EP 20
王の苦悩と、騎士たちの白い歯作戦
「頭皮戦線」の勝利により、城内の男性職員のフサフサ率が向上したある日のこと。
国王太郎は、執務室で再び新たな悩みを抱えていた。
「太郎様、こちらの決裁書類ですが、隣国との関税について……」
宰相マルスが、熱心に書類の説明をしてくれている。
その顔は以前より若々しく、髪もツヤツヤだ。
しかし、彼が身を乗り出して熱弁を振るうたびに、太郎は呼吸を止めるのに必死だった。
(……く、臭い)
太郎は心の中で絶叫した。
マルスの口から、ドブと腐った玉ねぎを煮込んだような、強烈なニオイが漂ってくるのだ。
連日の激務に加え、コーヒーや甘いお菓子の間食、そしてストレス。胃腸の荒れや歯周病菌が、マルスの口内で悪魔のパーティーを開いているに違いない。
(しかし……如何に王と言えど、「君、息が臭いね?」なんて言えるわけが無い!)
ハゲの指摘もパワハラなら、口臭の指摘はスメルハラスメント(の逆?)だ。
傷つきやすいマルスの心を折るわけにはいかない。
(どうしたものか……。まずは基本、歯磨きだよな……)
この世界にも「歯磨き」の習慣はあるが、木の枝や塩を使う程度で、殺菌力は皆無に等しい。
太郎は意を決した。
「マルス、ちょっといいかな?」
「はっ! 何か不備がございましたか!?」
マルスがハァハァと荒い息で近づいてくる。
太郎はさり気なく仰け反りつつ、ウィンドウを開いた。
「いや、いつも頑張ってくれている君に、健康管理の一環としてプレゼントだ」
太郎が取り出したのは、100円ショップで売っている『薬用歯磨き粉』と、『極細毛歯ブラシ』のセットだ。
「そ、それは?」
「最新の魔道具さ。中に入っているペーストには、CPC(塩化セチルピリジニウム)やIPMP、それにフッ素が高濃度で配合されているんだ」
「しーぴー……? ふっそ……?」
マルスが目を白黒させる。
「要するに、口の中のバイ菌を殺して、歯を丈夫にする薬だよ。これをあげようと思ってね」
「は、はぁ。それは大変嬉しい事ですが……何故急に?」
マルスは不思議そうだ。まさか自分の息が殺人級だとは夢にも思っていない。
「ん? 日頃から君に世話になってるからね。虫歯になって倒れられたら困るだろう? そのお礼さ」
「おお……! 私の健康まで気遣ってくださるとは……!」
マルスは感動し、目頭を押さえた。
「ありがとうございます、太郎様。早速、毎食後に使わせていただきます!」
マルスは歯磨きセットを大事そうに抱え、執務室を出て行った。
去り際に一礼した時も、強烈な臭気が漂ったが、これが最後だと思えば耐えられた。
「うん……これで良くなる筈だ」
太郎は窓を開け放ち、深呼吸をした。
それから数週間後。
城の廊下や食堂で、騎士たちがヒソヒソと噂話をしていた。
「おい、気づいたか? マルス様の息」
「あぁ! 以前は近づくだけで鼻が曲がりそうだったのに、今は……」
「なんていうか、爽やかなミントの香りがするよな!?」
「会議で隣に座っても、まるで高原の風が吹いているようだ」
その劇的な変化に、一番敏感に反応したのは、やはり家庭を持つ既婚者の騎士たちだった。
「いいなぁ……。俺なんて昨日、嫁さんから『息が臭いから向こう向いて寝て』って言われたんだぞ……」
「俺もだ。娘に『パパのお口、お魚さんの腐った匂いがする』って泣かれた」
「何でも、太郎様から貰った品に秘密が有るとか……」
育毛トニックの時と同じパターンだ。
騎士たちは藁にもすがる思いで立ち上がった。
ある日の午後、太郎が昼寝をしようとしていると、ドカドカと武装した男たちが押し寄せてきた。
「太郎様ァァァ!!」
「うわっ!? 今度はなんだ!?」
騎士たちは一斉に土下座した。
そして、涙ながらに口を開けた(息が臭い)。
「私達にも! どうか、口臭が臭くならない為の品をお恵みください!!」
「切実なんです! 妻とのキスが、ここ数年拒否されているのです!」
「孫に嫌われたくありません! どうか慈悲を!」
狭い部屋に充満する、おっさん達の口臭。
太郎は鼻をつまみながらも、彼らの悲痛な叫びに頷いた。
「そうか……君達はそんなに悩んでいたのか……」
男の悩みは、いつの時代も、どの世界でも変わらない。
髪と、ニオイ。この二つさえ解決すれば、家庭円満なのだ。
「分かった! 僕は君達の味方だ! キスでもハグでも出来るようにしてやる!」
太郎は高らかに宣言し、スキルを発動。
『薬用歯磨き粉』×1000本
『歯ブラシ(かため・ふつう・やわらかめ)』×1000本 購入。
「持っていけぇぇぇ!!」
「「「太郎様ああああああ!!!」」」
歓喜の雄叫びと共に、騎士たちは歯磨き粉に群がった。
こうして、太郎国で「歯磨き粉生産(という名の配布)」が始まった。
翌日から、城内の水場では、朝昼晩と一列に並んでシャカシャカと歯を磨く騎士たちの姿が名物となった。
太郎国の騎士団は、「世界一髪がフサフサで、世界一息が爽やかな騎士団」として、その名を諸外国に轟かせることになる。
そして、騎士たちの家庭円満率が爆上がりしたのは言うまでもない。




