EP 44
幸せ太りと、ダンジョン・ラッシュ
あの大聖堂での結婚式から数ヶ月。
アルクスの丘の上に建つ「英雄の家」では、穏やかで甘い新婚生活が続いていた。
朝起きれば二人の愛妻による美味しい朝食があり、昼は庭の手入れや街の散策。夜は……まあ、幸せそのものだ。
しかし、根っからの冒険者気質――あるいは、男としての本能がうずき始めた。
「そろそろ……冒険したいな」
リビングで食後のコーヒー(100円ショップのドリップパック)を飲みながら、太郎がぼんやりと呟いた。
それを聞いたサリーが、大きく伸びをした。
「そうねぇ。ずっと平和ボケしてたら腕が鈍っちゃうし、そろそろ復帰しないと」
「あら、良い心がけですわ、サリー」
ライザが紅茶のカップを置き、サリーのわき腹をツンと突っついた。
「最近、少しふっくらしたんじゃなくて? 所謂『幸せ太り』というやつかしら」
「ひゃっ!? ラ、ライザ! そ、そんなわけないわよ!」
サリーが慌ててお腹を引っ込める。
「た、ただ服が縮んだだけよ! 毎晩、太郎さんのカレーとかスイーツが美味しいのがいけないのよ!」
「あはは、ごめんごめん。でも、運動不足解消も兼ねて、久しぶりにギルドに顔を出してみようか」
「賛成です。ピカリも退屈して、庭の虫を追いかけ回していますからね」
三人と一匹は装備を整え、久しぶりに冒険者ギルドの門をくぐった。
扉を開けた瞬間、凄まじい熱気が押し寄せてきた。
「剣を研げ! ポーションは持ったか!」
「パーティーメンバー募集! 前衛求む!」
いつになく殺気立っている――いや、活気づいている冒険者たちでごった返している。
「すごい賑わいね……何かあったのかしら?」
人波をかき分けて食堂へ向かうと、そこにはいつものように大盛りのカレーライスを豪快にかき込むギルドマスター、ヴォルフの姿があった。
「ガハハハ! 旨い! やはり太郎カレーは精が出るわい!」
「お父様、嬉しそうね。何か良いことでもありましたか?」
ライザが声をかけると、ヴォルフはスプーンを置き、ニヤリと笑った。
「よぉ、太郎さん、ライザ、サリー。来て早々だが、聞いて驚くなよ? なんと、アルクスの北の山脈に**『ダンジョン』**が出現したんだ!」
「ダンジョン!?」
太郎が素っ頓狂な声を上げた。
RPGの代名詞。地下迷宮。モンスターの巣窟。
「そうだ。古代の遺跡か、あるいは魔力の溜まり場か……とにかく、未踏の地下空間への入り口が見つかった。となれば、何があるか分かるな?」
ヴォルフは冒険者たちを親指で指差した。
「ガハハハ! ダンジョンが出来たとなると、財宝が付き物だ。古代の魔導具、金銀財宝、未知の素材……一攫千金のチャンスだ。見ろ、普段はだらしない冒険者達が目の色を変えていやがる」
「ふふ、だからお父様も嬉しそうなんですね。元冒険者の血が騒ぐのかしら」
「違いねぇ! 立場がなけりゃあ、ワシが一番に潜っているところだ!」
ヴォルフは豪快に笑い、太郎の肩を叩いた。
「どうだ? お前らもダンジョン攻略してみるか? A級冒険者、いや『ドラゴンスレイヤー』の実力を見せる良い機会だぞ」
「ダンジョン、か……」
太郎は少し考え込んだ。
ダンジョン探索といえば、暗闇、狭い通路、そして長期間の野営が必要になる過酷な環境だ。
普通の冒険者なら、重い松明や、保存の効く硬い干し肉、薄っぺらい毛布を持っていくのが関の山だろう。
しかし、太郎には**『100円ショップ』**がある。
(暗闇? LED懐中電灯やヘッドライトがあれば真昼のように明るい)
(食事? 缶詰やカップ麺、レトルト食品なら、美味しくて温かい食事がとれる)
(睡眠? 高機能な寝袋やエアマットがあれば、岩場でも快適だ)
太郎の脳内で、ダンジョン攻略のビジョンが鮮明に組み上がっていく。
これは単なる冒険ではない。圧倒的な「後方支援物資」の差を見せつけるチャンスだ。
「ダンジョン攻略となると、懐中電灯や携帯食や寝袋なんか売れそうだな……。他の冒険者にも需要があるはずだ」
「なるほど! 太郎さんのスキルにぴったりね!」
サリーが手をポンと叩く。
「暗くてじめじめした場所でも、太郎さんの道具があれば快適に過ごせますわ」
ライザも同意する。
「よし、一儲けするか! ダンジョンの最深部を目指しつつ、この便利な道具の力を見せつけてやろう!」
「おー!」
『ピカリもー! 宝箱あけるー!』
こうして、S級冒険者を目指す第一歩として、太郎たちは「快適すぎるダンジョン攻略」へと乗り出すことになった。




