11 正論よりも大切なこと
私たちはつい、「正しさ」を武器のように振りかざしてしまうことがあります。
けれどその正しさは、実はとても不安定で、状況や時代によって形を変えるものです。
昨日の正解が、今日も正しいとは限りません。
強い口調で正論を伝えたくなるとき、その奥には、「わかってほしい」、「間違えたくない」という焦りや不安が隠れていることがあります。
人は弱さを抱えたままでも生きていけますが、その弱さを覆い隠そうとすると、言葉はいつの間にか鋭さを帯びてしまいます。
正論で誰かを追い詰めると、一時は勝ったように感じるかもしれません。
しかしその代償として、相手との距離だけでなく、自分自身の居場所までも無くしてしまうことがあります。
心は、勝敗ではなくつながりによって安定するものだからです。
だからこそ、正しい言葉ほど、丁寧に扱いたいものです。
ほんの少し柔らかく、相手の立場や背景を想像しながら差し出すだけで、その言葉は刃ではなく支えへと変わります。
正しさに、相手を思いやる優しさが添えられたとき、それは人を縛るものではなく、人を生かす力になります。
私たちは「正しいこと」を言う前に、「どう伝えればお互いを温かく生かせるか」を選べる存在なのです。
〈ユーモアまとめ〉
「正論」は、切れ味抜群の聖剣ですが、振り回すと部屋の壁までボコボコにする厄介な代物です。
「私が正しい!」と鼻息を荒くする前に、まずは深呼吸。
カミソリを強く渡すより、わたあめを差し出す気持ちで会話しましょう。




