EP 9
森の民、鍬を持つ 〜エルフの里・農業革命〜
和食ブームの到来から数日後。
太郎は、ゼフィル長老の家へと呼び出されていた。
長老は、出された緑茶(太郎からの差し入れ)をズズッと啜り、深刻な面持ちで口を開いた。
「……太郎殿。折り入って相談があるのじゃ」
「はい、何でしょう? (もしかして、滞在期間の話かな?)」
太郎が身構えると、長老は重々しく告げた。
「……里の者たちが、すっかり『コメ』と『ミソ』の虜になってしまってなぁ」
「はぁ」
「朝起きれば『味噌汁はまだか』と騒ぎ、昼になれば『おにぎりが食べたい』と泣く子供もいる。……正直、ワシも昨晩、夢に『豚しゃぶ』が出てきた」
長老は恥ずかしそうに咳払いをした。
「しかし、そなたらは旅人。いつかはここを去る身じゃ。勇者様がいなくなれば、我らは二度とあの味にありつけぬ……。それが、恐怖でたまらんのじゃよ!」
食への渇望。それは種族の誇りさえも凌駕していた。
太郎は少し考え、そして力強く頷いた。
「分かりました。長老、そんなに気に入って頂けたのなら……作りましょう、自分たちで」
「な、なんと!? 作れるのか!? あの黄金の穀物と、魔法の茶色いペーストが!」
「えぇ。幸い、ここには清らかな水と豊かな土壌があります。苗や大豆、必要な道具は僕が用意しますから」
太郎はウィンドウを開き、『種籾』、『大豆』、そして大量の『鍬』や『鎌』を購入した。
「さぁ、エルフの皆さん! 今日からここは農村です!」
こうして、神秘の森で前代未聞のプロジェクトが始まった。
「まずは田んぼ作りだ! 土を掘り起こして、水を引くぞ!」
「了解ですわ! 土の精霊よ、大地を耕しなさい! 『グランド・プラウ』!」
ライザが剣を突き刺すと、地面が波打ち、一瞬にして広大な湿地帯が耕された。
「次は水ですね! 水の精霊よ、清流を導きなさい! 『アクア・カナル』!」
サリーが杖を振ると、近くの川から水路が引かれ、耕された土地に水が満たされていく。
魔法による超高速開墾だ。
「す、すごい……」
集まったエルフたちは呆気にとられていたが、太郎が声を張り上げた。
「さぁ、次は皆さんの番ですよ! この苗を、等間隔に植えていくんです!」
太郎はエルフたちに苗の束を渡した。
「こ、これを泥の中に……?」
「汚れるのはちょっと……」
最初は躊躇していたエルフたちだったが、ヒブネが裾をまくり上げて泥に入った。
「やりましょう! 全ては美味しいおにぎりのためです!」
その言葉が、彼らのハートに火をつけた。
美味しいご飯のためなら、プライドなど不要。
エルフたちは美しい服の裾をまくり、裸足で泥の中に飛び込んだ。
「植えろー! おにぎりを植えるのじゃー!」
「等間隔だ! 美しく並べるのだ!」
長老までもが杖を放り投げ、腰を曲げて苗を植える。
森の民特有の器用さで、田んぼには美しい緑の列が出来上がっていった。
一方、その横では「味噌作り班」が動いていた。
「大豆を茹でて、潰す! これが味噌の命です!」
太郎の指導の下、女性エルフたちが茹で上がった大豆を杵で潰していく。
そこへ、麹と塩を混ぜ合わせる。
「これを樽に詰めて、発酵させるんだ。……普通なら半年はかかるんだけど」
「半年!? そんなに待てぬ!」
長老が叫ぶと、エルフたちが一斉に手をかざした。
「我らには『植物魔法』がある! 時の女神よ、実りに祝福を!」
ボウッ!!
緑色の光が樽と田んぼを包み込む。
エルフの秘儀、成長促進魔法だ。
すると、驚くべきことが起きた。
植えたばかりの苗がぐんぐんと伸び、一瞬にして黄金色の稲穂を垂れたのだ。
さらに、味噌樽からは芳醇な香りが漂い始めた。
「こ、これは……チートすぎる……」
太郎は絶句した。
日本の農家が見たら卒倒するスピードで、収穫の時が訪れた。
「豊作じゃあああ!!」
「米だ! 米が獲れたぞぉぉ!!」
夕暮れ時。
エルフの里には、黄金色に輝く水田と、大量の味噌樽が並んでいた。
自分たちの手で育てた(魔法で加速させたが)米で作ったおにぎりを頬張り、エルフたちは涙を流して喜んだ。
「うまい……! 自分たちで作った米は格別じゃ……!」
長老は泥だらけの顔で、おにぎりを噛み締めた。
その光景を見て、太郎は満足げに微笑んだ。
「これで僕がいなくなっても、この里の食卓は安泰だね」
神秘の森は、今や豊かな穀倉地帯へと変貌を遂げた。
エルフたちは「狩猟採集民」から「農耕民族」へと進化し、里の歴史に新たな1ページが刻まれたのだった。




