EP 7
深き森の長老と、安住のツリーハウス
ヒブネの先導で、太郎たちは「帰らずの森」と呼ばれる原生林の奥深くへと進んでいった。
道なき道を歩くこと数時間。突如として視界を覆っていた濃霧が晴れ、幻想的な光景が広がった。
「うわぁ……!」
「綺麗ですわね……」
そこには、樹齢数千年と思われる巨大な神木を中心に、大小様々な木々の枝に家が作られた、空中都市のような集落があった。
淡い光を放つ精霊たちが飛び交い、清らかな水が流れる。まさにファンタジーの王道、エルフの里だ。
「ここが私の故郷です。結界があるので、許可なき者は入れません」
ヒブネが誇らしげに微笑む。
里に入ると、すれ違うエルフたちが驚いた顔でこちらを見てくる。
「人間だ……」「ヒブネが人間を連れてきたぞ」とざわめくが、ヒブネが彼らを制し、一行は里の一番奥にある、最も大きな木の洞へと向かった。
「長老様。ヒブネが戻りました」
通された部屋には、長い髭を蓄え、杖をついた老エルフが座っていた。
里の長、ゼフィル長老だ。
彼は鋭い眼光で太郎たちを射抜いた。
「ヒブネよ。久方ぶりの帰郷ご苦労。……だが、その人間たちは何だ? 里の掟を忘れたわけではあるまいな?」
厳格な声が響く。排他的な空気を感じ、太郎は緊張で背筋を伸ばした。
「長老様。彼らは私の命の恩人であり、比類なき強さを持つ戦士たちです。事情あって世俗を離れ、静かな暮らしを求めています。どうか、里への滞在をお許し頂けないでしょうか」
「恩人とはいえ、人間を住まわせるなど……」
長老は渋い顔をした。しかし、彼は「精霊眼」という、相手の本質を見抜く力を持っていた。
彼は試しに、太郎たちの力を覗いてみた。
(……!!?)
長老の目が飛び出るほど見開かれた。
まずは、後ろに控えるメイド服の女。
(な、なんだこの闘気は!? 剣の鬼神か!?)
次に、魔女の格好をした女。
(精霊たちが恐怖して逃げ出している……!? 大魔導師どころの騒ぎではない、歩く天災だ!)
そして、中心にいる男(太郎)。
(こ、こやつは……一見すると無力。だが、その背後に感じる底知れぬ「何か」……。まるで異界の神のような……!)
長老の額から滝のような冷や汗が流れた。
こんな化け物たちを追い返して、もし機嫌を損ねたら、エルフの里など一瞬で消滅してしまう。
「ちょ、長老様……?」
ヒブネが怪訝そうに声をかける。
長老はコホン、と咳払いをして、震える声で告げた。
「……よ、よかろう。ヒブネの恩人を無下にはできん。里の空き家を使うがよい」
「本当ですか! ありがとうございます!」
太郎は深々と頭を下げた。
長老は心の中で「頼むから暴れないでくれ」と精霊に祈っていた。
案内されたのは、見晴らしの良い巨木の上に作られたツリーハウスだった。
木製だが広々としており、窓からは森の緑と星空が一望できる。
「すごい! 秘密基地みたいだ!」
太郎は童心に帰ってはしゃいだ。
「風が気持ちいいですわ。ここなら誰にも邪魔されず、静かに暮らせそうです」
「えぇ。警備の心配も、結界とヒブネさんがいれば安心ですしね」
サリーとライザも気に入った様子だ。
「気に入っていただけて何よりです。……ですが、一つだけ問題がありまして」
ヒブネが申し訳なさそうに言った。
「問題?」
「はい。エルフの里の食事は、その……基本的に『木の実』と『干し野菜』だけなんです。人間の方には、少々味気ないかと……」
「えっ」
食いしん坊の太郎にとって、それは由々しき問題だった。
しかし、彼はニヤリと笑った。
「大丈夫だよ、ヒブネさん。食材がないなら、森で採ればいいし、調味料なら僕が持っている」
太郎はリュック(100円グッズ入り)をポンと叩いた。
「それに、ここには最高の料理人(僕)がいるからね。エルフの里の食文化も、僕たちが革命を起こしちゃうかもよ?」
「ふふ、頼もしいですね」
こうして、伝説の英雄一行による、エルフの里でのスローライフが始まった。
安住の地を得た太郎だが、質素倹約を旨とするエルフたちに、こってり現代料理が受け入れられるのか。
次なる戦い(料理)の幕が上がろうとしていた。




