EP 71
王国の裏切り、最強の「奥様」たちの決意
クラーケン討伐という特大の土産話を持って、太郎たちは意気揚々とアルクス領に帰還した。
馬車の窓から見える領地は、今日も平和そのものだった。
街道は整備され、集合住宅が並び、遠くからは『アルクスの湯』の湯気が立ち上っている。
「やっぱり、ここが一番落ち着くな」
太郎が安堵の息を漏らした、その時だ。
城の正門にて、普段は冷静沈着な家令のマルスが、顔面蒼白になりながら走り寄ってきた。
「大変です! 太郎様!!」
マルスの悲鳴のような声に、太郎たちの表情が一瞬で引き締まる。
「どうした? マルス。そんなに慌てて」
「王都に忍ばせていた密偵からの緊急情報が入りました……。デルン王国軍が、アルクス領に攻めてくるとの情報です!」
「なっ……!?」
場が凍りついた。
デルン王国軍。それは太郎たちが守り、救ってきた国そのものだ。
「王国軍が? 何故アルクス領に攻めてくるの!? 私達、ドラゴンやベヒーモスを倒して国を救ったのよ!?」
サリーが信じられないといった様子で声を荒らげる。
「何故なのだ? マルス。僕達は何か不敬を働いただろうか」
「……いえ。原因は、皮肉にもこの『アルクス領の急速な発展』そのものかと」
マルスは悔しげに唇を噛んだ。
「領民は潤い、経済は回り、食糧事情も劇的に改善しました。さらに、サリー様の魔法兵団、ライザ様の騎士団、そしてガンダフの作った大砲……。アルクスの武力と影響力は、既に王家のそれを凌駕しています」
「まさか……」
「はい。貴族院やバゴール王は恐怖したのでしょう。『このままでは、勇者太郎に寝首をかかれる』『アルクスが独立を宣言すれば、王国は乗っ取られる』と」
疑心暗鬼。
英雄が強くなりすぎた時、主君はそれを脅威とみなす。歴史上繰り返されてきた悲劇が、ここでも起ころうとしていた。
「愚かな……。アルクス領の発展は、税収や技術供与の面でデルン王国に多大な利が有ると言うのに」
ライザが怒りを込めて吐き捨てた。
彼女たちが魔物を倒し、領地を豊かにしたのは、全て人々の平和のためだ。それを「反逆の準備」と捉えられるとは。
「既に国境付近に、王立騎士団の主力部隊が集結しつつあります。その数、およそ3万。……太郎様、ご決断を」
マルスが膝をつき、主人の判断を仰ぐ。
降伏して武装解除し、幽閉されるか。それとも――。
太郎は閉じていた目を開けた。
脳裏に浮かぶのは、スーパー銭湯で笑う老人たち、ラーメンを美味しそうにすする冒険者たち、そして自分を慕ってくれる領民たちの顔。
ここで降伏すれば、彼らの「自由」と「笑顔」は奪われ、この街は貴族たちに食い物にされるだろう。
「……戦うなんて、したくないけど」
太郎が呟くと、左右から温かい手が重ねられた。
「私は何処までも太郎様に付いて行きますよ」
サリーが優しく、しかし力強い瞳で微笑む。
「国が相手だろうと関係ありません。私は貴方の妻。……『無敵の奥様』ですから。愛する家庭を壊す者は、科学魔法で消し飛ばします」
「私もです。この剣は、太郎様と、太郎様が愛する街を守るためにあります」
ライザが剣の柄に手を添える。
「S級冒険者として、そして太郎様の『最強の奥様』として、全軍まとめてお相手しましょう」
『ピカリだって! ピカリもパパを守る!』
ピカリも小さな胸を張った。
家族の絆は、王国の軍勢よりも固い。
「皆、ありがとう……」
太郎の迷いは消えた。
彼は領主の顔になり、力強く命じた。
「マルス! 直ぐ様、防衛網を敷け! ガンダフの大砲部隊、サリーの魔法兵団、ライザの騎士団、総動員だ!」
「ハハッ! 仰せのままに!」
「売られた喧嘩だ。……デルン王国と、一戦交える!!」
平和を愛する元コンビニ店員が、ついに国に対して反旗を翻した。
アルクス独立戦争。
後に歴史書に記されることになる、伝説の防衛戦が始まろうとしていた。




