EP 12
哀しき道具と、蒼き月光の鎮魂歌
【太郎国上空・魔王グレンデル頭上】
「フハハハハ! 生きている? 痛みがある? だからどうした?」
魔王グレンデルは、太郎の義憤を心底不思議そうに鼻で笑い、そして嘲るように言い放った。
「道具は、主人に使われるために存在する! それが当然の理であろうが! この世界の全ての生命は、我が復活のための、そして我が愉悦のための『道具』に過ぎんわ!」
グレンデルが腕を広げると、再生された魔獣たちが苦悶の声を上げながら、その巨体を守る壁となった。
「その道具を、我がどう使おうが、壊そうが、混ぜようが……それは我が勝手よ! さあ、貴様も、我が『道具』の一部となるがいい! 死ねい!」
グレンデルの六つの赤い目が、禍々しく発光した。
そこから放たれたのは、闇のエネルギーそのものと言うべき、極太の破壊光線。
「くっ! させません!」
ヴァルキュリアが神速の反応で回避行動をとる。
ジュヴォォォォッ!!
光線がかすめた空気がプラズマ化し、熱波が二人を襲う。
太郎は、眼下の怪物を悲しげに見下ろした。
「お前は……なんて、悲しい奴なんだ」
「あ?」
「1人なんだな、お前は。周りを道具としか見れないから、誰も、お前を本当に理解しようとはしない。誰も、お前のそばにはいてくれない」
太郎の脳裏に、デュークやフレア、フェリル、そしてサクヤたちの笑顔が浮かぶ。
共に食卓を囲み、笑い合える仲間たち。
目の前の魔王には、その「温もり」が永遠に欠落している。
「だから、こんな風に、恐怖と力で全てを支配しようとするしかないんだ。……なんて、悲しい奴だ」
その言葉は、魔王の逆鱗に触れた。
「な、何だと!? 貴様、この我に向かって……『哀れ』だと!?」
グレンデルの顔が屈辱に歪む。
「我を……我を馬鹿にするなあああ!!」
怒り狂ったグレンデルが、周囲の魔獣を取り込み、さらに巨大化しようとする。
太郎は覚悟を決めた。
「ヴァルキュリア! グレンデルの真上に飛んでくれ!」
「御意!!」
ヴァルキュリアは一瞬の躊躇もなく急上昇し、巨大な魔王の完全なる頭上を取った。
「そんなに道具が好きなら! くれてやるよ!」
太郎はスキルウィンドウを展開した。
「僕が持ってる、とっておきの『道具』をな! これでも食らえ!」
「スキル発動! 『カセットボンベ(3本入りセット)』×33333セット……合計99999個購入!!!!」
ズゴゴゴゴゴゴゴ……!!
空が暗くなった。
雲ではない。太郎が亜空間から呼び出した、おびただしい数の金属缶だ。
「な、なんだこれは!? 異質な物体が!?」
次の瞬間、魔王グレンデルの頭上から、文字通り鉄の雨あられが降り注いだ。
ガシャン! ガキン! ドカカカカカッ!!
「ぐわあああああっ!? い、痛くはないが、鬱陶しいわ!!」
10万個近いカセットボンベが、その巨体に次々と激突し、山のように積み重なっていく。グレンデルは視界を遮られ、動きを封じられた。
だが、真の恐怖はここからだ。
その中には、可燃性のガスが満タンに入っているのだから。
「仕上げだ!」
太郎は、『必殺の矢』を素早く『真・雷霆』につがえた。
「燃えろぉぉぉッ!!」
放たれた灼熱の矢が、カセットボンベの山へと吸い込まれる。
着弾した瞬間、引火した。
ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!
世界が白く染まった。
燃料気化爆弾にも匹敵する、連鎖的な大爆発。
凄まじい炎の壁と衝撃波が、魔王グレンデルの巨体を完全に飲み込んだ。
「ぐうううううううううううううっっ!!!!」
爆炎の中から、初めてグレンデルの「苦悶の叫び声」が響き渡った。
再生能力が追いつかないほどの熱量が、彼の細胞を焼き尽くしていく。
しかし、太郎はまだ弓を下ろさなかった。
彼は、再び『真・雷霆』を構え、最後の一本の『必殺の矢』をつがえた。
(……これで終わりにする。でも、最後くらいは……安らかに)
彼の心は、もはや怒りではなかった。
目の前の、力でしか他者と繋がれなかった歪んだ存在への、深い「哀れみ」と「鎮魂」の想い。
キィィィィィン……
その主の心に、愛弓『真・雷霆』が激しく共鳴した。
黄金の雷が静まり、代わりに弓と矢は、まるで夜空に輝く月そのもののような、静かで、清らかで、そしてどこまでも優しい**「蒼き月光」**の輝きを放ち始めた。
その光が戦場に降り注ぐと、奇跡が起きた。
「ア……アァ……」
「ウ……オレ……タチ……」
グレンデルに取り込まれ、操られていた魔獣たちが、光に触れた瞬間に正気を取り戻したのだ。
呪縛が解け、彼らは一斉にグレンデルから離れ、そして反旗を翻した。
「な、何ぃ!? 我が『道具』が、我に逆らうだとぉぉぉ!?」
黒焦げになったグレンデルが叫ぶ。
「馬鹿なぁぁぁっ! 貴様らは道具だ! 主人の言うことを聞けぇぇぇ!!」
「……悲しい奴だ、お前は」
太郎は弓を引き絞る。
「だから、もう、楽にしてやる……!」
蒼き月光の矢に、『真・雷霆』に宿る三柱(竜・狼・不死鳥)の力と、太郎自身の魂の力が注ぎ込まれていく。
それは破壊の光ではなく、浄化の光。
「我を! この魔王グレンデルを、侮辱するなぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
グレンデルは最後の力を振り絞り、六つの目から全エネルギーを込めた破壊光線を放とうとした。
太郎は静かに名を紡いだ。
太陽の輝きと、月の慈悲を併せ持つ、究極の一撃。
「『雷霆金烏玉兎の一矢』!!!!!」
ヒュンッ……!
太郎の手から放たれた蒼き月光の矢は、音もなく空を駆けた。
グレンデルが放った渾身の破壊光線は、まるで暗雲を通す月光のように、矢に触れた瞬間に霧散した。
そして。
ドクンッ!
矢は吸い込まれるように、グレンデルの眉間へと深々と突き刺さった。
「…………あ?」
爆発は起きなかった。
矢が突き刺さった瞬間、グレンデルの巨大な体が、ドクンと大きく脈打った。
体の中を暴れまわっていた黒い憎悪が、蒼い光によって洗い流されていく。
その六つの赤い目から、険しい光が消えた。
そこに浮かんだのは、生まれて初めて感じる、憎悪でも、怒りでも、恐怖でもない……穏やかな色。
「な、なんだ……これ、は……?」
グレンデルは、自分の手が光の粒子になって崩れていくのを見つめた。
痛くない。苦しくない。
それどころか、太郎が仲間たちと囲んでいた食卓のような、不思議な感覚が胸を満たしていく。
「心が……温かい……」
それが、暴虐の魔王グレンデルの、最期の言葉だった。
彼の禍々しい巨体は、夜明け前の霧のように、蒼き月光に包まれながら静かに消滅していった。
空には、ただ美しい満月だけが輝いていた。




