EP 11
冒涜の王と、怒れる雷神
【太郎国上空・高度数百メートル】
「くっ……!」
太郎は、頬を叩く強烈な風圧に耐えながら、眼下の地獄を見下ろした。
ヴァルキュリアに抱えられて飛ぶその視線の先には、あまりにも惨たらしい光景が広がっていた。
騎士団に斬り伏せられた魔物が、黒い泥のように溶け、別の死体と混ざり合い、異形の肉塊となって再び立ち上がる。
痛みも、恐怖も、死の安らぎさえもない。ただ主人の命令に従って動く肉人形の群れ。
「酷いな……。あんなの、生き物じゃない。ただの資源扱いだ」
太郎がギリッと歯を食いしばる。
美味しいものを食べて笑う。疲れたら眠る。そんな当たり前の尊厳が、ここでは完全に否定されていた。
「太郎殿、同感です。あれは魂への冒涜……神兵として、見過ごすわけにはいきません!」
ヴァルキュリアが加速する。
「終わらせましょう! 元凶を断ち切れば、彼らも土に還れます!」
二人が赤い空を切り裂き、魔王グレンデルの座す本陣へ肉薄しようとした、その時だった。
「キシャァァァァァッ!!」
不快な金切り声と共に、空を黒い雲が覆った。
ガーゴイルの群れだ。だが、普通のガーゴイルではない。
翼が腐り落ちて骨が見えていたり、首が二つあったりと、明らかに「継ぎ接ぎ」された再生個体たちだ。
「数が多すぎます! 太郎殿、揺れます!」
ヴァルキュリアが急旋回しようとするが、包囲網は分厚い。
「ごめんよ、ヴァルキュリア! ちょっと無茶する!」
「えっ!?」
太郎は、なんと飛行するヴァルキュリアの背中(鎧の肩口)に足をかけ、空中で立ち上がった。
不安定な足場だが、体幹強化の装備とヴァルキュリアの安定した飛行がそれを可能にする。
「邪魔だ! 行け! 『真・雷霆』!!」
太郎は神弓を構え、弦を引き絞った。
怒りに呼応して、黄金の弓からバチバチと激しい雷撃が迸る。
「消えろぉぉぉッ!!」
放たれたのは、単なる矢ではない。雷の暴風だ。
ドゴォォォォォォォォォォォン!!
着弾と同時に空中で大爆発が起きた。
ガーゴイルの群れは、その圧倒的な破壊エネルギーに飲み込まれ、肉片すら残さず蒸発した。
空にぽっかりと穴が開く。
「やったか……!?」
太郎が息を整える。
しかし。
「フハハハ……。威勢がいいな、人間」
地上から、地響きのような笑い声が聞こえた。
玉座に座るグレンデルが、退屈そうに指を振るったのだ。
ズルリ……ボコッ……
蒸発しきれなかった塵や、地上の死体が空中に舞い上がり、瞬く間に凝縮する。
そして、たった今破壊したはずのガーゴイルたちが、何事もなかったかのように再生し、再び空を埋め尽くした。
「な……ッ!?」
「無駄だと言ったろう? 我が魔力がある限り、この『資源』は尽きぬ」
グレンデルは嘲笑った。
太郎の攻撃は無意味。何度倒しても、即座に蘇る。それが絶望の意味だと言わんばかりに。
太郎の中で、何かが切れる音がした。
「いい加減にしろ……ッ!」
太郎は空の上から叫んだ。
「貴様は……命を何だと思ってるんだ!? 彼らは痛みを感じないのか? 苦しくないのか? 死んだ後まで、そんな風にこき使われて……!」
太郎の問いに、グレンデルは心底不思議そうに首を傾げた。
「命? 痛み? 何を言っている」
グレンデルは、足元に這いつくばる融合魔獣の頭を、椅子代わりに踏みつけた。
「道具は、主人に仕える為に存在する。壊れれば直し、使い潰し、最後の一片まで役に立つ……それが『道具の本懐』だろう?」
そこに悪意はない。
あるのは、圧倒的な強者による、他者への無関心と傲慢だけ。
「牛丼を食べるために箸を使う」のと同じ感覚で、彼は命を弄んでいるのだ。
「――――」
太郎の表情から、感情が消えた。
いや、あまりの怒りに、表情を作る余裕すらなくなったのだ。
握りしめた『真・雷霆』が、ミシミシと音を立てる。
「……そうか。貴様には、言葉は通じないんだな」
太郎は冷たく言い放った。
もう、交渉の余地はない。理解し合う必要もない。
この存在は、太郎が目指す「皆が笑い合う世界」にとって、決して相容れない害悪だ。
「貴様は……」
太郎の全身から、雷霆の黄金色とは違う、蒼白い闘気が立ち上る。
「貴様だけは……この手で、必ずぶちのめす!!」
「フハハ! 来い、勇者太郎! 我が最強の肉体で、その脆弱な正義ごと粉砕してやる!」
グレンデルが玉座から立ち上がり、その巨躯を見せつける。
再生する無限の軍勢vs怒れる一人の王。
太郎とヴァルキュリアは、真っ向から魔王へと突撃を開始した。




