EP 10
夕陽に染まる稲穂と、二つの奇跡
エルフの里に「和食革命」と「農業革命」が定着し、季節が巡った頃。
里の一角に作られた水田は、夕陽を浴びて黄金色に輝いていた。
風が吹くたびに稲穂が波打ち、サワサワと心地よい音を奏でる。
「綺麗だなぁ……」
夕食の後、太郎はサリーとライザを連れて、あぜ道を散歩していた。
異世界に来て、右も左も分からないまま走り続け、王様になり、そして今はこうして静かな時間を過ごしている。
「ここに来て良かったよ。ヒブネさんのおかげで、やっと落ち着けた気がする」
太郎が穏やかに微笑むと、隣を歩く二人の足がピタリと止まった。
「……太郎様」
「太郎様……」
振り返ると、サリーとライザが俯いていた。
夕陽の逆光で表情は見えにくいが、二人とも頬を赤く染め、モジモジとしている。
「ん? どうしたの? 二人とも」
太郎は首を傾げた。
(まさか、またお腹が空いたのかな? それとも新しい料理のリクエスト?)
サリーが意を決したように顔を上げ、潤んだ瞳で太郎を見つめた。
「あのね……太郎様。……出来ちゃったの」
「え?」
「私もです……。太郎様」
ライザも恥ずかしそうに、しかし慈愛に満ちた顔で自分のお腹に手を当てた。
「え!? な、何が? 新しい魔法? それとも新種の味噌?」
太郎はまだ事態が飲み込めず、キョトンとしている。
サリーはふるふると首を振り、少し拗ねたように、でも幸せそうに言った。
「違いますよぉ……。赤ちゃん、です」
「……えっ」
時が止まった。
風の音も、虫の声も消えた。
「産まれるんです。……私達と、太郎様の赤ちゃんが」
ライザの言葉が、太郎の脳内にゆっくりと染み渡っていく。
赤ちゃん。子供。
自分の血を引く、新しい命。
「えぇッ!? ほ、本当かい!?」
太郎の声が裏返った。
「はい……。ヒブネさんに見てもらったら、間違いありませんって」
「二人同時に授かるなんて……流石は太郎様ですわ」
二人が愛おしそうにお腹をさする。
その瞬間、太郎の胸の中に、言葉にできない感情が爆発した。
喜び、驚き、責任感、そして深い感謝。
「やった……! やったぁぁぁぁ!!」
太郎は叫びながら、二人を同時に抱きしめた。
壊れ物を扱うように、優しく、強く。
「ありがとう! ありがとう! 二人共!」
「きゃっ、太郎様、苦しいですぅ」
「ふふ、そんなに喜んで頂けるなんて……」
「嬉しいよ! 嬉しすぎるよ! 僕が……父親になるんだ……!」
太郎の目から、大粒の涙が溢れ出した。
100円グッズで魔物を倒した時よりも、国王になった時よりも、遥かに大きな感動だった。
「これからは、もっと頑張らないと……! 二人と、子供たちのために!」
「はい。頼りにしていますよ、パパ」
「私達も、最強の母親になってみせますわ」
夕陽が三人を――いや、五つの命を優しく包み込む。
冒険者としての旅は少しお休みかもしれない。
だが、これから始まる「子育て」という名の冒険は、どんなダンジョンよりも大変で、どんな秘宝よりも輝かしい日々になるだろう。
黄金色の稲穂が見守る中、太郎は愛する妻たちと共に、新たな未来への誓いを立てるのだった。




