EP 15
紅黒の龍、英雄の激怒
地下空間に、デーモンロードの耳障りな罵声が響き渡る。
「下等生物どもが! 我が儀式の邪魔をした罪、万死に値するぞ! その魂、永遠に苦痛の中でのたうち回らせてくれるわ!!」
唾を飛ばして喚き散らす異形の怪物。
だが、太郎にとって、そんな言葉はどうでも良かった。
太郎は弓を下ろしたまま、デーモンロードから視線を外し、鉄格子の奥を見た。
そこには、ボロボロの衣服を纏い、痩せこけたエルフたちがいる。
頬には殴られた痕、腕には鎖で擦れた傷、そして目には絶望と恐怖の色。
理不尽に攫われ、自由を奪われ、ただ消費される家畜のように扱われた彼らの痛み。
(…………)
太郎の心臓が、ドクンと冷たく脈打った。
かつて魔神王と戦った時は「みんなを守るため」の戦いだった。
だが今は違う。これは純粋な「怒り」だ。
平和に暮らしていた人々を踏みにじり、それを愉悦とする悪への、底知れぬ憎悪。
「無視をするなァァァ!!」
デーモンロードが激昂し、両手の間に巨大な闇の球体を生成した。
空間が歪むほどの高密度のエネルギーだ。
「許さないぞ! 貴様ら! 塵一つ残さず消し去ってやる!!」
「……許さない、か」
太郎がポツリと呟いた。
ゆっくりと『雷霆』を構える。
主の心に呼応するように、伝説の弓が軋みを上げた。
『……警告……主の感情値、臨界点を突破……』
雷霆の装飾が変形し、普段の清浄な青白い光ではなく、禍々しいほどの赤黒いスパークを放ち始める。
つがえられた必殺の矢に、太郎の激情が奔流となって注ぎ込まれる。
矢は赤熱し、やがてドス黒いオーラを纏って紅黒に輝き始めた。
「死ねぇぇぇぇぇッ!!」
デーモンロードが腕を振り抜く。
巨大な闇のエネルギー波が、全てを飲み込む濁流となって太郎に迫る。
ヒブネが悲鳴を上げかけた、その時。
「許さないのは……こっちだッ!!」
太郎の咆哮と共に、弦が放たれた。
ズガァァァァァァァンッ!!
放たれた矢は、もはや矢の形をしていなかった。
それは、主の怒りを具現化した、紅黒い龍へと化した。
その顎は全てを食らい尽くす絶望の形。
紅黒の龍は、迫りくる闇のエネルギー波に正面から突っ込んだ。
衝突の衝撃はない。
龍は闇のエネルギーごと、その巨大な口で飲み込み、咀嚼し、さらに加速した。
「な、なにッ……!?」
デーモンロードが目を見開く。
自らの最強の攻撃が食い破られ、目の前に紅黒い絶望が迫っている。
「バ、バカナァァァァァァ!!」
回避など不可能。
紅黒の龍はデーモンロードの巨体を頭から貫き、その背後にある地下空間の岩盤ごと穿った。
一瞬の静寂。
そして――。
ドゴォォォォォォォォォォォンッッ!!!
地下要塞全体を揺るがす大爆発。
デーモンロードの体は細胞の一片すら残らず消滅し、爆炎の中に消えた。
あまりの威力に天井が崩れかけ、瓦礫がパラパラと落ちてくる。
爆風が収まると、そこには黒焦げになった地面と、弓を下ろして静かに息を吐く太郎の姿だけがあった。
圧倒的な暴力。慈悲なき鉄槌。
それが、本気で怒らせてはいけない男、佐藤太郎の真の力だった。




