第6話 モブ執事は腹を括る
突然だが、俺がいずれ来る破滅の未来を回避するために、悪役令嬢であるアリサ・アロガンシアを常識ある心優しい真人間に更生させるしかないという結論に最初の方で至った。
それと同時に、そもそもたかが使用人風情がそんな偉そうなことをできるわけがないという結論も出たわけで、目標を立てたはいいものの、依然として今日まで具体的な方針は定まっていなかった。
そしてこのまま漠然と行動するのはまずいと、前世の記憶を思い出してからまだ日は浅くとも危機感を覚え始めた俺は、具体的な方針を早急に定めることにした。
──アリサお嬢様と分け隔てなく、物を言えるぐらいの信頼関係を築いて、奴の腐った性根を更生させるしかない。
その方針というのがこれ。
本当に、もう本当に、渋々であるが俺は死なない為に腹を括ることにした。
あの邪智暴虐の悪役令嬢に正面から突っ込むことにしたのだ。もうあれだ、玉砕覚悟と言う奴だ。
タイムリミットは彼女が学園に入学するまで、つまりあと二年と半年ほどで彼女に信頼される使用人にならなければいけないと言うことだ。
その為にはまず、今まで以上に常に彼女の身の回りで必死に働かなければいけないわけで──つまり、彼女の無茶ぶりを全て華麗に解決して、ご機嫌取りをすることがマストであると言うことだ。
──うーん、地獄!
やることは以前とあまり変わりないが、真正面から覚悟を決めて向き合うとなると話は別である。
何せ、前世の記憶を取り戻す前の俺は極力面倒ごとに巻き込まれないように、他の使用人らと同じように彼女を避けていたのだから。
そして、そんな一世一代の大決心をした次の日にはこれである。それはまるで俺の一世一代の決心を悉く嘲うかのように、神から提示された試練のようにも思えた。
「駄犬! 今すぐにこのペンを元に戻して!!」
広々とした部屋には所狭しと蔵書が並んでおり、勉学に励むにはこれほど適した場所もない。
そんな自習室にて、我らがお嬢様は悲鳴を上げるように叫んだ。
──これはまたとんだ無理難題だ……。
俺は華奢なお嬢様の手元で砕け散った硝子片を見て思わず顔を顰めた。
それを誤魔化すように事実を述べる。
「アリサお嬢様、大変申し上げにくいのですが……一度壊れてしまったものを元に戻すことは不可能でございます」
「そんなの知ってるわよ! それでもやれって私は言っているの!!」
こちらの正論に、理不尽を以て怒鳴り散らかす少女。
一見、何の変哲もない──その実、名のある職人によって一つ一つ手作りにされたそのペンは、とても高価ではあるが……そもそも、どうして公爵令嬢様がたかがペン一つでここまで慌てふためき、狼狽えているのか?
その理由は至極単純だ。
「このペンは、お父様とお母様から貰った大事なモノなの! だから絶対に直さないとだめなのよ!!」
全ての理由はこれ。
傍若無人、理不尽の塊であるわがままお嬢様にだって大切なモノの一つや二つ。
それが今の発言通り公爵夫妻であり、大好きな両親から誕生日に贈られたガラスペンが壊れて彼女は悲しんでいるのだ。
なんともまあ、可愛らしくも子供らしい一面があるではないかと思ったのも束の間──
「大事に使ってたのにどうして急に割れちゃったの? ……もしかして、さっきあのデカ女が暴れた衝撃で──」
ぶつくさと低く唸るようにつぶやくお嬢様は、曲解の果てにやがて一つの結論に至る。
「……よし。あのデカ女が全部悪い。殺しましょう」
「お、落ち着いてくださいお嬢様!」
あまりにも飛躍してしまった物騒な結論に流石の俺も慌てる。
実際にリーヴェル姉さんが直接手を加えたわけでもあるまいし、あまりのもその結論は濡れ衣過ぎた。
しかし、件の迷探偵殿は普段よりも落ち着いた様子でこちらを見た。
「安心しなさい、私は落ち着いてるわ。さぁ、早く準備をして。あのデカ女を殺すのはあなたの役目よ、駄犬」
──ダメだ。このガキ完全に錯乱してやがる!!
しかもよりにもよって、断罪の執行人が自分と来ている。
確かに、あれほど盛大に暴れればリーヴェル姉さんの所為でペンが壊れてしまったと思っても不思議ではない。
だがしかし、そもそもあのガラスペンは特注品の高価なもので、おまけに防御魔術によって耐久度が強化されていた逸品だ。
そんなモノがあの程度の被害で壊れるはずがない。それは魔術に精通した彼女ならば重々承知しているはずだ。
そのはずなのに──
「実際は壊れてしまった……」
まさか粗悪品を掴まされたわけじゃあるまいし。
経年劣化か、それとも術式の方に不備でもあったのか、理由は謎であるが、よりにもよってどうして彼女がこの世で1、2番目に大事にしているモノが壊れてしまうんだ。
「それともなに? 最初の命令通り、駄犬がこのペンを元に戻してくれるの?」
雰囲気的に、俺がどんな言葉を投げかけようとも眼前の少女には届かない。
このまま策を講じなければ、俺は大事な親戚一人をこの手で殺さなければいけないのだ。
一見、怒り狂って正気を失い、行き過ぎた冗談を言っているように思えるかもしれないが、お嬢様が殺そうと本気で思えばその命令は簡単に実現する。
──それはいかん!
ならば、俺の選択肢は一つであった。
「……分かりました。不肖セスナ、お嬢様のお願い、確と承りました。必ずや、そのガラスペンを元通りにして見せましょう」
先ほど、俺は自分の口からペンを……壊れたものを元通りにするのは不可能だと言ったが、正確に言えばそれは嘘であった。
幸い……と言うべきか、俺にはペンを元に戻す宛があった。
「なので、もしペンを元に戻せましたら、どうかお嬢様の寛大なお心でリーヴェル姉さんをお許しください」
その方法は前世の知識であり、かなり面倒なのだが、腹を括るしかあるまい。何せ、人一人の命がかかっているのだ。
果たして、主人の返答は了承であった。
「──いいわ。私にお願いするからには必ずペンを元に戻して。期限はそうね……3日よ。もしできなかったら──どうなるか分かってるわよね、駄犬?」
「……はい」
12歳らしからぬ雰囲気と言葉の圧に、俺は背筋に脂汗を浮かべながらゆっくりと頷く。
ポジティブに考えるならば、これはチャンスでもあった。
──ペンを直せればお嬢様の信頼も得られるかもしれない。
当初の目的も果たせて、大切な姉の命も救えるなんて一石二鳥ではないか。
そう思うことにして、俺は真っ二つに折れたガラスペンを預かって、部屋を後にした。
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