EP 39
お汁粉の奇跡と、雷光の剣
西の山脈。
硫黄の匂いと熱気が立ち込める荒野の只中に、その巨体はあった。
全身を鋼鉄よりも硬いエメラルドグリーンの鱗に覆い、長い首と巨大な翼を持つ伝説の生物。
エンシェント・ドラゴン。
「よし、行くぞ……!」
岩陰から姿を現した太郎は、挨拶代わりに「必殺の矢」を弓につがえた。
先手必勝。これまでの勝利の方程式だ。
シュッ!!
放たれた漆黒の矢が、ドラゴンの眉間へと一直線に飛ぶ。
『グルル……』
ドラゴンは億劫そうに片目を開け、ほんの僅かに翼を動かした。
バサァァッ!!
「なっ!?」
たった一振り。それだけで台風のような暴風が発生した。
空気を切り裂いて飛んでいたはずの必殺の矢が、圧倒的な風圧の壁に阻まれ、軌道を逸らされて岩肌に激突する。
ドゴォォォン!!
虚しく遠くで爆発する矢。
ドラゴンは「蚊が止まった」程度にしか感じていないようだ。
「嘘だろ……風圧だけで防いだ!?」
「行きます! 私が注意を惹きます!」
驚愕する太郎を他所に、ライザが飛び出した。
彼女は爆風を背に受け、加速してドラゴンの足元へと滑り込む。
「ハァァァッ!!」
闘気を纏った長剣がドラゴンの脚を斬りつける。
ガギンッ! と硬い音が響くが、僅かに刃が食い込み、ドラゴンが不快そうに咆哮した。
『グオオオオオッ!!』
ドラゴンが暴れだす。巨大な尻尾が振り回され、爪が地面を抉る。
「くっ! 動き回られると必殺の矢は撃てない! 爆発でライザを巻き込んでしまう!」
あの威力だ。至近距離で戦うライザごと吹き飛ばしてしまう。
太郎は必殺の矢を矢筒に戻し、通常の鉄の矢を連射し始めた。
「援護する! 目や関節を狙うんだ!」
ピカリも飛び回り、ドラゴンの視界を撹乱する。
一進一退の攻防が続く中、後方支援のサリーが杖を振るった。
「氷よ! 竜を貫く弾となれ! 『アイス・バレット』!!」
無数の氷の礫が生成され、ドラゴンの翼の付け根を打つ。
『ギャッ!』
「よし! 鱗の薄いところならダメージが通っているぞ!」
太郎が叫ぶ。だが、サリーの様子がおかしい。
彼女は肩で息をし、足元がふらついていた。
「はぁ、はぁ……でも、もう魔力が残ってない……」
連戦と高高度での移動、そして強力な魔法の連発。サリーのスタミナは限界だった。
魔法を使うには集中力と糖分が必要だ。ガス欠の車と同じで、これでは魔法が暴発しかねない。
「魔法って……脳の疲れだよな……そうだ!」
太郎は瞬時にウィンドウを開き、『食品・飲料』からある物を取り出した。
プシュッ、とプルタブを開ける音。
「サリー! これ飲んで! 疲れた時には甘い物だよ!」
太郎はサリーに駆け寄り、赤い缶を渡した。
「おしるこ? 温かくない、冷たいわ」
「**『冷やしお汁粉』**さ! 糖分補給にはこれが一番!」
サリーは言われるがままに、缶の中身を一気に飲み干した。
ドロリとした小豆の甘さと、冷たい液体が喉を通り、胃に染み渡る。
強烈な甘味が脳に直撃し、霞んでいた視界がクリアになっていく。
「んんっ……! 甘くて美味しい! 頭がシャキッとするわ!」
サリーの瞳に力が戻る。魔力が奔流となって溢れ出した。
「魔力も回復してきたわ! よ~し! 負けないんだから!」
サリーは杖を高く掲げた。
「ライザ! 離れて!」
前線のライザがその声に反応し、バックステップで距離を取る。
「地の神よ! 岩の雨を降らせよ! 『ロック・レイン』!!」
ズズズズ……!
ドラゴンの頭上の空間が歪み、巨大な岩塊が次々と落下した。
『グルァッ!?』
ドガガガガッ!!
豪雨のような岩の打撃に、さしものドラゴンも体勢を崩し、その巨体が岩山に埋もれて動きを封じられた。
「今ですッ!」
ライザが瓦礫を蹴って跳躍した。
全身全霊の闘気を、剣の切っ先に一点集中させる。
「ハァァァァッ!!」
ザクッッ!!
長剣が、ドラゴンの堅牢な鱗の隙間――首元の逆鱗を深々と貫いた。
剣は深々と刺さり、ライザはその柄から手を離して退避する。
「サリー! 今だ!」
「分かってるわ! 避雷針代わりね!」
サリーは杖を突き出し、仕上げの魔法を放つ。
「雷よ! かの者に聖なる雷を! 『サンダー・シュート』!!」
バチッ!!
放たれた青白い電撃は、ドラゴンに突き刺さったままの「金属製の剣」へと吸い寄せられた。
電気は抵抗の少ない金属を通り、ドラゴンの体内へと直接流し込まれる。
『ギョォォォォォォォォォォッ!!!』
外側の鱗がいくら硬くても、内臓は焼かれる。
ドラゴンは全身を痙攣させ、口から煙を吐き、やがてその瞳から光が消えた。
ズゥゥゥン……と地響きを立てて、最強の生物が崩れ落ちた。
「…………」
静寂の後、ピカリの声が響いた。
『やったー!!』
「やったぁ!」
「倒しました……本当に、ドラゴンを……」
太郎、サリー、ライザはその場にへたり込み、互いに顔を見合わせた。
「サリー、流石ね! あの連携、完璧でした!」
「えへへ、皆のお陰だよ~。あのお汁粉が効いたわ!」
「僕たちの勝利だ!」
三人は立ち上がり、泥だらけのまま強く抱きしめ合った。
A級冒険者として、そして真の英雄として、彼らは伝説を成し遂げたのだった。




