EP 3
銀槍の同志、そして秘密の告白
港街ガルの賑やかな酒場。
木製のジョッキがぶつかり合う音が響く中、太郎たちはヒブネを囲んでテーブルについていた。
「それじゃあ、助けてくれたヒブネさんと、僕達の新しい門出に……乾杯!」
「乾杯です!」
黄金色のエールを流し込む。
新大陸の酒は少し度数が強いが、喉越しは悪くない。
「ぷはぁ! 美味い!」
一息ついたところで、太郎は向かいに座るヒブネに尋ねた。
「それにしても、ヒブネさんはどうして冒険者に? その腕前なら、どこかの国の騎士団でも引く手あまたでしょうに」
ヒブネは箸でつまみを突きつつ、真面目な顔で答えた。
「私はエルフの里を出て、武者修行の旅をしているのです。槍の道を極めるため、強敵との戦いを求めて……。それに、冒険者なら金銭も稼げますし、各地で困っている人々の人助けも出来ますから」
清廉潔白。まさに正義の味方のような動機だ。
「素晴らしいわ〜! 最近の若い冒険者は金と名誉のことばかりなのに、感心です!」
サリーが目を輝かせて拍手する。
しかし、ヒブネは少しだけ目を細め、じっと太郎たちを見据えた。
「……それにしても。貴方達は、相当にお強いですね」
ドキリ、と場の空気が変わる。
「えっ? い、いやだなぁ、僕達なんてただの――」
「隠していても、私には分かります」
ヒブネは静かに続けた。
「あのゴロツキ共が絡んできた時、そちらの奥様は剣を抜かずに制圧する気配を放っていました。そしてもう一人の奥様からは、周囲の空間が歪むほどの濃密な魔力を感じました。……そして太郎さん、貴方からは全く殺気を感じないのに、二人の猛者を従える『器』を感じます」
「ぐっ……」
流石は武者修行中のエルフ。誤魔化しが効かない。
「ただの商人や見習い冒険者ではないはず。……良ければ、事情をお聞かせ頂いても?」
ヒブネの瞳に悪意はない。ただ純粋な好奇心と、強者への敬意があるだけだ。
太郎は観念して、深いため息をついた。
「……分かった。正直に話すよ」
太郎は声を潜め、自分たちが異大陸の「太郎国」の国王と王妃であること、英雄扱いされるのが辛くて逃げてきたこと、そしてただの冒険者として自由に生きたいことを打ち明けた。
「……成る程。国王の地位を捨てて、自由と食を求めて出奔した、と」
話を聞き終えたヒブネは、呆れたように、しかしどこか楽しげに笑った。
「ふふっ、変わった方々ですね。権力を欲しがる人間は五万といますが、それを投げ打つとは」
「笑い事じゃないんですよぉ。どこに行っても『英雄様万歳』で、ゆっくりご飯も食べられないんですから」
太郎が頭を抱えると、ヒブネは優しく言った。
「ですが、安心してください。ここサバラー大陸までは、流石に『太郎国王』の名は伝わっていませんよ。海を隔てた異国の情報など、吟遊詩人の作り話程度にしか思われません」
「ほ、本当!?」
「えぇ。ここでは貴方はただの『佐藤太郎』です。誰も貴方を崇めたりしません」
その言葉は、太郎にとって何よりの救いだった。
「良かったぁ……! ここなら大丈夫だ!」
「本当に良かったですぅ。やっと肩の荷が下りましたわ」
安堵の空気が流れる中、太郎は一つの決断をした。
この実直で腕の立つエルフとなら、きっと良い旅ができる。
「ヒブネさん。良ければ僕達とパーティーを組みませんか? この大陸のことは右も左も分からなくて。君のような頼れる人がいてくれたら心強いんだ」
ヒブネは少し驚いた顔をしたが、すぐにライザの方を見た。
「私は構いませんが……奥様方は?」
「えぇ、大賛成です。ヒブネさんとは気が合いますもの。その槍の腕、是非お近くで見せて頂きたいわ」
ライザがニッコリと微笑むと、サリーも頷いた。
「私も! 真面目な常識人枠は貴重ですもの!」
「(常識人枠……?)」
ヒブネは首を傾げたが、差し出された太郎の手を握り返した。
「分かりました。微力ながら、貴方達の旅の槍となりましょう。よろしくお願いします、太郎さん」
「こちらこそ! よろしく!」
こうして、新たな仲間ヒブネを加えた新生「チーム太郎」が結成された。
真面目なヒブネが、太郎たちの規格外な行動(と100円グッズの謎)に振り回される日々が始まるのは、そう遠い未来の話ではない。




