第2話
まだ異世界にはいきません。
「うっ…」
光矢は重たい瞼を開けて定まらない焦点をだんだんと合わせていく。
「ここは…?」
光矢の目に入った光景は何もない真っ白な空間だった。白い床、白い壁、白い天井。全てが白で構成されていた。光矢はひとしきり周りを眺めると、自分に起こったことを思い返す。
(俺は普段通りに鍛錬を神域で行っていた。そして一休みしてもう一度鍛錬をやろうと思ったら、いきなり地面に穴が開きこの空間に落ちてきた…)
光矢は一通り自身に起こったことを振り返ると、今度は起こった原因について考えはじめた。
(やはり一番に考えられるのは、俺は神隠しにあったということだろうか…)
『神隠し』
それは多くの事が科学で証明できる世の中になった現代でも信じられてきた伝説である。光矢のいた神域は神隠しが起こるといわれていた山で、今でも禁足地になっている場所もあるほどだ。光矢も神隠しの伝説があるのは子供のころから聞かされていたが、本気で信じていたわけではなかった。しかし、自身の現状を鑑みると神隠しにあったとしか思えない状態である。
(まさか伝説が本当だったとはな…。神隠しにあった者は還ってきた人もいれば、戻らなかった人もいると聞く。俺は還れるのだろうか?)
そうして何か還れる手段はないかと考えようとした時、不意にその声は聞こえた。
「…ますか?私の声が聞こえますか?」
頭の中に直接響いてくるような声に少し驚きながらも、光矢は冷静に返事をした。
「ああ、聞こえる。そして君は誰だ?」
光矢は誰何をすると声の主は喜ぶ声に変わった。
「あぁ、良かった!聞こえているのですね。もう少しでそちらに姿を現すのでしばしお待ちください。」
そして2分ほど経つといきなり目の前の何もない白い空間に裂け目が開き、中から一人の女性が現れた。美しい装飾が施された着物を身に纏い宙に浮いている。顔は恐ろしく整っており、大和撫子を文字通り表したかの様な出で立ちである。美しくも神々しく神秘的な雰囲気を纏う女性が光矢の前に現れた。光矢は数秒の間見惚れていたが、すぐに思考を切り替え女性に再び質問した。
「すまない、少し見惚れてしまった。それで、ここは何処で君…、いや、あなたは誰だ?」
すると女性は目を見開いて驚いた。
「驚きました…、私の姿を見てすぐに正気に戻りここまで冷静になれる人は初めてです。殆どの人は私を見て長い間放心し、それからパニックを起こすのに…。やはり思った通りの人ですね…」
そして女性は微笑みを浮かべると自己紹介を始めた。
「紹介が遅れました。私は天照と申します。そしてここは次元の狭間と呼ばれる場所です。」
光矢は女性の名乗りを受け今度こそ驚愕の表情を浮かべる。
「天照!? あの日本神話の最高神にして太陽を司るといわれるあの天照か?」
「はい、その認識で間違いありません。そして私があなたをここに呼びました。」
光矢はなにか考える素振りをしてから天照に再度質問した。
「そうか。それで何故俺をここに呼んだんだ?」
すると天照はまた驚いた表情を浮かべたので光矢は疑問を口にした。
「なぜ驚くんだ?」
「なぜって…、今までの人は必ず理由を聞く前にパニックになり怒鳴り散らしていたので…。 あなたは怒りを感じないのですか?」
天照の疑問を光矢は淡々と答える。
「怒る、怒らない以前に状況が整理できていない。そちらがどういう理由で俺を呼んだのか、そして無事に還してくれるのかを聞いてからでも怒るのは遅くないだろう?」
その言葉を聞き天照はさらに驚いた。
(どうしてこの方はここまで冷静でいられるのだろう?普通は大人でも取り乱すのが当たり前…、それにこの方はまだ19歳、この強靭な精神力こそがこの方の大きな強さ…)
そして天照は改めて光矢を見て説明を続けた。
「そうですね。光矢様の言う通りです。では呼んだ理由を話します。それはある世界を正しい方向に導いて欲しいからです。」
「世界を導く?一体どういう意味だ?」
「その世界はあなたの世界と同じように人間族がいます。さらにあなたの世界にはいない獣人族や魔族、鬼族や樹人族といった多様な種族がいます。昔は平和だったのですが人間族が自分たちの領土の資源を獲り尽くしたせいで、今度は各種族の領土に攻め込み資源や領土を奪っているのです。人間族は数が一番多いので物量の差で負ける他の種族は、共闘して戦っていますが制圧されるのも時間の問題です。このままでは遅かれ早かれ人間族が全ての大陸を統一し、他の種族は奴隷にされるか、皆殺しにされるかです。それを阻止するためにあなたにその世界へいって欲しいのです。」
