EP 63
剣姫の休日、透けるドレスと乙女心
アルクス城の騎士鍛錬所。
そこには、泡を吹いて倒れている騎士たちの山が築かれていた。
「いいですか! 休憩は終わりです! 立てない者は這ってでもついて来なさい!」
鬼教官ライザの怒号が響く。
彼女は騎士たちに地獄の特訓メニュー(筋トレフルコース&実戦形式組手100本)を課した後、涼しい顔で竹刀を置いた。
「ふぅ……。午前の部はこれで終わりです。午後は自主練とする!」
ライザは颯爽と城を出て、街へと向かった。
その足取りは、いつもの凛としたものではなく、どこか焦りを帯びていた。
(……サリーが最近、太郎様と妙に仲が良い)
先日、サリーが謎のコスプレをして太郎に褒められたという情報を、ライザは耳にしていた。
あの抜け駆けは許せない。
正妻(の一人)として、私も太郎様の心を鷲掴みにしなければ!
ライザは、サリーも訪れたという城下町の洋服屋にやってきた。
店内を見渡し、そして「例のブツ」を発見した。
「こ、このワンピースは……透けているではないか……」
ライザは震える手で、レース生地だけで作られたような大胆なドレスを手に取った。
「なんと破廉恥な……。これが最近の流行りなのか? 下着が丸見えではないか」
騎士としての貞操観念が警鐘を鳴らす。
だが、悪魔の囁きも聞こえる。『これを着れば、太郎様はイチコロよ』と。
「わ、私も着るべきなのか……? しかし、あまりにも……むむむ……」
鏡の前でドレスを合わせ、顔を真っ赤にして葛藤するライザ。
その時だった。
「泥棒よおおおお!! 誰か捕まえてー!!」
外から女性の悲鳴が聞こえた。
「何!?」
ライザの身体が反射的に動いた。
ドレスを棚に戻すや否や、店を飛び出す。
「アルクスで悪事は許しません!」
逃走する男の背中が見える。ライザは地面を蹴った。
一瞬で距離を詰め、抜刀することなく鞘のまま、男の後頭部に一撃を見舞う。
「ハッ!」
ガチンッ!
鮮やかな峰打ち(鞘打ち)。泥棒は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「まぁ! ありがとうございます! 騎士様!」
被害者の女性が駆け寄ってくる。
「なんてお強い……! 良かったらお礼にお茶でも……」
「い、いや……その……す、すまない!」
ライザは顔を背けた。
今は「強くてカッコいい騎士様」として褒められたいわけではない。「守りたくなるような可愛い女性」を目指して買い物に来ていたのだ。
そのギャップに耐えきれず、ライザは脱兎のごとく走り去った。
息を切らして、再び洋服屋の前に戻ってきたライザ。
「はぁ、はぁ……。気を取り直して……」
再び、あの透け透けドレスの前に立つ。
「こ、これも太郎様のハートを鷲掴みする事に繋がるなら……。しかし、やはり下品すぎじゃないか? 太郎様は清楚な方がお好きなのでは……?」
剣の道なら迷わないが、恋の道は迷宮入りだ。
ライザが腕組みをして唸っていると――。
「きゃああああ!! オークよおおおお!!」
再び、今度はより深刻な悲鳴が響いた。
「何!? オークだと!?」
アルクスの街中に魔物が出現するなど緊急事態だ。
ライザはドレスのことなど瞬時に頭から消し飛んだ。
「どきなさい!!」
群衆をかき分け、広場へ飛び出す。
そこには、ダンジョンから迷い出たのか、体長2メートルを超えるオークが棍棒を振り上げていた。
「グルァアアア!!」
「そこまでだ、下劣な豚め!!」
ライザは愛剣を抜き放ち、疾風のごとく肉薄した。
「剣技・瞬閃!」
ザンッ!!
交差した瞬間、オークの首が宙を舞った。
あまりにも早すぎる決着。
「すげぇ!! 流石ライザ様だ!!」
「一撃だぞ! なんて強さだ!」
「カッコいいぃぃぃ!! 憧れるぅ!」
街の人々から割れんばかりの喝采が浴びせられる。
黄色い声援。尊敬の眼差し。
しかし、ライザの心は沈んでいた。
(ち、違うんだ……私が……好かれたいのは……)
こんな風に、男勝りに魔物を斬り伏せる姿ではない。
もっとこう、か弱くて、太郎様に「守ってあげたい」と思われるような……。
「……すまないッ!!」
「えっ? ライザ様!?」
ライザは再び、称賛の声を背にして全速力で走り出した。
もはや洋服屋に戻る気力もなかった。
アルクス城、中庭。
太郎がのんびりとサツマイモ畑の手入れをしていると、猛烈な勢いでライザが走ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
肩で息をするライザ。髪は乱れ、頬は紅潮している。
「あれ? ライザ、どうしたの? まだ訓練? えらいね、熱心だなぁ」
太郎はてっきり、彼女が自分に課したトレーニングで走ってきたのだと思った。
その言葉が、ライザの最後の理性を切った。
「違います……ッ!」
「え?」
「私が……私が好かれたいのは、街の人達ではありません! 太郎様! 貴方です!!」
ライザは叫んだ。
「強くてカッコいい騎士なんかじゃなく、一人の可愛い女として、貴方に愛されたいのです!!」
魂の叫び。
太郎はきょとんとして、そして優しく微笑んだ。
「え? ……うん、知ってるよ。僕はライザが好きだけど?」
「へ?」
「強くてカッコいいライザも、料理を美味しそうに食べるライザも、全部含めて大好きだよ。無理して変わる必要なんてないさ」
太郎にとって、ライザはそのままで十分に魅力的だった。
その言葉を聞いた瞬間、ライザの目から涙が溢れた。
「太郎様ぁ……♡」
「うわっ!」
感極まったライザが、勢いよく太郎に抱きついた。
S級冒険者のタックルである。
「ん? んん? ぐぇっ……!」
太郎は受け止めきれずに畑にひっくり返った。
土まみれになりながらも、胸の中で「大好きです」と繰り返す愛妻の頭を、太郎は苦笑いしながら撫でてやるのだった。




