EP 66
衣はサクサク、中身はプリプリ! 天ぷら選抜選手権
アルクス城の領主執務室。
書類仕事の合間、太郎は窓の外を見つめながら、重いため息をついていた。
(……天ぷらが、食べたいッ!)
TKG、刺身ときて、次に脳裏を支配したのは「揚げ物」の王様、天ぷらだった。
カラッと揚がった黄金色の衣。サクッという軽快な音と共に、中から溢れ出す海老や野菜の旨味。それを天つゆと大根おろしで頂く。
(しかし……天ぷらはハードルが高い!)
太郎は頭を抱えた。
天ぷらは単純に見えて奥が深い。衣の粘度、油の温度管理、揚げ時間。
素人の太郎が適当に作れば、ベチャベチャのフリッターか、焦げた炭になるのが関の山だ。
美味しい天ぷらは、熟練の職人の腕があってこそ輝く。
「だが、どうしても食べたい! 夢に出るほど食べたい!」
自分で作れないならどうするか?
太郎の頭脳(食欲)が光速で回転し、一つの結論を導き出した。
「そうだ……作れないなら、作れる料理人を雇えば良いじゃないか! 金も権力もあるんだし!」
「はぁ? 料理人大会を開くと?」
呼び出されたマルスは、主人の突拍子もない提案に目を丸くした。
「うむ! アルクスは今や大陸屈指の都市だ。食文化こそが、領地の文化レベルを更に高める事に繋がる! 優れた料理人は宝だ!」
太郎は熱弁を振るった。
「大会を勝ち抜いた逸材は、城の専属料理人として高給で召し抱える! 是非開催するべきだ!」
「ま、まぁ……確かに城の料理人の数は足りていませんし、食文化の発展は重要ですが……」
マルスは少し戸惑ったが、太郎の熱意に押された。
横にいたサリーとライザも顔を見合わせる。
「太郎様、最近すごく食にこだわりますわね」
「まぁ、美味しいものが食べられるなら賛成だけど」
「わ、分かりました。太郎様の仰せのままに」
マルスは深々と頭を下げた。
こうして、アルクス領主催**『第一回 大陸No.1料理人決定戦』**の開催が布告された。
大会当日。
アルクスの広場には、特設の調理場がずらりと並び、大陸中から腕に覚えのある料理人たちが集結していた。
優勝賞金と「英雄の専属料理人」という名誉を求め、参加者は百人を超えた。
「さて、本戦の課題を発表する!」
審査員席に座った太郎が立ち上がった。
「テーマは……これだ!」
太郎はウィンドウから、一冊の本と大量の食材を取り出した。
本は**『プロが教える 天ぷらの極意』。
食材は『薄力粉』、『サラダ油』**、そして新鮮な海老や野菜だ。
「この本を参考に、最高の『天ぷら』を作った者を優勝とする!」
「て、てんぷら……?」
「なんだその料理は? 揚げ物か?」
料理人たちは困惑しながらも、渡されたレシピ本を必死に読み込み、調理を開始した。
「火力が強すぎる! 焦げたぞ!」
「衣が剥がれてしまった!」
「ベチャベチャだ……こんなの料理じゃない!」
会場は阿鼻叫喚に包まれた。
この世界の「揚げ物」は、厚い衣でじっくり揚げるスタイルが主流。
薄い衣で、素材の水分を活かしつつ蒸し揚げる「天ぷら」の繊細な技術は、彼らにとって未開の領域だった。
太郎が試食する。
「う〜ん、油っぽい」
「これは生焼けだね」
「衣が重すぎるなぁ」
脱落者が続出する中、一人の参加者が静かに鍋と向き合っていた。
長い耳に、透き通るような銀髪。エルフの女性だ。
彼女は目を閉じ、油の音を聞いていた。
パチパチ……ピチピチ……。
「……今」
彼女は流れるような所作で、海老を油に滑らせた。
菜箸で衣の花を咲かせ、絶妙なタイミングで引き上げる。
その動きは、まるで魔法の儀式のようだった。
「出来ました」
彼女が差し出した皿には、芸術的なまでに美しい黄金色の天ぷらが盛り付けられていた。
「こ、これは……!」
太郎はゴクリと喉を鳴らした。
箸で海老天を持ち上げる。衣が立っている。
天つゆに少しだけ浸し、口へ運ぶ。
サクッ……!
軽やかな音が響いた。
サクサクの衣を突破した瞬間、中の海老がプリッと弾け、凝縮された甘味と香りが口いっぱいに広がる。
「……ッ!!」
太郎は震えた。
「衣は空気のように軽く、しかし素材の旨味を完全に閉じ込めている。油切れも完璧だ……!」
次は野菜のかき揚げだ。
サクサク、ホロホロと口の中で解け、玉ねぎの甘味が広がる。
「うまい! これだよ! 僕が求めていたのはコレだ!!」
太郎は立ち上がり、万雷の拍手を送った。
「優勝! 優勝は君だ!」
おおおおおおっ! と歓声が上がる。
「君の天ぷらは最高だったよ。名前を聞かせてもらってもいいかな?」
太郎が尋ねると、エルフの女性は涼しげな顔で一礼した。
「……サクヤと申します。森を出て、各地の料理を学んでおりました。お褒めに預かり光栄に存じます」
「サクヤさん、君を城の料理長として迎えたい。どうかな?」
「はい。この『天ぷら』という未知の調理法……さらに極めてみたいと思いました。謹んでお受け致します」
サクヤは薄っすらと微笑んだ。その美貌に、会場の男性陣が見惚れる。
「……ねぇ、ライザ。あの方、すごく美人じゃない?」
「えぇ。しかも料理上手……。これは強力なライバル出現ですわ」
サリーとライザが少しだけ目を細めたが、太郎は天ぷらに夢中で気づかない。
こうして、アルクス城に「天ぷらの達人」サクヤが加わり、太郎の食生活は更なる高みへと進化していくのだった。