天照の説明を受けた光矢は30秒ほど考えると口を開いた。
「なるほど、俺をここへ呼んだ理由は理解した。理解はしたが納得はできない。まず何故俺が選ばれたのか。俺である必要性が知りたい。さらに、俺が行くメリットがない。戦争をしている世界に俺一人が行っても何も変わらないだろうし、俺が得意なのは剣道だけだ。剣道で世界を導けるはずはないだろう?」
「ではその2つの疑問が納得できればその世界に行っていただけますか?」
「そうだな、納得したらその世界に行っても構わない。」
「それではまずあなたである必要性を話します。それは一言でいえば光矢様が【鬼神】と言われているからです。あの圧倒的な剣術、身のこなし、しなやかさと屈強さを併せ持つ肉体、そして何時、どのような状況に陥っても冷静さを失わないその強靭な精神力。あなたほどの若さでその強さを持っている人はいません。あの世界を救える人間は心技体全てを備えている人ではないといけない。そこであなたが選ばれたというわけです。」
そこで言葉を区切って光矢を見ると、光矢は少し困惑した表情をした。
「日本の最高神にそこまで褒められると嬉しさより戸惑いが大きくなるな… とりあえず一つ目の理由は納得しておこう。二つ目の俺が行くメリットは何だ?」
そう、どんなに褒められようとメリットがなければ行く必要はない。俺は聖人君子ではない。いくらその世界の住人が困っていようが、デメリットだけを背負っていくなど馬鹿馬鹿しい。
「二つ目の質問に答える前にこちらから一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「…ああ」
「ありがとうございます。光矢様、あなたはあの世界が退屈だと感じてはいませんでしたか? 同年代では隣に立てる者はいなく、楽しい試合が出来るのは父と祖父のみ。その父にはもう6割の勝率をほこり、祖父にも最近は勝ってきている。あと数年すれば祖父をも超えて自分を楽しませてくれる人はいなくなる。そう感じてませんか?」
聞きながらも声色は確信している風で、光矢はただ苦笑いをして答えるしかなかった。
「…そうだな、あなたの言う通り俺はあの世界に多少退屈は感じていた。子供のころには圧倒的な威圧感を持っていた祖父でさえ倒してしまった。まだ全試合を勝てるわけではないがもう少ししたら絶対に勝てるようになる確信はあったからな。知らず知らずのうちに目標をクリアしてなにか満たされない感覚は持っていた。」
光矢は自身の心情を思い返しながらも、次に天照が何を言うのか察しがついていた。
「その顔はもう私が何を言うか察していますね。そうです。向こうの世界では剣の達人がこれでもかというほどいます。なにせ魔物、魔族とは違いますよ、がいるので自分の身は自分で守らないといけませんから、必然的に多くの人が剣を握っています。その中にはあなたを満足させられる人も必ずいるはずです。」
光矢は自分の予想通りなことを言われてため息をついた。
「ずるいな、俺が断れないのを知っていて連れてくるんだからな。」
言葉の割に目には闘志が宿っているのをみて、天照はふふっと笑った。
「申し訳ありません。私にはどうしてもその世界を救いたいのでこのような方法しかとれませんでした。」
光矢はもう一つ疑問に思っていたことを聞いた。
「どうしてあなた自身がその世界を救わないんだ?出来ないから俺に頼ったのだろうが出来ない理由を聞かせてくれ」
「神には神同士の領分というものがあり、違う世界に直接他の世界の神が手を出すのは禁じられているのです。だからこのような間接的な方法をとらざるを得ませんでした…」
その言葉に新たな疑問が湧く。
「ならその世界の神は何をしているんだ? 世界がそんなに酷い状況なら何かをするはずだろう?」
その言葉を聞いて天照は俯いて唇を噛みしめた。その様子からその神に良くないことが起こったのは想像に難くない。
「その神は…アリアスは…消滅しました…」
やばい、この回で次元の狭間は終わりのはずが予想外に話が長くなったので二つに分けることにしました。
天照さんはただ女の偉い神様だったので登場しただけなので、特に深い意味で使ったわけではありませぬ。
なので「何でここで天照が出てくるんだよバーロー!」
といった突っ込みは無しでお願いします
お願いします