EP 56
科学と魔法の融合、サリー先生の熱血授業
城下町でガンダフたちが「アルクス・スーパー銭湯」の建設工事に槌音を響かせていた頃。
城の一室では、別の意味で熱い「改革」が始まろうとしていた。
リビングのテーブルには、太郎が『書籍』カテゴリから取り出した本が山積みになっている。
『中高生の科学~物理・化学~』
『人体の仕組み図鑑』
『家庭の医学』
『危険物取扱者乙種4類テキスト』
サリーは、それらの本を鬼気迫る表情で読み漁っていた。
「成る程……燃焼の三要素は可燃物、酸素、点火源……。炎を大きくするには魔力を増やすのではなく、酸素供給量をイメージすれば……」
ブツブツと独り言を言いながら、ページをめくる手が止まらない。
「成る程成る程……。人体の血管の構造はこうなっていて、細胞の修復プロセスは……」
「よく読めるなぁ、サリーは。僕には字が細かくて、難しくって分からないや」
太郎はコーヒーを差し入れながら苦笑した。
これらは現代日本の知識の結晶だ。太郎にとっては「学校で習ったけど忘れたこと」だが、この世界の住人にとっては「神の知識」に等しい。
「いえ! 面白い! 面白いですわ! 太郎様!」
サリーがバッと顔を上げ、目を輝かせた。
「世界の仕組みが分かって、魔法の解像度が段違いに上がります! なぜ火が燃えるのか、なぜ傷が治るのか。その『理屈』を知れば、魔力の効率が何倍にもなるんです!」
「そ、そうか。頑張って、サリー」
太郎は妻の熱意に圧倒されつつも、応援することにした。
それから三日三晩。
サリーは本当に寝食を忘れて没頭した。
「ご飯だよ」と太郎がサンドイッチを口に運んであげないと食べないほどの集中力で、彼女は現代科学の基礎知識を脳に叩き込んだ。
そして四日目の朝。
目の下にクマを作りつつも、瞳をギンギンに輝かせたサリーが、太郎の手を引いた。
「太郎様! 太郎様! 魔法鍛錬所へ来てください! 見てて下さいね!」
連れてこられたのは、騎士団が訓練を行う広場だ。
そこには頑丈な鉄製の訓練用カカシが設置されていた。
サリーは杖を構えた。
以前のような、ただ魔力を放出するだけの構えではない。風の流れ、大気中の酸素濃度、熱量の収束――全てを計算に入れた構えだ。
「行きます……」
サリーが詠唱を始める。
「大気に満ちる酸素よ、我が魔力を燃料とし、螺旋を描いて収束せよ! 『フレイム・ストーム』!!」
ボォッ!!
放たれたのは、ただの火の玉ではなかった。
中心に強烈な上昇気流を発生させ、周囲の酸素を巻き込んで燃え上がる「炎の竜巻」だ。
ゴーッ!! というジェットエンジンのような音と共に、鉄のカカシが一瞬で赤熱し、ドロドロに溶け落ちた。
「す、凄いよ! サリー!」
太郎は腰を抜かしそうになった。
以前の魔法より、威力も温度も桁違いだ。しかも、使った魔力量は以前より少ないように見える。
「やりました……!」
サリーは荒い息を吐きながら、ガッツポーズをした。
「本を読んだら、魔力が湧き上がってきて、イメージが明確になったんです! 『燃える』という現象を理解したことで、無駄な魔力消費がなくなり、威力が倍増しました!」
彼女は興奮冷めやらぬ様子で、太郎に詰め寄った。
「太郎様! このノウハウを、城の魔法兵さんや僧侶兵さんに教えたら、きっと皆強くなれます! 血管の位置も知らずにヒールをかけるより、解剖図を知っていたほうが絶対に治りが早いですから!」
「そ、そうなのか。サリーがそう言うなら間違いないね」
「はい! 直ちにカリキュラムを組みます!」
その日の午後から、アルクス城の中庭で「サリー先生の特別授業」が始まった。
「いいですか! 皆さん! 炎を出す時に『熱くなれ』と念じるだけでは二流です!」
サリーは黒板(これも太郎が出した)に、チョークで化学式と人体図を描き殴っていた。
「そこに『酸素』という燃える手助けをする空気を送り込むイメージを持つのです! そして回復魔法班! 骨折を治す時は、骨芽細胞の活性化を意識してください!」
「さ、さんそ……?」
「こつがさいぼう……?」
最初はポカンとしていた魔法兵や僧侶兵たちだったが、サリーの指導通りにイメージして魔法を行使すると、明らかに効果が変わることに気づき始めた。
「す、すげぇ! 小さな魔力で大きな火が出たぞ!」
「傷の塞がり方が早い! これが『科学』の力か!?」
「そうです! これぞ勇者太郎様がもたらした叡智! さぁ、次は原子構造について学びますよ!」
鼻息を荒くして教鞭を振るうサリーと、それに熱狂して従う兵士たち。
太郎はその様子を遠くから眺め、ポツリと呟いた。
「……なんか、アルクスが軍事大国になっちゃいそうだなぁ」
100円ショップの本一冊が、異世界の軍事バランスを崩壊させかねない瞬間だった。
しかし、これで領地の防衛力が上がるなら良しとしよう。太郎はそっとその場を離れ、平和なサツマイモ畑の水やりに向かうのだった。




