EP 17
怯える森と、王の決断
デーモンロード討伐による熱狂的な宴から、数日が過ぎた。
エルフの里には日常が戻っていたが、どこか重苦しい空気が漂っていた。
森の奥で物音がするだけで子供たちは怯え、大人たちも夜警の数を増やして神経を尖らせている。
そんなある日、太郎とヒブネは再びゼフィル長老の家へと招かれた。
「よく来てくれた、太郎殿、ヒブネよ」
長老は二人を座らせると、深くため息をついた。その顔には、以前よりも深い皺が刻まれているように見えた。
「長老、どうされたのですか? 皆、無事に戻ったというのに、何か懸念でも?」
太郎が尋ねると、長老は重々しく口を開いた。
「……勇者様。確かに同胞達は無事に戻り、怪我も癒えた。じゃが……心の傷はそう簡単には癒えぬ」
長老は窓の外、不安げに身を寄せ合うエルフたちを見つめた。
「此度の件で、里の者たちは恐怖しておるのだ。『また魔族が現れるのではないか』『魔王復活の為に、再び生贄にされるのではないか』と……。夜も満足に眠れぬ者が多い」
デーモンロードは倒したが、魔族の組織が壊滅したわけではない。「魔王復活」という目的がある限り、魔力の高いエルフ族は常に狙われ続ける運命にある。
「糞ッ! 魔族共め! 忌々しい……!」
ヒブネがドン! と机を叩いた。
彼女とて、四六時中ずっと里を見張っているわけにはいかない。
「結界があるとはいえ、デーモンロード級が現れれば破られる可能性もある。……我らは、この森で震えて暮らすしかないのか」
長老の悲痛な声。
太郎は腕を組み、静かに考え込んだ。
(放っておけない。それに、このままではせっかくの美味しいお米や味噌作りも廃れてしまう)
太郎は顔を上げ、決意を込めて言った。
「長老。……エルフの方々を、僕が治める国、**『太郎国』**で保護させては如何でしょうか?」
「な、何ですと!?」
長老が目を丸くした。ヒブネも驚きの表情で太郎を見る。
「た、太郎国へ移住しろと!? しかし、そこは人間の国……。それに、我らのような大所帯、受け入れられるのですか!?」
「問題ありません。太郎国は僕が作った国です。防衛力は世界一ですし、敷地も余っています。それに……」
太郎は真剣な眼差しで続けた。
「魔王復活は、エルフだけの問題ではありません。世界全ての脅威です。ならば、僕の目の届く範囲で、全力を挙げて皆さんをお守りしたい」
それは「逃げ出した王様」ではなく、民を守る「勇者」としての言葉だった。
「おぉ……!!」
長老は震える手で太郎の手を握りしめた。
「かたじけない……! 勇者様がそこまで言ってくださるなら、我ら一族、喜んで太郎国へ移住いたしましょう!」
「よろしくお願いします! 太郎様!」
ヒブネも深く頭を下げた。
「善は急げだ。すぐに準備を始めよう」
太郎はウィンドウを開き、『魔法通信文セット(超遠距離用)』を取り出した。
宛先は、太郎国・留守居役、家令のマルスだ。
【拝啓 マルスへ】
元気にしていますか? 僕は今、サバラー大陸で二児のパパになりました(詳しくは帰ってから話す)。
さて、急で悪いんだけど、エルフ族数百名がそっちに引っ越すことになった。
彼らは最高の米と味噌を作る技術者たちだ。太郎国の食文化にとってもプラスになるはずだ。
城の敷地内に、彼らの居住区と広大な農地を用意してほしい。
あと、魔王復活を目論む魔族もついてくるかもしれないから、迎撃準備もよろしく。
追伸:僕たちはもう少ししたら帰る。怒らないでね。
国王 太郎より
「……よし、送信!」
太郎が魔力を込めると、手紙は光の鳥となって空の彼方、マンルシア大陸へと飛んでいった。
「さて……マルスが泡を吹いて倒れてなければいいけど」
太郎は苦笑いした。
こうして、大陸を股にかけた「エルフ族大移動」という、歴史に残る一大プロジェクトが動き出した。
帰る場所は、かつて逃げ出したあの国。
太郎にとっても、これは「王」としての責任に向き合う帰還の旅となるのだった。




