り、車がガタガタと揺れたが、僕にはその車の揺れが何故か心地よく感じられたのである。